04.聖女が仲間になった
「あの、すみません」
「ああ? 何か言った?」
「あの! すみません!」
「ごめん! 全然聞こえないわ! 何!?」
「あの! 一度! 休憩しませんか!?」
「ええ!? 何だって!?」
「きゅ! う! け! い! し! ま! せ! ん! か!?」
「おい、やめろ! あんまりくっつくな! 当たってる!」
といったやり取りの末、ミチア・ナイヤックはようやく地面に腰を下ろした。
「はぁぁぁああ……」
時間にすればそれほどでもないのに、まるで数日ぶりかのような安心感と安定感。
揺れないって最高――と、ミチアは涙ながらに大地に感謝した。
(まさか『走るのに邪魔になる』って、こういう意味だったなんて……)
――だけど、こんなの誰も予想できないよ。
そんな愚痴と共に、思い出されるのはここまでの移動手段。
つまりは、勇者の乗り心地だ。
「ほら、乗れ」
少し前の南門前。
門衛騎士の詰め所を借りて、全身甲冑からいつもの修道服に着替えたミチアを待ち構えていたのは、薪を運ぶ背負子のようなものを背負ったカイだった。
いつの間にそんなものを、とミチアが尋ねれば、
「『スキル:日曜大工』で作った」
と、先ほどまで座っていた木箱の残骸らしきものを指差すカイ。
発言内容はいまいちよく分からないが、とにかく木箱を解体して作ったということなのだろう。
だが、その疑問が解決しても、ミチアの中には一番の問題が残った。
どうして彼は屈んだ状態で、背負子を自分のほうに向けて「乗れ」と言っているか、という大問題が。
「本当なら、普通に背負っていこうと思ってたんだけど、さすがに女の子をダイレクトおんぶするわけにもいかねぇからな」
「え? おんぶ、って……その、馬、とかで行くわけでは……?」
「そんなもん使わねぇよ。世話とか面倒だし、遅いし。俺が走っていくのが一番速い」
と、当然のように語るカイの背に、半信半疑で乗ったミチア(あまり密着すると怒られた)であったが、信じていたことも疑っていたことも全て、自分の常識の内のことであったとすぐに思い知らされた。
何故なら今この時点で、山を一つ越えている。本来なら麓を迂回し、一日がかりで進むべきルートを、だ。
それはもう、今思い出しても目が回るような体験だった。
走れば容易く馬を抜かし、跳べば空飛ぶ鳥を跨ぎ、山の木々の間を縫う感覚は、まるで自分がかたちを持たない風にでもなったような気分だった。
(もう帰りたい……)
まだ少し震える足を抱えながら、ミチアは一人そう願った。
話には聞いていたが、さすが勇者は規格外の人間だ。伝説級のドラゴンを一人で倒したらしいが、その強さは攻撃の面以外にも活きている。
もしもこの調子で、文字通り一直線に走り続けるとしたら、おそらく日が暮れる前には目的地に到着できるだろう。
だけど、それまで自分が持つだろうか。体力面はまだしも、精神面が。
そんな不安でミチアが足元をじっと見つめていると、フッとそこに影が差した。
「えっと……大丈夫か? 少しは落ち着いたか?」
「あ、はい。もう少し休めば大丈夫だと思います。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「あ、いや、それはまあ、いいんだけどさ。どうする? やっぱり王都に戻って、誰かと交代してもらうか?」
あれだけ走ったのに、疲れている気配すらないカイは、本当に心配そうにミチアにそう尋ねた。
これは、出発前――ミチアが少女であると判明した際にも、言っていたことだ。頭ごなしという感じではなかったが、それでもこんな年若い女の子を連れてはいけないと、彼は主張した。
しかし、それを却下したのはミチア自身だ。
教会から言われた仕事は果たさなければならない、と。そして、選ばれた自分にはその義務がある、と。
だから、ミチアは力いっぱい首を横に振り、カイに言った。
「いえ、私にやらせてください! 『奇跡』を授かった私が、やらなきゃならないんです!」
「奇跡?」
「あ、そういえば、まだ言ってませんでしたね。私、幼い頃に『不死』の『奇跡』を授かっているんです」
「不死。死なないってことか?」
「はい、その通りです。だから、回復力も人より高くて、頑丈なんです」
だからこそ私が案内役に、とミチアは立ち上がる。体力はもちろん、精神もだいぶ落ち着いてきたところだ。
そんなミチアを見て、カイは関心深げに口を開いた。
「珍しいな。『不老不死』ではないんだな」
「え――?」
「だって、幼い頃にってことは、歳は取ってるわけだろう? つまり老いてはいるわけだ」
「よ、よく分かりましたね」
確かにミチアが奇跡を授かったのは、六歳の頃。それから十年、身体は周りと変わらず成長している。
だけど普通、そんなことに気付く人物はいない。
まず、不死というインパクトに意識が持っていかれるものだろう。
と、そんなミチアの疑問に答えるように、カイは返してきた。
「まあ、不老不死のヤツとかも色々見てきたからな。人造人間だとか、幼女の姿のヤツとか」
「わ、私以外にも、この世界にそんな人が?」
「いや、まあ、前の異世界での話だけどな」
「前の……?」
「ああ、気にするな。こっちの話だ。とりあえず、この世界にもいるかは知らない」
「そう、ですか……」
もしもそんな人がいるならば、自分の抱える悩みを相談できたかもしれないのに。
にわかに現れた希望が消え、そう落胆するミチアであったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。元々が『奇跡』のような話なのだ。
だから、自分の役目を果たすべく、ミチアは頭を切り替えた。
「あ、大変お待たせしました。もう大丈夫です。行けます」
「ん、そうか? えーっと……」
そう言って、何かをなぞるかのように宙に指を滑らすカイ。
そしてそこを見つめながら、呟くように彼は言った。
「うん、確かに回復してるな。というか、レベルも上がってるな」
「レベル?」
「ああ、これも気にしなくていいよ。ほとんど独り言だから。それにしても結構上がったな。やっぱり移動中も、適当にそこら辺のモンスターを踏み潰しといたのが良かったな」
「踏み潰しといた、って……そんな雑な」
「何が雑だ。踏み潰すのは、伝統ある王道の倒し方だぞ。亀のモンスターとか、栗っぽいキノコのモンスターとか」
「栗っぽいキノコって、何だか弱そうなモンスターですね」
「おいおい、栗キノコを甘く見るな。初っ端のアイツに、一体どれだけの人類がやられてきたことか。栗キノコ、なめんなよ」
「は、はぁ……」
「その顔はよく分かってない顔だな。よし、今から一つ大事なことを教えといてやる」
――いいか、ミチア。
と、よくよく思い返せば初めて名前呼びで、カイは教師のように言った。
「急に走り出すと、危ない」