他人をも傷つけ
今の僕の状態は、沙希ちゃんと仲良くなる前よりも、とても最悪な状況にある。
人間って何でこんなにも欲深いんだろうか。
人間は嫌いあって、貶しあって生きていく。
だけど、その嫌われた人間や、貶された人間を助けるのもまた人間なのだ。
人間って本当に難しいよね。
だって、恋愛のことで親友と喧嘩しちゃうんだから、こんなの女だけと思ってたよ。
女同士だけの話しじゃないって、この時初めて思い知らされたよ。
『おはよう。健渡』
『ああ、おはよう』
いつもと何処か違う健渡に、僕は心配そうな顔をして『どうしたんだ?』って聞いた。
すると、今度は逆に怒りを抑えているような顔になった。
『あのさ・・・今日の放課後何か用事あるか?』
真剣な健渡の物言いに、僕は少し戸惑った。
もしかしてあのことを知ったのだろうか。
『大丈夫だよ』
『そうか。なら良かった』
いつもと違い、笑顔一つ浮かべることもなく、いつもよりも低い声で話してくる健渡。
そうだよな。お前の気持ちもそうなんだもんな。
放課後になり、僕達は旧校舎へと足を向けた。
この校舎は基本的には使っていないが、たまに移動教室の教室が重なった時などに利用している。
だから、この場所は喧嘩をするには最適な場所らしい。
『先に一つだけ確認させてくれ』
歩いている足を止めると、健渡は振り向かずに言った。
『お前って・・・沙希さんのこと真剣に好きなんだよな?』
内容は予想していたが、唐突な質問に、僕は少しだけ戸惑った。
『好きだよ。真剣に』
『俺が止めたって好きだって言ったもんな。それで、沙希さんと、幼馴染の七組の男の子と三人で仲良くなった。それは驚いたけど
お前が頑張ったんだな。って正直嬉しかったよ』
健渡は尚も振り向かないまま話しを続ける。
僕は何を言っていいのかわからずに、ただ黙っていた。
『だけどよ。俺・・・聞いちゃったんだ。お前が・・・』
健渡の声は荒々しく上ずったりした。
そして、怒りを抑えるように震える拳を必死に抑えていた。
『お前!一体どういうつもりなんだ!』
健渡はそう言いながら振り返り、僕の胸倉を掴んできた。
『うっ』
いきなりのことで、僕は驚きと苦しさで、声を上げた。
『無知な女の子だから、近づいたらこっちのもんだってか?お前結局彼女のこと可愛いから好きだったんだろ!彼女の内面じゃなくて、顔が好きだったんだろ。
体が好きだったんだろ!』
健渡は叫ぶように言いながら、胸倉を掴んでいる手を押したり引いたりしてくる。
『俺はお前のことを見損なったぞ。奥手で、引っ込み思案のお前が、真剣に好きになった女に、アプローチをしに行った。その結果がこれか?』
健渡は笑い飛ばすと、そのまま力いっぱいに僕を投げ飛ばした。
力もなければ、喧嘩もしたことがない僕は、されるがままに後ろに倒された。
思っていた以上の勢いで、背中を強打してしまった。
『うっ・・・』
僕はさっきよりも苦しそうに呻き声を上げた。
『なあ、お前どういうつもりだ?』
倒れている僕の上から、見下すように言った。
『クラスの男子の皆も憧れて、女子さえも話したいと思っている彼女を自分が独占できた。そう思ったのか?いきがってんじゃねえよ!』
健渡は叫びながら、段々と涙目になってきている。
僕はどうすればいいのかわからなかった。
今の健渡にはきっと何を言っても、言い訳にしか聞こえないだろう。
実際僕の意見など、何を言ったって言い訳にしかならない。
最低なことぐらいわかっている。
『なあ、おい!晃!何とか言えよ、晃!』
健渡は目に涙を浮かべながら、叫ぶと、再び僕の胸倉を掴んで、無理矢理立たせた。
『晃!』
叫ぶように言うと、そのまま抑えていた拳が、僕の顔面に飛んでこようとした。
