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花囃子

 続く話を聞き流し、周囲に視線を巡らせてみる。

 広場に面した建物は八棟。武具屋も二軒あるが、他は全て飲食店だ。

 南門から入ってすぐの大衆食堂より割高で、冒険が出掛けにスタミナを付けられるよう、上質の肉や魚の脂料理を売りにしている。

 例によってオレンジ色の瓦屋根が目立つ木造住居だが、正面は硝子張りになっていたり立て看板があったりして、趣きにささやかな個性が滲んでいた。

 襟がフサフサの獣毛で覆われた白い冬衣を着ているが、黒い股引を履いただけの下肢が冷えてきた。

 宿の暖炉で温まっているだろう留守番組の四人が恨めしくなって、唇を尖らせる。

「──よってここに、掃討作戦の開始を宣言する」

 どうやら話の根幹を聞き逃したようだ。

 近くにいた紫毛で革鎧姿の青年、その肩を叩く。

「ねぇ。聞いてなかったんだけど、結局何の用だったの?」

「あんた、グルックのとこのパーティだろ?奴曰く、ピンク頭がリーダーって話だったが……」

 ジロジロとつま先から髪先まで眺められた。

 身じろぎして眉を潜めると、彼はサッと両手を上げて一歩引いた。

「誤解だ、別に色目使おうってんじゃない。グルックとは酒飲み仲間でさ。あんたのこともよく聞いているよ。白髪のチビと暗い青髪の坊ちゃんが取り合ってるって」

 驚きのあまり唾が気管に入った。

 激しく咳き込む私を顎をさすりながら見ていた青年は、ピッと出し抜けに親指を自分の顔に向ける。

「俺はパリク。男ばかり三人パーティだが、今いるのは俺だけだ」

「……ナキよ。後ろのでかいのがベル」

「おいナキ、女性を指してその呼ばわり方とはいい度胸じゃないか」

 胸の双丘に後頭部を挟まれながら首を絞められていると、パリクは髪を掻いて視線を上座へ移した。

「オーディンのおっさんは流石に知ってるだろ?ビレフの冒険者を仕切ってる奴さ。そんで、丁稚小僧を各宿に寄越して招集をかけた理由だがな」

 黒髪を長く伸ばした帯締め戦装の娘とは、茶髪のオーディンを挟んで反対側。

 五人の幼げな少年が座り込み、肩で息をして汗を垂らしたり、水筒袋の筒を咥えて喉を動かしたりしている。

「掻い摘んで説明すると、ビレフ北東にあるサジェ森林に沸いたハーバットの群れも、西の草原地帯を南下していたモゴンの集団も、元は北西の湖が生息地らしい。んで、そこになんぞヤバイ魔物でも棲みついたっぽいから倒しに行こうぜ、ここにいる奴ら全員強制参加な、ってことを言いたいらしい」

