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騙り神の忘却  作者: 不透明 白
幽刻時の鐘が鳴る

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2/15

 〈 い 〉


 季節は廻る。

 相も変わらず、今年もちゃんと冬を迎えた。

 そんな「季節の移り変わり」なんてよそにして、骸井(むくろい)(きゅう)はえんじ色のシックなソファーに腰を沈めた。

 そして、先程出された出来立ての温かいお茶を一口啜る。

「お茶、美味しいですか?」

「あぁ。美味しい」

「それは良かった。あぁ……何か気になることがあったら、何でも言って下さいね?」

「そうか。じゃあ、早速一つ尋ねてもいいか」

「うん。なんでしょう?」

「お前はここで、いつもこういう風に過ごしているのか?」

「えーっと、はい。放課後になったら大体、ここに来て――〝一人で〟こうやって過ごしてる……かな」

 お茶を出してくれた女子生徒は、電気ケトルを持ったまま〝屈託のある笑顔〟でそう答えた。

 骸井はそうか、と言ってもう一度湯呑みを口に運びながら文庫本を開き、思い返した。

 この目の前にいる女子生徒との邂逅の瞬間を。


 ―――………


 それは、放課後になってすぐのことだった。

 すぐ家に帰ってもやることがなく、いつも完全下校時間近くまで図書室で過ごしていた骸井は、今日もいつも通り図書室に立ち寄っていた。

 珍しいことにその時、入り口あたりで「あのー……」と誰かに呼び止められたのだ。

「はい」

 骸井は歩きながら読んでいた文庫本を閉じた。

「あなたが骸井さんで、合ってますか?」

 彼女はそう訊いてきた。

「そうだが」

「……ちょっと話があるんだけど、いいですか?」

 骸井は彼女のことを全く知らなかった。

 そもそも「よく知っている知り合いがこの高校に存在するのか」と言われれば別段いるわけではなかったが、そんな事実とは関係なく、「一度も見かけたことがない人間」というのは骸井からしてみれば「全く知らない赤の他人」と同義だった。

 そんな「赤の他人」の「よく知らない女子生徒」――こと彼女は、骸井と比べて十五センチぐらい背が低く、骸井の顎ぐらいに彼女の頭がくる身長差があった。

 太ぶち黒メガネに覆うような重い前髪が乗っており、見事に瞳を隠している。

 たどたどしい挙動と合わない視線、自然な警戒心の表れなのか腕を組み、時々ムニムニと唇を動かしている。

 それは言わずと知れた「挙動不審」そのものであった。

 額に『挙動不審』と書いてあってもおかしくないぐらいには。

「……今、忙しいのでまた今度にしてくれないか」

「いや、あの……ちょっとで終わるんです。一瞬だけ、お願い」

 それでも諦めない様子の女子生徒。骸井はチラッと彼女の足元を見る。

 学校指定のうち履きに骸井と同じ「二年生の証」である〝青の靴紐〟があしらわれているのに気付き、そこで初めて同級生であることを認識した。


「ちょっとそこ通ります」


 突然、後ろから声がしたので、骸井とその女子生徒はすぐに後ろを振り返った。

 するとそこには、脇に課題のテキストを数冊挟んだ男子生徒が、図書室に入りたそうな顔を浮かべて立っていた。

 骸井は話しかけてきた女子生徒に目配せして、邪魔にならない廊下の端の方に寄ることにする。

「……はぁ、分かった。話を聞こう。だが、手短に頼むよ」

「うん。あ――はい。ありがとう」

 その女子生徒はその言葉を聞いて、ぎこちなくお礼を言った。


「文芸部……知ってますか?」


「文芸部」

「うん」

「君が――」

白井(しらい)有栖(ありす)でう。はぁっ!」

 女子生徒は噛んでしまった瞬間、「しまった!」といった表情で目を見開き、その後、かなり恥ずかしそうにして俯いていた。

「いや……今名前は聞いていない」

「有栖って呼んでいいですよ」

「えーっと……呼ばない。そして、申し訳ないが文芸部に興味はない」

「……そう、ですか」

 白井有栖は目で見て判るぐらいに大きく落胆した。

 その様子を見て、骸井は一瞬だけ甘い考えが浮かんだが、すぐにバサリと切り捨てた。

 白井有栖は切り替えようとして、そして、しきれなかったのか、ただ黙って貼り付けたような笑顔を浮かべていた。

 その表情で話が終わったと判断した骸井は一礼をして文庫本を開き、そのまま図書室の方へと踵を返して――止まった。

 骸井が振り返ると、ちょうど白井有栖の手が――骸井の腕に触れるかどうかギリギリのところだった。

「なんだ」

「……小説、書いてるでしょ?」

「……」

 骸井はその問いに対しての答えを持っていなかった。ただ、「小説を書いているのか?」と訊かれたら「書いている」と答えるのが彼の中でのルールだった。


 そして、そう言っておくのが一番穏便に済むと知っていた。


「誰から聞いたんだ」

「え、いや、ずっと本を読んでるし、あとあの……後ろから何か文章を書いてるの見ちゃったの。だから、もしかしたらって思って」

 骸井は考えを改めて、改めて考えた。

 白井有栖は骸井が常時本を読んでいることを知っている。そして、ノートに文章を連ねていることを知っている。しかも、それを後ろから見たと言った。

 このことを、骸井の席が窓際の一番後ろであるという事実と重ねてみると、必然的に考えられるであろう答えは一つ。

 白井有栖が骸井九と同じクラスのクラスメイトかつ、骸井の後ろに来る。つまり、骸井の後ろにある生徒用のロッカーに用がある生徒ということになる。

「君と僕は同じクラスだったのか」

「え、嘘……?」

 落ち込む白井有栖。

「僕が文章を書いていたことは認めよう。それは見られたのだから言い訳できることじゃない。ただ、だからと言って文芸部に入るかと言われれば、「入らない」と答えるだろう」

「……どうして? 得することはあっても損することはないんじゃ――」


「僕は馴れ合いがしたくてこの学校に来ているわけじゃないんでね」


 骸井はきっぱりと言い放った。

「そうなんだ……そうですね。分かりました」

「あぁ……では」

「あ、ちょっと待ってください」

「……」

 何も言わずに続きを待つ骸井。

「文芸部に入っていただけないのは残念です。ですが、今の話は前説みたいなもので……」

 白井有栖は申し訳なさそうに視線を泳がせる。

「前説……じゃあ今から本題を話すのか? ははは舐めてもらっちゃ困るな。この骸井九の時間をいたずらに弄ぶなんて、君はどれだけ偉い人間なんだ?」

「聞いてくださいませんか……?」

 涙ぐんだ表情で訴えかける白井有栖。

「……早く話せ」

「ありがとうございます。それでは手短に……私の他に五人の部員がおりました。しかし、ある日を境にして一斉に辞めていきました。そして、最終的には私一人になりました。骸井さんにはその原因を一緒に探ってほしいのです」

「……はぁ? うーん、えー、そうだな……よし、分かった――興が乗った。とりあえず概要を詳しく教えてくれ」

「あの、では、現場の文芸部の部室に行きますか?」

「そうしてくれたら助かる。案内してくれ」

2024/01/17に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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