僕は思わず目を瞑った。
だけど、少ししても痛みを感じなかった。
恐る恐る目を開けると、誰かが僕の前にいた。
『どういう事情かは知らないけど、喧嘩はよくないぞ』
その声にはすごく聞き覚えがあった。
『かい・・・と君?』
恐怖からか、罪悪感からか、唇が震えて、まともに声を出せなかった。
『お前だってきっと怒るに決まってる。俺以上にな・・・』
健渡はそう言うと、息を整えながら帰って行った。
それを見送ると、緊張の糸が切れたように座り込んだ。
『大丈夫か?』
心配そうに聞いてくる楷渡君に、罪悪感しか感じられない。
健渡が言ったように、このことを知ったら楷渡君の方が怒るに決まってる。
だって、沙希ちゃんは楷渡君にとって大切な幼馴染なんだから・・・
『うん。ごめん・・・』
それにしても、本当に僕は意気地がない。
喧嘩で友達に守られる何て、まるで女みたいだ。
『元気だして、一緒に帰ろうぜ』
『うん・・・』
歩き出そうとしていた楷渡君の後ろで、動こうとしない僕を、心配そうに『どうしたんだ?』と聞いてくる楷渡君。
もう、僕のことは放っておいていいのに・・・
罪悪感から、段々と涙が溢れてきた。
僕が泣きそうだと気づいたのか。楷渡君は『もしかして俺が来る前にどっかやられたのか?』と、真剣な顔で駆け寄って来た。
そんなんじゃない。
体なんて何処も何も痛くない。背中の痛み何てとうに忘れた。
僕が今痛いのは・・・心なんだから。
『おい、本当に大丈夫か?』
尚も黙り込んでいる僕に、覗き込むようにして聞いてくる。
『楷渡君・・・大事な話しがあるんだ。この話しを聞いたら楷渡君だって僕のこと、軽蔑するんだ・・・』
ボソボソと呟くように言い始めた僕に、楷渡君は聞き逃さないように聞き耳を立てて聞いてくる。
『そんなことない。俺はお前の友達だ。いや、お前は俺の数少ない友達だろ。軽蔑何てしねえよ』
『僕・・・』
『沙希ちゃんに酷いことをしたんだ』
感情が震えるあまり、大きな声で言った僕の目からは堪えていた涙が溢れ出してきた。
今楷渡君がどんな顔をしているのかわからない。
少しの沈黙の後、楷渡君がゆっくりと言った。
『お前・・・今何て言った?』
さっきのような穏やかな声色ではない。
『沙希って言ったか?おい。お前沙希に何したんだよ』
怒っていることは、顔を見なくてもわかった。
『軽蔑するようなことを沙希にしたのか?俺が最初に言ったこと覚えてるか?沙希に何かしようとしてる奴なら許さない。って・・・
だけど、俺はお前がそんなことするような奴じゃないって思った。そう思ったから、沙希に友達が出来ればいいって思って、
俺の友達でもあって、沙希が仲良くなればいいって思って・・・』
僕はさすがに顔を上げた。
『あっ・・・』
そこには涙を浮かべた楷渡君の姿があった。
これが今僕がしてしまった現状なんだ。
何でかな?
健渡に怒られても、健渡に殴られそうになっても仕方がないって思った。
だけど、今は違う。
楷渡君にはわかってほしいって思った。
実際僕も自分の気持ちがわからないのだから、何をわかってもらうのかわからないけど、だけど楷渡君ならきっと僕の気持ちを理解して、許してくれるって・・・
僕は何て勝手なんだろうか?
楷渡君の方が傷つくに決まってるじゃないか。
僕なんかよりもずっと前から彼女と一緒なんだ。
そんな僕に大事な沙希ちゃんを傷つけられた。
そんなことを聞いたら怒らないはずがないのに、僕は何を考えているんだ?
『わかったよ。お前も結局はそういう奴だったってことだよな・・・見損なったよ。さっきのもこのことか。はぁ・・・助けて損した。俺が殴ってやりたいぐらいだ』
今までに見たこともないような怒った顔をしていた。
僕はもう、ダメだ・・・




