表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/60

第一章  旅立ち 01

 青く晴れ渡った空の下、夏のまぶしい陽射しが照りつける中、剣と剣が交わる乾いた音が響き渡る。魔力を封じた騎士が自らの剣の技だけで強さを競う様を、石を敷いた円形の闘技場を一周する観客席から、大勢の着飾った貴族が見物している。剣と剣がぶつかる度にどよめきと喚声の上がる中、さらに一段高い位置から闘技場を見下ろすふたりの男があった。

 ひとりは、見るだけでも暑苦しいフード付きのマントを着込んで、さらにフードを目深に被っている。そのフードの下には病的なまでに青白い顔が隠れていて、こけた頬とくぼんだ目が、男を老人のようにも見せていた。だが、顔に皺はなく、背筋の伸びた姿勢にも老いを感じさせるものはない。

 もうひとりは、先のひとりとは比べるべくもないほど健康的な顔色をした、恰幅のいい男だった。腰に剣を下げているところからして、この男が騎士であることがわかる。そして、額に刻まれた深い皺が、男の年齢を無言で物語っていたが、眼光鋭い緑の瞳が老いを薙ぎ払っていた。その射るような眼差しが、闘技場で剣を振り下ろすひとりの騎士から、青白い顔をした男に向けられる。


「……いかがかな、彼は?」

「二大会連続の勝者でしたか?」


 感情のない平坦な口調であったが、その声音は若々しい。

 察するに、三〇半ばをすぎたくらいではないだろうか、と思うのは剣を腰に下げた男の方で、それが正しければ両者の歳は親子以上離れていることになる。それほど歳に開きがある年下の男を、畏怖せずにはいられない忌々しさに、騎士は視線をふたたび闘技場に戻して言う。


「もうじき、三大会連続になる」


 騎士が静かに宣言する視線の先の闘技場で、剣を交えていたふたりの騎士の内、ひとりがもう一方の剣を弾いて、相手の咽喉元に剣先を突き付ける。勝敗が決した瞬間であり、その一瞬だけ闘技場全体が静寂に包まれる。

 そして、勝者の名を告げる審判の声音が高々と響いて、静寂を破った。


「……勝者、リオン・ハーン!」


 自らが勝利したわけでもないのに、審判は顔を興奮から紅潮させて、勝者であるリオンの片手を持ち上げると観客席を見渡していく。観客席からは割れんばかりの拍手と喚声が湧き上がり、最後の勝者となったリオンに惜しみない賛辞が注がれる。リオンの華奢とも思える体躯から繰り出される剣は、まるで舞のようだと称されるほど軽やかだった。

 しかし、拍手も喚声も、ましてや、賛辞さえも、リオンは興味がないかのように涼やかな表情を崩すことをしない。生意気とも受け止められないそうした態度も、リオンの有する美貌が賞賛に変える。肩まで伸ばした亜麻色の髪と、翆玉をはめ込んだかのような瞳に、陽に焼けることを知らない白皙の肌、いかなる剛の者もリオンの美を損なうことができない。

 一戦終えて汗ひとつかくことなく、わずかに息を乱れさせただけのリオンを、冷やかな視線で見下ろして青白い顔をした男が言う。


「……彼に、この国の命運を託されるのですか」


 未だ鳴り止まない拍手と喚声に混じって言葉を拾い上げて、もうひとりの騎士は確信を込めて応じる。


「彼にならできる」

「ぜひとも、そうあってほしいものです……」


 目深に被ったフードの下で、男がわずかに口の端を持ち上げて、そこに嘲笑を宿したことに騎士は気が付かなかった。





 リアンデル王国王都マエリアの武術会場、そこで二年に一度行われる剣術大会は、リオン・ハーンを勝者として幕を閉じた。三大会連続という、これまで誰も成し得なかった偉業が、リオンの今後の命運を左右することになるなど、リオン自身にも思ってもみないことだろう。

