10.はい/いいえ
結局、コーセン遺跡に大賢者ウィズマの弟子はいなかった。
中にいた他の冒険者たちに聞いて回ってみたところ、もうすでに別の地へと旅立ってしまったらしい。
だが、収穫がなかったわけではない。
聞き込みおかげで、次に目指すべき場所が判明した。弟子もその場所について、彼らに色々と聞いて回っていたそうだ。
しかも、出発したのは少し前の話。
カイならば、すぐに追い付けるだろう。
そう――カイ一人、ならば。
「ご迷惑ばかり――というか、ご迷惑だけをお掛けして、すみませんでした」
まだ高い太陽に照らされた、ジキータ村。
無事、遺跡を脱出し、カイと共にここに戻ってきたミチア――服は宿屋で繕わせてもらった――は、彼に対してそう深々と頭を下げた。
本当に今回、自分がしたことは迷惑以外の何物でもない。
勇者の背に乗り、勇者を誘惑し、勇者とはぐれ、勇者に助けられた。これを迷惑でないというならば、他に何と呼べばいいのだろうか。
しかも、掛けた迷惑はこれだけで終わりではないのだ。
「それと、色々と話を聞いてくださって、本当にありがとうございました。私、初めて人に話せて、なんだかすごくすっきりしました」
地上に戻る道中、ミチアはカイに自分の過去を語った。これまで何があったのかはもちろん、自分がこの『奇跡』を『呪い』と疑っていることも全部。
それが、ズタボロの服と無傷の身体を説明する上で、もっとも分かりやすいと思ったから。
それが、肌を隠すために上着を貸してくれ、身体の心配もしてくれたカイへの、誠実な対応だと思ったから。
(――いや、違う)
分かりやすいとか、誠実だとか、本当のところどうでも良かったのかもしれない。そんなのはきっと建前だ。
ただ、聞いてほしかった。
誰かに、自分の話を。
そしてカイはそれを、静かに受け止めてくれた。
(出会ってから、まだ一日くらいしか経ってないのにね)
そんなことを思うと、ミチアの口から自然と笑みが零れた。
そうなのだ。まるで長い旅を、大冒険を送ってきたかのように思えるが、全てはほんの一日の出来事。
それなのに、十年も溜め込んできた本心を明かしてしまった。
ずっと答えの出ない問題を、あるいは答えなんて無いかもしれない問題を、カイにも聞かせてしまった。
だけどそれが今は、心の底から清々しいと思える。
「えっと……とりあえず、この道を真っ直ぐ行けば、国境の砦に着けるはずです。なので、そこから先の道は、砦の騎士様に聞いてみてください」
「……ミチアは来ないのか?」
「はい。私がカイさんをご案内できるのは、マティチカラ王国国内だけです。国の外のことはあまり知りませんし、もし出るとなれば、教会の判断を仰がなければなりませんし」
そんなことをすれば、せっかく手掛かりを得た大賢者の弟子を、また逃してしまうかもしれない。
おそらく、ここまで来たのと同じようにカイに運んでもらえれば、今日中には王都まで戻れるだろう。だけど、そこから教会の判断を仰ぐとなれば、また時間が掛かる。下手をすれば、無駄足に終わることだって。
だから、そんなことはできない。
もうこれ以上、カイに迷惑は掛けられない。
そう考えていたミチアに、カイは少し怒ったような表情で言ってきた。
「あのさ。案内とか教会とか、そういうこと訊いてるんじゃねぇんだよ。ミチアがどうしたいかを訊いてるんだよ」
「私、が……?」
「だって、その大賢者ってヤツは、色んなことを知ってるんだろ? だったら、初代の聖女がどうなったか知ってるかもしれないし、もしかしたら、その『呪い』を解く方法だって知ってるかもしれないじゃねぇか。会って訊いてみたいとか、思わないのか?」
「思……わなくはないですけど、ですが、カイさんにこれ以上ご迷惑を――」
「ああ、メンドクサイな! いいか、ミチア。俺が訊いてるのは、二択の質問だ」
冒険を続けますか?
【 はい/いいえ 】
――何だったら、俺がお前を攫っていったという設定でもいいぜ。まあ本来なら、亀大王の役柄だけどな。
悪戯っぽくそう笑うカイに、つられて笑みを零すミチア。
やっぱり、言葉の意味を全て理解することはできない。というか最初から、この勇者は理解できるレベルを超えていた。
だけど今は、それを面白く思える自分がいる。
だから、そんな自分の意志で今度こそ、ミチアは答えを決めた。
「ところで、ずっと気になってたんですけど、どうしてカイさんはそんなに急いでるんですか?」
「……明日、発売日だったんだよ」
「ハツバイビ?」
「ファイナルハンターG、全世界待望の最新作。全シリーズ累計プレイ時間二万時間超えのこの俺が、一年遅れのオンライン参戦で新参者扱いされるとか、マジでありえないんだよ!」
「は、はぁ……」
「失踪人扱いになってるだろうとか、会社クビになってるだろうとか、正直そんなことはどうでもいい! とにかく俺は、さっさと元の世界に戻って、一刻も早く強くならなきゃいけないんだ!」
「…………」
もう十分過ぎるほど強いじゃないですか。
そんな言葉を、当然のようにミチアは飲み込んだ。わざわざ言う必要もない。
だって、思ったままを口にするなんてのは、子どものすることだから。
とりあえず、いい大人のすることじゃあない。




