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普通のOLの普通の恋。の始まりの予感。

作者: 花瀬 水弥

太陽がまぶしいとぼんやり考えながら窓際のコピー機の前で項垂れているとぽんと肩を叩かれた。

あれ、今日は日中皆外出だったはず。

「大丈夫か?」

「あ、戸田さん、おかえりなさい」

同じ営業部所属の先輩だ。

帰社予定時刻は17時だったと思っていたけど、予定が早まったのかしら。

「ただいま。で、大丈夫?」

「え?ああ、コピーはもうすぐ終わるので、すぐに製本します」

製本は100部。慣れているのでそんなに時間はかからないし、それを戸田さんは知っているのに心配されちゃったのかな。

「今日は比較的余裕があるので、製本は今日中に終わりますよ」

「……あー、じゃなくて、さ」

「え?他に何か頼まれてましたっけ?」

視線をデスクにやって考える。

第二課には営業社員が6人いて、私はそのサポートだ。戸田さんが一番年が近くて話しやすい。

たまに一課からも頼まれごとをするけれど二課の依頼を忘れるはずないんだけどなあ。

「いや、頼んでないよ」

「ですよね、よかった、忘れちゃってたら大変でした」

「疲れてるみたいだけど大丈夫?」

「……私?」

「他に誰かいる?」

「別に疲れてないですよ、月曜日から疲れてたら一週間持ちませんもん」

土曜日オールでそのまま日曜日も遊び倒しちゃって寝不足ですとは言えない社会人として。

シュパンシュパンと紙を排出していたコピー機が静かになった。

排出口から紙の束を取ろうとしたら、それより先に戸田さんが抜き取った。

「持ってく」

「え?」

「紙って意外と重いんだよね」

戸田さんは時々変な方向に親切。こうやって私にもできることを手伝ってくれることもあれば、良かれと思って戸締りしてくれた部屋の中にまだ私が残ってて閉じ込められたこともある。

「ありがとうございます」

「うん。俺また今から出るから」

「はい、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

ニコリと笑って、戸田さんは外出した。

――あれ、何しに戻って来たんだ?




