3 何で答えらないのよっ!
とはいえ、おれたち三人とも帰る方向が同じなので、ひき返すかあるいは大幅な遠回りをして別の通路から帰るかしないかぎり別々の方向に行くことはできないため少し距離をおいてはいるものの、そのまま三人で歩きつづける羽目になった。
もちろん雰囲気は最悪である。
耐えがたい異様な空気が流れるなか、だれもが無言で、聴こえてくるのは衣擦れの音と、それぞれテンポが異なる足音だけ。
今ほど早く家に帰りたいと思ったことはない。
「じゃあ、わたしこっちだから」
しばらく歩いたあと、ようやく十字路にさしかかったあたりで平矢間さんが言った。
かるく会釈をして、おれとツキミが右折するところを彼女は左へ曲がった。
別れぎわ、いちおう軽くほほえんではいたけど、あの状況で偽りなしに笑えるような人間なんてこの世のどこにもいないだろう。
平矢間さんには悪いが、これでようやくあの絶望的な空間から解放された。
おれがほっと一息ついたとき、突然ツキミが、
「なによ、あの女狐!」
と叫んだ。
「どうして理が好きだとか宣言しちゃうわけ! 理と付き合ってるのは、わたしなのよ!」
「まあ、そう怒るな。平矢間さんだって悪気があって言ったわけじゃないだろうし。それに自分の気持ちを正直に言っただけじゃないか」
「なによ、それ! どうしてこころちゃんの味方するの? 理はわたしよりこころちゃんと付き合うほうがいいってわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったらどうして、こころちゃんの肩を持つのよ。わたし、理の彼女なんでしょ? それとも、さっきこころちゃんが言ったみたいに、わたしのこと酷いやつだって思ってるの?」
「いや、そんなこと……」
「だったらはっきり言ってよ、理はどっちの味方なの」
「それは……あの……なんて言うか……」
「何で答えらないのよっ!」
ツキミは純真な瞳でじっとおれの眼を見つめた。その瞳は力強くもあり、どこか哀しくも見えた。
そんな眼を向けられて、おれは視線を合わせつづけることはできなかった。
「やっぱりこころちゃんの方がいいんだ。どうせ、わたしは刀を振り回す狂気な女子だもん、銃でバンバン撃ちまくってるこころちゃんは、お淑やかで可愛いもんね! あのままやってたら絶対勝ってたのに!」
ツキミは鞘の先端で、おれの腹をおもいきり突いた。しばらく呼吸ができなかった。
○
それから少しして、おれとツキミの行く方角が別れる交差点に到着した。が、ツキミはなかなかその場から動こうとしない。
おれが行こうとするとツキミが呼び止めて、
「ねえ、理」
自宅とは反対の方向なのに、ツキミがついて来ようとする。
「どうした?」
「なんでもない」
「だったら早く帰れよ。家こっちじゃないだろ」
「うん」
素直に返事はするのだが、
「あ、待って」
と、また呼び止められる。さっきからこれが繰り返されている。
今ので四回目だ。
「明日の時間割教えて?」
「何でだよ、知ってるだろ。もう帰るぞ」
「うーん。ちょっと待ってよお。ねえ、わたしが今から一人で帰ってる途中に、変な人とか怖い人が出てきたらどうしよう?」
「大丈夫だ。もしそんなやつが現れても、お前なら楽勝で倒せるよ」
ツキミはカッとおれをにらみ、ふくれっ面になり、「理のアホ」と言った。
何でおこられた?
アホと言われるようなことは何もいってないのに、どちらかというと褒めただろ。
「わかったわよ、もう! ひとりで帰る! 理もはやく帰れば!」
そうして、ようやくツキミは帰っていった。