第三章 新たな出会い 04
留守を頼む、リオンが身支度を終えてエルマにそう言った時、それを見計らってでもいたかのように隣室の扉が開いて、ディールが顔を覗かせた。片手に剣を持ったその姿は、今し方まで休んでいたようには見えず、もしかしたらいつでも動けるように身なりを整えて横になっていたのかもしれない。
それが傭兵としての習性からのものであるのか、リオンが密かに出立した場合に備えてのものであるのか、おそらくは前者の方だろうと解釈して、何事かと問うディールにリオンは答える。
「警吏の詰め所まで行ってくる」
「それは?」
そう言って、ディールはロベルに視線を向ける。それに対して、ロベルもディールを見やってから、リオンを見て一言短く、こちらはと問いかけてきた。
「……一緒に旅をしている騎士だ」
答えに一瞬だけ迷って、リオンはそう答えると、次いでディールを振り返って続けた。
「どうやら、イズヴェルが厄介をかけているようなので、これから迎えに行ってくる」
「おれも一緒に行こうか?」
その申し出がロベルに対する警戒からくるものではないかと推察して、リオンはディールに向けて首を横に振ってみせる。それからロベルに向き直ると、改めてロベルを促してリオンは宿を後にした。
昼間の熱気がわずかに残った夜の町を、ロベルの先導で歩いて町の中心にある警吏の詰め所を目指す。夜半をすぎた町は常夜灯の明かりが静かに揺れるだけで、さすがに通りを歩く人の姿はなかった。こんな時間に自分は何をしているのか、という何とも明言しがたい感情がリオンを苦い思いにさせたが、イズヴェルがエイドリア王国の出身というだけで、不当な扱いを受けているのだとしたら助けてやりたい。
ただし、そうした自身の考えを、あまいとリオンも思わずにはいられない。
「こちらです、リオン卿」
どれくらい歩いただろうか、狭い路地を抜けて大通りを進んだ。そして、そこからさらにひとつ路地を入った先に目的の場所はあって、門番がふたり面倒そうに立っていたが、ロベルの姿を認めて背筋を伸ばすと敬礼をする。
それを横目に門を抜けて、リオンはロベルの案内で屋内へと足を踏み入れた。煉瓦造りの重厚な建物は、リアンデル王国の伝統を踏んだもので、同じような建物はリアンデル王国が併合してきたアシュタール王国とエイドリア王国の両方にあって、二本の剣と一つの楯を意匠した旗と共に、支配者としての存在を誇示している。
淡い蝋燭の明かりが、玄関ホールから続く廊下を照らすだけで、全体的には薄暗くあった。その廊下にまで響くのは、捕らわれているイズヴェルを責める声音だった。
「……正直に話せ! エイドリア人が!」
そして、その後に机でもたたいたのだろう大きな音が聞こえて、リオンは眉をしかめると同時に、前を行くロベルに向けて言う。
「まさかとは思うが、暴力を振るってはいないだろうな」
「そのようなことは……」
ロベルはそう言って否定したが、その顔がいささか青ざめて見えるのは、照明の暗さのためだろうか。だが、怒鳴る声はさらに廊下に響いてきて、リオンはロベルを追い抜くと、声のする部屋の扉を開けた。
そして、そこでリオンが見たのは、狭い室内で机を挟んで向き合うふたりの姿だった。もちろんひとりはイズヴェルで、もうひとりはこの詰め所につめる騎士のようだった。イズヴェルは部屋の奥側にあって椅子に座っていたが、騎士の方は椅子から立ち上がって両手を机に付いて、イズヴェルを高圧的ににらみ付けている。
両者の間にある机の上には、鞄の他に細身の剣が一本と、革袋とその中身であるのだろう金貨が散乱していた。さらには、広げられた包み紙の上に置かれた薬草に、液体が収められた小瓶が転がっている。それらがすべてイズヴェルの持ち物であるのだとしたら、そこにあってどこか不似合いな銀の笛があった。
