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コロスキ!  作者: ユキノ
一章 愛の脅迫
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4 あんたが、わたしを怒らせたからよ。

 今は昼休みで、弁当を食べている。メンバーはおれを合わせて三人だ。


 一人は飲村のむむら。今年初めて同じクラスになり、なぜか気が合い、いつの間にか仲良くなって、こうして毎日机をならべて弁当を食べるようになった。


 もう一人は鹿毛井かげい。いまは購買に本日の食糧を買いにいっていて不在。

 こいつとは中学からの旧友で、同じ中学出身の連中のなかでも一番仲がいい。

 ちなみに小肥りで、サラサラヘアーが鹿毛井の特徴である。


 桐咲の影響だか何だかしらないが、前々から新しく恋人のできた連中が増えているのがやたらと目についてきていた。

 今までこの二人以外にも一緒に昼食を食べていた奴らが四、五人いたが、彼らは彼女が出できたから、彼女一緒に食べるなどといい、どこかへ消えて行ってしまった。


 それはおれと同じように桐咲による偽キューピッドの仕業なのだろうか? 

 意図的につくられた関係なのだろうか? 

 もしそうならそんな付き合い方で彼らは本当に満足しているのか?


 それは付き合った者たちにしか分からないが、おれは彼らを素直に応援する気にはならない。


 まあ、取りあえずおれが言いたいのは、彼女も大切かもしれんが友情も大切にしろよってことだ。


 小さい紙袋を提げて、購買から帰ってきた鹿毛井が、近くの椅子をひきずりながら引っ張ってきて腰をおろした。


「関口が例の彼女といちゃつきながら、仲よくアンパン買ってたぞ」


 鹿毛井が、目下学年中でバカップルと噂されている、関口と関口の彼女とのアツアツぶりを聞きたくもないのに報告してくれた。


 そんな関口も数週間前までは、おれたち同じように、こうして輪をつくって弁当を食べていた仲間のうちの一人だった。


「あーあ、またかよ。ほんっとバカップルだよな、あいつら」


 飲村は言った。


「おれも昨日、あいつらが廊下でいちゃいちゃしているのを見せられて、見ているこっちが恥ずかしかったよ。囃子はそんなみっともないアホな真似はするんじゃないぞ」


「そんなことするも何も、おれはその前に彼女をつくらなきゃならないんだぜ。死に面した脅迫じゃなくて、ロマンチックな告白で成立した彼女をな」


 とおれは卑下した。

 この二人には昨日あった悲惨な出来事を説明していたため、彼らはほとんどの事情を把握している。


「まあまあ、そういじけるな。桐咲さんたちにとって、おれたちみたいな冴えない生徒は格好のおもちゃなのさ。きっと知らない間に笑いものにされているんだ。それにしても囃子は何とも悲惨な目にあわされたな。これにはおれも同情のしようがないぜ」


 と、飲村はおれの肩をたたいた。


「テトリスで負けたから、その罰ゲームで囃子に告白ねえ。つまり、一番の敗者は囃子だよな、へへへっ」


 ……こいつ、ゆるさん。


「刀を突き付けられて、『付き合わなかったら殺す』って言われたんだろ。やること容赦ないねえ庵堂も。あいつがそんな大胆な娘だったと思わなかったぜ。まっ、いつか何かやらかしそうだとは思っていたけどな。大人しくしてりゃ、ほんとに美人なのになあ。もったいない」


 好き勝手なこと言いやがる……だが、おれもようやくお前の本性に気づいたぞ。


「たしかに桐咲さんはひどい、おれもやり過ぎだと思う。しかし、庵堂と別れるのは大間違いだ。あれは並みの美人じゃない、極上だよ。せっかく付き合えたんだから、このまま関係をつづけろよ。それに告白してきたのは向こうからなんだから、こっちが遠慮することなんかないんだぞ。庵堂にも一応責任があるんだからさあ」


 そう言うと、飲村は玉子焼きを一口ぱくりと頬ばり、


「おれにも庵堂クラスの美人から、突然告白されたりしねえかなあ。脅しじゃない形で」


 と、自らの願望を口走る。


 ちっ!


