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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔王討伐メンバーは6人です

作者: 浦瀬 水姫
掲載日:2026/02/28

 技術を尊ぶブルーレイア王国。力を崇めるカーマインテレス王国。そして、自然豊かなグリーンオーロ王国。3王国が連立し、持ちつ持たれつ、干渉しすぎず、均衡を保っていた。

 その中心地にある街、ミディアム。3王国の不可侵区域であるこの街では、出身を問わず人々が行きかい、生活している。


 ミディアムは街中が花や装飾品で飾り立てられていた。道と言う道に露店が繰り出し、貧富を問わず着飾った民が広場を埋め尽くす。威勢のいい声が記念品を売りさばき。飲食店では祝いの料理が振舞われ。まさにお祭り騒ぎであった。それもそのはず、今日は魔王討伐記念日。誰もが喜びを分かち合う、おめでたい1日である。

 そんな喧騒の中、表通りの目立つ位置で営業される宿泊施設を備えたパブも、他に負けず劣らず賑わっていた。そのパブの片隅の席。彼らは、窓際に置かれたテーブルを囲んでいた。


「あれからもう3年も経つのか」


 紫色のローブを羽織った男がそう切り出した。窓際で頬杖をつき、賑やかな外を眩しそうに眺めている。室内にもかかわらず被られたフードから、見え隠れする黒いサラサラな髪。傍らには立派な杖が立てかけられていた。


「僕としては、まだ、3年かな」


 それに反応したのは、その正面に座る、輝くばかりの金髪を持つ男。人好きのする笑みを浮かべながらの軽い口調である。彼は商人風の格好をしていたが、どことなく高貴なオーラが隠せていない。その腰には、使い込まれた剣が下げられていた。


「短い間に非常事態の連続でしたからね……」


 次に言葉を発したのは、その隣に座るガタイの良い騎士だった。遠い目でため息を吐くアッシュレッドの髪をした彼もまた、下町の用心棒に扮しているようだったが……一目見て騎士と分かる証を堂々と着用している。それどころか、背負ったままの大剣には紋章が見え隠れしていた。


「突然の魔王復活。討伐直後にグリーンオーロ王国の暴走。さらに魔王もどきの襲来…………」


 白を身にまとった女性が、胸元に手を当てて、ほぅと息を吐いた。ローブを羽織る男の隣に礼儀正しく座っていた彼女。ベールから覗く緩くウェーブのかかった長いプラチナブロンドの髪が、窓から差し込む光を受けてキラキラと揺れている。


「思い出させないでよ。まだ後処理が山積みなのに」


 金髪の男が、これでもかと嫌そうな顔をした。4人は深く、深く、ため息を吐く。

 そんな彼らを、通路側に座る茶髪の男がぼんやりと眺めていた。こちらは取り立てて目立った特徴はない。一見して平民と分かる彼は、大きなコップで出されたオレンジジュースをちびちびと飲んでいたが、難しい話が一区切りしたのを感じ取り、ずっと気になっていたことを口に出す。


「こんなところに要人がいていいものなの?」


 そう言いながら4人をうかがう茶髪の男。4人の顔が一斉に茶髪の男に向けられた。そこに表れているのは、心配、それに尽きた。


「気を抜くな、剣に選ばれし勇者殿。グリーンオーロ王国への当たりは強い。最も危険であるのは君だろう」


 ローブの男の言葉に、首を傾げる茶髪の男。しかし、反論する間もなく、白の女性に、その手を取られた。茶髪の男の手を包むその手つきは、慈愛に満ちている。


「後ろ盾のないあなたこそが最も危機感を持たなくては。私達も力を尽くしますが、私達の権力では不十分ですから……」


 すると、金髪の男がハッと鼻で笑った。


「ブルーレイア王国の宮廷魔導士団長様と筆頭聖女様が何を言う」


 茶化すような金髪の男の声に、宮廷魔導士団長であるローブの男は、肩をすくめる。そうかと思えば、挑発的な目で金髪の男を見やった。


「カーマインテレス王国の王族に言われたくはない」


 金髪の男、高貴さを隠せないはずである。王族である彼は、口で弧を描いたまま、ヒラヒラと手を振った。


「王族と言ったって、僕は第七王子。王太子にはもう子供もいて、王位継承権なんてあってないようなもの。そんなことを言ったら、彼は侯爵令息だよ」


 クスクスと笑いながら、王子は隣に座る騎士を示した。騎士は腕を組んで眉間に皺を寄せる。


「やめてください。継ぐ領地もなければスペアですらない、気楽な三男なのですから」


「あらあら。あなたは騎士団長様でしょう?立派な国の要人でしてよ」


 筆頭聖女たる白の女性の、からかうようなコロコロした声。騎士団長と呼ばれた彼は、身じろぎする。大きな体が動いた際、大剣に模された紋章が、窓からの光に反射してキラリと光った。それは、カーマインテレス王国第一騎士団を示す紋章。結局、返す言葉を見つけられなかった彼は、降参するように両手を上げたのだった。


 さて、ここに集まっていたのはそうそうたる肩書を持つ面々であったが、実はそれだけではない。これは、魔王討伐メンバーの集い。今では英雄視される面々である。

 魔王討伐に当たり、各国は協定に従って、自国の利点を生かした精鋭を送った。ブルーレイア王国からは、高度な技術の提供を。そこで抜擢されたのが、宮廷魔導士団長であるクロムウェルと筆頭聖女であるセラフィーナ。2人の魔法は右に出る者がいない。カーマインテレス王国からは最も強き者を。第七王子のインフェルノと、第一騎士団長のアーデルハイトは、魔王討伐メンバー選出トーナメントの優勝、準優勝者である。


 そして、残る、グリーンオーロ王国。緑あふれることしか取り柄がない国ではあるが、だからこそ、人を超越した存在の加護を受けていると言われていた。その結果、グリーンオーロ王国では、魔王討伐のために必要とされる伝説の剣が代々受け継がれていた。ノーンは、その伝説の剣に選ばれし勇者である。そして、グリーンオーロ王国が担う役割はもう一つ。魔王討伐の旅の道標である。その役割は、天啓を受けた存在が担うものであったが……ここにいるのは、上記5人だけである。


