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1-8




 ひとまずカケルの上から移動して立ち上がったフィオナがハロルドを宥めること数分。やっと落ち着きを取り戻したハロルドが先ほどの体勢が事故の結果であると納得したところで、それまで地面に座って二人の様子を眺めていたカケルはやっと立ち上がることができた。


 立ち上がったカケルにハロルドは嫌悪を込めた視線を容赦なく浴びせてくる。その視線にキョトンとしていたカケルにフィオナは改めてハロルドのことを紹介した。


「この人が昨日話した私の唯一の魔法使いの知人、ハロルドよ」

「知人?」

「……」


 ついつい気になった部分を繰り返してみたカケルをフィオナは鋭い視線で制した。その目は余計なことを言うな、とはっきり言っている。フィオナのビンタをくらって数時間しか経っていないカケルは、大人しく何事もなかったかのようにハロルドに「よろしく」と言って軽く手を挙げた。


「それで、フィオナ。君を押し倒していた不届きなこいつは一体なんなんだ?」


 カケルの見せた愛想笑いを完全に無視して、不機嫌そうに眉を寄せたハロルドがフィオナに問い詰める。「押し倒されていたのは俺だ」というカケルの訴えは届くはずもない。一方、フィオナはいちいち距離が近いハロルドに嘆息しながら、カケルにしたのと同じように端的にカケルを紹介する。


「彼の名前はカケル。訳あって、しばらくこの家に泊まることになってるの」

「な、なななななんだってーーーーー!?」


 フィオナのその言葉に、ハロルドは仰々しく叫ぶように声を上げた。


「……」


 目の前で大声を出されて、ハロルドのこの反応を予想はしていたのか、嵐が去るのを耐え忍ぶかのようにフィオナはうんざりとした様子で閉口する。


「賑やかなやつだなー」


 カケルの方は始終興奮しっぱなしのハロルドに、もはや関心さえ抱くような口調だった。しばらく絶望に打ちのめされていたのか、叫んだ口をあんぐりと開けたまま固まっていたハロルドが、青い目に怒りをたっぷりと込めてカケルを睨む。


「貴様!なんでそんな羨ましいことになっているんだ!フィオナは人嫌いで他人を母屋に入れたことなんかないんだぞ!僕だって入れてもらったことがないんだぞ!」

「そうなのか?」


 ハロルドの本音が漏れまくったその言葉に、カケルは少し驚いてフィオナの方を見た。フィオナは鉛色の視線で射殺さんばかりの勢いで、ハロルドを睨みつけた。そんな彼女からハロルドが余計なことを口走ったことへの怒りを読み取ることができた。


「……他人を家に入れたことがないっていうのは本当ね」


 投げやりに言ったフィオナはこれ以上突っ込まれたくないという雰囲気だった。カケルはその意を汲んで黙っていた。


 一方、ハロルドの方は全く口を閉ざす気配はない。カケルのことが羨ましくて悔しくて仕方ないのか、また泣き出しそうに目を潤ませながらカケルに詰め寄って声を荒げる。


「どんな手を使ってフィオナを懐柔っ……」


 喚き散らしていたハロルドがいきなり言葉を止めた。そんなハロルドをフィオナは意外そうに見る。不自然に言葉を切ったハロルドは、じぃっと何かを確かめるかのようにカケルを凝視する。カケルは視線に挑むようにしてハロルドを見ていた。




「貴様、<悪魔>か」




 しばらくして、ハロルドは確信したような、少し驚いたような、そして緊張の混ざった声でそう言った。騒いでいた時とは打って変わって真剣な面持ちを見せている。


「<悪魔>?」

「へー、ちゃんと俺たちのことまだ知ってる奴らがいたのか」


 首を傾げるフィオナの横で、カケルは感心したようにそう言った。それはハロルドの言葉を肯定する言葉だった。


「なんで<悪魔>がこんなところにいるんだ!?」


 ハロルドはカケルから距離をとると、警戒心を露わに身構える。さっきのだただた騒々しかった場の雰囲気が一変して張り詰めたものに変わって、何が起こっているのかわからないフィオナは困惑した表情を浮かべる。


