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「私、カイさんのこと一生忘れませんから!」
「向こうに戻っても元気でな、カイ!」
「い、いつか絶対そっちの世界に行ってやるから、そのときは色々案内しなさいよ!」
「勇者カイ、この世界を救ってくれて本当にありがとう。では、あなたを元の世界に送り戻しましょう」
「――って、あの感動的なエンディングは何だったんだよ!」
思わず声に出た脳内ツッコミが、向かいに座る騎士をビクリと反応させ、カイはすかさず「すいません、こっちの話です」と謝った。
――ダガヤツヴァ撃退後。
様々な想定外が重なり、頭の整理が追い付かない国王たちであったが、とにかくはまず勇者を王城へ、と、カイは護衛と共に馬車に乗せられていた。
賓客用の馬車らしく、内装は豪華で、ソファーもフカフカで座り心地が良い。
だが正直、カイとしては満足いかない部分があった。
遅いのだ。馬を魔法で強化し、王都には日暮れ前――今がだいたい昼過ぎ――に到着できるそうだが、カイの感覚からすれば、それでも遅い。
もっと速い移動手段があるのに。
そうは思うが、しかしそれを使っても結局は同じだ。
国王たちも、この馬車の列の中。一人早く着いても、話を聞くためには待っていなくてはならない。
それにまあ、確認するにはちょうどいい機会か。
そんな風に考え、カイは手元に浮かぶ黒い画面に、視線と指を滑らせた。
「……あ、あの」
向かいの騎士から掛けられた、控えめな声。
それに顔を上げると、カイは「はい」と続きを促した。
「勇者様は、その、先ほどから何をなさっているのですか?」
どう見ても自分より年上な相手からの丁寧な敬語に、何とも複雑な思いがこみ上げてくるが、まあこれも慣れたものと、カイは言葉を選び、口にした。
「えーっと、まあ、一種の儀式のようななものですかね。自分の力量を測る、みたいな」
「なるほど……」
カイの答えに、騎士はそう頷いてみせるが、心から納得したという感じではない。
だが、それも仕方のないことではある。
何故なら、カイが操作している画面は、カイにしか見えていないのだから。
ユニークスキル:ゲーム脳。様々な事柄をゲーム感覚で把握し、修得する能力。
それが、カイが『前の』異世界で創り出したものだった。
(自己強化系は生きてるけど、魔法系は……やっぱり全滅だな)
視線を手元に戻し、自身のステータスを確認しながら、カイは心の中でそう呟いた。
魔法とは、精霊との契約の下に起こす奇跡。それが『前の』異世界の理だ。
だから、魔法系のステータスが引き継がれていないのは当然のこと。
ゲームシステムが、世界が違うのだから。
だが、世界が違うと言えば、そもそもこの世界自体が違う。こんな世界を、カイは望んでいない。
本来であれば『前の』異世界を救ったあと、元の世界――日本に帰れるはずだったのだ。
約一年前、カイは異世界の女神によって、通勤途中のスーツ姿でいきなり召喚され、ユニークスキルの創造を条件に、世界を救う羽目に。その後は、まあ、とにかく色々なことがあったが、ついには世界を救って、日本に帰還。
と思っていたのに、辿り着いたのはまた別の異世界だったというわけだ。
ようやく日本に帰れると思ったから、散々苦労して鍛え上げた魔法系の能力も、潔く諦めたというのに、蓋を開けてみれば、異世界から異世界への平行移動。
まさかのまさかの、異世界召喚のはしご。
「――って、居酒屋じゃねぇんだぞ、あの女神!」
そんなカイの叫びに、再び騎士がビクついたのは、言わずもがなだろう。
◆ ◆ ◆
「改めて、よくぞお越しくださいました、勇者様。私はこのマティチカラ王国の国王、クレン・ティシタ――」
「あ、大変申し訳ないんですが、そういうのは一通り経験済みなんで結構です」
マティチカラ王国王城、謁見の間。
白と赤を基調とした荘厳なその空間で、またも国王の名乗りは遮られた。
もちろんこれには、周りに居並ぶ大臣や騎士たちの間にも、ピリリとした空気が流れる。普通ならば、投獄さえありえるほどの無礼な態度だ。
だが今、それを咎める――いや、咎められる者は、ここには誰一人としていない。
何故なら相手は、七邪竜を一撃で倒すような人物だ。見た目こそ珍妙な格好をしただけの男だが、そこに宿る力は計り知れない。
だから国王も、誇り高き自分の名を口にすることは諦め、代わりに相手の名前を尋ねた。
「で、では、勇者様のお名前をお伺いしても?」
「俺? 俺は、カイ……」
と、そこでカイの言葉は止まった。
実のところ『カイ』は本名ではない。前の異世界に召喚された際、世界観に合わせ、いつもゲームで設定しているユーザーネームを名乗ったのだった。
だが、そんな名前も一年近く実際に使っていると、不意に口から出るほど違和感はない。
それに、ここで本名を名乗らなかったとしても、何の問題もないだろう。別に、住民登録するわけでもないし。
そんな判断の下、カイは改めて口を開いた。
「カイ・シャインです」
カイのその自己紹介に、場がどよめいた。
緊張していた大臣たちも表情を明るくし、口々に、
「シャイン、だと……」
「光を名に冠するとは、さすがは勇者様」
「やはり、あの力は紛れもなく本物だったのだ」
「これで世界は救われる」
といった、安堵にも似た感嘆の声が並べる。
だが、そんな反応を楽しめたのも、前の異世界での話だ。ふざけて付けた名前を称賛されるのは、それなりに面白いものがあったが、その歴史がまた繰り返されると思うとうんざりする。
だから、彼らの声もまた、カイは強めの語気で断ち切った。
「あの! すいませんが、話を前に進めてもいいですか?」
「そ、そうですな。先に進みましょう」
カイの威圧感に、おもちゃのようにコクコクと首を振る国王。
かつて、これほどまでに威厳のない国王を見た者はいないが、それを今、目の当たりにしている者も、気持ちは同じだった。この勇者に逆らっちゃダメだ、と。
だから、それからはもう、カイの独壇場だった。
「端的に訊きます。まず、俺を召喚した理由は?」
「はい。完全復活を果たそうとしている魔王を倒していただきたく、召喚させてもらいました」
「それを請け負った場合、俺が得られるものは?」
「はい。我々にできることでしたら、何なりと」
「最終的に、俺を元の世界に送り戻す方法については?」
「はい。伝説の勇者は、魔王を倒した際に生じた亀裂から、元の世界に帰られたと言われております」
「分かりました。では、これから俺が指定するものをすぐ用意してください」
――二周目は、最速攻略を目指します!!
高らかに放たれたその宣言は、城内いっぱいに響き渡った。
もちろん、その意味が分かる者は誰もいなかったが。