第3話 ― 打ち上げと主任のサプライズ地獄 ―
運動会が終わった翌週の金曜夜。
保育園近くの居酒屋「花いちもんめ」には、疲れ切った保育士たちが集まっていた。
「おつかれさまでした〜〜!!!」
乾杯の声が、ほぼ悲鳴のように響く。
みのりもジョッキを片手に、へろへろと笑っていた。
「ふふ……終わったねぇ……生きててよかった……」
隣では、桐谷先生が爽やかに笑う。
「お疲れさまでした。あの転倒シーン、名場面でしたね」
「やめてください! 忘れたいんです!」
「動画、主任が撮ってましたよ」
「……え、まさかアップとかしてないですよね?」
「“園のブログに”だそうです」
「ギャーーー!!!」
テーブルの端では、主任がご機嫌に枝豆をつまんでいる。
「今年も無事に終わってよかったわね〜。みんなよく頑張った!」
(あなたの指示が一番混乱を生んでるんですけどね!)
「さぁ、今日は特別にサプライズを用意したの!」
主任の声に、全員が警戒した。
「サプライズ……?」
「そう! “運動会ベストシーン・ビデオ上映会”!」
会場に悲鳴が走る。
スクリーンに映し出されるのは、園児の笑顔……そして転倒するみのり。
「キャーー! カットしてぇぇ!」
「ほら見て、桐谷先生が助けに行ってる! 青春ねぇ!」
「主任、お願いですから音声だけでも消してください!」
「だめよ〜、臨場感が大事!」
(臨場感いらない!)
上映会が終わるころには、みのりの心はすり切れていた。
だが、桐谷先生がそっとジョッキを差し出す。
「お疲れさまです。……ほら、これで乾杯。」
「……ありがとうございます。」
二人のジョッキが軽くぶつかる音。
(え、これ……ちょっといい雰囲気じゃない?)
主任の目が光った。
「なーに、なーに? 二人、いい感じじゃな〜い?」
「ち、ちがいます!」
「みのりちゃん、顔赤いわよ〜!」
「主任がうるさいからです!!」
帰り道。
店を出た二人は、夜風に吹かれながら歩いた。
街灯の光がやわらかく揺れる。
「主任、テンション高かったですね」
「……あの人、飲むと100倍元気になります」
桐谷先生が笑う。
「でも、そんな主任に振り回されながらも頑張ってるみのり先生、すごいと思います」
「え……」
「俺、正直、ちょっと尊敬してます」
心臓が一瞬止まる。
(尊敬……って。恋より危険な言葉!)
桐谷先生は続けた。
「よかったら、今度ゆっくりごはんでもどうですか?」
みのりの頭の中で、ファンファーレが鳴り響く。
「え、あ、はい! えっと、その……」
「決まりですね」
「(待って、現実? 夢? どっち!?)」
そのとき――
遠くから主任の声が飛んできた。
「みのりちゃーん! 明日、会議資料ね〜! 忘れないで〜!」
「……はい……(現実でした)」
桐谷先生が笑いながら言う。
「明日も、頑張りましょうね」
「はい。……頑張ります。」
夜空に、街の灯がにじんでいた。
恋も仕事も、順調にはいかないけれど、
少しだけ前向きな気持ちになれる――そんな夜だった。




