5 まったく、おれの周りにはまともな人間はいないのか……
どうやら、おれは桐咲を怒らせてしまったらしい。
そしておれは、小学校時代を思い出した。
理由は忘れてしまたったが、ふとしたことからおれは桐咲を怒らせてしまったことがある。 そのとき、おれは体操着や文房具などの持ち物を、すべて隠されてしまったことがあった。
桐咲は一度キレてしまうと、その怒りがおさまるまで、いっさい手が付けられない暴走状態になってしまうのだ。
そして、それは今でも変わっていないらしい。
それはそうと罰ゲームでおれと付き合うこととなってしまった当の本人、庵堂ツキミのほうも何を考えているのかよくわからず、休み時間におれが「桐咲に文句を言ってきたぞ」と言っても、「うん」と返事をするだけで、「もう別れてもかまわないってよ」と言っても、特別は反応はなく、「ふーん」と、うなずくだけだった。
こっちもこっちで変わったやつだ……。
まったく、おれの周りにはまともな人間はいないのか……。
次の授業の先生がやって来たからそれ以上何も言えなかったけど、罰ゲーム男と付き合うことをツキミはいったいどう思っているのだろう。
もしかすると昨日おれが怒ったから、それを気づかって触れようとしないのか。
そんなこといいから、いやなら嫌とはっきり言ってくれればいいのに……。
それとも実際はおれと付き合いたいと思っているとか?
……いや、それはありえないとして、だが、女っ気のないおれに同情して、話し相手ぐらいにはなってやろうとボランティア精神を発揮してくれているのかもしれない。
とはいえ、おれとツキミは、形式上はまだ交際中なわけで、付き合っているのだから、そのまま自然消滅みたいになって別れるよりは、きちっとした告白もされたのだから、別れる時もきちんと別れの台詞を言ったほうがいいだろう。
それを伝えるべく、本日すべての授業が終わって、HRが終わったあと、おれはツキミの元をおとずれた。
ツキミは、おれの席から三つ前ので、鞄に教科書やらノートを詰めているツキミにおれは、
「よう」
と声をかけた。
ツキミは罰ゲームで付き合う羽目になってしまった男のおれを見ても、嫌な顔せず、椅子に座ったままこちらを見あげた。
「あ、理だ」
「……あのさ」
「いっしょに帰ろう」
「……え?」
「えっ、て何? 付き合ってるんだから、いっしょに下校するのは普通でしょ?」
「いや、まあそうだけど……」
「わたしといっしょに帰るのが嫌?」
「いやって言うか、その……おれとお前が付き合ってるのは罰ゲームで……」
ツキミは真っ直ぐな目で、間違っていることを言っていますか? といわんばかりの目をして、おれの顔をじっと見つめる。
「ねえ、理は歩き? それとも自転車?」
「おれは歩きだ。――って、ちがうだろ」
「んん、何が?」
「いっしょに帰るとかの話しのまえに、することがあるだろ」
「その前に? ううーんっ?」
腕を組んで考える。
「あ、わかった。手洗いとうがいだ」
「それは帰ってからだ」
「ええっ? ああっ、歯磨きか!」
「それは寝るまえ」
「ええ、なんだろ? だったら……服を脱いで裸になって、タオルで濡れた身体をちゃんと拭く!」
「風呂入るまえと、あがった後だ! つうか、わざとボケてるだろ!」
えへへへっと、ツキミは笑った。
漫才やってる場合じゃねえんだよ。
「理は歩きかあ。わたしも歩きなんだ、一緒だね」
うん、一緒だね。――と、思わずうなずきそうになったが、おれはとどまるった。
「あのよ、本当に一緒に帰ろうと思ってるのか?」
「うん。だってわたしたち付き合ってるんだもん」
「だからそれだよ、おれが言いたいのは。おれとお前はたしかに付き合っている。が、それは罰ゲームの延長線上でのことだ。こんなの普通の付き合い方じゃねえよ」
「いいじゃん、べつにそんなこと気にしなくても」
「気にしないって……おまえなあ……」
「だって付き合ってるのにはかわりないし、だったら一緒に帰ればいいじゃん」
「ちゃんと話しきいてるか?」
「うん。聞いてるよ」
こくりとうなずくツキミ。
「あのな、おれたちは桐咲が遊びで付き合わされたんだよ。いってみれば一種の被害者なんだよ。それをそのまま続けてもいいのかって言ってるんだ」
するとツキミは、立ち上がって、
「っていうかさ、今日いっしょに帰るのか、帰らないのかはっきりさせてよ」
さっきまでのおどけた表情から、すっと目が据わったように変わる。
「ねえ、どっちなの?」
「いや、おれは……」
「ねえッ!」
突然大きな声を出されて、ドキッととしたおれは、
「だから一緒に帰るとかじゃなくて、おれは、お前と別れ……」
といった刹那、ツキミは机にたて掛けられていた筒状の袋から刀をとり出して、抜刀する。
「いっしょに帰ってくれなきゃ、これで斬る」
頬に冷たい刃物を押しあてられた。
おれは、即答し、
「はい、わかりました。一緒に帰りましょう」
と、言わざるを得なかった……。
そうだった。こいつは一見おとなしそうに見えるが、おれを刀で脅して告白し、付き合えといってきた恐ろしい不思議ちゃんだったんだ……。
こいつのことが、ますます分からなくなってきた。
では早速帰りましょうと、おれが教室を出かけると、
「あっ!」
「ひえっ!」
まだ今の冷たい感触がはっきりと肌に残っていたおれは、すっかりツキミの一言一言にびびってしまう。
「忘れてた。わたし今週掃除当番だったんだ」
「な、なんだ……。びっくりさせるなよ……」
いや待てよ……。そうか、そういうことか。
ツキミがいっしょに帰ろうと言ったのは、嫌々付き合ったおれに最後の別れを告げるためなんだ。
きっとそこで話しをするために一緒に帰ろうと言っているんだ。
そう考えると、いまの絶対獲物を逃がさないぞ的な本気の殺意に納得がいく。
ツキミが担当の掃除場所へむかって行ったため、終わって戻ってってくるまでのあいだ暇をつぶさなくてはならなくなり、それまで教室で待っているかと自分の席に腰かけると、掃除担当のやつらが迷惑そうに睨んでくるので、しかたなく教室を出てその辺をぶらぶら歩いていると、いつの間にかおれは校内を無駄にウロウロと徘徊している単なる暇人になっていた。
掃除をしているクラスメートには睨まれるし、ツキミには刀で脅されるし、……ああ、なんでおれはこんなに不運なんだ。それもこれも全ては桐咲から始まったこと。
本当に桐咲かおりというやつは迷惑なやつだ。