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「それじゃあ、また時間見つけて顔出すわね」

「うん。お花ありがとう」


 すっかり日が暮れて、空に星が瞬きだした頃、フィオナは家路に着こうとしていた。フィオナからもらったブーケを嬉しそうに両手で持ってルビオナは笑っている。


 結局、フィオナはルビオナに昼間の出来事を話していなかった。いつもと同じように他愛ない話をして、持ってきたブーケを渡した。毎年渡しているが、その度にルビオナは嬉しそうに笑う。ロイドの肉親で自分とは血は繋がっていないものの、唯一心底かわいいと思う妹の笑顔に、フィオナの顔も自然と緩んだ。


「どういたしまして。それじゃあね」


 フィオナは手を振ってルビオナに背を向ける。


「あの、お姉ちゃん」

「ん?」


 引き止めるように呼ばれて、フィオナは振り返った。話し出すのを躊躇するような妹の顔を認めて、後押しするようにフィオナは柔らかく笑う。


「何?」


 フィオナに優しく促されて、ルビオナは意を決したように話し始める。


「何回もしつこくいうのは気が引けるんだけど、やっぱりお姉ちゃん一人でお店やってるのは心配よ。ロイド兄さんも言い方はあれだけど、お姉ちゃんのこと心配してるのは本当よ。せめて、住む場所だけでも私たちと住んでくれたらって、思ってるの」

「……」


 その言葉に、フィオナはすぐには何も答えなかった。困ったようなルビオナの顔をじっと見つける。


 ルビオナもロイド心配してくれているのをフィオナは知っていた。そして、その話をルビオナがわざとしないでいてくれたことも知っていた。そうさせていたのは、フィオナ自身だということも。それでも、今までは気付かないふりをしてきた。一人で大丈夫だと、高を括っていたのだ。



 

 高を、括っていたのだけれど……




「そう、かもね」

「え?」

「結局、一人じゃあの店一つ守れないんだものね」


 フィオナの返答にルビオナは大きな瞳をさらに見開いて驚く。フィオナが素直にこの話に耳を傾けたのは初めてだったのだ。いつもと明らかに様子の違う姉の反応に、逆に心配を募らせたのか、ルビオナはフィオナの顔を覗き込む。


「お姉ちゃん?やっぱり今日何かあったの?」

「ううん、そういうわけじゃないのよ。ただ、ロイドにもルビオナにも心配ばかりかけてるから、ちゃんと考えたほうがいいなって思ってたところなの」

「お姉ちゃん」


 フィオナの言葉を信じたのか、ルビオナは安堵したようにでもどこか複雑そうに微笑んだ。


「もう少し、考えてみるわね」


 そう言って、フィオナは街外れを目指して歩き出した。





  ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎





 フィオナは玄関の扉を閉めた。玄関口に点いていたランプの光が遮られ、そこは暗くて静かな空間に変わる。フィオナの深い溜め息だけがそこに溶けていった。帽子を脱いで、そのまま玄関の靴箱の上に放り投げる。奇抜すぎる今日の出来事は簡単に頭で反芻出来そうだったが、それを無理やり遮断してガラスハウスに向かう。


 裏口を開けると、そこは朝と打って変って真っ暗だった。手元に持ったランプで淡く照らされた店内には変わらず花たちが佇んでいる。スバルの気配はもちろんなかった。彼はフィオナが出かけた時に一緒に出て行ったので、もうしばらくすれば散歩から帰ってくるだろう、とフィオナは思った。フィオナは間違いなくその空間に一人っきりだった。


 フィオナは力ない足取りで、ガラスハウスの中を進む。昼間お茶を飲んだ時に腰掛けていた椅子に座ると、反るようにして空を見上げた。その瞳にガラス越しの夜空は映らない。


 先ほど遮断した反芻を再開する。フィオナが花屋を始めてから、一番騒がしい一日だった。いつもと同じこともあった。不可解なこともあった。

 



