気まぐれ魔王の愉快な一日
この話は『獣人料理長の愉快な一日』のアナザー版みたいなものです。
なので、『獣人料理長の愉快な一日』を読んでもらってからの方が分かりやすいと思います。
「ついにこの日がやってきたのねッ………」
来たわよ来たわよついにこの日がやってきたのよーっ!!!
………ごほん、失礼。私の名前はリーファ。リーファ・セント・アライド。魔王やってるの。年齢?教えられるほど若くないわよ。もうババアよババア。後はえっとそうね、魔王としてやってるのは政治と……人間との摩擦を減らすために、たまに人間の町(城)へ行ったりするわ。意外と大変なのよこれ。まあ、後は……まあ、いろいろね。
ついでに言うと今私は外に、厨房が覗ける窓が見えるところに居るわ。
それで何で私が朝(正確には夜明けのかなり前)にテンションマックスなのかというとね、今日はウチの料理長アルナ・アーカイブ(愛称アル)の誕生日なのよ。え?なんで人の誕生日なのに嬉しそうなのかって?え?こういうのってテンション上がらない?えー?
まあそれはそれで。実はこの日のために一カ月近く城のみんなと話しあってたんだけど一応気付かれてるってことはないみたい。まああの子結構鈍いしね。
さて、もうそろそろ起きた頃かしら?あっ、居た居た。まったく、たった一人でン百人の料理の下準備してるってんだから驚きよね。
さて、誕生日サプライズの始まりよ!
…………と、思っていたのだけれどね。
うふふふふふ、なんて笑いを漏らしていた私のところに、慌てたように新米のメイド(たしかミントという名前だった)が駆け寄ってくる。
「魔王様、大変です!城下町で暴れている輩がいると衛兵から連絡が!」
「なんですってぇ!?」
さてはあれね、先月潰した奴隷商の生き残りね!あいつら、何回か町中で暴れたりしてるのよ。ほんッッとに迷惑してんのよ………。
「へ、兵を送りますか?それなら今すぐ連絡を………」
「いらないわ」
正直あいつら、今まで何度も暴れてたんだけど、最近は大人しかった。たぶんその間に戦力を蓄えていたんだと思う。
「今回は兵を送っても無傷では終われなくなるわ」
「でしたら、どうすれば……」
「簡単よ」
「私が行くわ」
「えっ…………!? そ、そんなぁ! 困ります! 魔王様には今日の準備のこともありますし、メイド長にばれたら私首切られちゃいます!!」
「だいじょぶよ、ハルウには私から言っておくし。なによりね、この日のために用意したものをあんな奴らに邪魔されるのは、とってもとっても癪だしね」
足の辺りに魔力を集中させる。魔法ではなく、魔力の膨張、圧縮を繰り返すことで跳躍力を引き上げる業。コツさえつかめば簡単だけど、コツをつかむまでが大変な業。
「大丈夫! 夜明けまでには戻るわ~っ!!」
「もう明けそうなのわかって言ってるんですかーっっ!!!」
新米メイドが何言ってるのかは、無視することにしたわ。
たん、と地面を踏むのを感じると同時に、集中させていた魔力を拡散させる。あまり長い時間集中させておくと自然が取り込む魔力に影響が出るからだ。
だが、
「………おかしいわね」
おかしい。
絶対におかしい。
あのメイドは町で暴れている輩がいると言っていた。なのに、暴れた痕跡どころか、人の気配さえない。
「まさかとは思うけど……」
騙されたっ、てことかしら?