「結局、オルカは見つからないな」


 おもむろに、クロムウェルが言葉を発した。クロムウェルの伏せられた目は暗い。オルカとは、グリーンオーロ王国から派遣された、もう1人の魔王討伐メンバー。天啓を受けた戦士である。隣でセラフィーナも祈るように手を組んだ。


「無事であってほしいものです……。我々も捜索に手を尽くしていますが、カーマインテレス王国ではどうです?」


 先程までの笑みを引っ込め、インフェルノは肩をすくめた。その隣で、アーデルハイトは顔を強張らせる。


「あんな奴っ!!」


 その場の空気を引き裂くように、ノーンが声を荒げた。ドン、と勢いよく持っていたコップを机に置く。ノーンが気を高ぶらせたのを見て、クロムウェルは小首を傾げた。


「そういえば、裏切られたと言っていたか。一体何があった?」


 ギュッと口を結ぶノーン。その様子を見ながら、インフェルノは机に両腕を突き、少し思案してからクロムウェルを見やった。


「ちゃんと伝えていなかったんだっけ?」


 クロムウェル、さらに、セラフィーナは強く頷く。


「グリーンオーロ王国の侵攻でうやむやでした」


 セラフィーナはそう指摘すると、ノーンに視線を向けた。クロムウェルも同様だ。説明要求を受けて、ノーンは頭を掻きむしりながら机に突っ伏した。


「あまり思い出したくないんだけどなぁ」


 弱々しくうなだれるノーン。それを見かねたのは、アーデルハイトだった。ため息を吐いて口を開く。


「仕方がありませんね。実は私もよく知っていることです。私からお話ししましょう」






 魔王討伐直後、ミディアムで3国合同の祝賀パーティが開かれたことは覚えていますか。あの祝賀パーティ、グリーンオーロ王国はおざなりな協力しかしなかったとか。祝賀パーティに使者を寄越してはいましたが、それさえ体裁を整えただけだそうですよ。しかもその使者、国境通行証をオルカに渡した後、すぐさま姿を消しましたね。これだけを聞いても怪しさ満点ですが、オルカはグリーンオーロ王国に帰るつもりのようでして。それにノーンは、同行すると言っていましたね。


 ミディアムからグリーンオーロ王国まで、来た道を戻るだけの行程ではありますが、それなりに距離があります。その上、目的地となる王都は国境から近くありません。魔王討伐の疲れも癒えていない2人では厳しいものがあるだろう、と、インフェルノは心配されまして。い、痛いです。足を踏まないでください。コホン、インフェルノは私に、小隊を率いて2人を送る命を下しました。おや、私も疲れていたはずだ、ですって?私を何だとお思いなのです?それに、小隊を率いたことで馬や馬車が使えましたから。道中の魔物討伐くらい、なんてことありませんよ。と言っても、道中の魔物は張り切った同胞が全て片付けてしまって、ノーンやオルカどころか、私の出番はありませんでしたがね。


 そうして、特段何事もなく、グリーンオーロ王国との国境がある森まで辿り着きました。面倒なことに、森から先へは不可侵条約により同行できません。オルカが馬を扱えるとのことでしたので、カーマインテレス王国側で準備した馬車の1つを譲りまして、彼らに別れを告げました。


 馬車を見送り、帰還前に一休みしていた時のことです。


「助けてっ!」


 なんと、ノーンが森から飛び出してきました。あの時のノーンはよっぽど追い詰められていたのか。焦燥感溢れる顔でしたね。私を見て一瞬顔が緩みましたが、やはり泣きそうな顔で。その時ノーンは、単身でした。伝説の剣や荷物はお持ちのようでしたが、お譲りした馬車や馬がなければ、オルカの姿もありません。


「一体どうしたのです」


 私の問いは、当然のものだったと思います。すると、ノーンの顔が更に歪みました。そうかと思えば、その場でうずくまって泣き出したのです。


「ノーン。しっかりしなさい。話してくれなければ分かりません」


 冷たいなんて言わないでくださいよ。どういう状況か、さっぱり分からなかったのですから。それに、一刻を争うのであれば、そこで足踏みしている余裕はありません。私が再度、ノーン、と促すと、ようやく、ノーンはぽつりぽつりと語り出しました。


 聞けば、私達が見えなくなってすぐ、オルカは馬車を止めたそうです。そして、ノーンを馬車から引きずり出したのだとか。それを認識した時には、オルカは、ノーンを置き去りにして、馬車を走らせてしまった、と。ノーンは慌てて追いかけたそうですが、馬の脚に追いつけるはずはありませんね。馬車はそのまま、国境を通って去っていってしまったそうです。通行許可証がなければ国境は越えられません。ノーンは途方に暮れたそうですが、すぐに引き返してくれてよかったです。藁にも縋る思いだったと聞きましたが、運よく私達は留まっていましたので、ノーンを保護することができました。






「ちなみに、グリーンオーロ王国が侵攻を始めたのは、その直後のことです。あのままでは危険でしたので、一先ずノーンを連れて、私達はカーマインテレス王国に帰還しました」


 しばらく痛い沈黙が流れた。ノーンは歯を食いしばって俯いている。目も少々赤い。クロムウェルとセラフィーナは信じられない思いでアーデルハイトを見つめていた。それぞれが衝撃を必死に受け止める中、既に知っていたインフェルノは、手持ち無沙汰に水を喉に流し込む。


「オルカが、ノーンを……?まさか、どうして……」


「それは僕が聞きたい。オルカを問い詰めたい」


 思わず声を発したセラフィーナだったが、それにさえノーンは噛みつく。あまりの怒りの強さに、セラフィーナは怯んだ。しばしノーンに視線が集まっていたが、やがて、クロムウェルは取り繕ったように声を出した。


