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1-7




 お昼になった。いつもなら昼休憩を取るためにフィオナは店を閉めるのだが、今日はカケルが店にいるのでそのままにして昼食を作った。昼食を作っている間に思考を染め上げていた憤怒が冷めていく。そして冷静と言えるほどになった頃、フィオナは不安に苛まれていた。自分の言動を振り返り、後悔する。


 ここでフィオナが悔いているのは決してカケルに向けた言葉や行動のことではない。カケルが何の力もない人間だったなら、フィオナは自分の言動を胸を張って肯定していたところだ。


 しかし、カケルはそういう相手じゃない。店を質に取られているのだ。怒らせてしまったら、店に何をされるかわからない。




 もしかしたら、すでに店を消されているかもしれない。




 そういった物音は店の方から一切してこなかったが、カケルは魔法を使えるのだ。一瞬にして音も跡形も塵一つ残さず建物一軒を消すなんて容易いことだろう。そう思うとフィオナの背筋を寒気が走り去った。

 せめて、余計なことを言わなければよかった、とフィオナは青ざめる。




『あなたは、大事なものなんて、絶対に手に入れられない』




 それを聞いた瞬間のカケルの顔が鮮明に脳裏を過る。この言葉はフィオナの推測から勝手に出てきたものだったが、おそらく確信をついていたようだ。


 フィオナが言った<大事なもの>とはカケルの<探し物>のことだ。フィオナがそう言い換えたのには根拠があった。わざわざ他の星から探しに来たのだから、それは彼にとってそれ相応に価値のある物だということは容易に想像がついたし、たまにカケルが急ぐような言動をしていたから、それは裏付けとなった。結果、フィオナが放った言葉はカケルの急所を突いた訳だったが、自分に不快な思いをさせた報いだと割り切るにはカケルの魔法は恐ろしかった。


 ここは形式だけでも謝罪を述べてみるべきか、そんなものが意味をなすのか、フィオナにはさっぱりわからなかった。何せ、生まれてこの方ロイド以外と喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。そんな相手いなかったからだ。





 いろいろ考えを巡らせていたらあっという間に昼食が出来上がる。カケルに対してどんな反応をすればいいのかは思いつかなかったが、怒らせた相手を空腹状態で放置してするのはどう考えたって逆効果だろうと考え至った。フィオナはひとまずこの後どう対応するかを棚上げして、カケルに昼食ができたことを知らせに店の方へと向かっていった。


 ガラスハウスへ続く扉の前に立つと、フィオナは思わず足を止めた。もし扉を開けて丸っとガラスハウスが消えていたら、と思うと絶望感で身が竦む。ガラスハウスがなくなったって花屋ができないわけじゃない、と悪い予感を無理やり振り払うように心の中で強く呟いて、一つ大きく深呼吸をしする。意を決してドアノブに手を伸ばした。


 ところが、フィオナがドアノブに手をかける前に扉が開いた。その気配を感じて顔を上げると、目の前にカケルが立っていた。扉は彼が開けたらしかった。


「あぁ、いたのか」


 扉の前にいたフィオナを認めてカケルはそう呟くようにいった。その調子は今までのものとは打って変わって、えらく静かなものだった。


 それに戸惑いながらも、視線はカケルの後ろの花屋に向く。そこには間違いなくフィオナの花屋が健在していた。安堵して、フィオナは視線を落とす。




「さっきのことだけど、悪かった」




「え?」


 カケルのその言葉に、フィオナは落とした視線をすぐに上げることになった。先ほどは花屋のことにばかり気をとられて、カケルの顔をまともに見なかったフィオナは、ようやくカケルが気まずそうな表情を浮かべていることに気がついた。予想もしていなかったカケルの表情にフィオナが驚いたような顔をすると、カケルはさらに気まずくなったのか、ふいっと視線を逸らした。


「フィオナが全然顔色変えないから、ちょっとからかってみたくなったんだ。でも、考えてみれば最低だよな。すげぇ大事なもの探しに来てんのに、他の女の子口説くような真似するなんて、軽率だった」

「……」


 カケルの素直な謝罪の言葉に、フィオナはすぐに反応できなかった。フィオナが予想していたカケルの態度が現実のものとかけ離れすぎていたからだ。


 フィオナはカケルが先に謝ってくるなんて、一瞬たりとも想像しなかった。彼女の中でカケルという存在は自分の大切なものを質にとって、一人で静かに過ごしたいという唯一の願いを踏みにじる悪魔みたいな存在だった。 


