野菜の味がするカレーライス
しいなここみ様『華麗なる短編料理企画』参加作品
K社の広報部のオフィスに営業部の山本がドカドカと入り込んで来た。
「世良いる?あっ、いたいた!頼む、お前の知恵と無駄知識を貸してくれ!」
そう言いながら、山本は世良が作業をしていたデスクまで来る。
「またですか・・・」
呼ばれて世良はムスっとする。山本は度々やって来ては変な相談をするのだ。
「すまん。大口の取引が掛かっているんだ。頼むよ」
そう言って山本は事情を説明した。
取引先の社長が無類のカレー好きで、彼を満足させるカレーを食べさせたら大口の取引に繋がるとのこと。
「またそんなグルメ漫画みたいなことやってるんですか!?真面目に仕事してくださいよ。。。」
と世良。
「昔ながらのカレーライスがご所望なんだけどさ、どんなんだと思う?」
山本は構わず本題に入る。
「昔ながらか。給食のカレーってことですか?」
「そう思って、本やネットの色んな再現レシピを試したんだが、どれも違うと」
山本はいくつか試したレシピを携帯で見せた。市販のルーを使わずカレー粉から作る本格的なものもいくつかある。
「じゃあ出前かな?蕎麦屋のカレーとか」
世良は自分でもノートPCで色々検索しながら話す。
「いや、蕎麦屋のカレーは好きだがこれじゃないと言われた」
「じゃあ海軍カレーとか」
「もちろん試した。近いが違うと言われたよ」
「うーーーん」
世良は腕組みをして唸った。
「そもそも、ご覧の通りカレーってレシピは千差万別ですからね。。。隠し味が色々ネタになる料理の走りじゃないですか。『昔ながら』だけじゃ広すぎますよ。他に情報無いんですか?」
世良は検索画面を示しながら、ため息をつく。
それを見て山本はニヤリとする。
「ノって来たな!もちろん、いくつかあるぞ!」
山本は携帯のメモを見ながら話だした。
「まず社長、幸田さんの年齢は51歳。だから51歳にとっての『昔ながら』ということになるな」
「子供時代が1980年代ですね」
世良は自身のPCのメモ帳にカタカタと入力しながら聞いている。
「こんな話をふるぐらいだから、幸田さんはけっこう食通な方だ。だが、今時のカレーは『旨いが昔のカレーライスとは別物』だそうだ」
「どの辺が別物ですか?」
「まず欧風カレーは、『カレー風味のビーフシチュー』だと」
「ほう」
「市販のカレールーも雑味が多く、素材の味がしないと。そう『素材の味』『雑味』という言葉を良く言われるな」
「素材の味?欧風はダメなのに?牛肉やフォンドボーは、求める素材の味じゃないってことか」
「そう。昔のカレーはもっと野菜の味がしたと。ジャガイモ、ニンジン、玉葱がしっかり美味かったって」
「野菜の味か・・・肉は?」
「普通の豚肉だって。当時はブランド豚なんて無かったし、肉に関しては特に拘り無いようだ。そもそも肉は今ほどの量は入って無かったって言ってた」
「変なこと聞きますが・・・」
世良は何かを思い付いたように聞いた。
「美味しいんですか?そのカレーって?」
「どういうことだ?」
山本は質問の意図を理解できず聞き返した。
「思い出補正ってヤツです。昔ながらの料理って、忠実に再現すると全然美味しくない場合があります。聞いた話からイメージすると、コクの無い薄っぺらい味になりそうなんですよね。肉が少なくて、動物系のスープを雑味と言われちゃうと。。それにジャガイモやタマネギまで食べて美味いなら、そんなに煮込んでないはずです」
「そうなの?」
「煮込めば溶けますからね。だから野菜出汁が強いとも思えない。やっぱり今食べるとコクのない味に思えるんです」
「うーーーん、そうかも知れないが、コクに関しては『スパイスも野菜の味も殺さない独特のコクがあった』と言ってるんだよな」
「となると、やはり何か加えていたのかな?よくあるカレーのコク足しは、ケチャップ、ソース、コンソメ、鶏ガラスープとかですが」
「どれも違うな。やはり『雑味が邪魔する』って」
「これらも雑味か・・・なら、いっそのこと・・・あっ!そうか!」
世良が何かを閃いた。そして、すぐに何かを考えてから聞いた。
「幸田社長って、納豆は平気ですか?」
ー後日ー
K社の社員食堂に招かれた幸田社長は、世良が用意したカレーを夢中に食べた。