「グリーンオーロ王国の侵攻時から、ノーンはカーマインテレス王国に保護されていたわけか」


 すると、ノーンは首を傾げた。


「そう……なるのかな?」


 ぽかんとした顔をするノーン。あまり理解していない様子のノーンに、クロムウェルとセラフィーナは不思議そうにお互いを見た。コトン、インフェルノがグラスを机に置く音が、やけに大きく響いた。


「ノーンには言っていなかったけれど。君の死亡説が流れていてね」


「え……」


 ノーンは固まった。インフェルノにクロムウェルの冷たい視線が向けられる。


「……伝えていなかったのか」


 インフェルノは肩をすくめた。


「あの時ノーン、大変だったんだよ?オルカに裏切られたのがよっぽどショックだったみたいでさ。その上、実はグリーンオーロ王国に帰る場所もなかったとか言い出すし」


 呆れたように首を振るインフェルノに、ノーンはギクリと肩を震わせた。


「そういうことは先に言っておいてほしかったよね」


 さらにインフェルノがぼやくので、ノーンはたじたじだ。クロムウェルは心配を隠さない顔をノーンに向けた。隣のセラフィーナも同様だ。だが、彼女はすぐ、インフェルノに顔を戻す。


「それでしたら、私達に知らせてくれてもよかったではありませんか。きっと力になれましたのに」


 セラフィーナの悔しそうな批難。だがそれも、


「そうしたいのは山々だったけれど。あの時お互い、忙しかったでしょ」


と、インフェルノは取り付く島もなく一蹴したのだった。


 インフェルノの言うあの時とは、グリーンオーロ王国が侵攻した時のことである。グリーンオーロ王国の侵攻を、当然看過できないブルーレイア王国とカーマインテレス王国。両国は同盟を結び、グリーンオーロ王国に対抗した。


 しかし、大して力を持たないグリーンオーロ王国は、大きな苦労もなくすぐに制圧された。だがその直後、魔王もどきが出現。どうやらグリーンオーロ国王が最後の悪あがきをしたようだった。それまでの調査で、魔王出現もグリーンオーロ王国に責があることは判明していたが、まさかもう一度同じ手を使われるとは。一時混乱に陥ったが、しかし、二度目に耐えられるような準備はされていなかったらしく、不幸中の幸いが、再来したのは不完全な魔王だったこと。魔王討伐メンバーが再度招集され、オルカを除いた5人で魔王もどきを排したのだった。そして、グリーンオーロ王国を抑え込んで、現在は、ブルーレイア王国とカーマインテレス王国が共同統治している状態である。ちなみに、ノーン以外の4人は、魔王討伐以外の面倒ごとにも多くの働きを求められたのだが、詳細は割愛する。


「ところでさ」


 突然、声を低めたインフェルノ。不穏な空気を醸し出す彼に、あまりよくない話であると、クロムウェルとセラフィーナは覚悟した。


「オルカについて、全く情報が出てこないんだけど。何か掴んでいる?」


 2人は、インフェルノを見つめながら数度瞬きした。やがて、クロムウェルは腕を組んで呆れた顔をする。


「君でさえ調べられなかったことを聞いてくれるな」


 そんなクロムウェルに対し、インフェルノは緩く首を傾けた。それはゆったりとした、王族らしい動作。無言の圧に、クロムウェルは目を瞑ってため息を吐いた。


「何も情報がないのは本当だ」


 クロムウェルは降参の意を込めて、ゆっくり首を振る。


「魔王討伐に当たり、メンバーについて、ブルーレイア王国でも王族が動いて調べていたらしい。だが、オルカについては何も分からなかった、と」


 隣でセラフィーナも頷く。


「行方が分からないので、教会の方でも調査をお願いしました。僅かな情報でも欲しいと、3国合同の伝手まで使いましたが、こちらも何も」


 インフェルノはうなだれた。実は、インフェルノの想定より大きな手段が使われていたのだが、それでも情報がなかったことにインフェルノは頭を抱える。


「そうか……。こちらもあらゆる伝手を使ったはずなんだけれどね……」


 アーデルハイトも難しい顔をして相槌を打つ。彼もオルカのことを心配し、手を尽くしていた。


「グリーンオーロ王国にいる「オルカ」という存在、全て当たりました。しかし、何一つ特徴が合致しないのです」


「あ」


 そこで、今まで黙っていたノーンが声を上げた。ノーンはこういう固い会話の時、いつも黙っている。そのノーンが入ってきたことに驚いて、4人は一斉にノーンを見た。


「ごめん、それ、僕のせいかも」


 理解不能、4人の思考は見事に一致した。そのまましばらく固まる。しかし、やはり意味が分からなかったので、各々が首を傾げてノーンに説明を要求した。


「オルカの名前、僕がつけたんだ」


 ノーンは、魔王討伐に抜擢された頃について、話し始めた。






 魔王が出現すると光るという伝説の剣。僕がその前に立った時も、確かに淡い光を放っていた。剣の儀式を行うっていうお触れが出て、僕も例外なく参加したけれど、当然自分が抜けるだなんて夢にも思っていなくて。剣に手を伸ばした時も、帰り道に靴磨きでもしてお小遣い稼ぎしようかな、なんて考えていたくらい。そんな軽い調子で引っ張ったのに、伝説の剣はあっさりと抜けてしまったんだ。周りで歓声が上がるのを、僕は呆然と聞いているしかなかった。

 そうかと思えば、いつ間にか目の前には王様が立っていて、魔王討伐を命じられて。気付いた時には、剣を持たされて街の外に放り出されていた。その時、一緒にいたのが、オルカだった。天啓を受けた存在だから一緒に連れて行けって言われたな。でも、そんなことを理解する間もなく、危険な街の外に放り出されて、僕はすぐに動けなかった。そんな僕を見かねたのだろう。一緒に追い出されたオルカは、僕の手を引いて、歩き出していた。


