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縮まった距離は一層離れ

沙希ちゃんと、楷渡君と仲良くなってから、もう一ヶ月が過ぎた。

楷渡君は締め切りが近くなって、また学校には来なくなった。

二人になると、沙希ちゃんは今までとは違って、自分の方から『帰りましょう』と言ってくるようになった。

楷渡君がいなくても、変わらず仲良くしてくれる沙希ちゃんの態度が嬉しくて、同時に欲望も溢れ出してきて、少し苦しい。

これが恋という奴なのだろうか。

毎日彼女と過ごしていて楽しいはずなのに、話せなかった時とは違う胸の苦しさを感じるようになった。

どうしたらこの苦しさは納まるのだろうか。


彼女は僕に毎日変わりのない笑顔を浮かべてくれる。

教室内では最近は違う話題が繰り広げられているみたいだが、僕はそんなことにも耳を傾けない。

大方の予想はつくが、もう僕には関係のないことだ。

彼女さえいれば、僕にはもう何も関係がない。



放課後になって、彼女はいつものように『帰りましょう』と言った。

だけど、僕は何だかその言葉に素直に従えなかった。

理由はわからないが、もっと彼女と一緒にいたかったんだ。


『あのさ。少しだけ・・・本の感想を聞いてほしいんだけど、いいかな?』

これだよ。と言って、楷渡君の本を出すと、彼女は嬉しそうに頷いた。

あれから僕は、楷渡君が今まで書いている本を順番に読んでいる。

今までの僕には考えられない行為だ。


『それでね。この本何だけどさ。最後の部分どう思う?』

『うん。あたしはね・・・』

彼女が真剣に答えようとしてくれている。

その姿も僕にとっては狂おしいほど可愛く感じた。

彼女がとても可愛い。


僕はもっと冷静になるべきだった。

彼女に話せないときのことを思い出すべきだった。


そうすれば、こんな取り返しのつかないことをしなかっただろう。


そう・・・


女の子に、許せないことを・・・



彼女は真剣に自分の意見を言うと、今度は笑顔で僕に聞き返してきた。

『晃さんは、どう思ったの?』

本が好きな彼女にとっては、こんな話題はたまらなく楽しいのだろう。

彼女は目をきらきら輝かせながら言った。


僕はそんな彼女の言葉も、彼女の表情も、今までと違うように捉えた。

今まで僕は、どのように、どうやって捉えていたのかはわからないが、この時の僕が可笑しかったことは間違いないだろう。

『晃さん?』

彼女が小首を傾げながら僕の名前を呼ぶ。

もうダメだ。



『ふぇっ』


僕は彼女の唇に自分の唇を合わせた。

初めは軽く合わせた程度だったが、そのことでスイッチが入った僕は、したこともないキスを繰り返し角度を変えてし続けた。

それはキスというよりも、ただ相手に自分の唇を押し付けているという、とても不細工な行為だ。

完全に理性が飛んでしまった僕には、もう彼女の姿など見えていない。

僕はそのまま、椅子に座っていた彼女のことを押し倒そうとした。

『いやっ』

彼女が小さな悲鳴を上げた。

そして彼女は鞄を持って、泣きそうな顔で教室を飛び出して行った。


それを見送ってから気づいた。

何て馬鹿なことをしてしまったんだ・・・


僕は教室の床に座り込みながら、さっきの自分の行為を憎んだ。

一体僕は彼女の何を見ていたのだろうか。

こんなはずじゃなかった・・・







頭の中がむちゃくちゃになるっていうのは、こういうことを言うのか。

僕は家に帰ってから、開き直ったように冷静にそんなことを思った。

『明日からどうすればいいんだ。それに、楷渡君が学校に来だしたら、僕はどんな顔をして会えばいいんだ?』

呟くと泣きたくなった。

せっかく沙希ちゃんと仲良くなれたのに、こんなことで仲を壊してしまう何て・・・

その日僕はずっと自分のしたことを後悔し続けていた。




翌日学校に行くと、彼女はいつものように本を読んでいた。

『おう、おはよう』

そしていつものように健渡が僕の所に来る。

何も変わらない。

いつもと同じだ。



『たまには僕もサッカーするよ』

昼休みになって、僕は健渡にそう言った。

『えっ?』

