中学校入学
桜並木の下で立ち止まって空を見上げると、木々の隙間から日の光が漏れて、それはまるで光の帯の様に僕の目に降りてきた。
4月。
僕らは中学生になった。
コミュニティ・スクールを卒業した僕は、地元の中学校には行かず、小田原にあるエスカレーター式の学校に進学した。
地元の中学に行っても、一度生じた友達との溝を埋めるのに苦労しそうだし、僕の過去を知らない新しい環境の方が友人を作りやすいと思ったからだ。
晴秋も同じ学校に通う事になっている。
で、今日はその初登校日。
僕は待ち合わせの小田原駅西口ロータリー、北条早雲の像前で晴秋が来るのを待っていた。
まぁ、晴秋の事だから待ち合わせ時間ピッタリに来るとは思わなかったけど、もしかしたらだ。もしかしたら、中学生になった事により、晴秋の眠れるやる気スイッチが急に”ON”となり、5分前行動を心がけるんじゃないのかな~と思ってみたりなんかして、少しだけ早めに来てみたが、案の定無駄な事だったらしい。
「昨日電話であれほど言ったのに。晴秋はやっぱり晴秋であって、それ以上でもそれ以下でもないんだな。」
そんな事を考えながら、喫茶ケルンの方に何となく目をやると、誰かが大きく手を振っている。
「おーぃ、宗人~!」
声は晴秋っぽい。
でもそこにいるのは僕の知っている晴秋から大きくかけ離れていた。
「なんだ!あのヤバそうなヤツ!!」
おぃおぃ、晴れの入学式初日にヤンキーに絡まれるのか!?
ヤバいから目を合わせない様にしないと。
信号が青に変わると、ダッシュでこちらに近づいてくる。
「すまんすまん!寝過ごした。待ったか?」
息を切らしてそう話しかけて来たヤンキー。
でも声はやっぱり晴秋っぽい。と言うか晴秋以外の何者でもない。
僕は恐る恐る声をかけてみる。
「あの~間違ってたら悪いんだけど、晴秋・・・だよね?」
そう尋ねる僕に、キョトンとしてこちらを見る少年。
「おぃおぃおぃおぃ、俺以外の何に見えるんだよ?宗人、春休みの間に若年性健忘症にでもなったか?」
そう言って大笑いする晴秋。
その答えにホッとする僕。
「やっぱ晴秋だよね?驚いたよ、いきなり茶髪のヤンキーが遠くから声掛けてくるんだもん!さらわれるかと思ったよ!で、いつの間に髪の毛染めたんだ?入学初日だって言うのに、周りから目をつけられても知らないよ!」
時間も時間何で、僕らは歩きながら話をする。
「ヤンキーって言うな!それにさらわねーし!!っかよ、俺はこの学校でオシャレ番長のポストを手に入れる!大丈夫だって。俺たちが通う進学校にヤンキーなんいている訳ないだろ?何にしても最初が肝心。ナメられるのは大っ嫌いだしな!」
短ランにロングのTシャツを着て、よくわからん事を口走る晴秋。
オシャレ番長って・・・。
結局は不良って事なのかな?
しかし、つい最近まで小学生だったとは思えない格好に、少々戸惑い気味の僕。
周りから見たら僕も同類に見られてしまうのだろうか?
まぁ、あまり気にしないけどね。
人間は外見じゃない。
そう無理やり言い聞かせながら通学路を歩いて行く。
すれ違う人達の視線が、間違いなく僕らに刺さるのを感じるのだけど、気のせいか?
「おい宗人!可愛い子たちが俺らの方を見てるぜ!ひょっとしてもう注目されちゃってる!?この分じゃ、ハーレムを形成するのも時間の問題だな!」
入学初日からなんてお気楽な脳みそしてるんだコイツは!
見られているのはお前のその外見!
そりゃ~晴秋は顔が整っているよ。
これで性格と頭がもう少し良かったらモテモテだっただろうによ。
残念だな、晴秋。
そんな事を心の中で呟いていると、遠くに校舎が見えた。
少し急な坂を上ると、その頂きに学校はある。
「おっ!到着みたいだぜ宗人。確かクラス表が昇降口付近に張り出されているとか言ってたな!見に行こうぜ!」
そう言うと僕の腕を掴み走り出す晴秋。
傍から見たら、校舎裏に呼び出されたいじめられっ子って風に見えるのかな~?
可哀想に・・・。
そんな憐れんだ目で見られている気がするんだけど・・・。
ちょっと悲しくなった僕をよそに、クラス表を端から見ていく晴秋。
「あった!あったぞ宗人!喜べ、俺達同じクラスだぞ!」
なんだろう、若干素直に喜べない。
なんかここまでくると、悪意か、目に見えない力に操られているとしか考えられない。
だってさ、コミュニティ・スクールに転校してからずっとだよ!?
神様の悪戯なの?
だったら少しばかり悪ふざけが過ぎるんじゃないのかな?神様。
僕はこれまで悪い行いなんてしてませんよ!
むしろ晴秋を正しい方向へ導く為に、ただならぬ努力をしてきた位だ。むしろそれが裏目に出たとでも言うのだろうか?
まぁいいや。知らないクラスに一人より、知り合いが同じクラスって言うのもなかなかいいもんだよな?
それが例え晴秋でも・・・。
「1-Aだってさ。兎に角教室行ってみようぜ!」
初日から色々頭が痛いけど、僕らの新しい学校生活は、こうして幕をあげた。
「いい学園生活にしたいな。」
誰にも聞こえない位の声で、小さく一つ呟くと、3階にある1年A組に向かった。