うどん屋にて
それからしばらく神薙家で話し込んだ後、夕食を一緒にとお父さんに勧められた。
何でも近所にとても美味しい有名なうどん屋があると言う。
正直僕も晴秋も昼の三郎がまだ完全に消化できていない。
丁重にお断りしたが、
「子供は遠慮なんてするもんじゃないよ。」
と、凄い笑顔で押し切られてしまった。
うどん屋に行く羽目となる理由は他にもある。神薙さんのお父さんが晴秋に言った言葉だ。
「あ、そこのうどん屋さんには娘さんがいてね。自分の娘を前にこういう事はあまり言いたくないんだけど、かなりの美人さんだよ。」
それが決定打だったんだと思う。
晴秋は口元を押さえつつ、「ぜひ行きましょう!」とか言うので、僕一人帰る訳にもいかず結局そのうどん屋さんに行く事となった。
「ほら宗人なにしてんだよ!?さっさと靴履いてうどん屋に出掛けるぞ!」
美人という言葉に晴秋はご機嫌だった。
「無理して今日うどん食べなくてもいいんじゃない?また改めて週末でもいいしさ。それに晴秋、ちょっと目が涙目になってるけどさ、本当に大丈夫なの?」
そう尋ねると晴秋は僕に向かって親指を立てる。
「週末まで待てねぇーよ。その間に逃げちまったらどうすんだよ!それによ、昼間三郎のオヤジも言ってたじゃんか。男には負けると分かっていても戦わなきゃならない時があるって。俺はさ、今がその時なんじゃねーのかって、魂で感じたね!」
うーん、相変らずの馬鹿さである意味安心したが、晴秋の将来と未来についてはもの凄く不安を感じた。
「いや、別にうどんは逃げないと思うけど。それにそんな大層な話でもなし・・・。」
そう返事すると、晴秋はキレた。
「バカ野郎!うどんなんてどうでもいいんだよ!そんなもん勝手にその辺で気が済むまでノビてりゃいいのさ!俺が言っているのは娘さんの方だ!”musume"もしくは”daughter"OK?週末までの間に、急に娘さんに彼氏とか出来たらどうすんだよ!そんな事になったら俺は死んでも死にきれねーよ!」
美人画絡むとすぐにこれだ。
何だか真面に相手にするのが疲れたので、”あ、うん。そうだね!”とか言って適当に相槌をうっておいた。
すると晴秋は今度は神薙さんに話を振る。
「なぁ神薙質問なんだけどさ、女の子ってやっぱ沢山ご飯食べる男の方がいいのかな?」
神薙さんは顎に右手人差し指を添えて、少し考えてます!的なポーズをとりつつその質問に答える。
「・・・そうね~。例えば私に彼氏が出来たとするね。で、ある日その人にご飯を作る事になったとするわ。その彼氏がさ、私の作ったご飯を美味しい!って言いながら沢山食べてくれたら私は凄く幸せだと思う。だからご飯は美味しいって言いながら沢山食べる方がいいと思うわよ。私の意見で申しわけないけど、参考になった?」
神薙さんの答えが晴秋の疑問を解決したのか、晴秋は凄い笑顔で”Danke”と答えた。
いや晴秋それドイツ語だから!まぁ、正直晴秋の口からダンケとか出てくると思ってなかったから若干ビビったけどさ、言葉のチョイスはもう少し考えようよ。
そうこう話しながら歩いていると、目的のうどん屋に到着した。
入口に一歩足を踏み入れると、”いらっしゃいませー!”と店主らしき人。また入り口付近にいた女性が僕らを出迎えてくれる。年齢はウチの母と同じくらいだろうか?神薙親子に毎度ごひいきにと言いながら優しく微笑むと、女性が僕らを座敷席に案内してくれる。
「おい宗人、あのおばさん見たか?歳は俺らの母親位だけど、多分昔は相当美人だったと思うぞ!これなら娘が美人って言うのもうなずける話だぜ!」
そん事を話していると、先程の女性がお茶を持って来てくれた。
それをひと口啜ると、差し出されたメニューを見ながら注文するうどんを選ぶ。
「あ、私特性ごまつけ麺大盛りとスペシャルうどん大盛り。それとおでんを適当にお願いします。二人はどうする?お父さんは煮込みでいい?」
そう言うと神薙さんのお父さんは笑顔で頷く。
僕は正直そこまで沢山食べれる自信がなかったので、山菜キノコうどんをチョイス。晴秋はさっきの神薙さんの話を参考に、季節野菜のごまつけ麺大盛りをチョイスした。
雑談をする僕と神薙さん親子。晴秋は店内を隈なくキョロキョロしている。
そうこうしているうちに注文したうどんが運ばれてくる。
「お待たせしました。」
僕が注文したものと、神薙さんのお父さんが注文したものは普通の山菜キノコうどんと味噌煮込みうどん。見た目も美しく、とても美味しそうだ。
一方、晴秋と神薙さんの注文したうどんは明らかにおかしい。
「な、んだ、と。」
そう、量が半端ないのだ。明らかに晴秋のうどんは軽く3人前は有にある。例えるならそう、山だ!
