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1-3







 その時、空が異様な光を放った。






 まるで、花火を打ち上げたかのように、陽の落ちかけた空が明るくなる。一瞬にして石畳に黒い影を焼き付けるかのように強い光。酔っ払った青年たちが驚く声が聞こえる。フィオナは咄嗟に目を閉じたが、懸命に目を凝らして空を見上げた。




 無数の星が夜空を流れていた。




 それはまさに幻想的と言える光景だった。まるで雨じゃないかというほど、多くの星が空を駆け、そして消えていった。フィオナは目を見張って、その夜空を見上げた。思考が停止したのは、その幻想的な光景に目を奪われたからではない。




 記憶の中の、あの日の夜空が蘇ってくる。




 走馬灯のように記憶が巡って、フィオナの思考は完全に停止した。決して思い出したくはないその記憶に、体の隅から隅までが悲しみで満たされるような感覚に陥る。色を濃くした鉛色の瞳にはただひたすら流れる星の光は届かない。


 その感覚からフィオナを救ったのは、一筋の流れ星だった。他の星に比べて一際強く、尻尾を描いて落下する。その星は一定の距離を一気に駆け抜け、消える、と思った瞬間だった。




 その流れ星は突然方向を変えた。




 フィオナはその瞬間、我に返って目の前の現実に目を見開いた。それはジグザクという表現がぴったりの動きで、何度も急角度で方向を変えながらだが確実に落下してくる。落ちるごとにだんだんと大きく見えてくるその星は明らかに地面を目指して進んでいる。そして、フィオナは決定的なことに気が付いた。




 その星が落ちようとしているのは、まさに自分が立っているその場所だった。



 

 ぶつかる。フィオナがその事実気付いたが、体が動く前に星の光が地面に到達した。その瞬間、弾けるように光が溢れ、衝撃で風が巻き起こる。反射的に帽子を抑えてフィオナはその衝撃に耐えた。


 しばらくすると風がやみ、瞼越しに光が弱まっていくのを感じる。フィオナを始め酔っ払いの青年たちも恐る恐る目を開きながら、周りの様子を確かめようと試みる。




 星が落ちてきたまさにその場所に、一人の人間が立っていた。




 フィオナも酔っ払いの青年たちもその人物の姿を認めて、目を見張る。流れ星が落ちてきたのだから、そこにあるのは隕石のようなものだろうと予想していたフィオナは、驚きながらもなんとかその人物の様子を理解しようと思考を回転させ始める。


 その人間は少し癖のある黒い髪をしていた。背が高く、少し離れた場所からでも滑らかな肌をしているのがよくわかった。閉じられた瞼から生えたまつ毛は影を作るほど長い。非の打ち所がない中性的な顔は一瞬女性にも見えたが、体系を見る限り性別は男のようだ。そこまでフィオナが思考を進めた時、目を閉じていた青年がその瞼を上げた。

 



 夜色だ。




 フィオナはその瞳の色を、咄嗟にそんな風に頭の中で形容した。光を反射する虹彩は星が輝いているように見える。思わずフィオナは見惚れていた。彼が突然大声を出すまでは。




「うおっ!!!」


「!!!」「「「「!!!!!!!」」」」




 突然声を上げた彼に、フィオナと酔っ払いの青年たちはびくりと体を震わせる。ある一人は驚きすぎて尻餅をついたほどだ。そんな周りの様子に構わず、星と共に降ってきた青年は端正な顔を大いに歪めて頭を抱える。


「うわー……やっちまった。座標間違えた。やっぱこんな小さい星だと正確に落ちないとダメだな」


 唸るように言って盛大に溜め息を吐く。星と共に降ってきた青年が発した言葉は、間違いなくフィオナたちが使っているものと同じ言語だったが、発言内容は不可解極まりないものだった。酔っ払いの青年たちはフィオナが登場した時以上に訝しげな顔をしながら顔を見合わせている。


「着いて早々面倒起こすわけにもいかねぇし、仕方ねぇか」


 唸るのをやめたかと思うと、星と共に降ってきた青年は開き直ったように顔を上げて笑顔を浮かべた。呆然とするフィオナたちの前でおもむろに手を動かし、小さく何かを呟いた。すると、その手から光が生まれた。先ほどの強い光とは違った青く淡い光が、星と共に降ってきた青年の手の周りに纏わりつくようにフヨフヨしている。魔法だ、とフィオナが思った瞬間だった。




