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1「Re:異世界」

『暗い、どこだ? 此処』 

 私は暗く、何もない空間を彷徨っていた。

 何故自分が此処にいるのかはわからない。

 だが、予想は出来た。


 確か車に轢かれて……死んだはず。

 まさかまだ意識あって、半覚醒状態なのかも。

 いや、半覚醒状態ならこんな変な夢を見たいと思わないだろう。


『もしかして、これが死ぬ直前に見る走馬灯ってやつか』


 少し考える。


 いや違う。違ってほしい。

 でなければ、私の人生はこの空間のように暗くて、

 何もない糞な人生ってことになってしまう!

 確かに、私の人生は暗くてジメジメしていて、ナメクジが住んでいそうだけれども。

 何もないわけでは断じてなーい!


 いい思い出は沢山ある……はず。

 そ、そうだ。

 小学生の時の思い出は?

 私の人生の六年間だ。

 そう思い、記憶を回想する。


 ***


「やってやる」

「負けないぞい」

「右手がうずく」


 彼らの額から汗と共に勝負への決意が零れ、握る拳に力が入る。

 すると、皆が一斉に腕を上げ、鞭を打つように拳が振るわれる。

 日々、飢えるものが食料をめぐり奪い合うため、拳と拳のぶつかり合いが行われていた。


「「「じゃんけん、ポン!!」」」


「また、お前の勝ちかよ」

「あずなちゃん、強すぎだよ」

「くそ、なぜ俺が負けてしまったのだ」


 クラスの歓声の中、高揚感に満ち溢れる周囲の視線が一人に集約する。


「まあね。( ・´-・`)」


 じゃんけんで勝利し、拳を突き上げ、ドヤ顔をする少女の姿がそこにはあった。


 私の特技の一つじゃんけん。小学生時代、じゃんけんにおいて全勝無敗の記録をたたき出し、『ゴッド・フィンガー』の二つ名までつけられた(自称)。


 じゃんけんをゲームだと侮ることなかれ。

『じゃんけん』、それは格闘技と同じ。

 拳と拳のぶつかり合い。

 引き分けなど合って無いようなものだ。

 勝敗が決するまで勝負は終わらないし、終われない。


 よくこの特技を活かし頼み事をされたものだ。

 校庭のどのコートを使うか、ボールの貸出、誰がゴミを捨てに行くかなど。

 よく代打としても使われていた。

 勝つたびに、


「ダメだ、勝てねぇ」

「やったね、あずなちゃん」

「さすが、わが友だ」


 と、もてはやされたものだ。

 最初は、気分さえ良かった。

 が、1万回ぐらい言われた頃には、友達だけでなく私さえもう飽きていた。


 ***


「なつかしい」


 不意に言葉が漏れる。

 だが、今考えてみると、走馬灯によぎるほどいい思い出とも言えない。

 なら、師匠との思い出ではどうかと回想する。


『よーっす』

 中学時代、授業をさぼり、部室に居座わっていた先輩。


『大丈夫。普通の健全な本だよ。ばれなきゃ、犯罪じゃないのだよ』

 と息を荒げながら、R18のBLものを読まそうとした先輩。


 一時期オカルトに嵌まり、

『この世界の真理。ズバリ、BLや百合は本来の人間の在り方かもしれない!

 日本の政治家に何故男が多いと思う。それは、国の政治とは建前で、

 裏では叡智な密会が行われているのだよ』

 と陰謀論なのか理想論なのかわからないことを言っていた先輩。


 駄目だ、一番ない。


『はぁ~、せめて両親との思い出は見せて……』

 と不貞腐れるがすぐに口を噤む。


『いや……それもないな』


 友達のいない中学時代。

 私は両親とは結構気まずい関係になっていた。


 そうして落ち込んでいたとき、ふと背後に奇妙な気配を感じた。

 おそるおそる身をひねり、視線を後ろへと移す。


『なんじゃこりゃー!』


 視界の先には暗闇に(そび)える巨壁――とても人の手で築かれたものとは思えない。

 どこか扉のようにも見えた。

 いや、むしろ門と呼ぶべきだろう。


 それは暗闇の中で微かに輝き、隙間からは光の粒子が零れ落ちている。

 その外見は石のように堅牢で、ところどころに絡みついた蔓が、長い時を物語っていた。


 この先にRPGのラスボスがいてもおかしくない。

 おかしいのは――なぜ私の深窓世界に、こんなものが現れたのかということだ。


 もしかして、いや、もしかしなくても。

 これは走馬灯でも夢でも、何でもないのかもしれない。

 それにしても、デカすぎるだろ。


 ……進むべき、なのか?

