勝負の行方
全力で廊下拭きを2往復もすれば、足腰パンパンになってもおかしくない。
そう、今僕はまさにその状況なのだ。
ここまで大した差はなかったが、3往復目に入ると晴秋との差が広がってゆく。
「どうした宗人?もうヘバったのか?」
そう言うと、ニコッと笑い僕を追い抜いていく。
悔しいが体力勝負じゃ僕に分はない。
でもここで諦めたらお昼は僕が奢る羽目になる。
面倒ごとに巻き込まれたうえ、昼飯まで奢ったとなったら、これはもう僕の沽券に拘る。
兎に角5往復だ!5往復したら雑巾を洗うという名目で小休止できる。
最低ここまでは差を広げない様にしなくてはならない。
僕は必死に晴秋に追いつくと、離されない様にその横へ並ぶように、猛スピードで雑巾がけをしてゆく。
「おぉ!頑張るじゃんか宗人!まだそんなに早く雑巾がけ出来るなんてさ!」
晴秋はまだ余裕がありそうだ。なんせ話しかける余裕がある位だからね。
「まだまだ、全然、平気さ。韋駄天の宗人とでも呼んでくれ!」
息切れしながらもそう強がるので精いっぱいの僕。
「あははっ!なんだよソレ?海老天の仲間か?旨そうだなソレ!具はなんだ?」
晴秋の無能っぷりに爆笑しかけたが、何とか堪えてそれ以上余計な会話をしないようにする。
必死で廊下を雑巾がけして、ようやく5往復終了した。
僕らは先を争うかのようにバケツで雑巾を洗い、再びコースに戻る。
このままでは確実に負けると悟った僕は、晴秋に声をかける。
「晴秋、気付いた?あっちの水道の窓から2階の女子更衣室らしきものが見えるぜ。僕がさっき見上げた時、窓越しに人影が見えたから、多分これから体操服に着替えるとこなんじゃないのかな?」
そう言うと晴秋が喰いついてきた。
「ま、マジで!?まだ着替えてないの!?マジでこれから!?ど、どこどこどこどこ!?」
HIT!!
さすがエロの権化晴秋。
「あそこの水道のトコの窓だって。気になるんなら、あそこに差し掛かった時にでも、バレない様にそっと二階を見てみ。そーっと、な。あれは間違いなく窓の外の事なんて気が付いてない風だったよ。これは僕の推理だけど、なんか考え事でもしていて無意識にそのまま着替えちゃうってパターンだと思うんだ。晴秋だってそういう事たまにはあるだろう?無意識にって事。僕だってあるよ。ぱっと見だったけど、なかなか綺麗系な子だったんじゃないのかな?」
そう言うと、晴秋は完全に向こうに見える水道の窓に気が行ってしまっている様子だった。
僕らは再びレースを再開しだす。
僕の策略を完全に信じ切った晴秋は、電光石火の如くその水道へダッシュ!
そこで完全に動きを止め、息を殺して二階の窓をそっと見る。
掛かった!!
僕はこの隙に今出せる最高のスピードで雑巾がけをし、晴秋に一往復差をつけた。
「おぃ宗人!全然見えないぞ!本当に見えたのか?」
横を通過しようとしたら晴秋に話しかけられる。
「あ、ゴメン。よく見たらアレ人体模型だわ!って事はあそこは理科室だな。さしずめあの人体模型はリカちゃんて名前なんだと思うよ。理科室だけにね!でもほら、よく見ると綺麗な背骨してるよね!惚れ惚れしちゃうよ。」
そう言うと僕は再び雑巾がけに戻る。
「騙したな!」
ようやく気が付いたのか、晴秋が猛ダッシュで追い上げてくるが、時すでに遅し。
雑巾がけレースは僕の優勝で幕を下ろした。
「汚ねーぞ宗人!」
教室に帰る途中、晴秋が僕に抗議するが、僕はそれを受け入れない。
「晴秋、僕は何も嘘なんか言ってない。僕が言った事思い出してごらん?それに強制もしていないだろ。と言う事で僕は汚くなんてない。さ、お腹も空いたし、ラーメン食べに行こう?晴秋の奢りでね!」
晴秋はイマイチ納得してない風だったが、僕はこれで少しだけ気持ちがスッキリしたから、今朝の事はこれでチャラにしてあげる事にする。
「あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ~。先戻ってて。」
「へーい。」
間が抜けた様な返事をしてA組に戻る僕。
誰もいないと思って鼻歌交じりで教室に入ると、そこにはポツンと一人机に座っていた。
「あ、アレ?神薙さん!?まだ帰らなかったの?」
そう尋ねると、少し間があって答えが返ってくる。
「・・・まだ私たちのどちらかが委員長をするか決めてない。」
確かに。でも別にそれは今日じゃなくてもいい気がする。
「え!ひょっとして、その為だけにわざわざ待っていてくれたの!?」
そう尋ねると、神薙さんは無言で頷く。
「気にしなくていいわ。私が勝手に待っていただけだから。」
大変申し訳ない事をしてしまった様な気持ちになり、僕は神薙さんに頭を下げる。
「ゴメン神薙さん!」
神薙さんは特に怒りもせず淡々と話を進める。
「じゃあ、どうする?私はどっちでもいいわよ?」
そう言うと僕に答えを求める神薙さん。
「それなら神薙さんに委員長をお願いしてもいいかな?僕みたいなチャランポランには荷が重すぎる。その代り、副委員長として全力で神薙さんをサポートするからさ。どうかな?」
そう答えると神薙さんはコクッと頷く。
「わかった。じゃあ、それで。」
そう言うとカバンを手に教室を出て行こうとする神薙さん。
時計を見れば13時を回ったところだ。
幾ら勝手に待っていたといっても、女の子を随分と待たせてしまった事には違いない。
僕は教室を出ようとする神薙さんを呼び止める。
「あ、ちょっと待って神薙さん!!折角だから途中まで一緒に帰らない?もう少し委員について話しておきたいし!」
そう言うと歩みを止めて、こちらを見る。
「ん。じゃあ、途中まで。」
僕は大慌てで帰り支度をする。
そこへトイレに行っていた晴秋が帰ってくる。
「おー悪ぃ宗人。帰るべ~。・・・って、こんな時間に神薙が何でいるんだ?」
僕は晴秋に状況説明をすると、晴秋も帰り支度を始める。
「なんだよ、俺に告白する為に待っていたかと、ちょっとだけ真剣に考えちまったよ。まぁ、仕方ない今日は諦めて帰るか。先は長いしこれから先告白イベントなんて幾らでもあるだろ!入学初日って言うのはさすがに俺も考えが甘かったかな?よし!帰ろうぜ。」
何処からそんなプラスな発想が生まれるのか?
一度晴秋の頭の中を覗いてみたいものだ。
委員長の神薙さんと副委員長の僕。そして自称オシャレ番長の晴秋。
まさかこんな組み合わせで帰る事になるとは夢にも思わなかったが、僕ら三人は途中まで一緒に帰宅する事となったのだった。