 けれど、それよりもなによりも絶対的に、フィオナの心を揺さぶったのは現実。




 頭の中に蘇ってくるのは花を踏みつけた青年の言葉。酔っ払っていた青年たちの言っていることは、どうしようもないほど、兎にも角にも正しかった。魔女と呼ばれていたって、フィオナは彼らを止められるような不思議な力を持っていない。所詮噂は噂。それどころか、人並みの腕力や財力、権力すら持っていなかった。


 ルビオナもロイドも血は繋がっていないが家族と言える存在だ。だが、フィオナは一人だ。一人になる。一人残される。でも、一人残されることをフィオナは恐れていなかった。それを、悲しんでなどいなかった。


「一人じゃ、駄目なんて……」


 空を見上げた鉛色の瞳には店中に咲いている花も、夜空に瞬く星も、映っていない。何も写っていない。絶望に染まった声が、四方のガラスに弱々しく児玉した。




 その時、背後で突然、葉のこすれ合う音がした。




 フィオナの意識が一瞬で引き戻される。目を見開いたフィオナはゆっくりと音のした方を振り返った。テーブルに置いたランプの光を頼りに、目を凝らす。そしてフィオナはその鉛色の瞳を更に見開いた。




 そこに立っていたのが、星と一緒に降ってきた青年だったからだ。




 戸締りは絶対にした。そう考えた瞬間、彼が魔法を使えるならそんなことは関係ないかという答えに至る。その前に、何故泥棒などの類ではなく彼がここに立ってるのかという疑問に、まさか記憶が消えていないことがばれたのだろかという疑惑が浮上する。しかし、どうやって?混乱した脳内に一気に疑問と推測が過っては消える。はっきりとわかるのは頭の中で警告音がなっていることだった。


 昼間見惚れた夜色の瞳は、夜の闇と溶け合っているのに、その虹彩には星のような光が強く瞬いていた。その光がまっすぐとフィオナを捉えている。


「泣いてんの?」


 沈黙を破ったのはそんな青年の問いだった。フィオナは何も答えられない。椅子から立ち上がることもできないフィオナに、青年はゆっくりと近づいてくる。魔法でもかけられたかのように、フィオナはピクリとも動けなかった。青年はフィオナの目の前に立つと、彼女の灰色の髪にゆっくりと触れた。


「いえ、泣いてません」


 何拍も遅れて、フィオナは答えた。頭が混乱しすぎているせいか、何故彼がそんな質問を問いかけたのかという疑問は浮かんでこない。一方、青年はフィオナの答えを疑ったのか、頬に涙の跡がないことを確認するかのように、フィオナの顔を覗き込む。夜色の瞳が目の前に迫る。


「ねぇ、俺たちどっかで会ったことある?」


 青年のその問いに、フィオナはハッとして、思いの外近くにあった夜色の瞳を凝視する。混乱していた思考が、一気に正常に回転し始めた。


 青年の問いは確信をついている。昼間、あの時は咄嗟の機転でうまく誤魔化せたとフィオナは思っていた。しかし、相手は星と一緒に空から降ってきて、しかも一瞬で青年たちの記憶を消すほどの魔法を使った得体の知れない存在。ごく一般的な人間である自分にはそんな不可解な存在を誤魔化きれないだろうと判断したフィオナは、意を決したように彼に向き直って正直に答える。


「はい、確かに夕方会いましたけど」


 そう言ったフィオナに、




「え?」


 夜色の瞳が大きく見開かれて、


「え?」


 予想外の反応に、フィオナも首を傾げる。




 沈黙が走った。しばらく微動だにせずにお互いの瞳の色を見つめ合う。






「あーーーー!!!!」






「!!!」


 昼間と同じく、突然叫んだのは青年が先だった。勢いよくフィオナのことを指差して、わなわなと肩を震わせ始める。


「あんた、俺がこの星に着いた時にいたやつか!!」


 声を上げた青年に、フィオナは持ち前の状況判断能───たまに深読みしすぎて墓穴を掘る───を使ってこの場を理解する。どうやら先ほどの青年の質問は、昼間の出来事についてではなかったようだ。


「ってか、なんであんた俺のこと覚えてんの?」


 驚いた表情を引っ込めて、今度はフィオナを睨みつける。よく変わる表情だと、呑気な感想をフィオナは抱く。自ら墓穴を掘ってしまった失態から目を逸らしたくて、そんな見当違いなことを考えていたのかもしれない。だが、目を逸らしてみたところで、この状況から逃れるわけもない。