 そんな風に思っていた彼が顔を合わせた途端、真摯に謝ってきた。形式的にでも謝ろうか、なんて考えていた自分とは正反対のカケルの行動にフィオナは戸惑っていた。




「これ、お詫び」




 フィオナが何も言えないでいると、カケルは持っていた何かをフィオナに差し出す。それは三輪の白い花だった。小さな花芯の周りには均等の大きさをした真っ白な五枚の花びらが放射線状に並んでいる。


「ゼラニウム」


 フィオナはその花を受け取りながら名前を口にする。フィオナもよく見知った花だった。




「花言葉は『尊敬と信頼』」




 花を見つめて呆然としているフィオナに、カケルは言った。驚いた表情でフィオナはまたカケルを見上げる。初めて見たときに思わず見惚れてしまった夜色の瞳は、誠実な色を含んでフィオナを見ている。そこには先ほど悪戯な行為に及んだ時のような怪しげな光は見えない。


 フィオナの店にあったゼラニウムは昨日売り切ってしまった。そして今日は入荷が全くなかったことを考えれば、このゼラニウムはわざわざ他の場所で手に入れてきたものだということがフィオナにはわかった。摘んできたばかりなのか、ゼラニウムの葉の独特の匂いがフィオナの鼻を掠める。その途端、フィオナの心は不思議なくらい自然と落ち着いていった。フィオナはカケルが差し出したゼラニウムにそっと手を伸ばす。


「花言葉にまで詳しいなんて、ちょっと驚いたわ。さっきのお客さんのための花もちゃんと選べてたし、花が好きだって言ってたの本当だったのね」

「あぁ。全然信じてもらえてなかったみたいだけど」

「いきなり押しかけてきて、店壊すって脅されて、あんなことするいい加減な人のこと、信じられるわけないでしょ」

「……そう言われると、返す言葉もないんだけどな」


 フィオナの容赦のない言い分に、カケルはまた気まずそうな表情を浮かべて、押し黙った。そんなカケルの様子に少しやりすぎたかもしれないと、フィオナは罪悪感を覚えた。


「だけど、私もごめんなさい。あんなに思いっきり叩くことなかったわよね」

「スゲェいい音だったよな。そんなに嫌だったのか?」


 形式的なものではなく自然と湧いてきた思いを口にするフィオナに、そう尋ねたカケルは少し落ち込んでいるように見えた。おそらく、あんなに思いっきり異性から拒絶されたのは初めてだったのだろう、と想像がついた。


 フィオナの拒絶は相手がカケルだからというわけではなかった。行動したのが誰であれ、それが他人ならばフィオナは寸分違わない反応を示す。


「誰にでも、ああいうことされるの大嫌いなの。冗談だったら尚更よ」

「ごめん。二度としないよ」


 フィオナがかなりの疲労を感じているのがカケルにも伝わったのか、カケルはまた真剣な表情に戻って、謝罪を繰り返した。


「絶対よ?」

「あぁ、そのゼラニウムに誓って」


 念を押すように尋ねたフィオナに、カケルは頷く。その返事に安堵したように、フィオナは息を吐いた。肩の荷が一気に下りたような感じだった。


「あー、焦った。フィオナって、怒るとすげぇ怖いのな」


 それはカケルも同じだったのか、やっとフィオナの怒りが鎮火したのを感じて、大袈裟に息を吐き出す。そんなカケルをフィオナは恨めしそうな目で見た。


「あなたが軽率なことするからよ」

「本気で反省してるって。このまま昼飯抜きになったらどうしようってヒヤヒヤしてたんだからな」


 ふざけて言っているのか本気で言っているのかはわからなかったが、カケルの呑気な言い分にフィオナもすっかり毒気を抜かれてしまった。ふざけたような口調は気まずい雰囲気を長引かせないためのカケルなりの配慮だとも考えられたし、これ以上突っ込んでも大人気ないかと思考を切り替えようとしたフィオナは、カケルを呼びに来た本来の目的を思い出す。


「そういえば、お昼が出来たから呼びに行こうと思っていたところだったの。あなたが食べてる間、私は店番してるから」

「りょうかーい」


 カケルは満面の笑みを浮かべて返事をしながら母屋の方に一歩踏み出し、その返事を聞いたフィオナはガラスハウスの方へ一歩踏み出した。その足は全く同じタイミングで踏み出され、結果二人の距離が一気に近くなる。二人は驚いて反射的にぶつかりそうになるのを避けようとした。が、フィオナが上げ掛けた足は扉の枠にひかかって、つんのめるように体が前に倒れる。




「!」「おっと」




 倒れかけたフィオナを支えようと、カケルが腕を伸ばす。カケルの腕はフィオナの体を捉えたが、カケルも不安定な体制だったためフィオナの体重をうまく支えることができなかった。




