ツンデレ庶民お嬢様(神崎梓視点)
外は寒い。
でも、このかわいい私をみんなに魅せに出かけなければ!
「こら、梓!」
ジムの裏口から出かけようとしたところを後ろからパパに呼び止められた。
「どこへ出かけるつもりなんだ? そのお嬢様みたいな格好はなんだ!」
振り向くと、ムキムキボディーに半袖シャツを着たパパが、怖い顔をして腕組みしてた。
「お嬢様みたい? そう見えるかな?」
私は笑いそうになる表情筋を必死に抑えると、ツンとしながら二つの質問にいっぺんに答えてあげた。
「あてもなく街を歩きに行くだけよ? 毎日誰かに自分を見られてないと消えそうになっちゃうって、いつも言ってるじゃん。あと、このフェイクファーのコート、高そうに見えるけど、安物よ? 見事に高級っぽく見える安物なの! 三千円だったんだから!」
「すげぇ!」
パパが驚いてくれた。
「安いのか……それで? すげぇ高そうに見えるのに……! そうか、それならいいんだ」
話のわかるパパのことが私は大好き。でも──
「いいか? 梓。いつも言っているが、庶民らしくしなさい。おまえは確かにかわいい。親の目から見ても芸能人みたいだ。……しかしな、人生、地道にコツコツやるのが一番なんだ。アイドルデビューなんて父さんが絶対に許さないからな」
パパも一人娘の私のことが大好きでいてくれる。
でも、大好きだからこそ、手元にずっと置いておきたいみたい。
「フン!」
パパの愛情に、私は反抗した。
「娘がかわいいと思うなら、それを世間にも知らしめたいとか思ってよね!」
「うちのフィットネスジムのお客さんにおまえがどれだけいやらしい目で見られてるか知ってるのか? 父さんは耐えられないんだ! 若い男のみならず、オッサン客までがおまえをスケベな目で見る! 嫌なんだ! もう、ジムでトレーニングするのもやめなさい!」
「私の勝手でしょ!」
パパが心配してくれるのが嬉しくて、顔がゆるみかけた。実際、へんな目でお客さんから見られてるのはちょっとだけ嫌だった。
「殿方から熱い視線で見られると、私はそれを生きる力に変換できるの! 邪魔しないで!」
「まぁまぁ、パパ」
後ろからママが出てきて、言ってくれた。
「梓のモデル並みのプロポーションもトレーニングのたまものよ。続けさせてあげましょうよ」
ママは筋トレのしすぎで筋肉ダルマみたいだ。
でも、私はそんな逞しいママの体型が、頼り甲斐があって、大好きだった。
「トレーニングしすぎてママみたいにはならないから心配しないで」
「こらっ、梓! ママの体型をそんなふうに言うなっ!」
「フン!」
それ以上何も言わせず、裏口のドアを開けると、私は外へ出た。
ごめんね、パパ、ママ──
夕食までには帰ってくるからね。
外へ出ると寒風が身を締めつけてきた。
今日は日曜日──
家で両親とぬくぬくしてればよかったかな……。
親友の笑はコンジョーくんと図書館デートに出かけてるはずだ。
この寂しさを紛らわすためには、あてもなく街を歩くしかないのよ!
歩いていると、道往くひとたちが、私を振り返る。
どこかのお嬢様みたいに見えてるかしら?
こう見えて私、庶民ですのよ? 小さなフィットネスジムを経営する、庶民のパパの娘ですの。両親のいいところをそれぞれに受け継いで産まれた、奇跡のニセお嬢様ですの。
みんなが私を憧れの目で見てくれる。
「かわいい」
「かわいい」
そんな口の動きをする通行人の間を通り抜け、ランウェイを歩くように歩いた。
キャットウォークというよりはフォックスウォークだけどね。
知ってる? フォックスウォーク。アメリカの先住民の知恵が生みだした歩き方よ? 地面を注意深く感じることで、転倒や怪我を防ぎ、危険な場所を避けられるの。まぁ、ファッションモデルじゃなく、サバイバルの歩き方よね。
足元もハイヒールとかじゃなく、だからスニーカーよ。だって転んだらかわいい顔に傷がついちゃうじゃない。
みんなに自分を魅せつけて、みんなが私を見てくれて、なんとか充電が溜まってきた。
でも、そうなると、自分が何をしてるのかわからなくなってくる。
好きなひとにこそ、このかわいさを見てほしいのに──
笑が今、私の隣にいない──
『梓ちゃん、今日もモデルさんみたいに美人だよね!』
そう言って笑ってくれる親友が、隣にいない──
「おっ?」
前からなんか声がした。
足元を気にする歩き方をしてたから、気がつかなかった。
「神崎? 奇遇だね!」
顔を上げると、柏木陽翔が手を振っていた。
私服姿を初めて見た。
なんか『王子様』って感じの、街中で浮く感じのファッションだ。悪趣味すぎる……
私はコイツが嫌いだ。
イケメンで、金持ちの息子を鼻にかけていて、私の大嫌いなタイプだからだ。
きっと生まれ持ったそれらの才能にあぐらをかいて、大した苦労も知らずに生きているのだろう。
血の滲むような努力をしてフィットネスジムの経営者にのし上がったうちのパパを見習え!
「あら、柏木」
私はフレンドリーに手を振った。
「ほんと、奇遇ね。買い物?」
でも、私にとってコイツは、とても話しやすい相手だ。
私は大好きなひとの前じゃ素直じゃなくなる。親友の笑を除いて、どうしてもツンツンしてしまうのだ。
でも、コイツの前では私は外面も内面も、どちらも偽ることなくツンツンできる。むしろツンツンしすぎないよう、フレンドリーにすらなる。
でもまぁ、なるべくなら長く一緒にはいたくない相手だ。
私が「それじゃあね」と言ってすれ違おうとすると──
「なぁ、神崎」
クソイケメンが私を呼び止めた。
「今、ヒマか? よかったら付き合ってほしいとこあるんだけど──」




