第7話 殺戮選別
ハンクは森の中の道を歩いていた。走ってみたものの、目的地のゴールはかなり険しい道のりだと気付き、とりあえず歩く事にした。他の連中は物凄い勢いで行ってしまったらしい。
「まぁ気長に行くか、どうせ時間無制限だし。」
ハンクはそう言うとライフルを片手で持ち、ポケットの中にある葉巻を取り出した。葉巻の上を噛み切るとマッチで火を点けた。一口吸うと狼の口から煙をもわっと吐き出した。すると後ろからあの男が歩いてきた。
「よぉ、お前もゆっくりか?」
男はハンクに気付いた。
「慣れてない道は早く行かないんでね。葉巻吸っているのか?」
「良いもんだぜ?緊張をほぐしてくれるし、どうだ吸うか?」
「いいや、遠慮しとくよ。煙草は吸わない主義なんでね。」
「美味いのに…。そうだお前の名前まだ聞いてないな?」
ハンクは煙を吐き出しながら男に聞いた。男は煙を手で払いながら言った。
「俺はギル・フォール。君は?」
「ハンク・ギードルだ。よろしくな。」
ハンクは手を差し出す。
「よろしく…。」
ギルは少し乗り気ではないがハンクの手を掴み握手した。ハンクは手を離すとギルに疑問を聞いた。
「しかしよぉ、おかしいと思わないかギル?」
葉巻を吸いながら聞いた。
「なんだ?」
「この試験の事だよ。お前もおかしいと思わないのか。」
「俺もおかしいとは思ったさ。素人にあれだけの装備を支給する時点間違っている。」
「だよな。でもお前は慣れてるみたいだな。」
ハンクがそう言うとギルは戦闘服の胸元から一枚のドックタグを取り出した。
「おい?お前軍人かよ!?」
ハンクが驚いた。ギルの見せたドックタグ、それはアメギリア連邦軍の兵士に支給される認識票だ。銀色のステンレス製らしく光っている。
「一応これでも兵士だからな。」
「マジかよ…。なんで現役の兵士なのにこの試験を受けたんだよ?」
ギルは歩きながら空を見た。晴天で青空が広がっている。ギルは再び前を向くと話始めた。
「本当ならこの試験は受ける必要はないんだ。でも上官の命令で半ば強制的に参加させられた。」
「何でそんなことに?」
ギルが暫く黙った。
「俺が白狼族だからさ。」
白狼族、それはこの世界でもっとも最強と言われた戦闘民族。戦闘力が高くたった一人で千人規模の軍隊を壊滅させるほどの力を持っているため多くの人々から恐れられている。しかし突如発生した疫病のせいでその半数が死に絶え、今ではごくわずかになってしまった。
ハンク自身も白狼族だがあまり気にしたことはなかった。ただ他の連中より力が強く、体が頑丈なだけだと割りきっていた。
「上官はこう言ったよ。君の力は連邦に捧げるべきだってな。俺の意見も聞かず無理矢理に…。」
「無理矢理、それは酷いな。」
「でも俺自身、国の為に捧げる覚悟は出来てる。」
「覚悟…ね。」
ギルの眼は決意に満ちていた。国の為に働く…ハンクには到底理解出来なかった。国の為にどんなに働いてもいつかは使い捨てにされてしまう。ハンクはそれで大切なものを失ったことがある。
そんな話をしているとギルが急に歩くのをやめた。
「どうした?」
「臭う…。」
「臭う?」
ハンクは自分の体を嗅いだ。まさか自分の臭いかと思ったがそれではなかった。何か焼け焦げた臭いが森の奥から漂ってきている。それも肉が焼けた感じの物に似ている。すると臭いの方向から黒い煙が上がっている。
「行こう!」
「ちょ、おい!?待てよ!」
ギルはライフルを構え急いで煙の方に走り出した。ハンクも後に続く。森の中を走って行くと開けた空き地らしい場所に出た。そこには黒焦げた死体がいくつもあった。
「これは…。」
ハンク唖然とした空き地には死体が10体くらい転がっている。どれも酷く焦げていた。強い死臭が辺りを覆い、周りの木々も真っ黒になっている。ハンクは吐き気に襲われ近くの木の下に吐き出した。
ギルは1体の死体に近づき調べ始めた。死体は焼け焦げて判別出来ないが先に行ったゴロツキ連中だろう。近くにはリュックとライフルが落ちていた。
「はあ…はあ、何だよこれ?何で死体が有るんだよ!」
「ハンク。この死体は先に行った連中みたいだぞ。」
ギルは焦げたリュックを見せた。ハンクはリュックを持つとニンニク臭がした。
「なんか…ニンニクみたいな臭いがするな?」
「それは白燐のせいかもな。この様子だと迫撃砲による攻撃だな。」
「迫撃砲?」
迫撃砲とは歩兵が使用する簡易式の砲台だ。数人で操作でき、設置もすぐできる。低コストで作り出すことができるため歩兵部隊に2~3基支給されている。使用目的は敵を牽制したり陣地防衛用で使われることが多い。
ゴロツキを黒焦げにしたのはこの迫撃砲専用のファイアシャワー白燐弾の攻撃によるものだった。ハンクは怒りを爆発させた。
「ふざけんなよ…実戦なんて聞いていねぇよ!!」
その時何処からか何が発射された音が響いた。
「まずい…ハンク走れ!!」
「な?いったいなんだよ!?」
ギルが急いで走りだしハンクも戸惑いながら走り出す。その時二人の真上で突然爆発が起き、大量の炎が降り注いできた。白燐だ。
まるで複数の炎の滝のように降り注ぎ、森の木々を燃やしていく。それでもお構い無しに次々と白燐が発射されていく。
「ハンク!とにかく全速力で走るんだ!!」
「全速力ってどこまでだよ!?」
「迫撃砲の射程距離の外までだ!」
二人は森の奥へとどんどん進んで行った。しかし、この試験はまだ始まったばかりだった。これは本当はただの選抜試験ではなく生死をかけたものだとこの時彼らは知ることになる。