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05.今夜はお楽しみですか?



 大賢者・ウィズマ。

 森羅万象を知ると謳われるその英知は、未来までも見通せると言われ、現に近年のモンスター活発化が魔王復活の影響であり、異世界の勇者を召喚すべきだとマティチカラ国王に進言したのも、彼である。

 しかし、誰もが知る名でありながら、その姿を見たものは誰一人いない。どころか、彼が今いくつで、どこにいるのかすら誰も知らないのだ。

 人との交流は全て、ウィズマの弟子を名乗る者が行なっており、国王に進言の手紙を届けたのも、その弟子だった。

 だが、そう考えると、一つの有力な仮説が立つ。仲介役であるその弟子は、ウィズマの居場所を知っている可能性が高いということだ。

 そして、月に向かう方法を知っていそうなのはウィズマだけであり、そんな彼に会うためには弟子を捕まえるのが最短ルート。

 しかも、まるで何か導かれたかのように、弟子が今、訪れているといわれる場所は、なんとマティチカラ王国内なのだった。




「ああ、大賢者のお弟子様なら、三日前に遺跡に向かったばかりだよ。今も中にいるんじゃないかね。え、容姿? そんなもん、いかにもって感じのローブを羽織ってるから、会えば一発で分かるよ」


 予測通りの日暮れ前。コーセン遺跡近くの村・ジキータ。

 そこ唯一の宿屋を切り盛りする女将は、その体型に見合ったどんとした態度で、そう答えてくれた。

 急いできて良かった。普通の行程で来ていたら、間に合わなかったかもしれない。

 と、ミチアが安堵したのも束の間。

 今日はもう遅いから明日遺跡に行きましょうと、女将に部屋をお願いすると、


「二部屋? ああ、ごめんね。今、鉱石蟹ロッククラブが、遺跡で大量発生しててさ、ここいらは冒険者でいっぱいなんだ。だからうちも、今晩空いてるのは一部屋しかなくてね。もし、それでもいいなら貸せるけど、どうする? シスターさん」


 という、まさかの答えが。

 その結果、


「あの……何だか色々と申し訳ありません」


 と、ミチアはベッドの上で縮こまり、部屋を二分する大きな板に向かって、そう謝った。


「別に気にしなくていいよ。俺なんか寝られればどこでもいいし、何だったら、今から野宿でも――」

「そ、そうはいきません! カイ様のお身体は、魔王討伐に赴かれる大切なお身体なんですから!」


 それどころか、ここの部屋代もそうだし、さっきの食堂での夕食代だって、全てカイの支払いだ。

 本人は、旅の資金として受け取ったものだから当然だと言うが、ミチアとしてはそうは思えないし、挙句の果てに、その本人を部屋から追い出すなどありえない。本来ならば、自分が出ていくべきなのだ。

 だが、そう提案してみたところ、


「ほう。つまり俺を、女の子を一人で外に放り出すようなクソ野郎にしたいわけだな」


 と、冷たい視線ですごまれ、結局このかたちに落ち着くこととなった(壁のように直立する板も、カイがあっという間に作ったものだ)。

 本当、昼間のことも今の状況ことも、とにかく迷惑掛けてばかりだ。

 そんな思いで、ミチアがさらに身体を小さくすると、板の向こうからも、少し遠慮がちな声が聞こえてきた。


「あの、さ。その『カイ様』とか、やめてもらえないか? まあ、前の世界でも言われ慣れちゃいるけど、どうにも落ち着かなくて」

「では、どのようにお呼びすれば?」

「いや、まあ、普通に『カイさん』とかでいいよ。それと、別にそんな丁寧な言葉を使う必要もないし」

「そ、そうですか。では、これから努力します」

「いや、別に努力まではしなくていいけどさ」


 自然な感じでいいよ、自然な感じで。

 と、そんなカイの言葉を最後に会話は途切れ、不意に部屋には沈黙が訪れた。

 遠くからかすかに聞こえてくるのは、冒険者たちの陽気な笑い声。今も煌々《こうこう》と光を灯す食堂や道端で、酒盛りの最中なのだろう。


(明日、お弟子様を見つけたら、私はもうお役御免だ……)