「そうだよ、その通りだぜ。お嬢さん」
甘ったるい猫なで声。声のした方を向くと、全身黒づくめの長身の男が立っていた。
お嬢さん、ね。そう呼ばれたのって何年ぶりかしら。実際にはそんな年齢じゃないけど。
「おっと、そうだったのか。長寿の魔物さんなのかな?」
口に出してないのに考えていることを言い当てられた、ということは。
「伝達の応用ね、それ。しかも結構高度な」
「へえ、一発でわかるとは。なかなか面白いじゃないか、君」
伝達………。そういえばアスカも伝達使ってたわね。
魔法には様々な応用があるけど、心を読む伝達の応用を使える人物はそんなにいないわね。
それはともかく。心を読まれると厄介なのよね。
意識を集中させる。思考に壁を作り、心の壁を作る。
「おや、壁も作れるのか。なかなかやるね」
男はニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
正直言って気色悪い。ほんとに死んでほしい。
だけどまあ、今日のことを邪魔しようとしたんなら(本人達はそんなことはないだろうけど)
ツブスダケヨ。
掌に魔力を集中させる。小さく束ね、集めてまた束ねる。押しつぶすように束ね、叩き潰すように束ねる。
「おやおや、お嬢さんなかなかすごいじゃないか。しかし、きちんと伝えておいたのに来たのは軍隊ではなくこんなガキとはなぁ。魔王も頭がおかしくなったのか?」
本人の前でそういうのはやめておいたほうがいいわよ。とは思ったが口には出さない。ひたすらに魔力を束ね続ける。
「まあいい。おいガキ、立ち去るんなら今のうちだぜ? どうせてめーに俺らは倒せねえんだしよ」
小さく小さく、硬く硬く。束ねられた魔力は槍の形を作り出し、手の中に現れた。
「お前みてえなガキに、この人数は太刀打ちできねえ。さっさと消えな、クソガキ」
その瞬間、建物の影から、茂みの中から、真っ黒な影が飛び出してきた。
一つ二つではなく、何十もの影が男と私を取り囲んだ。
影の持つ様々な武器は、私に狙いを定めている。危険すぎて何年か前に使用禁止された武器もある。あまりにも絶望的な状況だった。今すぐにでも降参し、逃げるしかない。
普通の魔物や、人間の場合は。
手の中の槍が、一瞬で1本から数十本、数百本に増えた。
影が、目の前の男が驚くのがわかる。あまりにも滑稽だと思った。
自分の力を過信して、弱いものを圧倒する。
恐怖で人を操り、また弱いものを押し潰そうとする。
こういう奴らには、教えてやらなければいけないのだ。
上には上がいる。と。
顔の筋肉が壮絶に笑みを形作った。
「ひっ………」
怯えて逃げ出そうとする影が、男が足を動かそうとする前に。
何百もの槍が、打ちつけられるように降り注いだ。
「ふう」
影と男を縄で縛ると、瞬間移動で城の牢屋に移動した。男も影も傷一つない状態で地面に転がっている。
え?槍はどうしたって?あれはただ逃げられないように服を地面に縫いつけようと思っただけよ。ちょっとずれてたら刺さってたかもしれないけど。
「じゃあ、もう準備しないとだから。あなた達も鍵をかけて持ち場についてちょうだい」
持ち場っていうのは飾り付けするところを分担したところのことよ。
「はっ!」
「いい返事ね」
踵を返して歩き出す兵士を見てから、伝達を行う。送り先はメイド長のハルウ。
《ハルウ、アルを私の部屋へ呼んできてちょうだい。3秒で来いと言っておいて》
《了解いたしました、魔王様。…町の方はどうなっていました?》
ああ、あの新米メイドから連絡受けてたのね。
彼女の実家は町の港だしね。心配だったのね。
《大丈夫よ、町の被害は一切ナシ。問題無しよ》
《そう、でしたか》
安堵したような返事を返してくるハルウ。そりゃ心配よね。
《さ、アルを呼んできて。町の方につれてくから、その間に準備を済ませちゃって》
《了解いたしました、魔王様》
伝達が切れる。
「さて、部屋に行かないと」
瞬間移動で部屋に飛ぶ。広いベッドに腰掛け、待ち手になる。
後はアルを町に連れ出して、準備が終わるのを待つだけだ。
そこから5分ほど経過して。
ぱたぱた、と駆け足で近づいてくる足音を聞きつけ、目を覚ました。
うわやっば寝てた!寝ちゃってた!