 しばらく歩いて、ようやく剣を抜いちゃったから魔王討伐に行かされたんだってことを理解し始めたんだけど。でもやっぱり、結局何をしなきゃいけないのかよく分からなくて。オルカは何か知っていると思っていっぱい質問した。でも、オルカはこちらを見てくれるだけで、何も答えてくれなかった。名前を聞いた時でさえ、スルーだったんだ。これは、僕が魔王討伐を投げ出さないための見張りだな、って正直思っていたくらい。


 後から知ったことだけど、僕達は君達と合流するためにミディアムに向かっていた。ミディアムへの道って魔物が結構現れるでしょ?でも僕は、魔物とは縁のない生活をしていて。初めて魔物を見た時、僕は足がすくんで動けなかったんだ。そんな僕を、オルカは守ってくれた。……インフェルノ、アーデルハイト、顔が怖い。でも、あの時僕、戦わせられていたら、多分魔王討伐なんて投げ出して、逃げ出していたんじゃないかな。だけどオルカは、僕に無理強いしなかった。アーデルハイトは怒るだろうけれど、旅のあれこれも全部オルカがやってくれていて、僕がその気になるのを待ってくれたんだ。ようやく覚悟を決めた頃、オルカは僕にも戦わせようとしたんだけど……僕が上手く動けないから、変わらずずっと守ってくれていたんだと思う。


 それで、名前、だよね。街を出てから数日が経って、やっと僕は、オルカが喋れないことに気付いたんだ。じゃあ、文字で名前を教えて、とお願いしたけれど、それだけは叶えてくれなかった。仕方がないから、ねぇ、とか、あの、とか話しかけていたんだけど、それはあんまりだと思わない?


「じゃあ、オルカって呼んでもいい?」


 だからある日、僕はオルカに提案したんだ。オルカはいつもどおりの無表情で、じっとこちらを見つめるだけだった。嫌だったら首を振るとかするかなって思ったけれど、そういう反応はなかったから、試しにオルカって呼んでみたら、こっちを向いてくれるようになって。それからずっとオルカって呼んでいたんだ。






「みんなに会った時、そのままの流れでオルカって紹介しちゃって……」


 ノーンの語りが終わる頃、要人4人は頭を抱えていた。つまり、オルカは本名ではない。調べて何も出てこないはずである。


「と、いうか、ノーン。もしかして何の準備もなく魔王討伐の旅に出されたの?」


 頭痛を感じながら、インフェルノは口を開いた。それに対しても、ノーンは不思議そうな顔をしている。


「えーと……準備って例えば?」


「旅の心構えや剣術の指導は受けましたか?」


 アーデルハイトが固い声で聞いた。ノーンの表情が苦笑いに変わる。


「そんなの、全然なかったよ。学校でも習わなかったし。将来、親の店を継ぐものだと思っていたから、興味もなくて……」


 クロムウェルは目を丸くして、まじまじとノーンを見た。


「君、まさか、伝説の剣が初めての武器か」


 クロムウェルの驚きに対し、ノーンは当惑した。


「う、うん……。剣とか触ったこともないから、どう持ってもいいのかすら分からなかった。……それも、オルカが教えてくれたけれど」


 アーデルハイトは額に手を当てて、うなだれた。


「オルカの剣技も素人のそれでしたが……」


 インフェルノがため息を吐く。


「だけど、オルカの方がまだマシだったね。なるほど、不意打ちで魔王討伐を押し付けられた君が不憫でかばっていたわけか」


 どこか悔いる様子の2人を、クロムウェルはため息を噛み殺しながら見ていた。


「……さっきもそうだが、君達はずっと怒っていたな」


「仕方ないだろう」


 インフェルノは食い下がる。


「オルカがかばうせいでノーンは成長しないし。オルカ自身も周りが見えていないから怪我するし」


 セラフィーナは小さく息を漏らした。


「やっと納得しました。だから怒っていらしたのですね。そして、オルカとノーンを引き離して特訓したのは、そういう理由だったのですか」


 インフェルノは大きく何度も頷いて見せる。


「そういうこと。本当は僕がオルカを担当したかったのに、アーデルハイトに取られちゃったけれどねぇ」


 身振り手振り交えて、大げさに呆れを表現する彼に、アーデルハイトは眉をひそめた。


「私の教えに初心者のノーンがついてこられるはずがないでしょう。街の外周100周から始めなければならないところですよ」


 それを聞き、インフェルノは動きを止めた。他の3人も大差ない。


「……え、もしかして、オルカにそんな指導の仕方をしていたの?」


 一早く衝撃から回復したインフェルノが問い質すと、アーデルハイトは何を言っているのか、といった顔をした。


「いえ、オルカに基礎は必要なかったので。ひたすら実践で叩きのめしました」


 その場に重い沈黙が落ちる。ややあって、クロムウェルが重くなった口を開いた。


「……おいセラフィーナ、オルカは無事だったのか」


 セラフィーナは強く目を瞑る。


「………私の回復魔法が、かなり上達したと思います」


「あぁ、もうっ!君と言う奴は!」


 インフェルノが声を荒げた。


「そういう奴だと分かっていたはずなのに!君のその口調で忘れるんだよ!」


 やはりアーデルハイトは解せないという顔で、インフェルノを見ていた。


「口調、ですか?この話し方であれば、どこに出ても問題ないでしょう?」


「そうだった、君はTPOがわきまえられない人だった」


 早口で納得の言葉を紡ぐインフェルノ。そして、静寂がその場を支配する。示す合わすように、彼らの視線は1か所に向いた。旅の間、話が一段落するごとに、言葉を発しない彼の存在を確認するのが癖になっていた。今も無意識に視線を向けてしまった彼らだが……そこには空席があるばかり。ノーンも同じように目を向けてしまって、俯く。