 おれは教室を見わたし、ツキミの姿をさがした。

 ツキミは窓際の自分の席で、隣のクラスの女子と二人で弁当を食べていた、そのとき、


「あのぅ、飲村くん……お話があるの、すぐ済むからちょっと来てくれないかな?」


 突如現れた、きれいなお姉さんが飲村の肩をトントンとたたいた。


 腰まである長い茶色いストレートの髪を垂らして、目鼻立ちは整い、肉厚の唇から甘いとろけるような声。美人である。

 そして何よりエロい。

 ふわりと甘いフルーツの香りがした。


 あまり見ない顔である。同じ学年じゃない。

 見たところ大人びた落ち着いた雰囲気があるから、おそらく三年生だ。

 三年生の美人の女子が、鷲鼻の飲村にいったい何の用があるというのだろうか。

 まさか……ねえ。


 飲村は驚いて、すぐさま立ちあがり、


「はい、何でしょうか?」


「ここでは言えない大事な話があるの。ねぇ、来てくれる?」


「も、も、もちろん、よろこんで」


「ありがとぅ。よかったぁ、うれしぃなぁ。じゃあ、あっちに行こ?」


 飲村ははじめこそきれいなお姉さんを前にしてたじろいでいたが、すぐにその色気に誘われ

て、言われるがまま素直に返事をして、大事な話とやらをしに「はい、どこへでもついて行きます」と手を引かれて教室から出ていった。


 飲村の背中を見送っていたとき、どこからともなくおれに向けられている鋭い視線が気になった。

 びんびん伝わってくるその方向を見ると、桐咲かおりがこっちを見ていた。

 いやらしい邪悪な笑顔で、おれを見ていた。


 そのしたり顔から判断すると、先ほどの飲村ときれいな上級生との一連のやり取りはどうやら桐咲が仕組んだものだと思って間違いない。


 しばらくして飲村が帰ってきた。しかもさっきの上級生と共に。


「どんな話してたんだ?」

「ふふふふ」

「秘密だよねぇー」


 お姉さんは甘い声で飲村に微笑みかけ、とても馴れ馴れしい感じがした。


「ねえ、熱彦くん?」


 おれは何となくわかってはいたが、


「何があったんだよ、飲村」


「もうおれは、お前らと一緒に飯を食うことはないだろう。これからお前たちは二人だけでメシを食うことになる。おれはもう、このむさ苦しい男の集団からは卒業だ。これからは毎日、樹里ちゃんと一緒に弁当を食べるのだからな」


 と偉そうに宣言して、樹里と呼んだきれいな上級生の肩に腕をまわして抱き寄せ、座っているおれたちを頭上から見下ろす。


 二人は恋人同士になったのだろう。

 彼女の話というのは飲村への愛の告白だったということになる。

 これは明らかに桐咲が仕組んだことだ。


 樹里さんは飲村の肩に頭をよりかからせて、うっとりとした眼でおれたちの方を見ている。飲村はおれたちに見せつけるように、樹里さんの髪を撫ではじめた。


 そんな行為は見せつけなくてもいい、家に帰って二人きりでやってろ。

 数分前まで自分が止めろと、けなしていたことじゃなかったのか。


「でも今日は時間がないからここで食べよう。囃子、鹿毛井、今日でおれと一緒に弁当食えるのは最後だから、よーくおれとの貴重な時間を胸に刻んでおけよ」


 と、飲村は言った。


 樹里さんは飲村の隣に座って、飲村の箸を手に取り、飲村の弁当からミートボールをつかみ、それを飲村の口まで運んだ。


「あーん」


 飲村は、ムシャムシャ咀嚼して、


「こんな美味いミートボール初めて食べたよ」


 それだけじゃない。その後もずっと、飲村が樹里さんに「あーん」をして食べさせてもらうという蛮行がおこなわれ、おれと鹿毛井はしばらくそれを見なければならなかった。


 さらに、それだけでなく卑猥なカップルは机の下でお互いが、がっちりと手を握り合わせていたのを、鹿毛井が教えてくれた。


 鹿毛井よ、そんなこといちいち言ってくれるな。


 飲村が弁当を全部食べ終わると、樹里さんは帰っていった。帰り際、


「あなたもけっこう可愛い顔してるじゃない。あと、かおりちゃんがあっちで呼んでるわよ」


 と言われた時、おれはぞっとした。

 なぜなら顎の先をふわりと撫でるように触れられたからだ。


 飲村はむっとしていたが、そんなのどうでもよかった。

 それより桐咲がおれを呼んでいる。

 教室の後ろで腕を組んだまま立っていて、こっちを見て手招いていた。


 呼び寄せられるように、おれは近づいてゆく。


「何だよ」


 桐咲の表情は邪悪さを超越していた。普段きれいな顔をしていることが、逆にいっそうそれを際立たせている。

 邪悪さの中にエロティックな妖気みたいなものが混じり、妖艶さで満ち溢れていた。それでいて悪であった。


「エロいでしょ? 樹里ちゃんに、いい男はいないかって言われたから飲村くんを紹介してあげたの」


「何で飲村なんだよ」


「ほら見て、飲村くん。すごくうれしそうにしてる」


「聞いてんのかよ」


「あんたが、わたしを怒らせたからよ。わたしを怒らせたらどうなるか思い知らせてあげるわ。これからもよく見ておきなさいよ、囃子のアホ!」


 そう言って桐咲はその場からさっさと立ち去った。

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