 青年は容赦なく疑惑に満ちた視線を向けながら、フィオナとの距離を詰めてくる。ただでさえ得体の知れない相手がただならぬ雰囲気で近づいてきて、逃れられないとわかってはいたものの、フィオナは思わず半身引いていた。


「あの時、記憶消す魔法使ったんだけど、あんたはなんで俺のこと覚えてんの?」


 彼がフィオナに最初に問いかけた時とは打って変わった棘のある声色。フィオナに魔法がかからなかったことは彼にとってかなり不可解なことのようだった。警戒心がひしひしとフィオナに伝わって来る。


 だが、何故フィオナに魔法が効かなかったと聞かれても、一般人であるフィオナにその答えがわかるはずもない。


「わ、わかりません」


 正直に応えるほかにフィオナには選択肢がなかった。しかし、青年はフィオナに疑いの視線を向けたまま、さらに詰め寄ってくる。


「誤魔化せると思ってんの?」

「本当にわからないんです」

「ふーん」


 訴えるように言うと、青年はそれだけ言って、フィオナから離れていった。納得しているようには見えなったが、ひとまずフィオナは安堵の息を吐く。と同時に不安にもなっていた。これから先起こることを考えると、嫌な予感しかしなかったからだ。そして、その予感は当たることとなる。


 距離をとった青年の方を見やると、顎に手を当てて何か考え耽っている。一体何をされるのだろうと、フィオナは思わず身構えた。


「ま、いいか」


 深く考えることを放棄するに言って、青年は溌剌とした笑顔を浮かべた。その表情にフィオナの不安はさらに濃くなる。何か開きなったような青年のその笑顔は、夕方彼が魔法を使う前に浮かべたその笑顔と類似していた。その笑顔をまっすぐとフィオナに向ける。


「なぁ、俺のこと誰のも言わないでくれる?」

「もちろん、言いません」


 フィオナは即答する。絶対言わないから早くどこかに行ってくれ、とフィオナは心の中で祈るように唱えたが、それは青年には届かなかったようだ。口の端をあげて、青年は意地悪く笑う。


「俺って疑り深いから、そんな言葉じゃ信じられないんだよね」

「そんな事言われても、」


 フィオナは反論しようとしたが、青年は人差し指をフィオナの前に突き出して彼女を静止する。魔法を使われるかもしれないという恐怖が過って、フィオナも思わず言葉を止める。黙ったフィオナに満足そうに笑いながら青年は続けた。


「つーわけで、あんたのこと見張らせてもらうから」

「え?」

「俺のこと、しばらくここに泊めてくんない?」

「は?」


 嫌な予感はしていたが、思いもよらなかった申し出にフィオナは呆然とする。青年の言葉を理解するのにかなりの時間を要していた。それをいいことに、青年はさらに要求をかぶせてくる。


「ついでに俺の探し物手伝ってよ」

「ちょ、待っ」


 さすがに慌てたフィオナは、考えるよりも先に拒否しようと口を開く。そんなフィオナに青年は今度は満面の笑みを浮かべた。その表情にぴったりの弾むような声で、青年はフィオナの言葉を遮る。



 

「断ったら、この店ぶっ壊すから」




「……」


 フィオナは黙るしかなかった。青年の言葉に嘘偽りはなく、そして夕方出会った酔っ払った青年たちとは比べ物にならないくらい、一瞬で跡形もなくこの店を壊す力を彼が持っていることが容易に理解できたからだ。フィオナは目を見開いたまま固まるしかなかった。


 青年は満面の笑みを浮かべたまま、固まるフィオナをただ見ていた。フィオナが断るはずないと、確信しているのだろう。そして、その通りになる。


 何故一日に二度もこのセリフを聞かなければならないのか。フィオナはがっくりと肩を落とし、あまりの虚脱感に地面に膝をついた。それを了承ととったのか、目の前の青年は満足そうな笑みを浮かべた。




20150417 誤字修正

20150601 改行を増やしました

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