第2話 堕ちた英雄
グアイ暦1855年7月11日
エーアシア大陸 クリシャル国 首都ピマン
この国の首都は肥溜めのようにひどい有り様だった。特にスラムなどの貧困層が集まる場所では人身売買、売春、麻薬汚染が横行している。そのためか一般人が立ち寄ることはあまりない。だがある男を除けばの話だが。
スラムの宿では一人の白い狼族の男が遊魔族の女性を落としていた。遊魔族は並外れた性力を持つがこの狼族の男には通用しないようだ。男は一息つくと言った。
「どうだ?喋る気になったか?」
遊魔族の女性は息を切らしながら言った。
「ちょ…待ってよ。いくらなんでもやり過ぎよ…。」
「おいおい、まだ20回しかやってないぞ?もうへたれたか。」
狼族の男は疲れた素振りもない。遊魔族の女性は観念したのかわかったわよと吐き捨てた。
「ドリクサーはスラムのギャング達が仕切ってるわよ。今日も取引があるわ。」
狼族の男はそうかと言うと女性をベッドの上に優しく座らせると椅子に掛けている服から金貨を10枚ほど出すと女性に渡す。
「この金でさっさとこんな仕事は辞めるんだな。消えな。」
女性は男の手のひらの上の金貨をふんだくると部屋を出ていった。部屋に残された男はシャワーを浴びるためバスルームへと歩いて行った。
シャワーを浴び終えると男は服を着始めた。男の体は筋肉質で背丈も2m近くある。だが体は傷まみれで左目は潰れていた。ズボンを履き、防弾ベストを着込み、その上からバトルコートと呼ばれる戦闘服を着た。
部屋の中央のテーブルには金属製のケースがある。男はケースの近くに来るとロックを外しフタを開けた。中には銃火器類が大量に入っていた。男は一つ一つ取り出し、弾薬の入った弾倉を次々と装填していく。その後バトルコートにいくつもある弾薬ポケットに予備弾倉を入れた。
すべての武器を出し終えるとケースの下に黒い眼帯があった。男はその眼帯を持ち、部屋にある鏡に向かった。鏡の前に立ち、眼帯を見えなくなった左目に合わせ紐を縛った。男はすべての武器を背負うと部屋を後にした。
スラム 大衆酒場
スラムのあらゆる人々が集まる場所である酒場。中は混雑していた。その酒場の二階に特別席がある。特別席には数人の男達が座っている。テーブルには紫色の液体が入った瓶が数本置かれている。男の一人がトランクを瓶の隣に置く。
「約束の金だ。」
豚族の男が目の前にいるリザードマンの商人に話し掛けた。商人は手を合わせながら言った。
「ヒヒヒ、旦那は現金主義で助かりヤス。それでは確認させてくださいね~。」
商人はトランクを開けると中にある札束を数え始めた。豚族の男はテーブルにある瓶を裏にいた手下に袋に詰めさせるように指示をした。
「ところで…最近ドリクサーの純度が低いみたいだか、おたくらの方で何かあったのか?」
「純度が低い?旦那~それはないですよ。あっしらは高品質な商品を提供します。何か問題でも?」
札束をさらに数えている商人。豚は手下に指示を出すと手下がポケットから白黒写真を取り出し、テーブルに置いた。写真を見ると商人は数えることを止めた。
「これは…。」
「うちの手下に調べさせたらおたくらの組織かなり危ないようだな?商人さんよ。」
白黒写真には破壊された工場が載っていた。原型を留めていない死体、破壊し尽くされた工場内。どれも重火器によるものだった。最後の写真には一人の白い狼族の男が銃を乱射している場面だった。
「この男は…!?」
商人は爬虫類独自の目を開いたり閉じたりしている。豚はそれを見ると言った。
「そいつはハンク・ギードル。裏の世界じゃ有名な凄腕の傭兵で"白い悪魔"と呼ばれている男だ。」
ハンク・ギードル。数多くの戦場を渡り歩き、歩いた場所は血の雨が降ると言われ恐れられている人物だ。特徴は狼族としては珍しい白い毛並み、2m近い身長とかなりの性欲の持ち主。
「噂には聞いておりましたが…。まさかこいつがこの一件に関わっているなんて…。」
商人はガタガタと震えていた。無理ないだろう。ハンク・ギードルは受けた依頼は必ずと言ってもいいほど完璧に遂行する。この工場の状況から見て誰かに麻薬組織に鉄槌をくだすように依頼されたに違いない。
「心配すんなあんたはいいビジネスパートナーだからな。この酒場には武装した手下達に守りを固めさせている。これだけの人数がいれば奴を倒すことができるだろうよ。」
豚は酒の入ったゴブレットを片手に陽気に笑っていた。商人は不安だらけだった。しかし、その不安が的中し酒場が地獄に変わることをここにいる全員が知ることは言うまでもない。