口の周りを急いで拭って深呼吸。終わらせるのに3秒かかった。
最後にもう一度、深呼吸。落ちつけ落ち着け。
扉の向こうから、声が掛けられる。
「魔王様、アルです。失礼しま」
言い終わる前に、扉を思いっきり開いた。
ぶつかりそうになったのか、少し身を引いて驚いた顔をしている。
「アル! 遅い! 遅い遅い遅い!! 三秒で来いっつったでしょ!?」
我ながらなんて理不尽な叫びだろうとか思ったがその辺はスルーの方向で。
「も、申し訳ありません魔王様………。仕事が残っておりまして……」
「ならいいわ」
面倒なので即答したら驚いた顔されたんだけど。どんな反応期待してるのこの子。
「魔王様、それで何故私は呼ばれたのですか?」
ああそうか、まだ言ってなかったわね。言ったら言ったでついてこなくなるだろうけど。
「ああうん、ちょっとそれは私の部屋に来てちょうだい」
全く緊張していない獣人料理長を部屋に入れると、扉を閉めて鍵も閉めた。
言ったあとどんな顔するかしら。楽しみね。
「城下町に行くわよ」
馬鹿みたいに口をポカンと開けて呆然とする従順な料理長を面白そうにみる。
「魔王様、今、なんて?」
「だから城下町行くんだって」
「……………………」
「でもまあこのままだとまずいから着替えて行こう」
「ほんきですか、まおうさま」
「あんたも早く着替え渡すから着替えな」
着替えをアルに押しつけてさっさと服を脱ぐ。
さあ、早く行くわよ。
……………着替えて町に出たはいいけど、さっきからずっと機嫌が悪い。私じゃなくてアルが。
「さて、今日はパーッと遊びに行くわよ」
「…………………魔王様。何考えているんですか」
何考えてるんですか、ね。本当の理由を教えるわけにもいかないんだけど。
「何って遊びにきまってるじゃない」
「私だって仕事があるんです。今だって皆さんに迷惑かけてるんです。遊びが済んだら早く戻って仕事しないと」
迷惑かけてる、か。みんなそう思ってるわよ。いつもいつもあんたに迷惑かけてて申し訳ないなーって言ってるわよ。
そんなふうに言ったらいけないので、スルーすることにする。シャレじゃないのよ。
「あ、あんなところに魔道具店あるわよ、行きましょ」
「………」
呆れた顔された。
その後も何店か店を回ったんだけど、やっぱりまだ少し機嫌悪いわね。
時計ばっかり見てるし店に入ろうとするたび嫌そうな顔するし。
と、ぶらぶら歩いていたら伝達が届いた。アスカからね。
《魔王様、準備が終わりました。ただ、料理が少し遅れているようなので、間を開けて戻ってきたください》
《りょーかい》
伝達が切れた。もう準備終わったのかぁ。仕事早いなあとか思いつつ、隣を歩くアルに話しかけた。
「ねぇアル」
「なんですか」
「そんなにつまらない?」
「なんでそう思うんですか」
「顔に書いてあるわよ。早く帰りたいって」
わかりやすいにもほどがある。まあもうすぐ終わりなんだけど。
「ね、もう一店だけ。最後の最後!」
「………これで最後ですよ?」
最後なんて言わずにさっさと帰りましょうなんて言われなくてよかった。
最後の店。それは私のお気に入りのアクセサリー店。実はこれからセールが始まる。
「さあ、買って買って買いまくるわよ、アル。これからセールやるみたいだから」
たまーに城から抜け出して買いに行ってるから、セールの時間帯はバッチリ把握している。
し、仕事サボって抜け出してるわけじゃないの!休憩中にちょっと行ってるだけよ!
「ねえアル、なんか欲しい物ない?」
「はへ? 欲しい物………ですか?」
そんなこと聞いてどうするんですか?みたいな顔された。………いや、そんなこと聞いたらやること一つしかないでしょ。
「だからァ、欲しい物なんでも買ってあげるわよって意味よ。なんでもいいのよ、今まで見た店にある物なら」
「………………………………………………………………え?」
さてどんなものをおねだりされるだろうか。性格上そんな高いものは頼まないとは思うけど。
「今、なんて?」
「ッ……! だーかーら、欲しい物なんでも買ってあげるから言いなさいってこと! 何回も言わせないでよ!」
「え?」
ほんッとうに………鈍いというかなんというか。まあそこがかわいいところなのかしら?長所でもあり短所でもある……みたいな?
「なんでもいいのよ?」
子供のように目を輝かせながらアクセサリーを一心不乱に見つめるアル。見てるとなんだか癒されてきた。
…ってそのパズルみたいなアクセサリーなんて買ったらすぐ失くすわよ。
喜色満面といった風にアクセサリーを選ぶアルを見て苦笑していたときに。
それは現れた。
アクセサリーの棚の下。そこから突然に湧いて出た影はアルの背後に立っていた。
「動くな、小娘」
「っ?!」
振り向こうとしたアルの首を絞めるように持ち上げる影。
想像できない事態に思考が止まる。店内が一瞬遅れて慌ただしくなる。
「珍しいモノを見つけた。獣人の犬種はほとんど死んだと聞いていたのだが」
獣人の、犬種。それが何を意味するか。
「ふむ、ただの獣人は高くは売れんが、犬種となれば別だろう。これはいいモノを手に入れた」
