07.回想シーンは無彩色
「うん、生きてる」
――というか、死ぬわけがないか。
意識を取り戻したミチアが一番に思ったのが、それだった。
十年前。六歳の頃。
マティチカラ王国の辺境にあったミチアの村は、モンスターの群れに襲われ、壊滅した。小さな村はあっという間に蹂躙され、村人は――ミチアの両親は、いとも簡単に物言わぬナニカと化した。
そんな中で、ミチアがただ一人生き残った。
いや、生き返った、と言ったほうが正しいかもしれない。
ミチアの村のそばには『聖女の泉』と呼ばれる、小さな泉があった。
かつて一人のシスターが巡礼の旅の最中、不治の病に倒れ、この泉で神に祈りを捧げた。すると神が現れ、シスターの病を消し去り、死なぬ『奇跡』をその身を授けたという伝説が残る聖地だ。
だから、ミチアは瀕死の重傷を負いながらも、その身体をひきずり、泉へ向かった。
正直、伝説に対する意識があったかは、ミチア自身にも分からない。両親から話を聞いていたとはいえ、まだ幼かったというのもあるし、何よりそのときは意識が朦朧としていて、記憶が定かではない。
ただ確かなのは、モンスター襲来を聞きつけた騎士団が村に到着したとき、泉のほとりで倒れていたミチアの身体には、傷一つなかったという事実だけ。
誰もが『奇跡』だと驚き、不死の聖女の再来だと口にした。そのおかげで身寄りを失ったミチアは教会に引き取られ、今日まで特に不自由のない生活を送らせてもらった。
不満は何もないし、恩も感じている。
だけど唯一、不安だけがあった。
不死の聖女の伝説は、泉で『奇跡』を授かり、その後も巡礼の旅を続けたところで終わっている。つまり、聖女が最後に――最期にどうなったかは分からないのだ。
カイに指摘された通り、自分の身体は成長を続け、やがて老いていくのだろう。しかし、はたしてその先には、死という終わりがあるのだろうか。
そのことに気付いたとき、ミチアはひどく恐怖した。言い知れぬ絶望感に、泣き明かした夜もある。
だがこの十年、それを誰かに明かしたことはない。
自分を聖女と思ってくれている人たちに、言えるわけがない。
この『奇跡』は、本当は『呪い』なのではないですか――などと。
「あぁ……服、ボロボロ」
立ち上がったミチアは自身の姿を確認し、そう嘆いた。
ずいぶんと長い距離を落ちてきたらしく、修道服は所々裂け、中の肌が見えてしまっている。
だがしかし、その白い肌には傷どころか血の跡すらない。
ミチアの授かった『奇跡』はそういったものを、たちどころに治してしまうのだ。
だけど、その効果も自分自身に限られる。当然、破れた服は直らない。
しかも、ここまで背負ってきたリュックはどこかで落としてしまったらしく、着替えの類いも全てあの中だ。
「本当、最悪だ……」
そう俯き、自分の影が落ちる地面を見て、ミチアはふと違和感を覚えた。
(そういえば、ここ、すごく明るい)
そう思って視線を上げれば、目の前に広がるのは巨大な空間。
中央には、四角い石材によって組まれた丘のような祭壇が見え、その向こうには、城門くらいあるであろう大きな岩の扉。はるか頭上の天井部分には、先端が欠けた石柱のような星輝石がびっしりと並び、そのおかげで外と変わらないような明るさが空間全体に広がっているのだろう。
とにかく、またも見覚えのない場所である。
遺跡としての重要度から考えて、もしかしたら最深部かもしれない。
(とりあえずは、あの扉から出るしかなさそうだよね)
自分が落ちてきたであろう天井は、その穴が見えないほど高く遠い。しかも今回は、おそらく罠でもない。
少し考えれば分かることだった。
鉱物を主食とする鉱石蟹が洞窟内で大量発生すれば当然、洞窟自体が脆くなる。彼らにとってそれは、棲み処であると同時に食糧なのだから。
だからきっと、自分がここに落ちた原因はただの崩落。
たとえ天井に届いたとしても、その穴はすでに塞がっているかもしれない。
(私にも動かせる魔道装置だといいけど……)
巨大な扉に向かって歩きながら、ミチアはそう思った。
魔道装置の中には、特定の能力や魔法を必要とするものがあると聞く。今の自分ではあそこには行けない、というのは、新米冒険者がよく言う台詞として有名だ。
だから、もしも自分では動かせない装置だった場合、あとは外から扉が開かれる機会をただ待つしかない。
「私って、餓死とかできるのかな……?」
少し自虐的な笑みを浮かべ、ぽつりとミチアがそんなことを呟いたときだった。
ぐらり、と、扉の近くに転がっていた大岩が動いたのは。
「――ひっ!」
恐怖で息が詰まる。身体が反射的に固まる。
岩だと思っていたものは、岩ではなかった。
八本の脚を使い、その場で器用に転回したのは、石造りの砦のような鉱石蟹であった。