「まぁ、そう騒ぐなって。フィオナも<悪魔>だなんて聞いて怖がってるだろ」


 フィオナの戸惑いに気付いていたのか、カケルはハロルドを宥めるように言う。カケルの平常の声色に、フィオナは少しだけ体に入っていた力を緩めた。が、やはり<悪魔>という単語はフィオナの恐怖心を煽るのに十分だった。


「あなた、悪魔……なの?」

「怖がらせてごめんな。でも、絵本とかに出てくる悪魔とは違うから安心しろ。てか、俺がどこから来たのかもフィオナにはちゃんと説明してなかったよな」

「そうね」

「俺はこの星とは違う何億光年も離れた星から来たんだ」


 カケルのその言葉に、フィオナはどこか納得したような気持ちになっていた。カケルが星と一緒に空から落ちてきたのを見ていたせいか、その可能性をなんとなく考えてはいたからだ。


「概念的には宇宙人と言えるんじゃないか?」

「まぁ、そうなるかな。でも、体の構造的にはこの星の人間と同じ<人類>だよ。ただ、俺たちの星の人間は全員当たり前に魔法が使えるし、この星の人間とは比べものにならないくらい魔力が強いから、<悪魔>なんて呼ばれてるんだ」

「そうなの」


 カケルの説明はとても納得のいくものだった。見た目は確かにフィオナがこれまでに見たこともないほど整っているし、瞳も不思議な色だとは思うが、言葉は普通に通じるし、ビンタをされたら痛みを感じていたし、自分の非を認めて謝罪をしてきたところを思い返してみても、この星にいる人間のようにしか思えなかったからだ。


 この星の魔法使いたちよりすごい魔法を使える他の星の人間、と考えればフィオナの戸惑いは晴れた。魔法を使える人間自体が不可解なフィオナにとっては宇宙人であれ、この星の人間であれ、大した違いはなかったようだ。


 そんな風に思っていたフィオナの横で、ハロルドはカケルの言い分に納得できなかったのか、眉間に皺を寄せながら言った。




「僕としては契約のやり方が<悪魔>と呼ばれる所以だと思うけどね」




「契約?」


 また出てきた聞き慣れない単語に、フィオナはハロルドの方を見ながら首を傾げた。


「フィオナはこんなお伽話を聞いたことはないかい?他の星から流れ星に乗ってやってきた<悪魔>と契約した人間は、魔法を使えるようになるって」

「そういえば、そんな童話があったわね」


 フィオナは子供の頃に読んだ絵本のことを思い出していた。この星では認知度の高いその童話はハロルドが説明した通り、流れ星に乗ってやってきた悪魔と一人の少年の物語だ。フィオナもその話が好きで今でも絵を思い返せるほど何度も読み返した。


「その話は事実なんだよ。大昔のこの星の人々は、<悪魔>と契約することで魔力を手に入れたんだ。最近ではこの星にも魔力が定着して、<悪魔>と契約しなくても自然に魔力を持った人間が生まれるようになってきたけどね」

「知らなかった」


 ハロルドの説明にフィオナは呆然とする。誰もがお伽話として知っている話が事実なんて、きっと昨日カケルが星に乗って降ってくるのを見ていなければ絶対に信じなかっただろうと、フィオナは思った。


