憧れがちな王子様(柏木陽翔視点)
分厚い扉がノックされ、執事の声が聞こえた。
「坊ちゃま、お食事の御用意が整いましてございます」
「あぁ、すぐ行く」
オレはそう答えると、すぐには動かず、しばらく机に向かったまま、紙にその名前を書き続けた。
神崎梓神崎梓神崎梓神崎梓神崎梓──
くそっ……。オレとしたことが……
あんなツンツン女にこれほどまで心奪われてしまうなんて──!
螺旋階段を下りると、食卓には既に父と夏生が着いていた。
いつものことながら、なぜこんなだだっ広い食堂と特大テーブルが必要なのかわからない。たった家族三人のために──
「陽翔──」
食事を始めるなり、分厚いステーキにナイフを入れながら、親父が言った。
「秀逸高校へ転入しろ。今からでも遅くはない」
「またその話……?」
うんざりしながら、オレは答えた。
「何度も嫌だって言ってるだろ。オレはこのままがいい。玲輪高校のままで──」
「おまえは私の後を継いで柏木グループの総裁にならねばならんのだぞ」
親父の声に厳しさがこもる。
「玲輪なんて普通の高校に通っていてはいかん。県下一の秀逸に転校するのだ」
「嫌だってば」
「この夕食メニューを見よ。社会的地位を得られれば、毎日このような豪華な食事ができるのだぞ? おまえは機会を望むまでもなく恵まれている。未来を平凡なものにしたいのか?」
だだっ広い食卓に並べたフルコース料理を一瞥すると、オレは答えた。
「オレはバンドでデビューして、それで食っていくつもりだよ、何度も言うけど……。オレの人生はオレのものなんだ。邪魔しないでほしいな」
「生意気なことを……」
親父がいつものように眉を吊り上げた。
「霞を食って生きていくつもりか!」
「『根性があればなんでもできる』って言うだろ? 親父の時代の名言じゃないか」
「私は生まれは昭和だが平成育ちだ。そのような時代遅れな迷信は信じておらん」
「でも、オレの親友のことは知ってるだろ?」
コンジョーの話を持ち出すと、親父が黙った。
オレが玲輪高校に入ったのも、コンジョーが親父を根性で説得してくれたからだったのだ。親父もアイツの凄さはよく知っている。
「だーかーらーさー!」
弟の夏生が突然、横から大声を出した。
「俺が会社継いでやるって、いつも言ってるだろーが? 兄貴が他がないって言ってんだから、俺に継がせろや、クソ親父!」
一つ年下の夏生は昔懐かしのヤンキーだ。
コイツに継がせたら会社が私物化されることは目に見えてる。だから親父は嫌がるのだ。オレもありえないと思ってる。
朝からテカテカに固めたリーゼントの髪を櫛で整える夏生を横目で嫌そうに見ながら、親父が声を少し落ち着かせる。
「会社の経営をしながらでもバンド活動はできる。それではだめだというのか?」
「本気でやりたいんだよ、オレ……」
口では反抗しながら、心は少し動揺していた。
オレが継がなければ会社が潰れるということはないだろうが、誰か他人のものになってしまう。親戚にも適任な者がいない以上──
オレはなぜ、こんなにも親父の言うことを突っぱねているのだろうか?
理由なき反抗みたいなものなのだろうか?
きっと、憧れているのだ。
家も裕福でなく、普段は何もできないのに、根性を発揮すればなんでもできてしまう親友に──
何ももたないところから成功を掴むそのパワーに、憧れているのだ。
そしてもう一人、そんな才能をもつ人間を知ってしまった。
神崎梓──彼女のことを、美貌という才能を鼻にかけたつまらないやつだとオレは思っていた。
しかし、違った。
彼女はロックな存在だったのだ──!
「……まぁ、学歴がどうでも、会社を継ぐことはできる。おまえには才能がある」
親父はフォークとナイフを並べて皿に置くと、ナプキンで口を拭きながら、言った。
「ゆっくり考えてくれ。おまえは若い。まだ時間はたっぷりある」
分厚いステーキを見つめながら、思った。
オレは養われている。
自分の力では何もできない、ヒヨッコだ。
家を飛び出して自力で生きる勇気もない。
それに比べて、アイツらは凄い。
根性でなんでもできてしまう親友──
笑顔で誰もを幸せにできてしまう親友の彼女──
そして──
火事場のバカ力を発揮して、鍵のかかっている扉をぶち壊したあの女!
みんな力に溢れている……。
オレも、そんな力が欲しい……。
彼らは自分の力で生きている。
オレは親父の力で生かされている──
そんな彼らに、オレは憧れているのだ。
いつか、自分も、彼らのようになりたい!