 どうせ行く当てもない。

 この空間も根暗な私には悪くないが、長居すれば気が滅入りそうだ。

 ましてやオタクの私が、異世界ファンタジーの気配を纏うこの門を見過ごせるはずがない。


 そう思い、手を伸ばす。

 微かに扉が揺れた――その瞬間にはもう、完全に開いていた。

 眩い光が溢れ出し、この空間ごと私を呑み込んでいく。


 ***


「ぱはぁー!」

 変な産声と共に起き上がる。


「ゆ、夢か…」

 寝起きなのかまだ視界がぼやけ、周囲を見渡すがはっきりしない。

 夢にしては、記憶が鮮明だった。

 車に轢かれたことや、あの空間で見た門のことなど。


 それにしても寝起きは最悪だ。頭が痛いし、体も重いときた。

 まるで二日酔いを味わっている気分だ。

 酒飲んだことないのだけど。


 ぼやけた視界を戻そうと、目を擦る。

 違和感に気づいた。


「私の…手、こんなに小さかったけ?」

 心なしか、目線も少し低く感じた。

 体を撫でるように触りながら、目を移す。

 衝撃の事実に気が付いた。


「……ない。ない。ない。ない!」

 違和感が焦りに変わる。

 そこにはあるはずのものがなかった。

 大きくとも小さくとも言えない。かといって、高校生の割にはまだある方だと思い、これからの成長に期待を抱いていた、あの胸が。

 女にとって勲章にして、鎧が。

 焦りが不安へと変わり、鮮明になった視界で周囲を見渡す。


「……ここ、どこ?」

 そこには、アニメや漫画で見たことがある。

 どこかのお嬢様がキャッキャウフフしながら暮らしていそうな空間が広がっていた。

 目覚めから数分。ようやく私は、ここが自分の部屋ではないと理解した。


 ***


 病院……ではなさそうだ。

 薄暗い部屋の中を観察する。

 病室と呼ぶには広すぎ、かといってダイニングというには妙な違和感が残る。


 困惑しつつも状況を整理しようと、ベッドに手をかけて身を起こした。

 だが、いつものように勢いよくは降りられない。

 私の知るベッドとは違い、六畳の部屋を埋め尽くすほどの巨大さで、

 降りるには身をよじるしかなかったのだ。

 それにしても体が重い。

 というより、思うように動かない。


「うわっ――」

 ドン、と鈍い音が響いた。

 ベッドの縁に手をかけた瞬間、シーツに足を取られ、勢いよく滑り落ちる。

 身体を床に叩きつけられ、思わず声が漏れた。


「いたたた……! マジで痛いんだけど」

 痛みを堪えながら、なんとか立ち上がる。


「す……すごっ……!」

 部屋の広さもさることながら、ベッドやシャンデリアの装飾に至るまで、

 日常ではまず目にしないほどの豪華絢爛さが広がっていた。

 それにしても、目線がいつもより低い気がする。

 周りの物が大きいからか?


「誰……!?」

 ふと、誰かの気配を感じて振り向くと、白いドレスを着た小学生くらいの少女が立っていた。

 部屋が薄暗いためか、顔はよく見えない。

 彼女はじっと私を見つめ、動かない。

 聞こえなかったのか。

 数秒待っても、返答は返ってはこなかった。

 聞こえる位置まで近づこうとすると、少女もゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「……綺麗」

 思わず言葉がこぼれる。

 容姿端麗にして、一顧傾城。

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」――その言葉がふさわしい。

 髪も肌も透き通るほど白く、その歩みだけでなく、存在そのものが百合の花を思わせるほど美しく、儚げだった。


 ……中学生のはず、だよな?

 綺麗すぎる。

 これまでの人生の中で、これほど美しい幼女、いや童女を私は見たことはない!

 思わず、彼女を私の胸に抱き寄せ『守ってやる』と

 女の私もさながら少女漫画のようなセリフを告白するところだったぜ。

 危ない、危ない。

 てか、実際にやられたら痴漢と不審者事案で即刻警察へ通報されることだろう。


「あ、あの……ここは、どこなんでしょうか」

 恐る恐る訊ねてみたが、返事はない。

 ……ただの屍のようだ。

 私の陰キャオーラを察知したのか、まだ何もしていないのに既に嫌われたらしい。

 胸が痛い。

 嫌われるのは慣れてるけど、せめて無視はやめてほしい。


 その時、窓からふわりと風が流れ込んだ。

 同時に、やわらかな朝明けの日差しが帳のように差し込む。


 そして、ようやく気づいた。

 どうして彼女が返事をしなかったのか。

 どうして体が思うように動かなかったのか。

 光が私の前を照らす。それは水面のようにきらめき、部屋中を反射する。


「……これ、鏡じゃん」

 壁の三分の一を覆うような、馬鹿でかい鏡がそこにあった。

 そう、私が見ていた“純白の少女”は——

 鏡に映る、前世とは似ても似つかない自分自身だった。



 陰キャの私は、どうやら転生して美少女にグレードアップしたらしい。



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