「まぁ、大昔の話だからな」

「魔法を使えない人間にとってはただの寓話だしね」

「そういえば、童話では<悪魔>と契約すると魔力は得られるけど心臓を取られるって話じゃなかった?」


 ふと、絵本のことを思い出してたフィオナに疑問が浮かぶ。それはさすがに作り話だろうか、と思ったフィオナの予想に反してカケルはフィオナの問いに首を縦に振った。


「それも本当。昔は俺たちも今ほど魔力が強くなくてな。人間の心臓を手に入れることで魔力を増幅させてたんだ」

「そう、なの」


 心臓を取るなんて、ちょっと物騒な話にフィオナは顔色を悪くする。


「ま、それは大昔の迷信めいた方法で、今は別の方法で契約を交わすんだ。と言っても、今はその契約自体少なくなってきてるんだけどな」

「魔法の世界にも色々とあるのね」


 カケルの説明に、フィオナは感心したような気味悪がるような顔をしながらそう言った。そんなフィオナに「まぁな」とカケルは苦笑いを返した。


「しかし、ハロルド。お前やけに<悪魔>に詳しいな。最近じゃそんな話覚えてるやつなんて、この辺の星でも滅多にいないのに」




「ふん、僕も<悪魔>と契約しているから当然さ」




 不思議そうな顔をして尋ねてきたカケルに、ハロルドはどこか胸を張るようにして答えた。そんなハロルドの返答に、カケルは目を丸くする。


「え!?お前そんな古臭いことしてんの!?」

「古臭いとか言うな!」


 カケルの言葉に腹を立てたのか、ハロルドは噛みつくようにカケルを睨む。


「そもそも、君たちにとっては古臭い方法かもしれないけど、魔法学の未発達なこの星で手っ取り早くいろんな技術や知識を手に入れるには<悪魔>との契約が一番なんだよ」

「へー、ちゃんと考えてんだな」


 今度は感心したように目を丸くするカケル。そんなカケルの態度が気に食わなかったのか、ハロルドはさらにカケルに向かって文句を投げつける。


 その様子を見ながら、フィオナの意識は別のことを考えていた。目の前にいるのは絵本の中の<悪魔>と魔法使い。カケルによれば、魔力の代わりに人間が心臓を<悪魔>に差し出すことはないという。だが、魔力を得るためにはそれなりの代償が必要なはずだ。




 人間は<悪魔>に<何>を差し出すのだろう。




「で、本題に戻るけど!」


 フィオナがそんな疑問を頭の中で浮かべていていると、ハロルドが一際大きな声を出した。それによってフィオナの意識も戻って来る。


「なんで<悪魔>のお前がわざわざこの星に来て、しかもちゃっかり僕のフィオナと同じ屋根の下で寝るようなとてつもなく羨ましい状況になっているんだ!?」


 まだ根に持っているのか、ぐちぐちとカケルに詰め寄るハロルドを見て呆れたようにフィオナは溜め息を吐く。


「カケルはこの星に探し物にきたんですって」

「探し物ー?」


 胡散臭いと言わんばかりに、ハロルドはカケルを見る。そんなハロルドにカケルは苦笑して、そしてなぜかフィオナを見た。視線を向けられてフィオナは首を傾げる。


「物というより、人なんだけどな」

「……」


 カケルの言葉にフィオナは合点がいった。昨日からカケルは<探し物>と言っていたので、フィオナもそれは<物>だと思い込んでいたが、そこからして違っていたらしい。フィオナにきちんと話していなかったことに罪悪感を覚えたらしい表情をカケルは浮かべていた。


「極秘だから詳しいことはフィオナには言わなかったんだ」

「席を外したほうがいいなら、私は母屋に戻ってるけど……」


 困ったような顔で言ったカケルに、フィオナは申し出る。フィオナとしては、特に騙されたという気持ちにもならなかった。カケルは昨日も事情は話せないと事前に断っていたし、フィオナも元々深く関わらないで済むならそれに越したことはないと思っていたくらいだ。どっちかというと自分の方が薄情だなと思っていると、カケルは首を横に振った。


「いや、いいんだ。俺、昨日は頭に血が上っててフィオナに失礼な態度とりまくってたけど、ちゃんと俺に協力してくれるフィオナに悪かったなって思ったんだ。それに、言っただろ?」


