第二章 旅は道連れ 05
「だったら、おれの好きにさせてもらう」
ディールのその言葉に、リオンは溜息を吐き出す。旅の目的地を教えれば、着いてくることをあきらめるだろうとリオンは思ったのだが、どうやらそれは却ってディールの闘志に火を付けたようだった。こういうのをやぶ蛇と言うのだろうか、そんなことをリオンが考えていれば、前を行くエルマが振り返って声をかけてきた。
「リオンさま、そちらの騎士さまを、お連れになるのですか?」
「成り行き上そうなった」
素っ気なくリオンが返せば、よろしくなとディールが応じて、エルマが口を開く。
「おれひとりでも充分に、リオンさまのお世話はできます」
そう言うと今度はその矛先をディールに向けて、エルマは言葉を続けた。
「いいな、おまえなんかの出る幕はないからな!」
そして、かみ付きそうな勢いでディールをにらむと、エルマは正面に向き直る。そんなエルマの態度を、リオンは口調を厳しくさせてたしなめたが、エルマは態度を改めてようとはしない。やむなく、リオンがエルマに代わってディールに頭を下げれば、ディールは馬をリオンに寄せると口元に手を当ててささやいた。
「どうやら、おれは妬まれたようだ」
どこか面白がるような口調でそう言って、ディールはリオンに片目を閉じてみせた。
*
左右から覆い被さるようにして、木々の緑が自然の隧道となって、夏の強い陽射しを弱めてくれる。それには鳥のさえずりが耳を楽しませてくれて、渡る風は心地よく頬をなでていく。だが、山もずいぶんと深くにまで踏み込んだようで、昼間は暑いくらいであるのに、太陽が陰れば昼間の暑さが嘘のように冷気に包まれる。さらには、夜の帳が降りた山には、獣の気配が感じられて、様相を一変させた山は不気味でさえあった。
小さな沢を見付けては、そこに火を熾して野営を張る。自然に生きる獣は火を恐れて近付かないので、暖を取るためにも火の番は欠かすことができない。交代で火の番を行うが、リスターの計らいでリオンはその順番に入っていない。
だからといって、本当に何もしないのは気が引けるので、その日の夜、リオンはディールが座る向かいに腰を下ろした。
「リオンどのは、寝ていればいい」
たき火に枝を放り込みながらディールが言うのに、リオンは首を横に振って言う。
「せめて、真似事だけでもさせてほしい」
「だったら、一緒に酒でも飲むか?」
「それは、遠慮させてもらう」
リオンが苦笑すれば、そうか、とディールは足元の酒瓶を持ち上げた。そして、酒杯に注ぐことなく、自身の口に酒を持っていく。その豪快な飲み方に、リオンはあきれながらも言葉を発する。
「エルマのことなのだが、昼間の非礼は許してやってもらえないだろうか」
「ん? そのことなら気にしていない。主であるリオンどのを、おれに取られたと思って焼いた可愛い嫉妬にすぎまい」
そう言うと、ディールは毛布にくるまって、他の者たちと同様に大地に直接横たわる少年に視線を向けた。少年らしいあどけない寝顔に笑みを誘われたのか、ディールは口元をほころばせて、それでとリオンに言葉の続きを促した。
「……エルマには、両親も兄弟もなく、頼れる者はわたししかいないのだ」
「それは?」
「もう三年は昔になる。住む家を追われて、その日に食べるものにも困って、盗みを働こうとしているところを、わたしが見付けた」
「警吏にでも突き出したのか?」
「初犯であったようだし、何よりも未遂であったのだ、そんな真似はしない」
それは裏を返せば、再犯で既遂であったのなら、警吏に突き出したということになるのだが、もちろんリオンに自覚はない。よって、ディールが口の端に浮かべた苦笑が、何を意味するものであるのかも、リオンにはわからない。
そもそも、暗がりが邪魔をしてディールが微かに見せた苦笑は、リオンには見えていなかったかもしれない。
「事情を聞けば、三日ほどまともな食事をしていない、ということだった」
「……」
「母親が病で亡くなって、わずかな蓄えも底を突いた。だが、身寄りのない子どもは信用がならないと、どこも雇ってはくれない。残る手段は奴隷商人に身を売るしかない、そう言われて、わたしがエルマを引き取ることにした」
以来、リオンを実の親以上に慕って、懸命に尽くしてくれる。何よりも、ハンナとふたりだけだった家の中が、エルマがいるようになって明るくなった。
「……で、父親はどうしたのだ?」
そう言ったのはディールで、リオンが一言もエルマの父親に付いて語らないのを疑問に思ったのだろう。
「エルマが生まれた年に、父親は亡くなったそうだ」
「……」
「魔導王国と異名を取った、アシュタール王国の王都攻防戦に徴兵されて、そこで生命を落としたのだそうだ」
国王カエサルが滅ぼした国のひとつがアシュタール王国で、騎士よりも魔導師が尊重され、魔導において並ぶ国はないと言われた。だが、それがリアンデル王国には脅威と映って、国王カエサルは両国合わせて数十万に及ぶ生命を犠牲にすることで、アシュタール王国を滅ぼした。
魔導師よりも騎士の方が優れていることを、一国の滅亡でもってカエサルは証明してみせた。リアンデル王国の名も上がり、カエサル自身も「大陸の覇者」とまで呼ばれるようになった。
「あの、凄惨な戦か……」
「ご存じなので?」
「まさか、さすがにおれも子どもだった」
しかし、その時のことを知る者は、今もまだ多くいれば、何らかの場所で話題に上ることもあれば、うわさに聞くこともある。敵味方双方が流した血で、大地は深紅に染まって、鮮血の川ができたとさえいわれるほどの苛烈さを極めた。
王と王妃は城に火を放って自害したとされているが、その遺骸は確認されていない。ふたりいた王子共々城を脱出して、今もどこかで国の再興を謀っているのではないか、とまことしやかにささやかれている。居場所を突き止めた者、あるいは捕らえた者には懸賞金が払われるといえば、うわさはうわさではなくなり、信憑性を帯びてくる。
「アシュタール王国を滅ぼした、それでこの国は呪われているという者もいる……」
そう言って、ディールは酒をあおる。
リオンは夜の闇の中で揺れる炎を見つめて、ディールの言葉にその通りであるかもしれないと思う。国王カエサルを疑う気持ちは微塵もないが、王子にかけられたという呪術が、まさにそうなのではないか。
始まったばかりの旅に、リオンはそれとわからぬ溜息を吐き出して、自分もあんな風に酒を飲めたならとディールを羨ましく見やる。そして、その視線を上に向けて、降り注ぐような星のきらめきを木々の間に見付ける。
リオンが向かう試しの森も、かつてはアシュタール王国の領地であった。その森に眠る聖剣は、アシュタール王国の遺産であるのかもしれない。
滅びた国の宝剣を、滅ぼした国に生まれた騎士が手にすることができるのだろうか。夜空を飾る星のきらめきは、黙して何も語ることをしなかった。
そして、リオンは山を越えて、最初の町であるクロンに立ち寄る。




