おまじない
晴秋を追って三階まで階段を登ると、1-Aの教室はすぐに見つかった。
「もー!晴秋の奴僕を置いて一人でサッサと行くなんて!全く酷い奴だよ!浮かれるのもいいけど、程々にしてもらいたいよ!」
そんな事を口走りながら教室に入ってみたが、晴秋が見当たらない。
もう一度端から端まで教室の中を見渡すが、やっぱりいない。
「トイレにでも行っているのかな?」
僕は教室を出た。
あれだけ派手ななりしているんだ、すぐに見つかるはずなんだけど・・・。
1-Aって訳で、当たり前だが一番端にある。そりゃそうだよ、普通に考えればABC順に教室があるんだから。
そんな事、さすがの晴秋にだってわかっていると思うんだけど・・・ね?少しだけ心配なんだ。
男子トイレを確認したが見当たらない。
何処に行ったんだあの茶髪。
そんな事を考えていると、少し離れたところから僕を呼ぶ声が聞こえる。
「おーぃ宗人、教室が見つからないんだ!」
わかっちゃいなかった。
「晴秋、お前は馬鹿なのか?どう考えたって普通はABC順にクラスがあるだろうに?英語は何から始まるよ?Aからだよね!?そしたら一番端にA組があるって普通思いつくと思うんだけど!」
少し呆れ顔で晴秋にそう言うと、晴秋は目を丸くして答える。
「おぉー!さすが宗人、頭いいな!その発想はなかったよ!」
馬鹿にしてるのか?
一瞬そう思ったが、晴秋とはそこそこの付き合いだ。彼がまじめに答えている事ぐらい僕にも判った。
「頼むよ晴秋~。っかよ!その発想ってなんだよ!?普通なら一番最初に思い浮かぶ事だろう!?」
中学生になった初日からコレだ!先が思いやられるよ。
「兎に角、僕らのクラスは一番端!行くよ!」
そう言うと、晴秋を連れてA組に向かい、僕らは教室に入る。
現時点で1-A組という事しかわからない僕らは、取り敢えず空いている席に腰を下ろす。
改めて教室の中をグルット見渡してみたが、晴秋の様な格好をした生徒は一人も見当たらなかった。
故に、気が付くとクラス中の視線が晴秋と僕に注がれていた。
「おぃおぃ宗人、登校中もそうだったけど、俺達凄く注目されてるぞ!女子のこの温かい視線とかさ、くぅ~!たまらんね!!早くも俺の時代到来か!?」
アホだ。
コイツは本当に、天然級のアホだ!
っかそんな時代は到来しないから!
「あのな晴秋。アホなお前でもわかるように説明するとだな、皆からの視線の理由はな、決してお前を羨望の眼差しで見ている訳じゃない。むしろこの視線は、哀れみであり蔑みの眼差しだと思うぞ。そして悲しい事に、その視線は僕にまで影響を及ぼしている。晴秋と仲良くしている僕も、間違いなく同類に見られているな。」
そう晴秋に説明すると、彼は何言ってんだコイツ?って目で僕を見る。
「バーカ、そんな事あるかよ!男子はどーでもいいとしてだ、女子はそんな事思っちゃいねーって!間違いなくこのオシャレ番長候補の俺を、今から要チェックしているだけだって!あ、あれか宗人!嫉妬か?男のジェラシーってやつか!?おいおい、中学生にもなってみっともないぞ~そう言うの!」
駄目だこりゃ。
アホもここまでくると救いようがないかもしれない。
「いいか晴秋。確かに晴秋は男の僕から見てもイケメンだよ。それも結構レベルが高い。そこは認めよう!でもさ、少し冷静になって周りの女子達の話し声に耳を傾けてみろよ。ほら?聞こえて来るだろ?」
そう言って僕らは周りの女子の会話に耳を傾ける。
「ちょっとなにあの人~。ここ進学校でしょ?なのに茶髪ヤンキーとか。場違いよね。」
「あ~ぁ、残念よね~。顔はいいのに、アホとか。オシャレ番長とか、何言っちゃってるのあの子?」
「ナルシストもあそこまでいくとキモよね~。自分に酔ってるって言うか、泥酔状態!?アル中ならぬ、ナル中とか!超ウケるんですけどー!」
あっちこっちから聞こえてくる女子の会話。
ここ本当に進学校か?
「な、わかったろ?晴秋、このままじゃ入学初日からお前の株は大暴落だよ?まだ上場してもいない晴秋の株がだ!と言うか、もう暴落しかかっている。マズいぞ晴秋!」
そう言うと余程ショックだったのか、若干涙目の晴秋が僕に哀願する。
「まずい、マズいぞ宗人!俺のハーレム化計画がこのままじゃ初日から頓挫し、その道が完全に閉ざされてしまう事になる!何とかならないか!?」
ふむふむ。
他人事だが、なかなか面白い展開になって来た。
同類扱いされて迷惑している部分もあるから、ちょっとばかし悪戯してやるか。
「それは困ったね~晴秋。いい言葉を教えよう。古~い古いおまじない。リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール。我を助けよ、光よ甦れという意味なの。」
晴秋の目に輝きが戻る。
「おぉ!さすが宗人博識だな!よし、俺も早速そいつを唱えてみるか・・・って、それラ〇ュタやんか!馬鹿にしてるんか!?」
するとこの会話を聞いていた女子達から、突然クスクスと笑いが起きた。
その笑いはクラス全員を巻き込み、いつしか大爆笑となっていた。
「なんだかよくわからないけど、笑いが起きたぞ宗人!お前のおまじない満更でもないな!っか、ラ〇ュタか!?いつかお前言ってたよな、明るく優しい男になれって。こういう事だったんだな!?俺お前が言ってたあの言葉の意味、やっと分かった気がするよ!サンキュー宗人、さすが俺の親友だ!」
その笑いの渦の中に、自然と解け込んで行く晴秋。
相変わらず僕の言葉を、間違った方向に解釈しているが、晴秋の笑顔を見ているとこれはこれでいいかなって気分になる。
ちょっと揶揄うつもりが、こんなカタチになったが、結果オーライなのかもしれない。
だって誰かと仲良くしようとする晴秋を見たのは、これが初めての事だから。
友として嬉しい気持ちに包まれていた僕だったが、何となく見渡したその光景の中に、少し気になる女の子を見付けた。
笑いの渦の中に、ポツンと一人残された女の子。
それは少し前の僕みたいな、どこか影がある、そんな印象を受けた。
なんとなく気になったその子は、周りの女の子達に比べると、とても大人びて見えた。
僕が子供だからなのか?彼女が落ち着いた雰囲気だからなのか?
今思えば、名前も知らないその子の事が少し気になり始めた瞬間だったのかもしれない。