06.ダンジョン攻略も最速で
コーセン遺跡は、小高い丘の地下――アリの巣のように入り組んだ洞窟を利用して作られた、失われた時代の遺跡である。
星輝石と呼ばれる特殊な鉱石が、岩肌の所々から顔を出し、その性質のおかげで、遺跡内は地下にもかかわらずぼんやりと明るい。
だからそんな幻想的な光景と、明かりの心配がない利便性から、以前から冒険者にそれなりの人気がある場所だったのだが、ここ最近でその状況は一変していた。
「あ、あれです。あれが鉱石蟹です」
「へぇ、あんなのが人気なのか?」
「ええ。武具から日用品、珍しいものは装飾品にも加工されますからね」
呑気に岩の上で横歩きを披露している、小さな石のような蟹を指差し、ミチアはそう説明した。
事実、鉱石蟹はとにかく高い汎用性で有名だ。
鉱物を主食とするモンスターで、食べた鉱物は体内で分解・凝縮され、自身を守る甲殻となる。つまり、その身体は非常に優秀な素材なのである。
しかも、食べた鉱石によりその質は様々で、時折現れる全身宝石化した個体は高値で取引されており、これを専門に狙う冒険者もいるほどだ。
そして、そんな鉱石蟹が今、コーセン遺跡で大量発生している。
その情報が冒険者たちの間で広まって、ジキータ村同様、遺跡周辺もちょっとしたお祭り状態となっていた。
「えっと、その……ど、どこから入られますか? 遺跡への入り口は、たしか何箇所かあったと思うんですが」
「ん、あ、ああ。まあ、とりあえず近い所からでいいよ」
昨日の村と同じく、どこからか賑やかな声が届く中、ミチアとカイの間には、なんとも微妙な空気が流れていた。
もちろん、原因はゆうべの一件だ。
寝不足気味で朝を迎えたミチアに、カイは昨日までと変わらぬ態度を取ってくれているが、やはりその端々に違和感が残る。ミチアはもちろん忘れてはいないし、彼もまたそうなのだろう。
(あぁ、穴があったら入りたい……)
そんなミチアの願いを叶えるかのように、丘の周りを歩いていた二人の前にちょうど、大きな扉が彫られたような岩が現れた。遺跡への入り口の一つだ。
「あ、これですね。多分、扉を開くための魔道装置が近くにあると思うんですが……」
失われた時代の遺跡には大抵、侵入者を拒む罠や仕掛けがある。
そして、決まった手順を踏まなければ、それらを解除することはできない。そういった強力な古代魔法がかけられているのだ。
だから装置を探し、岩の周りをキョロキョロと見回していたミチアだったが、それに対しカイは扉の真正面にスッと立つと、実に何気ない感じで訊いてきた。
「この遺跡ってさ、重要文化財的な感じだったりする?」
「ブンカザイ、というのはよく分からないですが、そんな重要な遺跡ではないと思います。立ち入りとかも、特に制限されてませんし」
「そっか。それじゃあ、少し離れてて」
「は、はぁ。……えっと、何されてるんですか?」
いかにも分厚そうな扉に、そっと耳を押し当てたカイに、言われた通りに少し離れた場所から尋ねたミチア。
するとカイは『スキル:地獄耳』とだけ答え、そして「とりあえず人はいないな」と一つ頷くと、その大きな扉を片手で押した。
そう――押した。
動きとしてはそれだけのはずだったのに、いつの間にか扉は姿を消し、数拍の後に、何かが衝突するような轟音が中から響いてきた。
「今さら、謎解きアクションに付き合ってやる暇はねぇ」
そう一人呟く規格外に、改めてミチアは言葉を失うしかなかった。
◆ ◆ ◆
「で、どうする? ここまで来れば、俺一人でも大丈夫だと思うけど」
「いえ、ぜひ付いていかせてください。せめてお仕事だけは、ちゃんとやり遂げたいんです」
「ん。それじゃあ、とりあえず俺の後ろを離れないように」
と、そんな感じの約束の下で踏み込んだ遺跡内には、噂通りの幻想的な光景が広がっていた。
白く光る星輝石が岩壁に散りばめられており、まるで星空の中にいるかのよう。さすがに太陽の下とは比べ物にならないが、確かにこれだけ明るければ冒険するのに問題はないだろう。
なんて、納得にも似た油断した矢先だった。
「あっ――!」
「っと、大丈夫か?」
足元の暗がりにあった石につまづき、前のめりに倒れそうになったミチア。