 しかし、陰謀も謀略も、当人が関知しないところで、常に推し進められる。そして、捕らわれれば逃れることが叶わないのだった。

 リアンデル王国王朝騎士団第三騎馬隊にその席を置くリオン・ハーンは弱冠二〇歳、地方の片田舎の騎士家に次男として生まれた。家督の相続権が兄にあれば、それほど大きくもない家で、居候でしかないリオンの居場所はない。

 一五歳で成人して王都へ出たのも、そうした理由からだったが、己の剣だけでどこまで昇りつめることができるのかを、試してみたいという思いもあった。それには、剣術大会に出場するのが一番手っ取り早く、王都へ出て翌年に催された剣術大会に初出場して以来、リオンは負け知らずで三大会連続の勝者となって、その強さを証明してみせた。


「おまえは、おれたちの隊の誇りだ」


 同じ第三騎馬隊に席を置く同僚から、そう言って持てはやされるのが、リオンは苦手だった。勝ち続けていられる間はいいだろう。だが、リオンとていつかは負ける時がくる。その時、頼る権威のないリオンに、彼らは何と言ってくれるというのだろうか。

 ただの杞憂だと言われれば、そうであるのかもしれない。だが、地方出身の田舎騎士がいつまでもいい気でいられると思うな、そう蔑む声が事実としてあることを知っていれば、向けられる賞賛の裏に嘲笑が潜んでいるように思えてならない。

 騎士に必要なのは強さだけだ、それだけを信じて王都を目指し、初めての剣術大会で勝利を収めたリオンだったが、現実はそれほど単純ではなかった。勝利を重ねる度にそのことを強く意識させられて、この日も重い溜息に悩まされながら帰宅した。

 王宮からもそれほど遠くない場所に借りた一軒家には、今日も明かりが灯っていて、元気な声がリオンを出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、リオンさま」


 屈託のない笑顔でリオンを迎えてくれる少年は、その名をエルマといって、姓を持つことさえ許されていない市井の生まれだった。そのため侍童としてリオンに仕えることに、打算に思惑もなく、真っすぐな憧憬の眼差しをリオンに向けてくれた。


「約束通り、今日のエルマの誕生日をわたしの勝利で祝ってやったが、他にほしいものはないのか?」


 今日で一三歳になるエルマは、この日の朝、誕生日の祝いにリオンの勝利がほしいと言った。


「お、おれは、リオンさまの勝利だけで充分です!」


 そう言って、エルマはリオンから剣をあずかると、リオンに背中を向けて廊下を進んでいく。まるで逃げるようなその態度に、リオンは苦笑を浮かべて言うのだった。


「それで、エルマの方はどうだったのだ?」

「……!」

「わたしの今日の勝利を、エルマは試験で及第点を取って祝ってくれる約束だったな」


 扉を前にして足を止めた少年は、背中で動揺を示して、何も答えられずにいる。そんなエルマの背後にまで歩み寄ると、未だ成長の過程にある少年の黒髪を指先でかき乱してリオンは続けた。


「答案が返ってくるのを、楽しみにしている」

「リ、リオンさま……?」

「さて、今日はさすがに疲れた、食事にして休みたいのだが」

「ハンナさんに、食事の仕度を頼んできます!」


 結局、リオンを振り返ることなく、エルマは扉を開けて居間を速足で抜けていった。

 ハンナというのは、この小さな家の炊事に洗濯、それから掃除と家事の全般を担当してくれるている家政婦で、子どもが独立して家を出た後に夫にも先立たれてからは、この家で住み込みで働いてくれている。リオンとは親子以上の歳の差がある老年の女で、豪快で大胆な性格だったが、気を利かせてよく働いてくれてもいた。

 そのハンナが、白いエプロンで手を拭きながら居間に顔を見せると、リオンに明るい笑顔を見せて言う。


「お帰りなさいませ、旦那さま」


 旦那さま、と呼ばれる度にリオンとしては苦笑したくなるのだが、若くとも当主であるリオンをハンナは当然のようにそう呼んだ。

 そして、ハンナの料理で一日を終えたリオンは、この翌日、王宮からの使者を迎える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