「いや、美味かった。これですよ。しかし・・・」
幸田は少し寂しそうな顔をした。そして、つぶやいた。
「こんなのを求めていたなんてな・・・いや、お恥ずかしい」
「どういうことですか?」
山本が聞いた。彼も出されたカレーを『美味い美味い』と完食していた。
幸田は山本と世良をバツが悪そうに見ながら言った。
「化学調味料ですよね?決め手は」
「ご名答です!」
世良が堪えた。そして挑発的に続けた。
「しかし、幸田さんは不思議な方ですね。30年進んでいると思ったら、意外に頑ななようで」
幸田と山本は、首を傾げている。
それを見て世良は不適な笑みを浮かべて続けた。
「確かに化学調味料は長いこと悪者にされてきましたが、とっくに名誉回復してます。頑なと言ったのは、これを『恥ずかしい』とおっしゃったことです」
「そうなのか?体に悪いとか、素材の味を殺すとか、繊細な味がわからない舌バカになるとか聞いたことあるけど?」
と、山本。
それを受けて世良は説明する。
「まず体に悪いかですが、幸田社長や更に上の世代が証明してます。子供の頃から化学調味料を摂取している日本人が、平均寿命も健康寿命も世界一です。これ以上のデータは無いでしょう」
「確かに」
と幸田。
「そして、舌バカの基準って、なんでしょう?これも本当にそうなら、日本人の多くは舌バカです。しかし、日本の外食産業は世界から評価されています。では『舌バカじゃない人』って、いったい誰でしょう?いないとは言いませんが、いったいどれだけいるのか?」
幸田と山本が唸る。
「最後に素材の味を殺すか?ですが、これも大きな誤解があります。一つ実験しましょう!」
そう言って世良は何かを運んで来た。
幸田と山本の目の前に、二つの納豆が置かれた。
「お試しください。一つは付属の納豆のタレ、一つは醤油と化学調味料で混ぜたものです。より豆の味を感じるのはどちらでしょうか?」
山本はすぐに箸をつける。幸田はいったん両方の匂いを嗅いでから箸をつけた。
「うん。食べ比べてみると確かにタレの方はタレの味しかしないな」
と幸田。
「そうですね。『どっちがメシのおかずに成る?』と聞かれたらタレだけど、豆の味がするのはこっちだ」
と山本。
世良は満足そうに頷いて話す。
「素材の味を殺すのは旨味だけじゃないんですよ。このタレで言うとカツオの『香り』がかなり素材の味を隠しています。一方で化学調味料は香りを何も足しません」
「そういうことか!」
「もちろん、旨味の塊ですから、いい出汁を取っているものに加え過ぎると邪魔をすることはありますね」
「つまり、このカレーは」
山本が何かを言いかける。しかし、言葉がまとまりきらず、世良に続きを任せた。
「肉の質も量も今より足りないので、そのままでは旨味が足りません。それを化学調味料が補完しつつ、香りは何も足さないから、『スパイスの風味も野菜の味も邪魔しない独特なコク』になっています。肉の匂いが少ないからこそ野菜を引き立てているとも言えますね。それらを正確に評価されていたことが『30年進んでいる』と言った理由です。私も美味しいと思いますよ。このカレーは」
「いや、お見事!」
幸田は拍手をした。
「再現する分析力だけでなく、私がショックを受けることまで想定してプレゼンされる心遣い。いやはや脱帽です。御社は面白い会社ですな」
山本の契約が無事にまとまったのは、言うまでもない。
そして、K社の社員食堂に『昭和の野菜ゴロゴロカレー』という物が加わった。
かなりの人気メニューになったのだが、レシピは極秘とした。公開したら材料費がかなり安いことがバレてしまうので。。
了
本作、昨年の麺料理企画に出品した「そばつゆの郷愁」と同じ舞台設定です。
前作未読でも問題ありませんが、興味いただいた方は是非ご覧ください。
◼️内容について
長らく美味しんぼがバイブルだった私にとって、2014年発売の「らーめん才遊記11巻」は衝撃でした。
それまでグルメ漫画では絶対悪だった化学調味料が、あろうことかラーメン漫画の金字塔で肯定されてしまったので。
そして、自炊での無化調のこだわりを一旦捨ててみると、懐かしい味の料理が色々作れてしまったという実体験を元ネタにしています。