つまり、この影は、アルを売り飛ばそうとしているのだ。
人の料理人を。
「っざけんじゃないわよ」
ズバン!!と床から……正しくは床に映る私の影から。黒く太い鎖が勢い良く伸びる。
影鎖という魔法。実体化という魔法の応用で、影を実体化させ、自在に動かせるようにした魔法。
黒い鎖が一瞬で影に巻きつくと、鎖を少し引いて影を床に叩きつける。
ついでにアルも床に落ちたけど、まあそれは後でいいや。獣人だから体頑丈だし。
「ふん、奴隷商人ね。この前潰しに行ったばかりなのに懲りないわね。逮捕よ逮捕」
しまった、アルにはこのこと言ってないんだった。どうやって説明しよう。
「そ、その、魔王様、今日は本当に申し訳ありませんでした」
これで35回目だ。なんだかもう聞き飽きてきた。
「何回言ってんのよ、気にしないで」
今。町から城へ帰る途中。
突然湧いてきた影のせいで店内は軽い騒ぎになり、アクセサリーは買えなかった。
実は私、アルの誕生日プレゼントまだ一つしか買ってなかった。
一つで十分じゃんって?まあ普通はそうなんだけど。城の中で一番忙しいのは料理長のアルだ。いつも世話になっているのだからこれくらいしないといけないだろう。
あと、先ほど問い詰められたのだが。
『潰した』という発言の意味は、軍隊が潰したということにしておいた。簡単に信じてくれたので安心した。
「い、いえ、今日は折角誘ってもらったのに「いいから早く帰るわよ」
いい加減飽きてきたので、遮ってさっさと帰ることにする。
………ちょっとだけ落ち込んでしまったみたい。言い方がいけなかったかな。
さてさて、城に着いたわよ。
門番は普段居るんだけど、今日は準備のためいない。結構規模が大きめなのよ。
「さてアル。目を閉じて」
「え? 入らないんですか?」
「いいから早く」
有無を言わせず目を瞑らせる。ちょっと顔が青くなってたがキニシナイキニシナイ(棒読み)
実体化の応用。影を使って地面を削る。静かに静かに削って……魔法陣完成っ!!
「さて、いくわよ」
とん、と。何も分かっていない料理長の背中を押す。あれ、魔法陣の中に入ってないわね。早く入って入って!!
前に進まないアルをぐいぐい押してたら魔法陣が光り輝いた。二人分の瞬間移動が発動し、二人が門の前から消えた。
移動した場所は大広間。パーティーをしたりするときに使われる広間だ。
普段は使われないためちょっぴり埃っぽいけれど、今は壁や天井に装飾が施され、黄金色に輝いている。
目の前のアルがちゃんと立ったのを確認すると、手を振って待ち構えるメイド達(とその他使用人)に合図する。
何の合図かって?すぐわかるわよ。
「「「「「「「「「料理長! 誕生日おめでとうございます!!」」」」」」」」」
始めの言葉の合図。
さてさて肝心のアルはさぞかし驚いていることだろうと思ったけど思考が停止してるよこの人。
そんなに驚いたんかい。
「まーったく、まだわからないの?」
にやにやと笑いかけながら説明してやる。
「おかしいとは思わなかった? 朝、料理人がいつもより早く起きてきたこととか、私の態度とか、さっき門番が居なかったこととか。いやあでもここまで気付かないなんて思わなかったわ」
それでも、不思議そうな顔のまま固まってしまっているアル。
「なんでこんなことみんなはしたのでしょうか、と言いたげな顔をしていますね」
「アスカさん……」
伝達なんて使わないでも、相手の心情を推し量るなんてことは誰にだってできる。
「そんなこと、決まっているのですよ。料理長、あなたは普段、私達がやるべき仕事を一人でこなしています。なのに文句の一つも言わず、いつも迷惑をかけてしまっています」
ちょっとアスカ、私のセリフ盗らないでよ、とは言わない。私では上手く伝えることができないから。
「だから、何らかの形で感謝の気持ちを示したいと思ったのですよ」
その瞬間、アルが突然膝から崩れ落ちた。両手で顔を覆って、泣き出してしまった。
悲しくて泣いてるわけじゃないってのは、誰でも理解できる。
「結局はそういうことなのよ、アル。あんたが分かってないだけでみんな、あんたに感謝してんだから」
近づいて、優しく背中をさすってあげる。その顔は涙でぬれてくしゃくしゃになっていた。
「ほら、泣かないの。料理冷めちゃうし、プレゼントだってあるのよ?」
「料理長、実は意外と芸大会なるものが用意されているのですよ」
「え?そ、それってホントにやるんですか?私今までずっと冗談だと…………」
メイド長のハルウが慌てているが、芸大会はもう確定事項となっている。
賑やかな喧騒が大広間に溢れる。
そのとき、私は少しだけ聞いた。小さな声だったけど、はっきりと。
ありがとうございます、って。
だから私も、小さな声で呟いた。
どういたしまして、って、ね。
私の名前はリーファ。リーファ・セント・アライド。魔王やってるの。
ここまでの振る舞いは魔王っぽくなかったかもだけど、普段はもっと殺伐とした日々を送っているわ。
今日みたいなことは滅多にないのよ?
結局今日も、なんだかんだあって大変だったけどさ。
こういうのも、悪くないわよね。