廊下とほとんど変わらない薄暗い部屋で、それらを前にしてリオンを認めたのだろうイズヴェルが、落ち着き払った表情に微かな笑みを口元に宿して、軽く片手を上げてみせる。それに対して、もうひとりの騎士はリオンを振り返って口を開きかけたが、リオンに続いて部屋に入ってきたロベルに、騎士は口を噤んだ。
「その者の取り調べは終わりだ」
ロベルのその言葉に男は得心がいかない顔を、ロベルからリオンを経由してイズヴェルに向けると、右の掌で机をたたいて声を荒げた。
「このエイドリア人が盗ったに決まってますよ! 拷問にかければ白状しますって!」
男の口から発せられた不穏な言葉に表情を変えたのは、リオンとロベルのふたりで、当事者であるところのイズヴェルは涼しげな表情を崩すことなく、悠然とあるいは泰然と椅子に座っている。それを侮られたとでも思ったのか、男の手がイズヴェルに向けて伸びた。
しかし、その手がイズヴェルに届く前に、ロベルが男の手をつかんでいた。
「この者の身元は、あちらのリオン卿が保証された」
「だから何です! 金の騎士さまの従者でも、こいつはエイドリア人ですよ!」
行く場をなくした感情を、男はロベルに向けて吐き出す。
「こいつが盗んだに決まってますって……!」
「違うだろ」
そう言ったのはイズヴェルで、机に頬杖を付くと、不敵とも取れる表情をして続ける。
「あんたらは、おれがエイドリアの人間だからってだけで、盗んだことにしたいんだろ?」
「わたしにも、そう思える」
リオンが言えば、イズヴェルが片頬を持ち上げる。その様が何やら癪に障るリオンだったが、今さら自身の言葉を取り消すわけにもいかないので、溜息しながらも言葉を続けていく。
「彼は確かにエイドリアの出身であるし、素行もいいとは言い難い。だが、彼は他人のものに手を出す真似はしない」
ただし、他人の懐のものには手を出すのだろうが、それをここで口にすれば、話はややこしくなるだけだ。
「エイドリア人を信用するんですか!」
「そうではない。わたしは、イズヴェル・シューツという人間を信用しているだけだ」
興奮に息を乱す男に、リオンが静かに言い放った言葉を、イズヴェルは満足そうに聞いている。そして、さらに男が何かを言いかけて口を開いた時、扉を外からたたく音が聞こえて、現れた第三の騎士はロベルを呼ぶとその耳に何事かをささやいた。
ささやきを耳にして、そうかとロベルはうなずくとイズヴェルに向けて言う。
「もう帰っていいぞ」
「ロベルさん……!」
「盗まれたと思っていた金銭が、鞄の底から出てきたそうだ」
だから帰ってもいい、もう一度同じことを繰り返して、お手数をおかけして申し訳ありません、とリオンにはそう言ったが、ロベルはそれ以上の謝罪を認めないようでもうひとりを促して部屋を出て行こうとした。それを呼び止めたのはリオンで、イズヴェルは机の上に広げられた持ちものを鞄にしまっている。
「イズヴェルに対しては、一言もないのか」
「……?」
「誤認逮捕に対して、あなた方はイズヴェルに詫びるべきだ」
そのリオンの言葉にイズヴェルが手を止めて顔を上げ、ロベルが驚きの表情を見せるとなりで、もうひとりが唇をかむ。
見下してきた相手に頭を下げるのは屈辱であるのかもしれないが、リオンとしてもゆずる気はない。
しばしの沈黙が流れた後、ロベルがイズヴェルを振り返って頭を下げる。それを見てもうひとりも頭を下げたが、両者ともに言葉はなかった。
それでも、イズヴェルは満足そうであれば、リオンとしてもそれで納得するしかない。
*
「帰ろうか」
警吏の詰め所を出て、満天の星を見上げてリオンが言えば、イズヴェルが目を瞬かせて応じる。
「どこへ?」
「『虹の橋』亭だ。一緒にきてもらう」
夜空から視線をイズヴェルに戻してリオンが言えば、イズヴェルは小さく肩をすくめてみせた。