 そう言ったカケルがフィオナの手元を指差す。そこには、さっきからずっと手に握っていたカケルからもらったゼラニウムの花があった。


「ゼラニウムの花言葉は『尊敬』と『信頼』だって。全部を話せるわけじゃないけどさ、フィオナには話せる範囲の中でちゃんと事情を説明しようと思ったんだ」

「……わかった」


 カケルの真摯な思いを感じてフィオナは頷きながら、此の期に及んでも深く関わりたくないと思ってしまう自分は、やっぱり薄情だなと再確認していた。


「それで?探してるっていうのは君と同じ星の<悪魔>ってことでいいんだよね?」


 フィオナとカケルの話にひと段落つくのを見計らって、ハロルドがそう尋ねる。逸れいていた話が本題に戻った。


「あぁ。彼女は俺たちの星でもかなりの魔力を持っていたんだが、突然何も言わずに星を飛び出しちまったんだ。最近は<悪魔狩り>なんてする酔狂な魔法使いも増えてるから、急いで保護して星に連れて帰りたいんだよ」


 カケルの説明に「そうか」とハロルドは呟いた。聞き覚えのない<悪魔狩り>という単語がフィオナには引っかかっていたが、これ以上話の骨を折るのも気が引けたので、ひとまず黙っていた。


「この星に来てるのは間違いないのか?」

「おそらく、としか言えないな。彼女の魔力はこの星から全然感じられないんだ。けど、彼女の移動の軌道を辿る限り、行き着きそうな星はここ以外にないんだ」

「魔力が感じられないってことは、魔法で魔力を隠してるってこと?」

「いや、彼女にそういった魔法は使えないはずなんだ。だから可能性があるとすれば、この星の魔法使いに頼んで彼女は魔力の気配を消したんだろう」

「なるほど」

「それで、そういった魔法に通じた魔法使いの情報をお前から聞きたいんだよ。魔法をかけた本人が見つかれば、俺が探してる人の手がかりにもつながるだろ?」

「強引ではあるが、一応筋は通っているな」


 一通りのやり取りを交わして、ハロルドは納得したように顎に手を当てて唸った。会話が途切れたところで、フィオナはカケルの方を見る。


「私に魔法使いの知り合いがいるか聞いたのもそういうことだったのね」

「まぁな」

「それなら、国中の魔女のことを知っている彼は適任だと思うわ」

「国中の魔女?」


 フィオナの言葉にカケルは目をぱちくりとさせる。




「ハロルドは国一番の女たらしって有名な魔法使いなの」




「フィオナ!いつも言っているだろう!僕は女たらしなわけじゃない!みんなを平等に愛しているだけなんだ!」


 フィオナの言葉に自信満々に胸を張って言い切ったハロルド。


「と、本人は言い張っているけど」

「へー……」


 そんな彼に送られるのは、フィオナの呆れ切った溜め息と、カケルの呆れ切った視線だった。だが、そんな視線はハロルドには全く届かない。舞台の上の俳優さながら、「あぁ!」と大袈裟にハロルドは声を上げる。


「わかっている……。わかっているともさ。この僕の輝く美貌が多くの女性たちの心を虜にしていることを。認めよう、それは僕の罪だ!しかし、案ずることなかれ!僕は誰のものでもない!みんなのものなんだ!!」


 自分に酔いしれるようにそう言ったハロルドは、誰に向かってかわからないが大きく両手を広げる。さすがに呆然とするカケルに、すっかり慣れてしまっているフィオナはハロルドの存在を完全に無視して話を続ける。


「そういうわけで、魔女には限られるけどこの国の魔法事情には詳しいはずだから、あなたの役に立つ情報も持っているかもしれないわ。この騒がしさには悩まされるけど」

「フィオナ、照れなくてもいいんだよ。もちろん、僕は君のものでもあるんだから!」


 無視されてもめげないハロルドは、心底迷惑そうに言ったフィオナの最後の言葉を照れ隠しと解釈したらしい。フィオナの手を取ると、王子様キャラによく用いられるキラキラ効果を背負って、熱い視線をフィオナに向けた。


「……」


 その視線から逃れようとするように、フィオナは顔を逸らして目を瞑る。


「ははは」


 疲れ切って沈黙するフィオナに、カケルは同情しながら乾いた笑みを浮かべた。




20150413 誤字修正、20150421 誤字修正

20150601 改行を増やしました

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