 その光が飛ぶように弾けて、一瞬強く光った。




 フィオナは今度は一瞬目を瞑っただけだった。目を開くと、そこには涼しい顔をして立っている星と共に降ってきた青年がいた。今のは間違いなく魔法だったと確信しているフィオナは、これから何が起こるのかと不安を抱きながら彼を凝視する。


 ところが、次に言葉を発したのは星と共に降ってきた青年ではなく、酔っ払いの青年たちだった。


「あ、れ?俺たち何してたっけ?」

「えっとー……何してたっけ?」


 顔を見合わせながら首を傾げる酔っ払いの青年たち。星と共に降ってきた青年とフィオナのことなどすっかり忘れているかの様子だった。


「これからバーに行こうって話してた……よな?」

「あ、そっか」

「そうそう、全員振られたからやけ酒しようって話してたんだ」

「そうだったな」

「んじゃ、こんなところでぼうっとしてないでさっさと行こうぜ」

「ぼうっとしてたのはお前も一緒だろ」


 酔っ払いの青年たちはそう言いながら路地から表通りへと姿を消していく。本当に空から降ってきて星と一緒に目の前に落下してきた青年を忘れてしまっていた。ついでにフィオナの店を壊しに行こうとしていたことも忘れたようだ。フィオナは呆然と去っていく彼らを見ていた。




「よしよし、うまくいったな」




 惚けていたところに、おかしそうに笑う声が聞こえて、フィオナは我に返る。止まっていた思考がフルスピードで回転し始めた。そしてフィオナはこの状況を把握する。

 



 彼は星と一緒に空から降ってきた。


 彼は魔法を使った。


 そして、その魔法をかけられた青年たちは彼のことを忘れた。

 



 そうとわかればフィオナが取り得る行動は一つしかなかった。去っていった酔っ払いの青年たちと同じように周りをキョロキョロと見渡して、


「私、ここで何してたかしら?」


 そう言いながら歩き出した。眉間にできる限り力を入れて、星と共に降ってきた青年の前を通り過ぎる。視界で捉えられる限り、彼は始終満足そうに笑っていた。どうやらフィオナも酔っ払いの青年たちと同じように彼のことを忘れたと確信しているようだ。


 実際には、フィオナは全てをキレイに覚えていた。何故が起こったのかはさっぱりわからない。しかし、フィオナにとってはこの場を波風立てずに立ち去ることが最重要事項だった。


 フィオナはしばらく眉を潜めてブツブツ言いながら裏路地を進む。二つ目の角のところまで歩いたところで、ようやくフィオナは足を止め、ゆっくりと後ろを振り返った。そこにはすでに誰の姿もなかった。こめかみに込めていた力を緩めて、息を短く吐く。フィオナは咄嗟の行動が間違っていなかったことに安堵していた。




「お姉ちゃん!」




 聞き覚えのある声に、フィオナは前を向いた。するとウェイトレス姿の少女が一直線にフィオナに向かって駆け寄ってきくる。カールした短い赤毛に、大きくてクリクリした青い瞳。フィオナの義理の妹・ルビオナの誰からも愛らしいと称される顔に今は焦りと不安が浮かんでいた。


「ルビオナ」

「お姉ちゃん、大丈夫!?今なんかすごい光がしたってみんな騒いでて……」

「……」


 ルビオナが言っていたのは、まさに自分が先ほど目の前で見た光景だった。フィオナは先ほどまで立っていた裏道をもう一度見る。夢などと思える隙は存在していなかった。それを示すかのように、堅いの良い青年に踏みつけられた花と、投げ捨てられて割れた瓶がそこに佇んでいた。確かにフィオナの目の前で起こった事象だった。だが、それだけだった。すでにフィオナは窮地を切り抜けた。フィオナにはもはや関係ないことだった。




「あんなの、確実に面倒ごとよね」




「え?」


 呟いたフィオナの言葉がルビオナにはうまく聞き取れなかった。首を傾げる妹にフィオナな微笑みながらなんでもない、と首を振った。



20150414 長かったので二つに分けました。

20150417 誤字修正、20150514 微修正

20150601 改行を増やしました

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