俺の女に手を出すな
梓ちゃんと柏木くんが帰ってきた。黒と赤の忍者服のまんまだ。その格好で町を歩ける二人のことをあたしは尊敬した。
なんか二人とも疲れてる。
部室に入ってくるなり、実験机に突っ伏すようにへたり込んだ。
あたしは梓ちゃんの耳元にヒソヒソ声で聞いてみた。
「スパイ活動お疲れさま。どうだった? 吊り橋効果で恋とか産まれた?」
柏木くんと二人、ドキドキするはずの隠密行動をやったのだ。
絶対、何かいいこと起こったはず。その証拠には二人ともありえないぐらいに疲れてる。これは激しすぎる恋が産まれて、燃え上がりすぎたからじゃない? わくわくしながらそう思っていると、梓ちゃんがどーでもよさそうに言った。
「火事場のバカ力、出しすぎちゃった。……あと、産まれてるわよ、恋。ストーカー的な──」
「へっ?」
「なんだって!?」
向こうでコンジョーくんの驚く声がした。
あたしと梓ちゃんと同じように、向こうでも机に突っ伏した柏木くんがボソボソなんか言ってる。
「……そうか、ハルト。そいつは素晴らしいやつのようだな」
何を聞いたのか知らないけど、コンジョーくんがすごく嬉しそうだ。
「よし、わかった! 俺は引っ込み思案の恥ずかしがり屋だが、朝日奈笑の素晴らしさを共有できる仲間となら話せそうだ!」
なんだかわからないけど、今度はコンジョーくんとあたしとで英愛学園に行くことになった。
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「根性オォォーーー!!!」
英愛学園の校門を睨みつけるように、コンジョーくんが叫んだ。向こうの生徒さんたちがびっくりしてこっちを見てる。
その視線を感じて恥ずかしいのか、コンジョーくんはさらに大声で叫びはじめた。
「こ……、根性ッ! 根性! 根性! 根性があればなんでもできる!!!」
彼は一人でコンビニに入ることもできない恥ずかしがり屋さんだ。
そんな彼が見知らぬ他校に入って行くなんて、相当のストレスなのだろう。
あたしはその背中を優しくぽんと叩くと、微笑みかけて、言ってあげた。
「大丈夫だよ、コンジョーくん。あたしがついてるよ」
「て……、天使猫……」
彼の頬がピンク色に染まる。
「俺は、キミのためなら、知らないやつと会話できる!」
その必要以上の張り切り方が、かわいかった。
アポイントメントは取ってあった。
情報処理室の前へ行くと、コンジョーくんが気持ちを落ち着かせようと深呼吸をはじめる。
「よし、入るぞ!」
「うん!」
そこまで気合いをこめる必要はまったくないと思ったけど、あたしとコンジョーくんは拳を握りしめて精神統一すると、二人で扉を開けた。
目の中にたくさんのあたしが飛び込んできた。
「おおーーーっ!」
コンジョーくんが感動して、叫んだ。
「朝日奈笑がいっぱいだ!」
広い室内の、奥の壁一面に、あたしの写真が貼られまくってあるのだった。
体操着のあたし、お弁当を食べるあたし、にっこり微笑むあたし──なんだこれ。いつの間に……
「や……っ、やあっ!」
部屋のどこかから男子の声がしたので探した。
すると机の陰に隠れてたひとが立ち上がった。背の高い、銀ぶちメガネをかけた、細身のイケメンだった。
「ま……、待っていたんよ」
イケメンはメガネを指でくいっと上げると、自己紹介してくれた。
「僕が噂の倶府田双星なんよ。噂の『対受験問題プログラム』を作成した、天才の──」
「よろしくっ!」
コンジョーくんが握手を求めた。
「朝日奈笑の素晴らしさがわかるやつに会えて嬉しいです!」
いや……、待ってよ。
あたしは壁一面の写真を見ながら、震えた。
怖い……、怖いよ、これ、盗撮だよね?
なんか言ってやってほしいのに、コンジョーくんはフレンドリーに握手なんかしてる。
嫉妬とかもしてくれてないようだ。心からのすごい笑顔だ。
「あっ……、朝日奈笑さん!」
倶府田くんが首をこっちに回して、コンジョーくんと握手をしたまま、話しかけてきた。
「はっ……、はい!」
怯えながらあたしが返事をすると、こんな話を持ち出してきた。
「『対受験問題プログラム』をシェアしてほしいんだよね? シェ……、シェアどころか、キミにあげよう!」
「それは……ありがとうございます」
「ただし……! 交換条件があるんよ!」
「交換条件……?」
コンジョーくんと握り合った手を、興奮したようにぶんぶん振りながら、倶府田くんが切り出した。
「僕……、キミのことが好きなんよ! ファンなんよ! だから……僕と付き合ってくださいっ!」
情報収集能力……
ないんだろうか──
あたしとコンジョーくんが付き合ってること、知らないんだろうか──
でも……、そのプログラム、欲しい──
どう返事をしようか、あたしが迷っていると……
握手した腕をぶんぶん振っていた倶府田くんの動きを、コンジョーくんが止めた。すごい力で止めた。
「朝日奈笑のよさをわかるのは素晴らしいことだ……。だが!」
あたしのほうをじっと見ていた倶府田くんの顔を、ぐりんと自分のほうへ向かせると、コンジョーくんが言った。
「俺の女に手を出すな」
「……ひっ!?」
コンジョーくんがどんな表情をしてるか、あたしからは見えない。でも、倶府田くんの怯えっぷりからなんとなく窺えた。
いつもはかわいいコンジョーくんが、なんかカッコいい。
なんだか殴りかかりそうな気配がした。彼を止めるためにも、あたしはぺこりと頭を下げると、自分の口から返事を伝えた。
「ごめんなさい倶府田くん。あたし、あなたが今、握手をしているそのひとと、付き合っているんです」
「ひ……、ひぃっ!?」
「根性オォーー!!」
コンジョーくんがいきなり壁の写真をすべて一瞬で引っぺがすと、言った。
「ゆえにこれはぜんぶ俺がもらう! いいな!?」
「うん!」
あたしはなんか嬉しくなって、うなずいた。
「コンジョーくんにぜんぶあげるよ!」
「そっ……、そんな!」
倶府田くんが泣き叫ぶ。
「『対受験問題プログラム』はいらないのかいっ!? 欲しいなら、僕と……」
「そうだ。聞いていなかったが、それはどんなものなんだ? 勉強しなくても百点が取れるのか?」
コンジョーくんの質問に、倶府田くんが答えた。
「今のところ……百点は無理なんよ。でも……これを使えば必ず60点は取れるという、まさに天才が作った優れもの!」
「なにっ!? ろ、60点も取れるのか!?」
コンジョーくんが興奮して、あたしのほうを見た。
「す、凄いぞ朝日奈笑っ! 凄い発明だ、これは!」
あたしは倶府田くんにぺこりと頭を下げると、言った。
「ごめんなさい。いりません」
二人並んで英愛学園の校門を出た。
「いいのか? 朝日奈笑」
コンジョーくんがあたしを気遣うように言う。
「60点も取れるんだぞ、勉強しなくても? そんな素晴らしいプログラムを諦めて──」
「いいの、いいの」
あたしはにっこり笑顔を見せてあげた。
「無駄足だったかなと思ったけど、楽しかったね!」
ここでコンジョーくんが手を繋いでくれたりしたら、もっと楽しかったんだけど──
なんだかちょっとだけでも進歩した感じのする二人の関係に、あたしはご機嫌だった。