咄嗟に手を取り、カイが支えてくれたからいいものの、下手をすれば硬い岩の地面に顔を打ち付けるところだった。
危ない。助かった。
だから彼にお礼を――と、そこでようやくミチアの頭に、その手のぬくもりが伝わってきた。
「――っ!」
まるで振り払うかのように、ミチアはカイの手を放す。
だが直後、それがどれだけ失礼なことかが分かり、すぐに「ご、ごめんなさい!」と謝るも、時すでに遅しであった。
「あ、いや……うん。まあ、気をつけて」
「は、はい。ありがとうございます」
またも流れる微妙な空気。
それを断ち切るように「よし。それじゃあ、先に進もう」と、再び遺跡の奥へと歩き始めたカイの背中を、ミチアはもはや直視することすらできなかった。
(あぁ、穴があったら埋もれたい……)
昨日は、手が触れるどころでは済まないことを覚悟したというのに、今日の自分のなんと情けないことか。
しかも、勝手に付いてきて、迷惑を掛けるばかり。完全なる足手まといだ。
やっぱり今からでも入り口に戻って、待っていたほうがいいだろうか。
職務を全うしたいなんて、結局は自己満足なだけだし。
そんな考えがグルグルと頭の中を巡り、自分の足元を見つめていたせいで、
「――があるから、踏まないように」
「あ、はい」
と、ミチアの口からは自然と生返事が零れていた。
(……え? 今、何て?)
そう焦り、視線を上げれば、鋭角に折れた曲がり角へと消えていくカイの背中。
まずい、置いていかれる――と、思わず駆け出したミチアだったが、次の瞬間、その足にカチリと何かを踏み込んだ感触が伝わってきた。
疑問を抱く余裕もなく、続いて襲ってきたのは突然の浮遊感。
そしてそれが下降感に変わる頃にようやく、ミチアは自分の足元が失われていることに気付いたのだった。
◆ ◆ ◆
「急に走り出すと、危ない」
せっかく教えてもらったのに、何も活かせてないじゃない。
ミチアは一人そう呟き、一人そう反省した。
「いたたた……」
大の字に転がった身体を起こせば、そこは先ほどまでとは別の場所。風景こそ大して変わらないが、明らかに地形が違うし、何よりカイの姿がない。
罠だったのだ。おそらくは、仕掛けを踏むと床が抜けるタイプの。
多分直前、カイが教えてくれていたのは、これのことだったのだろう。
だけど、それを上の空で聞き逃し、この結果。
本当に穴に埋もれてどうしようというのか。
(はぁ……自分が嫌になる……)
そんな気持ちのままに身も心も小さくなっていられれば、それはそれで楽かもしれないが、事態はそうはいかない。
とりあえずカイと合流しなくては。
ミチアはそう切り替えて立ち上がり、天井――自分が落ちてきた場所を確認すれば、そこには星空のような穴がぽっかりと開いているだけ。先は全く見えないし、何よりミチアの身長では穴まで届かない。
自分にもカイのような身体能力があれば、というのは、もちろん叶わぬ願いだ。
だから、ひとまずは上に向かう道を探そうと、ミチアが歩を進めようとした瞬間だった。
「――ひゃっ!」
足元をすり抜ける小さな影。
よく見ればそれは、地上でも見かけた鉱石蟹だった。
ただし、さっき見たものと違い、身体の一部が白く光っている。おそらく、この遺跡の星輝石を食べた影響だろう。
(だけど、これだけは救いかな)
あっという間に走り去っていく鉱石蟹を見て、ミチアは安堵の息を吐いた。
鉱石蟹は、モンスターの中では非常に弱い部類だ。
大きく成長するにつれて攻撃性が増すが、小さいうちは人を見ても逃げるだけ。この遺跡には、他に目立ったモンスターの報告例もないから、ここは安全な場所と言っても過言ではない。
不死の『奇跡』を授かっている以外、普通のシスターと大して変わらないミチアとしては、安心できる項目の一つだ。
だから、右も左も分からないが、とにかく上を目指そうと歩き出したミチアは、思わず頬を緩めながら、ふと思った。
(もっといっぱいの星輝石を食べたら、あの子は全身が光るようになるのかな)
それはそれで綺麗かもしれない。
闇に浮かぶそんな姿を想像して、また一歩、足を前に踏み出した瞬間。
バキッという岩の砕ける音と共に、ミチアはまたも浮遊感を味わうこととなった。