「オルカ、ずっと僕のこと気にしてくれて、優しくしてくれたから。僕のこと、好きだと思っていたのに」


 じわりと、ノーンの目元が赤くなる。


「なんで置いて行かれたのかなぁ……。やっぱり褒賞?それだったら、全部あげたのに」


 残りの面々は、何も言えなかった。ただ黙って、ノーンを見つめることしかできない。ノーンは、一度鼻をすすると、ポツリと言葉を落とした。


「せめて、どこかで元気にしてくれていればいいんだけど」


 4人は驚いた。もうノーンに、オルカに対する好感は残っていないと思っていたからだ。代表して、インフェルノが質問する。


「君はオルカに怒っているのではなかったのかい?」


 すると、ノーンはバン!と強く机を叩いた。


「怒っている!怒っているよ!!」


 だが、すぐに、ノーンは力なくうなだれた。


「だけど……オルカが大事、それは変わらないんだ」


 4人はほんわかしたような、苦いような、歯がゆい気分を味わう。アーデルハイトは思わず、ノーンの頭を撫でていた。セラフィーナも優しい顔をノーンに向ける。


「それを聞いて安心しました。それでは遠慮なくお伺いすることができます」


 その途端、セラフィーナは真顔になった。ピンと姿勢を正すと、鋭い視線でインフェルノやアーデルハイトを刺す。


「オルカの行方について、何かご存知なのでは?」


 セラフィーナの指摘に、アーデルハイトは思わず肩を震わせた。サッと顔を背ける。動揺を隠せなかったアーデルハイトに、冷めた視線を送る、インフェルノ。そして、彼は口火を切った。


「実は発見した」


 3人の驚愕の声が重なる。思いがけず大きく響いた声は、パブの視線を集めてしまったほどだった。気まずい顔で、他の客に頭を下げ、彼らは話に戻る。


「ご無事なのですか?」


 真っ先に出たセラフィーナの質問。囁き声だったが、緊迫した空気の中、重く落ちた。クロムウェルも真剣な眼差しで、ノーンも、食い入るようにインフェルノを見つめていた。


「うーん……一応手当はした、とだけ言っておこうかな」


 歯切れの悪い回答に、何とも言えない空気が流れる。


「詳しい状況は?」


 クロムウェルが短く聞く。


「僕も人伝に聞いただけだけど。魔王もどきの生贄の中にいたらしい」


「そんな……っ!それでは、もしや……」


 弾ける様に漏れた、セラフィーナのかすれた叫び声。それには何も答えず、インフェルノは黙って懐を探ると、机の上に何かを置いた。それは、黒ずんだ腕輪だった。クロムウェルが息を飲む。


「それは?」


 突然目の前に出されたそれに、ノーンは疑問を呈した。


「オルカが付けていた。こちらの手の者によると、これのおかげでオルカは命を取り留めたらしい」


 ヒュッと息を飲むノーン。インフェルノはクロムウェルに視線を投げた。


「これ、何か分かっていそうだね、クロムウェル?」


 クロムウェルは難しい顔をしていた。睨むように腕輪を見ている。


「……俺の作った魔道具、行方不明だったものだ」


 ややあって、クロムウェルはインフェルノの問いに答えた。インフェルノは頷いて見せる。


「なるほど。回復の魔道具ということか」


 それに対し、クロムウェルは静かに首を振った。


「それの本来の役割は記録だ。回復はセラフィーナが付与した効果だろう」


 インフェルノは首を傾げた。セラフィーナも訝しむような顔をし、腕輪に手を伸ばす。右から左から、手に取った腕輪をくるくると回して観察する。


「……確かに私の力が込められていたようです。しかし、一体何故……?」


 セラフィーナは腕輪を机上に戻しながら、不思議そうな様子を隠さない。クロムウェルは眉間の皺を揉みながら、答えた。


「魔王討伐の旅で、路銀を稼ぐために魔道具を売ったことを覚えていないか。俺の作る魔道具に、君の回復魔法を付与する。ノーンの提案だった」


 突然、名前を呼ばれてビクリと反応してしまうノーン。少し思い返して、


「そういえば、そんなこともやったね」


とノーンは同意した。そして、ノーンは動きを止め、難しい顔をする。


「魔道具としての機能は何です?」


 アーデルハイトが問いかけると、クロムウェルは荷物に手を伸ばした。そして、机の上に置かれていた腕輪の隣にコトリと置く。それは、インフェルノが出したものと瓜二つの腕輪だった。


