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Triangle Relation  作者: 東京 澪音
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安部 晴秋

それはまだ、僕が玉藻さんと恋に落ちる前の話な訳で。


目を閉じると思い出すあの頃の事。

それは決して素敵な思い出ばかりじゃなくて、目を背けたくなるような出来事も沢山あった。


”三角関係”


これだけ聞くと、どろどろとした恋愛を想像するだろうか?

でもそれは恋の三角関係ではない。


どう説明したらいいのか分からないけど、これから話すことは、僕と友人二人の切っても切れない鋼の絆の話だ。

・・

・・・

小学1年生。

6歳の頃、僕は妹を交通事故で亡くした。


妹は、まだ5歳だった。

たった5年という短い生涯を閉じてしまった最愛の妹。


妹の死を理解できない僕。

その出来事があまりにショックで、僕はしばらく塞ぎこんでいた。


少し前までは何処にでもいるような、明るく笑顔の絶えない少年だったはずが、妹の死を切っ掛けに、心は荒んでいった。


子供というものは、時に素直で正直で。

大人の様な社交性がない分、時にその行動が残酷に映ってしまう事もある。


そんな僕から友人が離れていくのは時間の問題な訳で。

誰かと共にする時間は、あの日から急速に少なくなっていった。


そんな僕の姿に心を痛めた両親は、小学4年生になった僕を小田原にある小さなコミュニティ・スクールに通わせた。

そこは僕の様な心に傷を負った子供達が集まる場所で、中でも比較的軽い症状の子供達が対象の学校だった。


僕はここで、後の親友である晴秋はるあきと出会う事になる。


安部 晴秋。


今でこそ明るいおバカキャラで、皆からとても好かれるタイプだが、当時はかなりの暴れん坊だった為、彼に寄り付く子供は誰一人なく、友達はゼロだった。


そんな僕と晴秋が行動を共にする切っ掛けはなんて事ない事だった。


クラスでペアを作ると今まで一人浮いてしまっていた晴秋だったのだが、そこへ僕が入って来た事により、体育の時間・給食の時間・日直もペアで、挙句の果てには席も隣同士となる始末。


つまり単純に一人だった晴秋に僕が当てがわれたって事。

簡単な数合わせみたいなものだ。


気に入らない事があれば暴れる晴秋。

そんな彼に大人たちも何時しか手を焼き、極力関わろうとせずに放置しておく事が日常となっていたみたいだ。


普通の学校にも馴染めず、この特殊な環境下でも誰も手を差し出そうとする者もいない。

先生ですら彼の気持ちを解ろうとはしなかったんだ。


晴秋が何故暴れるのか?

なぜ誰も彼にそれを聞いてみないのだろうか?


暴れる事には少なからず理由があるはずだ。

何の理由もなく暴れる人間なんていないんだ。


動物ですら暴れるのに理由がある。


晴秋に後から聞いた話だが、晴秋は親の愛情を知らずに育ったらしい。

彼のそれまでの環境は劣悪で、父親は酒を飲むと暴力を振るう人だったらしい。


仕事もせずに朝から酒を飲み、気にいらない事がある度に殴る蹴るを繰り返していたらしい。


母親はそんな父親に愛想をつかし、妹だけを連れて家を出て行った。


母親に見捨てられた晴秋は、暫く父親の暴力に耐えながらも生活をしていたが、近所の方の通報で保護されて、子のない親戚に引き取られ現在に至る。


つまり、暴力でしか相手に思いを伝える手段を知らなかったんだ。

子は親を見て育つと言うけど、何とも皮肉な事だ。


その事に気が付いたのは僕が初めてだった。


初めの頃は最悪だった。

必要最小限しか話さない僕と、何をするにも乱暴者の晴秋。


日直の事などで話しかけると、返答の言葉はいつも同じだ。


「うるせー!」


そう言ってパンチのオマケ付きで返ってくる。

おかげ様で身体のあちこちに痣が出来る始末。


殴られれば痛いけど、それに対して怒ったりする事はなかった。

何故なら、妹の死に比べたら、そんな事大した事じゃなかったからだ。


痛みを感じるって事は生きている証拠だ。

でも妹はそんな事すらわからずに死んだ。


悲しみの海の奥深く。

僕の涙は枯れ果てて、色々な出来事になにも感じなくなっていたのかもしれない。


いつも無反応な僕に痺れを切らしたのか、ある日晴秋に徹底的に殴られた事がある。


「いつもいつも気持ち悪いんだよお前!殴られても声一つ上げないし、悔しくないのかよ!?痛くないのかよ!?何とか言えよ!!」


されるがままの僕を見てそう罵る晴秋。

殴らるている僕よりも辛そうに見えたのは気のせいだったのだろうか?

いつしか彼の目には涙が浮かんでいた。


何とか言えと言われた手前、何とか言う僕。


「殴って気が晴れるのなら、幾らでも殴ればいい。でもね、そんなんじゃいつまで経っても君は一人ぼっちだよ。誰かに自分の事を解ってもらいたい。でもその方法がわからないから、イライラして暴力を振るう。結果、君からみんな離れていくだけだ。そうだろう?君は誰一人にも思いを、その声を、その言葉を口にしていないのだから。」


その言葉が晴秋の確信を衝いたのか、彼はいつしか僕を殴る事をやめて、大声で泣き崩れていた。


「何かあったらこれからは僕に言えばいい。暴力じゃなくて、言葉で伝えて。見ての通り、僕はお喋りじゃないし、ここでの友達も少ない。だからそれを誰かにも喋ったりしない。これからは言葉で僕に君の気持ちを聞かせて。そうやって少しずつ良くなっていこうよ、お互いに。」


今思えば僕は何故こんな言葉を晴秋に掛けたのだろうか?

彼の不器用なまでの悲しみに、子供ながらに気が付いたからだろうか?


多分それは、同じ悲しみを背負う者同士だったからなのかもしれない。


その日を境に、晴秋がむやみやたらに暴力を振るう事は少なくなったが、暴れん坊っぷりはしばらく続いた。


僕に対しても、乱暴な口調は変わらないものの、よく話し、笑顔が時折のぞかせる様にまでなった。

そんな晴秋を見て、僕の心も少しづつ癒されていったのだった。

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