対する神薙さんのうどんも同じような量で、それプラスおでんのネタが20種類くらい皿に盛られている。ちなみに神薙さんはうどん大盛り二つ頼んでるし!この子の胃袋本当にどうなってるんだよ!
「神薙さんとこにはいつも贔屓にしてもらってるし、美琴ちゃんは沢山食べてくれるしね。今日はお友達も連れてきてくれたんだから、サービスしなくちゃ!さ、若いんだからどんどん食べて!」
晴秋はテーブルに突っ伏したまま震えていたが、しばらくすると半ばヤケクソ気味にうどんを食べ始めた。
「うぉぉぉぉぉぉ!見とけ、宗人!これが俺の生きざまじゃい!」
そう言うと季節野菜の特性ごまつけ麺を勢いよく食べ始める。
「俺はこのうどんを食べきって、ここのうどん屋の美しい娘のハートをガッチリと掴んでみせる!見てるか~、うどん屋の娘!この俺の雄姿を!」
すごい勢いでうどんを胃袋に収めていく晴秋だったが、それを聞いていた神薙さんのお父さんから衝撃的な言葉が出る。
「あ、因みに美人な娘さんはこのお二人の間にいるけど、現在その子はここにはいないよ?東京の音大生だから、一人暮らしだよ。いや~先週春休みで帰って来た時見かけたけど、本当綺麗だったよ。」
その言葉を聞いた晴秋は口元に両手を持っていくと、そのままトイレに駆け込みしばらく戻ってこなかった。
その間、神薙さんは注文したものを淡々と平らげ、あっという間に皿が全て空となった。
トイレから戻った晴秋の目は真っ赤で、その落ち込み様と言ったら酷いもんだった。
何かぶつぶつと言っていたので耳を傾けると、てまりうたを繰り返し口ずさんでいた。
「てんてんてんまり、てんてまり・・・。」
まるで燃え尽きて真っ白になった、どこぞのパンチドランカーみたいだった。
それから神薙さんのお父さんがお会計を済ませて店を出た。
僕らはお礼を述べると、秦野駅に向かう事にする。神薙親子とはここでお別れだ。
「二人ともまたいつでも遊びに来なさい。それと不束な娘だけど、どうかこれからも仲良くしてやってくれ。」
そう言って深く頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。では今日はこれで。神薙さん、また明日ね。あ、そうだ!折角だからさ、朝待ち合わせして一緒に行こうよ!僕らはいつも小田原駅西口の早雲像前で待ち合わせて一緒に登校してるんだけどさ。そこに7時50分でどう?」
そう神薙さんに提案すると、笑顔で大きく頷いてくれた。
今日何度目の笑顔だろうか。今朝までは想像もしていなかった神薙さんの笑顔。
これからはこの笑顔が絶えない様な学生生活でありたいと思った。
もう一度二人にお礼と挨拶をすると、僕は死にそうな晴秋に肩を貸し、秦野駅に向かってゆっくりと歩き出した。
それから晴秋を適当に電車にぶち込み、僕は僕でいつもの電車を待って伊豆箱根鉄道に乗り込み、和田河原で降りると徒歩でわが家へ向かう。
気が付くと時計は夜20時を回っていた。
帰宅後は夕飯をご馳走になった旨を母に伝え、お風呂に入り早めに布団に潜り込む。
何だかとても長い一日だったような気がする。
こうして僕の中学一年生、初登校は終わるを告げた。
「楽しい中学校生活になると嬉しいな・・・。」
そんな事を口走ると、僕の意識は少しづつ遠ざかって行った。