「オルカが持っていたという腕輪の機能は記録。それを再生するのがこちらの腕輪だ」


 インフェルノの目がギラリと光る。ちなみに透過効果付きだ、とクロムウェルはオルカが持っていた方を手に、実演して見せた。


「やっぱり……!」


 突然、ノーンが大きな声を出した。なんだなんだと他の面々の視線がノーンに集まる。


「それ、オルカに試しに付けてもらって、見えなくなっちゃったやつだ……!」


 後でクロムウェルに相談するって言っておいて、すっかり忘れていた……と呟くノーンに、クロムウェルは脱力した。


「……行方不明の理由は分かった。声が出ないからオルカも説明できず、そのまま、と……」


 クロムウェルはため息を吐く。


「ねぇそれ、今、再生できる?」


 そわそわとインフェルノが問うた。クロムウェルは黙ったまま、再生の方の腕輪に手を伸ばした。


「先日の魔王復活は失敗だったな。かなりの労力を要したというのに」


 突然聞こえてきた、不穏な言葉。インフェルノの顔が驚愕に変わった。


「これは……!!って、ちょっとストップ!こんなところで再生していい内容じゃないから!!」


 クロムウェルは一瞬目を丸くしたが、すぐに納得し、再生を止めた。ノーンは、聞こえてきた内容に皆目見当がつかず、首を傾げた。


「えっと……今のは?」


「グリーンオーロ国王の声です」


 アーデルハイトは忌々し気に言い捨てた。そして、そのまま説明役を買って出る。


「魔王復活はグリーンオーロ王国の仕業でした。これは、その証拠となった会話の語り出しですね。クロムウェルがどこからともなく持ってきた証拠でしたが……」


 どういうことです、と言いながら、アーデルハイトはクロムウェルを見やった。


「ある日突然、再生の腕輪がこの会話を流し始めた。出所不明ではあったが、声や内容から十分証拠になり得ると判断し、提供した」


 言いながら、クロムウェルはオルカがしていたという腕輪を撫でる。


「つまり……オルカが協力してくれたということですか?」


 セラフィーナの質問に、クロムウェルは苦い顔をした。


「……正直それは、オルカに聞かなければなんとも……」


 すると突然、ニィと笑うインフェルノ。クロムウェルは背筋に嫌なものが這ったような悪寒を感じた。


「実は、クロムウェルとセラフィーナに頼みがあってね」


 嫌な予感に武者震いするクロムウェル、そしてセラフィーナ。ノーンも不穏な空気に身を強張らせていた。それを気にすることもなく、インフェルノは続けた。


「オルカの件、こちらで対処する権利をもぎ取ってある。だから、今、オルカは僕の手の中だ。そして、ここに連れて来ている」


 二コリ、やはり人好きのする顔で、インフェルノはクロムウェルを見た。クロムウェルは嫌そうな顔でインフェルノを見つめ返した。


「グリーンオーロからこちらに来る際、一人多い気はしていた……」


 クロムウェルはため息を吐いた。実は、要人4人、現在もグリーンオーロ王国の共同統治に駆り出されている。その関係で、最近はグリーンオーロ城に仲良く缶詰であった。したがって、ミディアムへは一緒に、クロムウェルの転移魔法を用いてやってきていたのだ。ただでさえ力を使う転移に、無断で1人分多く苦労をかけたインフェルノであったが、彼は更に意地の悪い顔になって、


「過去の確認をお願いしたい」


と、平然と言うのだった。


「軽く言ってくれる……」


 クロムウェルはため息を吐いた。そして、あれは負担が大きいのだが、とこぼしたが、インフェルノはそれを無視し、セラフィーナに視線を向けた。


「そしてセラフィーナには、治療を」


「そういうことは早く言ってください。グリーンオーロ城でも対応できましたのに」


 セラフィーナはピシャッと非難を返す。インフェルノは肩をすくめた。


「それは諸事情でできなかったんだ」


 自分がオルカと対面するだけでも大変だったのだから、とインフェルノは苦い顔で続け、ノーンの鉄拳はその後ね、と閉めるのだった。




 オルカは2階の客室に寝かせてあるということで、移動した面々。部屋の扉を開けて、奥、窓際に置かれたベッドに、彼は横たえられていた。無造作に伸ばされた銀髪は傷んでいて、顔には、かつてはなかった大きな傷が。全体的にやせ細り、露出している首元や手首回りだけでも、生々しい傷が大量に見える。息も浅く、苦しそうな様子だ。

 オルカを目にして、動きを止めてしまっていたノーン、クロムウェル、セラフィーナ。ハッとした顔でセラフィーナがオルカに駆け寄ろうとしたが、インフェルノが横に腕を伸ばしてセラフィーナを止めた。


「インフェルノ!」


 セラフィーナは抗議したが、インフェルノの意思は揺らがなかった。


「下手に治療して抵抗されたら敵わない。過去の確認が先だ」


 厳しい口調で言い捨てると、インフェルノはクロムウェルに視線を向ける。すると、苦い表情で、しかし心得たようにクロムウェルはオルカに近づいた。おもむろに持っていた杖を、オルカの額辺りにかざす。杖の先端から、ほんわりと、しかし、禍々しい色の光が発せられた。


「っ!これは……」


 突然、クロムウェルは声を上げる。それと同時にクロムウェルが発していた光が消えた。クロムウェルの目は、動揺で揺れていた。インフェルノが表情を変えないまま、


「説明を」


と短く要求した。それでクロムウェルは、チラと後方に立つ他の面々を見る。説明しようと口を開きかけるが、しかし、すぐに閉じられた。しばし逡巡していたが、


「いや。この方が早いだろう」


と残りの面々の方に向き直った。そして、杖を横に大きく振る。


「情報共有」


 クロムウェルの魔力が、ノーン、セラフィーナ、インフェルノ、アーデルハイトを包み込んだ。






 気が付くと、ノーンは馬車を走らせていた。ノーンに馬車を走らせる技術はない。どうなっているのかと首を傾げようとして、思うように体が動かないことに気付いた。


「久々のグリーンオーロ王国だね!」


 後ろから聞こえた明るい声。それは、自分――ノーン――の声だった。周りは森。馬車を走らせている状況。そして、先程のセリフ。ノーンには覚えがあった。アーデルハイトと分かれた直後だ。どうやら自分は、オルカの視点であの時の世界を見ているらしい。ノーンの声が聞こえて、しかし、ノーンに視線が向くことはなく、オルカは手綱を持ったまま、横に大きく身を乗り出して後方を確認した。何もない道が後ろに消えていく。それを認識したと思えば、突然、オルカは馬車を止めた。


「どうしたの!?」


 後ろから自分の驚く声が聞こえて、そうだった、と思う。アーデルハイト達と分かれてすぐ、オルカは馬車を止めた。そして………。オルカは自分の覚えているとおりに動く。御者席から飛び降りると、ノーンの方に向かう。そして、ノーンの脇にある剣やら荷物やらに手を伸ばし、外へ放り投げた。


「オルカ!?何を」


 当然抗議するノーン。だが、オルカはノーンの腕までも掴んだ。自分はこの時、こんな顔をしていたんだな。ノーンは苦々しい気持ちで驚愕を示す自分の顔を見ていた。だが、それが確認できたのも一瞬で、オルカはノーンをも外へ引っ張り出し、突き飛ばした。


「痛っ!!」


 自分が呻いている間にも、オルカは動いていた。御者席に飛び乗って鞭を手にし、馬を引っ叩く。こんなに素早い動きでオルカは馬車を発進させていたのかと、ノーンは舌を巻いた。