 本来ならば数日かかる見込みだった旅は、一日もかからずに終わってしまった。

 だから、残されたチャンスは今夜しかない。そう考えると、同室となったことは神の思し召しかもしれない。

 この幸運を逃すわけにはいかない――と、ミチアはそう意を決して、修道服の裾に手を掛け、一気にそれを脱いだ。

 もちろん、神聖なる修道服を着たまま寝るわけにはいかない。だから、夜のベッドで下着同然の格好になったミチアに、普通は何の違和感もない。

 だが、寝るは寝るでも、その意味は少し違う。

 それを考えると、とてもミチアは修道服を着ていられなかった。当然、もう一つの意味合いもあるが。


(大丈夫。これは私がやるべき仕事……)


 伝説によると、一人目の勇者は、召喚者であるシスターと恋仲だったそうだ。

 だからこそ、自分とは無関係であるはずの世界を、勇者は命を賭けて救った。愛する者のために。

 しかし、今回の勇者を召喚したのは神父。しかも、世界を救うという大役に対して、カイは大した報酬を望んでいないという。

 つまりカイにとってこの世界は、その程度の価値しかないということだ。

 もちろん、今日一日を共にしたミチアには、彼がそんな人間には見えない。時々分からない言動もあるが、およそ誠実な人物だと思う。

 だが、教会や国王側は、そうは思っていない。

 ミチアが案内役に選ばれた際、さすがに教会という立場上はっきりとは口にしなかったが、「シスターである自分が選ばれたことの意味も考えなさい」と、日頃お世話になっている神父にも言われた。

 だから、これは自分がやらなければならないこと。

 世界のために、そして自分を拾ってくれた教会のためにも。


「あ、ああ、あの……カイ、様。まだ、お、起きてらっしゃいますか?」

「ん? まあ、まだ起きちゃいるけ――どぉおおっ!?」


 部屋を二分する板を回り込み、ミチアがそう声を掛けると、ベッドに寝転がったまま一度こちらを見たカイは、その首がねじ切れるのではないかというほどの勢いで、正反対の方向に振り向いた。


「なななな何してらっしゃるんですかねミチアさん女の子があんまりそういう格好で野郎の前に出るとかそういうことは控えたほうがいいというか何というかとりあえず今日会ったばかりの得体の知れない人間に対してそう無防備な姿を見せるというのはいかがなものかと思いますがその点についてはどうお考えでしょうかっ!?」


 とにかく早口で、それでいて滑らかに意見を求めてくるカイ。

 反対を向いているのと部屋が薄暗いのもあり、その表情は見えないが、焦りや緊張感だけは伝わってくる。

 そして自分より余裕のない人間を見ると、人は少し安心するもの。

 だから、さっきよりもしっかりとした言葉で、ミチアは言った。


「か、覚悟の上です」

「…………」

「私は『奇跡』を授かった身。為すべきことを為す義務があります。これで、少しでもカイ様のなぐさみになれるのでしたら本望です。どうか、ご慈悲を」

「……そうか、分かった」


 そう言ってカイは起き上がり、ベッドの上でドンとあぐらを組んだ。

 ただし、背は向けたままで。


「誰に何を言われたかは知らないし、聞かないでおくけど、そこに君の心がないなら、悪いけど断らせてもらう」

「そ、そんな――!」

「言っとくけどな、これは君のためじゃなくて俺のためだ。こちとら、この歳まで大事に大事に取っといたんだ。最初は両想いの相手と、って決めてんだよ。もはや捨てるものじゃなくて宝物なんだよ。そんな大事なもん、覚悟とか義務とか慈悲とかであげられるか。もうすぐ魔法使いにもなれるんだぞ」

「……カイ様は、魔法使いになられるのですか?」

「ならねぇよ、なりたくねぇよ。ジョブチェンジなしの根っからの勇者だよ。据え膳に手も出せない腰抜け腑抜けの勇者だよ。悪かったな」

「す、すみません……」

「いや、別に怒っちゃいねぇよ。いや、怒ってるのか。とにかく、だ。もっと自分を大切にしろ。言いたいことはちゃんと言え。少なくとも、そんなに手が震えるヤツを俺は相手にしない」

「え……?」


 そう言われて初めて、自分の手が祈りの形で震えていたことに気付いたミチア。

 そんなミチアを気遣うように、カイは一息入れたのち、落ち着いた雰囲気で続けた。


「悪いな。動体視力も鍛え過ぎてて、ほとんど全部見えちまった。だけど安心しろ。今日ここで見たものもあったことも、全部忘れる。だから、この件はもう終わりだ。今日はもう寝ろ」

「……はい」


 未だ、遠くから宴の音が聞こえてくる中。

 無言の部屋の夜は、ただ静かに更けていった。



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