健渡は不思議そうに聞き返した。

『たまには体動かさないとね!』

張り切ったように言うと、健渡も『わかってるな』と言って、笑顔になってくれた。

そうだよ。

これがいつもの日常何だよ。

いつもと違うのは、沙希ちゃんの顔を見ようとしなかったことだけだ。



放課後になると、健渡は『どうせ今日もだろ』と言って、僕に話す隙も与えずに帰ってしまった。

気づけば教室にいたのは、僕達二人だけだった・・・


彼女は相変わらず本を読んでいる。

そうだよな。

僕何て彼女の日常には、いてもいなくても同じだ。

彼女は軽蔑さえしても、動揺などするはずがない。

僕は何も言わずに教室を出て行った。




その帰り道。

何だか家に素直に帰れる気にもならず、僕はフラフラと歩いていた。

歩いていると、市立図書館が目に入った。

学校から近いのに、僕は一度もここに行ったことがない。

というより、実際この図書館の存在を知ったのはついこの前のことだ。

学校がない日に、ここで仕事をすることがあると楷渡君から聞いたときに、初めて知った。

元々本になど興味はなかったのだから仕方のない話しだ。


その時のことを思い出して、少しだけ涙が溢れそうになった。

あれが幸せだったのに、あれ以上に何を望もうとしたのだろうか?

人間は本当に欲深くて、馬鹿な生き物だ。

求めすぎて、全てを壊してしまうのだから・・・



考えるのはよそう。

そう思うと、何となく鞄の中の本を読みたくなった。

楷渡君が仕事だからと言って、三冊も一気に渡してくれた奴だ。

もう、一冊は読み終えてしまったけれど、常に三冊とも鞄の中に入れている。

僕は一度鞄から出したその本を、もう一度鞄にしまうと、図書館へと足を進めた。



初めて入ったが、外から見てもわかるように中はとても広かった。

図書館にいるのに、図書館にない本を読みに来た僕は、きっとどうかしているのだろう。

しかし、この広い図書館ではそんなことも気にならない。

それに、個人が本を資料にしながら、仕事などが出来るようになっている少し囲われたスペースもあり、他の資料を出している人も多いので、

僕の存在が浮くこともなかった。

続きを読み出すと、ちょうど今の僕と同じような状態にいる主人公の姿があった。

楷渡君は学園物を書くことが多い。

その中でも今回のは恋愛を主にした作品だ。

これを受け取った時に、『この主人公お前みたいだよ』と笑いながら言われたのを覚えている。

確かにその通りだ。

泣けるぐらいに僕とそっくりだ。

それも今の僕の状況に・・・まるでこうなることを予想していたかのように、そのページが顔を出していた。




それからしばらく本を読んでいると、一体どれくらい時間が経ったのだろうか?

窓の外を見ると、既に太陽が沈みだそうとしている時間だ。

相変わらず楷渡君の小説は集中して読んでしまうな。

それに、今回のはまた違う形で色々と考えさせられた。

あまりにも僕と重なり過ぎている。

『本当に出来すぎた偶然だな』

僕はそのことを笑い飛ばすと、席を立った。

『あっ』

『あっ・・・』

隣の本棚のところに、これもまた誰かが仕組んだかのように、沙希ちゃんがいた。

今きっと僕は神様にいたずらされているに違いない。

そうでなかったら、こんな偶然が頻繁に起こるはずがない。


『あの・・・』

何か言いたかった。というよりも、何かを言わないと僕がどうにかなってしまいそうな気まずい空気が流れていた。

が、しかし・・・

その考えも、その空気も、彼女の行動によって無となってしまう。

『ごめ・・・でも、あっ・・・』

彼女は途切れ途切れに何かを言うと、そのまま図書館だということを忘れるぐらいの勢いで走り去ってしまった。

しばらくその場で呆然としていた。

『僕が悪いんだ。仕方ないよな。ごめん・・・』

もう見えなくなってしまった彼女に、呟くように謝った。

『僕は本当に最低な人間だ』

はき捨てるように呟くと、さっきのことで周りからの注目を受けていることに気づき、足早に図書館を出て行った。


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