「え、ちょっと、オルカ!?」


 自分の戸惑う声が遠ざかっていく。すると、体がぐっと唇を噛み締めたのが分かった。だが、オルカはそのまま馬車を走らせて、国境へ進む。通行許可証が光り、馬車は難なく国境を越えた。




 場面が飛ぶ。グリーンオーロ王国入りを果たしたオルカは、王都の近くまでやってきていた。王都まで行くと思いきや、オルカは、王都の一つ手前の街で馬車を止める。街に入ったと思えば、オルカはすいすいと裏路地に入り込み、最後には隠された通路に足を踏み入れていた。


「ふん、帰ってきたか」


 オルカを迎えたのは、偉そうな声だった。フードを被る人が複数いるのは見えたが、突然、体を後ろから押し倒され、声の主まで確認できなかった。地面に押さえつけられたことにノーンは驚いたが、体は抵抗しなかった。不安で押しつぶされそうになりながら、ノーンは続きを待つ。


「勇者はどうした」


 先程の偉そうな声が、自分の行方を問うた。オルカは何も言わない。


「答えよ!!」


 髪を掴まれて顔を上げさせられた。そこで、偉そうな声の主を知る。グリーンオーロ国王、その人だった。ノーンが驚いている間、体はパクパクと口を動かした。喉は話すときの動きをしているのに、口から出てくるのは空気のみ。……やっぱり声、出なかったんだな、とノーンは泣きたい気分になる。


「あぁ、そういえば声を奪ってあったな」


 ノーンは冷えたものを食らった気持ちになった。声を、奪ってあった……?すると、グリーンオーロ国王は、ぞんざいな手振りでフードを被った内の1人に指示を出す。そいつから強い光が発せられ、オルカに向けられた。この光は……クロムウェルが放つものに似ている……?もしかして、魔法!?


「して、勇者は?」


 ノーンが考えている間にも場面は続いていく。そろそろ掴まれている髪が痛い。オルカはゆっくりと口を開いた。


「死にました」


 えぇー!?とノーンは驚愕。僕の死亡説、出所はオルカだったの!?一方、目の前でグリーンオーロ国王がハッと鼻で笑った。


「手間が省けたか。あの顔は気に入っていたのだがな」


 ノーンの脳内に疑問符が溢れた。だが、全く意味が分からず、思考停止状態となる。ノーンの思考が止まっても、場面は続く。グリーンオーロ国王は、改めてオルカを一瞥して、首を傾げた。


「伝説の剣は?」


「勇者と共に」


 突然、体が重力に従って床に落ちた。全身が痛い。その上、ずっと引っ張られていた頭がじんじんと痛んでいた。


「何故持ち帰らなかった」


 グリーンオーロ国王の怒りの声が響いてきた。


「その命は受けていません」


 オルカが言い切った途端、横から強い痛みが襲った。立て続けに、大きな痛みが繰り返し襲ってくる。オルカは一切動かなかったらしく、全く身をかばえないのが余計に辛い。痛みの合間に、嫌な会話が聞こえてくる。


「魔導士、それは強制できなかったのか」


「恐れながら。既にこれには魔王討伐と帰還、2つも強制魔法をかけています。それ以上は難しいかと」


 大きな舌打ちが辺りに響いた。そして、コンコンと何かを床に打ち付ける音がして、痛みの刺激が来なくなった。じわじわとした痛みが体中にあった。だが、オルカの体は、じっと動きを止めていた。


「魔王討伐に同行しただけはある。痛みを耐える術を身に着けたか」


 気に入らんな、と続けて呟く国王の声。


「でも、お兄ちゃんひどーい!もしかして、あの勇者を身代わりにした?」


 やはりオルカは動かない。すると鈍い痛みが再度、肩を襲った。それでようやく理解した。さっきは何度も蹴りを入れられていたのだ、と。


「これこれ。これを兄などと呼ぶでない。ただの奴隷だ、身の程をわきまえさせろ」


「ふふっ、そーだった!でも、よく無事だったねー?道、何回も間違えていたみたいなのに」


 僅かだが、顔が、上がった。ようやく、先程から酷い言葉を投げかけてくる存在を目にすることができた。豪華なドレスを身に纏い、綺麗に整えられた銀髪を靡かせた、美少女。だが、ノーンの記憶に該当する人は存在しなかった。


「天啓の声がさ、そっちじゃありません、気を付けて!なーんて、何回も!仲間に怒られたんじゃない?」


 オルカの口元が動く。ギュッと、唇を噛み締めた。両手も強く握られている。どうやら爪が食い込むほど強く握られていたようで、そちらからも痛みを感じた。


「きゃっ!睨んでる!こっわーい!!」


 ふざけた叫びの後、後ろから頭を強く床に押さえつけられた。オルカはやはり何の対処もしないので、ダイレクトに痛みが体を襲う。


「ふん、自我まで芽生えたか。しつけ直してやらんとならんな」


 オルカの視線は床に向けられたまま動かない。それどころか、身動きすら取らないので、周りの様子が分からなかった。いや、身動きを取らないというよりは。身体を強張らせていて、動きそうになるのを堪えている、そんな様子に感じられた。


「調教を。まだ使用予定がある。殺さん程度にな」


 2人分の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


「パパー、この後の予定は?」


「天啓を受けた巫女であるお前の帰還パーティだ。討伐成功の褒美も与えねばな」


「ふふっ、やった!」


「しかし、勇者も準備していたというのに、どうしたものか……」


 だんだんと聞こえなくなっていくふざけた会話を他所に、体に伸ばされた魔の手。オルカは、息を浅くしながらも、一切抵抗しようとしなかった。







 気付けば、ノーンは床に膝をついていた。身体が震えて嗚咽が漏れる。顔に手をやれば、頬が濡れていた。顔を正面に向ける。苦い顔でこちらを見据えるクロムウェルの奥で、オルカはぐったりとしていた。


