罰掃除
廊下の雑巾がけを行う前に、僕らは職員室に顔を出し、凪和先生に一言かける事にする。
「失礼します!」
職員室に入ると、一斉に先生方の目が僕らに向けられる。
ある程度覚悟はしていたものの、突き刺さる視線が痛い。
「おぃ、宗人!なんか俺達めちゃめちゃ見られてるんだけどさ、なんかやらかしたか?」
いやいやいやいや、今朝体育館でやらかしたじゃん!
突っ込みそうになったがグッと堪えて言葉を飲み込む。
しばらくするとどこからかクスクスと笑いだす先生が数名。
それにつられてその他の先生方も笑い出す。
「おっ!来たか新入生!今朝は久し振りに笑わせてもらったよ。大きな声じゃ言えないけど、正直お堅い学校な訳でさ、我々先生も時々息苦しくもある訳!でもってこの時期ってやることが沢山あってな、先生たちの間も少しギスギスしてたりするんだわ。そんな中今朝の出来事だろ。いやいや、笑わせてもらったよ!入学草々元気があってよろしい!あ、俺は体育教師で臼井 健だ。学年顧問も兼任しているからよろしくな!」
ジャージ姿のいかにもと言った体育教師が笑顔で話しかけてくる。
臼井って言う割には、髪はフサフサしている。
漫画で出てくる様な嫌味な体育教師ではなく、どちらかと言ったら面倒見がよさそうな気のいい先生みたいだ。挨拶にもそれが垣間見れて好感が持てる。
「ご丁寧にどうも。自分は堀川 宗人と言います。こっちは安部 晴秋です。先生方におかれましては、入学式草々ご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ありませんでした。多分これからも主に晴秋がご迷惑をお掛けする事となると思いますが、三年間よろしくお願いいたします。」
そう言って頭を下げる僕。
「なんで俺限定なんだよ!あ、でも今朝は本当にサーセンでした!」
ツッコミながらも一応頭を下げる晴秋。
「まぁ一部問題視する先生もいるみたいだが、殆どの先生は今回の件それほど問題視していないよ。現に校長だって怒ってなかっただろ?ある意味いいガス抜きが出来たって言うのが俺たち教師の見解だ。まぁ、お前たち二人は今日で全部の先生に顔と名前を憶えられたって事になるから、あまり目立つような悪さはするなよ。」
そう言うと一同ひとしきり笑い、何事も無かったかの様にそれぞれがまた自分の仕事に戻る。
僕と晴秋は凪和先生を見つけると、罰掃除の件を伝えると笑顔で了承してくれた。
職員室でもう一度頭を下げて退室し、僕らは廊下拭きに取り掛かる。
「しかしなかなか長い廊下だな。のんびりしてたら俺たちまで老化しちまうよ!廊下だけにな?」
まったくもって面白くない晴秋のギャグを無言でかわすと、僕は手近な水道でバケツに水をくむ。
「おい、冷たいじゃないか宗人!水道だけに今朝の事は水に流そうぜ!な?」
まだ言うかこの馬鹿は。
「はいはい、もういいから。兎に角早いとこ終わらせて帰ろうよ。今日は午前中だからお昼だって出ないし。」
そう言って、バケツに浸した雑巾を固く絞って晴秋に渡す。
「あ、そう言えばそうだったな!なぁ、帰りにどっかで昼飯食って帰ろうぜ!って事でだ、宗人。ここは一丁勝負と行かないか?負けた方がランチを奢る!どうだ?」
何をまた子供じみた事を!馬鹿じゃないのか?
と、いつもの僕なら思っただろうさ!
「いいよ!じゃ、僕が買ったらラーメンセット大盛りな!?」
ニコニコと笑う晴秋。
「OKOK!上等だよ!俺が買ったらチャーシューメンセット大盛りだ!覚悟はいいか?」
そんなやり取りをしていると、職員室の入口から数名の先生がこちらを見て小声で何か話している。
「どうやら奴等廊下10往復、勝負するみたいですよ!?どうですか、彼らのレースに我々も今日のお昼を賭けるって言うのは?」
おいおい、本当にここお堅い進学校か?
「あ、臼井先生オッズは?オッズはどうなってます!?」
先程の臼井先生が何やら紙を手に話し始めた。
「うん。第一コースの堀川は、頭脳派だな。これまでの体育の成績は5段階評価で平均3。それに比べると、第二コースの安部は体育の成績は平均4。ただそれ以外は平均で2と言ったところですね。体力的な面では安部、頭脳では堀川ってとこですね。ま、普通なら安部でしょうが、それでは面白くないんで私は堀川に乗ります!」
多分手に持ってる紙は、僕らの小学校時代の成績表だな。
職員室の方が若干ザワつく。
なんだか変な事になってるが、僕らには関係ない。
僕はただ僕の今日のお昼の為に頑張るだけだ。
「よし!晴秋やろう!勝負とは言え一応表向きは罰掃除だ。だから、廊下は最終的に綺麗にしなければならない。その為一つルールとして、5往復終わった時点で雑巾を必ず一度バケツで洗う事。これをしなかった場合、罰符として一往復追加する。いいか?」
晴秋は快く快諾した。
いよいよ第一回昼飯争奪廊下拭きレースが始まる。
第一回と言ったが、第二回があるかは不明だ。
「じゃ、行くぞ宗人!あ、っとその前に!臼井先生~フサフサなのに臼井先生~。スタートの合図いいっすか?」
若干笑いが起きたが、臼井先生はその旨を承諾。
いいのか?
「よしいいだろ!おぃ堀川、俺はお前の勝利にかけているからな!負けるなよ!じゃ行くぞ!位置について、よーい、ドン!」
その掛け声と共に、僕たちの罰掃除はスタートした。