本日も営業課は全員留守。

私は黙々と事務作業をこなし、今日の分終わらせたらまっすぐ帰る予定。

斎藤課長は直帰。

浜島代理は21時戻り。

首藤主任は総務との会議が21時くらいまでだけどたぶん長引く。

海藤主任は一課と飲みに行った、私置いて行かれた。

今井さんは彼女と約束があるからって定時上がり、ずるい。

戸田さんはたった今帰社、フロアに駆け込んできた。

現在時刻は18時半。

「ごめん、夕飯奢るから資料作るの手伝って!」

帰ろうとしてたんだけど、まあ、奢ってくれるなら良いか。

戸田さんはちらっと課員のスケジュールが書いてあるホワイトボードを確認して一つ頷いた。

「良いですよ。どういうの作ったら良いんですか?」

「紙ベースしかなくてさ、全部打ち込みたいんだ。ほんとごめん」

「いえ、入力は得意ですから」

渡された紙を見ながら、打ち込んでいく。

作表して入力して、挨拶文を入れて本文を書く。

戸田さんはパソコン苦手だったっけ。いやいや、わからないこと教えてもらったりしてるから、今は他にもやることがあるんだろう。

出来上がった資料をどんどん保存して、チェックしてもらう。

集中していたら時間があっという間に過ぎて行く。

全部完了したのは20時で、やっぱり首藤主任は戻って来ていない。

「終わった、ありがとう!飯行こう!」

「え、はい」

急にテンションが上がった戸田さんにびっくりしていると、眉尻を下げた。

「あ、今日何か用事があったりした?」

「いえ、ないです」

向かった先はいつも行く居酒屋。

ここには今井さんと戸田さんと三人で時々ご飯を食べに来てる、二十代仲間で。

一杯目にカシスオレンジを頼むと、『最初はビールだろ』とかよく言われて最初はそれを真に受けてたけど別に課の飲み会じゃないしもう気にしないんだ。

軽くお酒を飲んでご飯を食べて、ちょっと愚痴を聞いてもらって、リラックスして、奢ってもらって。

悪くない一日の終わり方です。

そう言ったら戸田さんがなんだかすごく嬉しそうに笑ったからちょっと意外だった。

「俺も。俺は、良い終わり方」

なんだかどう反応して良いのか困ったから笑ってごまかして、駅まで10分くらい歩いて、また明日と言って別れた。

うん、残業は予定外だったけど、楽しい一日だった。




月末の忙しい時期に残業申請したら課長がお小遣いをくれた。

「コンビニでパンでも買ってくると良い」

「ありがとうございます!課長素敵!」

こういうの、うれしい。ちょっと体も動かせるし、疲労と空腹で苛々しなくて済むし。

「適当に買ってきます!」

部署の皆がそれぞれ課長にお礼を言っている。まあ、ここは下っ端の私が行くのが妥当だ。パンとかおにぎりとか飲み物とか買えばいいよね。

意気揚々とビルから出ると誰かが後ろから走ってきた。ひょいと振り向くと戸田さんだった。

「今から外出ですか?」

「違うよ、俺も一緒に行く。今井さんからタバコ頼まれた」

「よかった、私優柔不断だから選ぶの時間かかりそうだって思ってたんです、ありがとうございます」

徒歩で三分も歩けばすぐにつくコンビニ。

二人並んで歩きながら、外で仕事の話をするのもなんだし他に話題もないので当たり障りないのを振ってみた。

「戸田さんって来週の三連休はどこか行くんですか?」

「え?ああ、まだ予定入れてないんだ。もう予定あるの?」

「友だちと温泉に行くんです、ドライブして温泉入ってお買い物の予定です」

「あ……そうなんだ、そっか、楽しみだね」

「楽しみです!でもその分来週は営業日数少ないから仕事がんばらなくちゃ」

「そうだね」

「温泉まんじゅう買ってきますね」

「……うん」

「おまんじゅう嫌いですか?」

「いや、好きだよ。……うん、好きだ」

なんだか照れ始めた、なんで。そんなにおまんじゅう好きなら戸田さん用に一箱買ってこようかな。

うーん、楽しみだ。

「そういえば今度課の皆でバーベキュー行こうって話してたじゃないですか、あれって本決まりなんですかね?」

アウトドア好きな課長が張り切ってて、割と皆も乗り気だったバーベキュー。月末の忙しい時期に言うことでもないかなと思ってたけど、来月行くなら早めに日付を固めて欲しいな。予定入れられないし。