 結果、二人で床に倒れこむ。




 カケルは背中を床に打ち付けたが、受け身を取ったのでそれほどの衝撃ではなかった。フィオナはというとカケルにしっかり抱きとめられていたため、痛みは全く感ずに済んだ。


「ごめん、大丈夫?」


 下敷きにしてしまったカケルを心配するようにフィオナは慌てて顔を上げる。と、前回にも負けないほど近い距離にカケルの顔があった。フィオナは思わず固まる。


「……」

「……」

「えっとー、これは不可抗力、だよな?」


 自分の胸の上で固まっているフィオナに、カケルは恐る恐るといった調子で尋ねる。一方、突然陥った状況にフィオナの思考は完全に停止ていたため、カケルの問いはなんとか耳に届いていたもののすぐに返事をすることができなかった。


「……」

「ビンタは、なしだよな!?」


 何も返事をしないフィオナに本気で怯えて構えるカケル。先ほどのビンタはそれほどの効果があったらしい。

 そんなカケルの様子にフィオナはさらに目を丸くして、そして思わず相好を崩した。


「そんなに心配しなくても、大丈夫よ」


 それはちょっと呆れたような、眉間に皺の寄ったままの状態だったけれど、カケルが初めてみたフィオナの笑顔だった。そんなフィオナにつたれたのか、叩かれる危険がないことがわかったからなのか、カケルも笑った。




「あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」




 そんな二人の耳をつん裂くような叫び声が上がる。フィオナもカケルも目をまん丸にして、その声が聞こえた方、店の入り口の方に顔を向けた。


 そこに立っていた人物はどう見ても一般人には見えなかった。一番わかりやすい表現を使うなら、絵本から飛び出してきた王子様というのがしっくりくるだろう。金糸のような髪に、青空のように澄んだ碧眼。スラリとした鼻筋を中心にバランスのとれた顔立ち。そんな誰もが見惚れるだろう完璧な顔には現在、この世の終わりでも見たかのような悲壮な表情が浮かんでいる。


「な、なんだ?」


 突然現れた見た目には問題ないが挙動不審な人物に、カケルは思わずそんな声を上げる。するとその声が聞こえていたのか、途端に悲壮に満ちていた美形の顔は怒りに満ちた美形の顔へと変わる。眉を吊り上げた碧眼王子(仮)はカケルに人差し指を向けながら怒り心頭といった様子で近づいてくる。


「貴様!何者だ!?僕のフィオナに何てことしてくれるんだ!!」

「『僕のフィオナ』?」


 碧眼王子(仮)のセリフの一部に、カケルはピクリと反応した。その言葉からしてどうやらフィオナをよく知っている、もしくはかなり親しい関係であることが伺えたからだ。そうなると、彼がこの体制で怒っているのにも納得がいく。と、カケルがそこまで考えた時、胸に倒れこんだままの状態だったフィオナが体をわずかに上げた。


「ハロルド」

「はろるど?」

「昨日話した魔王使い」


 首を傾げるカケルに、フィオナは至極端的に碧眼王子(仮)ことハロルドの説明をする。それでカケルには十分伝わったようだった。


「あぁ、こいつが。でも、こいつが来るのは明日じゃなかったのか?」

「たまにはフィオナを驚かそうと思って、一日早く来たんだよ!そしたらフィオナが男、しかもイケメンに押し倒されて……!!!」


 カケルの問いに答えたのはフィオナではなく、ハロルドと呼ばれた魔法使いだった。最後の方は涙声になりながら目元にもしっかり涙を溜めながら、カケルを指差す腕をわなわなと震わせている。そんなハロルドの様子にフィオナは呆れたような視線を向けた。


「ハロルド、落ち着いて。誤解だから」

「これが落ち着いていられるかー!」

「それにどっちかというと押し倒されてるのは俺……」

「そんな細いことはどうでもいいんだー!」


 フィオナとカケルの言葉はハロルドに全く届かなかった。店内に響き渡る声で喚くハロルドにフィオナはカケルを下敷きにしたまま大きく肩を落として溜め息を吐いた。そのおかげでまたカケルとフィオナの距離が近くなって、さらにハロルドを刺激する。


「おい、貴様いつまでそうしてるんだ!さっさとフィオナから離れろ!!!」


 二人を見下ろしながら文字通り喚き散らすハロルドに、さすがのカケルも呆然とするしかない様子だった。



20150413 誤字修正、20150421 誤字修正、20150514 微修正

20150601 改行を増やしました

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