「今のは……」


 セラフィーナのかすれた声。クロムウェルは目を伏せた。


「オルカの記憶だ。アーデルハイトと別れた後、そして、グリーンオーロ国王と対面した時の2場面を、そのまま共有した」


 全員が全員、苦々しい顔をしていた。とりわけ強い嫌悪を表情に出していたのは、アーデルハイトだ。


「オルカに魔法を使った魔導士、祝賀パーティにいたグリーンオーロ王国の使者だと思うのですが。クロムウェル、何か知りませんか」


 クロムウェルは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……ブルーレイア王国の問題児。禁忌魔法に手を出したと言われていたが、行方をくらませていた」


 祝賀パーティでは気付かなかった、と悔やむクロムウェル。ドン、突然、アーデルハイトは床を殴りつけた。


「グリーンオーロ王国にもオルカにも違和感はあったというのに……!あの時、みすみす帰さなければ……!」


 アーデルハイトは歯を食いしばり、気を鎮めている。ノーンはとうとう泣きじゃくり始めた。セラフィーナも、床にうずくまり、身体を震わせていた。彼らが感情を持て余している間、冷静に、事実を掴もうと頭を回転させる男が1人。


「オルカはグリーンオーロ国王の私生児で、だけど奴隷扱いされていて。魔王討伐は強制魔法により身代わりにされての参加。もともと天啓を受けていたのは、グリーンオーロ王国の姫君……。ちょっとクロムウェル、情報量が多すぎるんだけど」


 ぶつぶつと情報を整理していたインフェルノだったが、クロムウェルにイライラと言葉を投げる。まさに八つ当たりである。


「これでも省略した」


 クロムウェルは、インフェルノの理不尽には追及せず、淡々と返した。


「だろうね、正直あの続きは見たくない」


 インフェルノは大きく首を振る。


「それから」


 クロムウェルが口を開くが、


「ま、待って!ごめん、全然理解できない。途中から、訳が分からなくて、何も考えられなくて……!!」


と、ノーンが叫んだ。ひとしきり泣いて落ち着いたのか、ノーンの顔は悲惨なことになっていたが、目に光が戻ってきている。隠すな、教えろ。覚悟を持った目を、ノーンはしていた。それを見て、インフェルノは慎重に、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「そうだね……………。君が、理解しておくべきことは。どうやらノーンは、オルカに助けられたってことかな。オルカが君を連れて国境越えしていたら、君は殺される予定だったみたいだからね」


「やっぱり……やっぱり、そういうこと、だよね!?オルカは……、オルカは、僕を守ろうとしてくれていた、嫌っていたわけじゃない、そう思っていいんだよね!!」


 セラフィーナはノーンに近づいて、抱きしめた。


「えぇ、ノーン。オルカは、裏切ってなど、いなかったのです……!」


 ノーンは、再度、泣き崩れた。インフェルノはノーンから苦い顔を背けた。


「クロムウェル、続報は後で聞こう。まずは……セラフィーナ、治療を頼めるかい?」


 ノーンを慰めていたセラフィーナだったが、やはり泣きそうな顔で何度も頷くと、今度こそオルカに駆け寄り、癒し始めた。しかし、すぐ、


「傷が……深いです。数も多い」


そう、セラフィーナは呟き、とうとう涙をこぼした。


「一度で回復させるには、オルカの負担が大きすぎます。しばらく私は、オルカの側につきましょう」


 異論は認めません、力強い目でセラフィーナは言い放った。それについて、誰も異議を唱えなかった。


「とはいえ、オルカをグリーンオーロ王国に置いておくのは都合が悪くてね。ノーン、君さえよければ、オルカを匿ってくれないか」


「みんながそれでいいのなら。僕は、オルカと一緒にいたい」


 その後、ミディアムに居を構えていたノーンの家に、オルカを移動させた。クロムウェルが転移ポータルなるものをノーンの家に作成し、他の面々も楽に行き来ができるようにする。宣言どおり、セラフィーナはオルカの治癒のため、ノーンの家に残った。他の3人は、後は任せろと怖い顔で、グリーンオーロ王国に戻っていった。その目は仄暗い何かを孕んでいた気がするが、ノーンは見なかったことにした。






 それから何日も経ったある日。今日も今日とて、ノーンはオルカの看病をしていた。オルカは目を覚まさない。身体はもう治っている。治療を終えたセラフィーナは、他の3人に助力すると言って、グリーンオーロ王国に戻っていた。後は精神的な問題だろう、と言い残して。


 だから、ノーンは毎日、オルカに話しかけた。


 魔王討伐を命じられた時から一緒にいてくれたオルカ。どんなに自分が不甲斐なくても、真摯に向き合ってくれたオルカ。そこにどんな陰謀が隠されていたとしても、ノーンにとって大事なのは、オルカがノーンを見捨てないでいてくれた、その1点だけだった。両親をなくしたばかりで、育ちの村に居場所もなくなり、孤独だったノーンは嬉しかったのだ。


「オルカ。僕にとって君は師匠であり、道標であり、兄のような存在だった。オルカと一緒にいたいと、思ったんだ」


 ノーンは優しい手つきでオルカの髪を撫でる。


「馬車から降ろされて、悲しかった。見捨てられたと思った。……でも、僕を助けるためだったんだよね」


 そこでノーンはグッと歯を食いしばる。目元が嫌に熱かった。


「僕は、オルカが大事だよ。オルカはどうだったかな。」


 言いながら、ベッドの側に置いてあった椅子に座り込んだ。そして、オルカの手を握り、うなだれる。


「もう一度、起きているオルカに会いたい。……会いたいんだ」


 オルカに顔を戻したノーンは、泣きそうな顔をほころばせた。


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― 新着の感想 ―
最初は「魔王を倒す勇者パーティー」という、異世界ファンタジーだと思っていたのですが、読み進めるにつれてエンドロールのその先を描いたような物語に変わっていき、同窓会のような軽快で懐かしいやり取り、そして…
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