「あー、どうかな、締めが終わったら聞いてみるよ。行きたい?」

「行きたいです皆で!何なら一課も」

「いや一課は要らない」

やけにきっぱり戸田さんが言い切ったところでコンビニについた。

なんだろう、一課の一木さんはライバルだって戸田さん言ってたからそれでか。一木さん面白いからバーベキューも楽しくなると思うんだけどな。

カゴを持ってパンとおにぎりを適当に放り込んでいるとひょいと取り上げられた。

「あ……ありがとうございます」

「あと飲み物選ぶか」

「はい」

課長はコーヒー。

代理はコーラ。炭酸がないと生きていけない人だって。

首藤主任は乳酸菌飲料。

海藤主任は緑茶。

今井さんはリンゴジュース。可愛い。

戸田さんは……

「ジンジャーエール、ですよね」

「お、わかってるな」

ぽんぽんと頭を撫でられた。くすぐったい。

「で、これだろ」

戸田さんがすいっと棚から取り出したのは私のお気に入りのフルーティな紅茶。新作を選んだあたり、わかってらっしゃる。

「さすがです戸田さん」

レジでお金を払って、当然のように袋は戸田さんが持ってくれた。やさしい。さりげなく車道側を歩いてくれるし。

社に戻って食料を配って、さてもうひと頑張り。



終わったのは結局、10時を回った頃だった。

でも良いの、残業代出るし、明日は休みだし。

「お疲れ様でしたー!」

「おう、お疲れ」

「俺ももうすぐ帰るぞー」

「10時過ぎてんのになんでそんなに若者は元気なんだよずるいぞ」

「なんですか海藤主任だってまだ二十代じゃないですか」

一人で先に立ち上がったら、課長と代理は見送ってくれたのに先輩からブーイングだ。

「俺も元気に帰りますお先です」

「え。戸田も終わり?ずるくね?」

「首藤主任のPCももう落ちてるのによく言いますね」

「これから集中して報告書だから」

「頑張ってくださーい。行こう、先輩たちに付き合ってたら日付越える」

「はい」

戸田さんが促してくれてようやく営業室から抜け出せた。

人気のない廊下を歩いてロッカー室の前で会釈する。

「じゃあ、お疲れ様でした」

「下で待ってる、送ってくよ」

「え?車なんです?」

「そ、めでたく自家用車通勤が認められたんだ、どうせ今日は遅くなるってわかってたしな」

「わあ、素敵!ありがとうございます、すぐ荷物取ってきます!」

ロッカー室に飛び込んで、自分のロッカーを開けて荷物を取り出す。軽く身だしなみを整えて姿見の前で確認。よし。疲れ切った顔色じゃないから大丈夫。

エレベーターで下まで降りて、通用口から出ると黒い車の横に戸田さんが立っていた。

「お待たせしました!」

「うん。どうぞ」

助手席のドアを開けてくれて、乗り込む。運転席に回り込んだ戸田さんに『お願いします』と言ってから、車内をぐるりと見渡した。

「新車の匂いがしますねー」

「そ。やっぱり朝早かったり夜遅かったりすると、車あった方が良いしね」

「そうですよねえ。私も申請したいけど、車は維持費がかかりますもんね……無理か」

車は買うのにもお金かかるけど駐車場代とかガソリン代とか保険代とか、結構かかるって聞くしなあ。

しばらく、業務の話とか同僚たちの話とかをして、不意に沈黙が落ちる。

営業車で外回りにくっついていく時とかも割とこういうことあるから特に気にせずに車窓からの景色をぼんやりと眺める。

信号停車し、横断歩道を渡る人たちをなんとなく眺めていたら視線を感じて、首を巡らせると戸田さんと目が合った。

「え?」

「あ、いや」

あれ、なんか気まずい?

「……ドライブとか行くんですか?」

「え?」

「新車だし、車だといろんなところに行けますよね」

良いなあ。

旅行で駅についてバスに乗り換えてバスを降りたら徒歩で目的地まで、とかしなくていいんだよ。

ちょっとそこまでご飯を食べに行くのだって、車があれば10分でお店の前に着くのに、駅まで10分歩いて電車待って電車に乗って駅についてそこから徒歩でトータル30分とか、そんなことしなくていいんだよ。

羨ましい。

「……」

ということを力説したら戸田さんはふっと笑って、青になった信号に従ってアクセルを踏んだ。

「一緒に行く?ドライブ」

「行きたいです!車乗ってるの好きなんで。あ、バーベキューで遠出するならそれでもいいですね」

「……ははは」

戸田さんが力なく笑った。

なんか答え間違ったみたい?

「えーっと……お花畑とかも良いですよね」

「バーベキュー次第で、予定入れても良い?」

「え、はい」

植物園とか動物園とか水族館とか?

って、なんだかデートみたいだ。

「……」

あれ?




ぐるぐる考え出したら止まらなくて、いつの間にかマンションの前についていた。

「送っていただいてありがとうございました」

「いや。お疲れ」

髪、撫でられた。

そんなことされたら混乱します、先輩。

「き、気を付けて帰ってください、お疲れ様でした!」

慌てて車から降りて、手を振る戸田さんに頭を下げて見送る。

ドキドキしたまま、車が見えなくなるまで見送って、マンションに駆け込んでエレベーターのボタンを連打して、廊下を小走りで自分の部屋にたどり着きもどかしく鍵を開けてからパンプスを蹴り脱いで、明かりも付けずにベッドに飛び込む。

「……ま、まさか、ね。まさかだよね」

大きく深呼吸をして、両手で顔を覆う。

「……どうしよ」

来週からどんな顔して会社に行けばいいの。

しばらくしたら携帯が鳴って、戸田さんからのメールが来ていたけれどしばらく開けずに画面とにらめっこしてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気持ちよく読めました。 [一言] えっ!一課には誰がいるの!?あの人もライバルなの!? とドキワクしました。 もちろん続編ありますよね?チラリ
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