 私は後ろをジト目で振り返った。

「ベル?」

「なんだよ……」

 仰け反りながらも自分に落ち度はないとばかりに見返してくる。

「水辺にこの時期、魔物はいないって話じゃなかったの?」

「……冬眠から覚めるくらいの奴が来たんならよっぽどだね。気を引き締めて行こうか」

 早口に言い切って、裾が膝丈まである緑の上衣を翻し、宿路に着こうとする娘。

 集まった冒険者達も動き出そうとしている中、他のパーティらしい薄青髪の少女が手を挙げた。

「はいはい、しつも~ん!それって具体的にいつやるの?」

 巌のような顔立ちの割に覇気のない男は、寝言のようにぼんやり譫声を漏らしながらそちらを見ると、背に回していた腕を胸の前に組む。

「これ以上のスタンピードは我々の手に余る。早い方が良かろう。よって、決行は夕刻。現地集合だ。準備ができた者から順に、トラソーン湖に向かってくれ」

 パーティの中で最も人の機微に聡いのは僕だと思っている。

 傲りとかじゃない。

 他の仲間が揃って鈍いだけだ。

 ランキングを付けるなら、そんなことをしてもしょうがないが、ワースト一位はグルックだろう。

 次にナキだ。

 まず以って、あの色黒伊達男は勘違いをしている。

 しかも奴の思い込みは、なまじっか多少核心を突いてもいる為に、表立って否定しづらい。

 皆には黙っているが、僕はナキが好きだ。

 その点に於いて、あいつの予測は間違ってない。

 だが、あの文学青年気取り。

 通称エインが好意を持っている訳じゃない。

 言ってはなんだが、あの男に他人の存在を前提に物を考えるなんて、とても。

 ヒトなんてせいぜい、周辺環境の構成要素くらいにしか見てなさそうである。

 だが、冷血漢というよりは単にズレてるあの変人を、胸の底で慕っているのはナキの方だ。

 と、思う。

 なんとなく……。

「エイン」

「どうしたレイチェル。読書中の人間に話しかけるなと教わらなかったか?」

 これだよ。

 よく焚いた暖炉前の椅子に座り、革装丁の分厚い本を捲る青年に、僕は苦々しく微笑んだ。

 寝台に腰掛けたまま振り返れば、横のベッドで寝息を立てる少女がひとり。

 麻着の裾から覗くお腹を掻いて、口をむぐむぐさせている。

「君はシーラをどう思ってるの?」

「ふむ」

 彼はわざわざ顔を上げ、金髪を結ったまま背に敷いているずぼら娘を見やった。

「かけ直してやるといい」

「はいはい」

 腰を弾ませて布団から降り、床に落ちた毛布のところまで回り込む。

 両手で摘まんで被せてやると、彼女は閉め切った窓の方へ寝返りを打った。

「レイチェル。お前は僕が、自分に似ていると思っているだろう」

「なんだい急に。思ってないよ、そんなこと」

「そうか。僕は思う。例えばそう、自分から人を好きになれないところだとか」

 僕は近場にあった椅子を取って、彼の向かいに据え、軋ませないよう静かに座る。

「僕はナキが好きだ。彼女が僕を好きじゃないとしてもね」

 薪が崩れて、火の粉が舞った。

 頬に橙照が揺れる。

 エインはぼろぼろの羊皮紙を捲った。

 随分年季の入った蔵書だ。

「僕は臆病者でね。いや、卑屈者かな。一方的に好意を向けるというのがどうにもできない。男であるし、自らの想いがレディにとって不利益なものであれば、引かなければならないというモラルだと考えることもある。しかしそれはもしかすれば、単に好きな人が僕を好きじゃないと知って、傷つく事を恐れているだけなのかもしれない」

「それ、もしかして恋愛指南書かい?」

「まさか。ここまで古びた交際術が現代で通用するものか。これは普通の魔導書だ。魔術ギルドからの借り物だから、水を零したりするなよ」

「しないしない。ま、エインの言わんとするところも、少し分かるよ。でもさ、結局素養じゃないかな。人は生まれつき好きになる相手が決まっていて、君はまだその人に出会ってないだけかもしれないよ」

「運命論か。いつも理路整然としたレイチェルらしからぬ発言だな。……でも、そうだな。ところで、お前はうちのリーダーにご執心というが、それは彼女に運命を感じるからか?」

「どうかな。僕など、あれだけ素晴らしい女性には相応しくないのではないかって、よく落ち込むよ。でもね、運命の相手じゃないならきっと、こんなに胸が締め付けられたりしないんじゃないかって、僕は思うんだ」

「存外、散々苦しんだあげく最後まで片想いのまま終わるかもしれんぞ。忘れるのもひとつの選択肢ではないか」

 僕は苦笑して席を立った。

 唇が強張って動かなかったから、ただ哀しそうな顔になってしまったかもしれない。

「それはもう試したよ。何度となくね。できなかったんだ」

 階段を登る音が聞こえてくる。

 足音からしてふたり分。

 魔術師は音高く本を閉じた。

「恋はするものではなく落ちるものとな。今日のお前はなんとも、らしくない。いや、彼女といる時の方が、平時のレイチェルとは異なっているのかもしれんな」

 ベッドの軋みにそちらを見れば、身じろぎを止めたシーラの姿。

 これは聞かれたなと、ドアが開く寸前に思った。


         *


 扉を押し開くと、金髪の少女が寝台で目を擦っている。

「シーラってば、その恰好っ!」

 鼻筋から頬にまでを紅潮させ、慌てて駆け寄ると毛布で細い肢体を隠した。

 暖炉前にいたふたりを睨むと、エインが興味無さげに息を吐き、レイチェルは困り笑いしながらひらひら手を振る。

「グルックはどうした」

 部屋に入ってすぐ、長身の娘が訝し気に眉を潜めた。

「実家に顔を出してくるそうだよ。なんでも、パン屋を営んでいるとかで」

「そいつはいい。ちょうど、腸詰めパニーニの気分だったところだ」

 ハスキーな声主は両手でバーガーを齧る動作をしてみせる。

「じゃあ、グルックの回収がてら寄っていこうか。僕はなんだか卵の気分だな」

「焼き菓子はあるだろうか。甘い味付けのブリオッシュとか食べたい」

 私は欠伸するシーラを見て、それからふたりを振り返った。

「出掛ける前に一個いいかな?ここ、女子部屋だよね」

「「……」」

 ピッと腕を伸ばして開け放しの戸口を指差すと、男性陣はすごすごと退室を始める。

 扉が閉まると、私はシーラの両手を取り押さえた。

「わざと誘惑してたなっ!」

「あはは、ごめんてばっ。帰ってきたあんたがどんな顔するかと思ってたけど」

 態度を豹変させ、仰向けでくつくつ笑いながら見下ろしてくる同性の仲間に、上に乗った私は前髪をくしゃりと手で押さえながら半眼で見返す。

「で?」

「いやあ、面白かったわよ。案の定、あの鈍男はすっかり勘違いしてるみたいだった。くっくっ、今思い出しても傑作だわ~。っていうかいつまで跨ってるつもり?」

 彼女が横向きに寝返りを打って振り落とされそうになったので、空に水平に倒した体を旋回させ、ベッドの脇に足を右左と着地させる。

「……器用な奴だ」

 向かいの寝台に弾み座ったベルが呆れた声を溢した。

 閉め切った窓戸の下に壁寄せしてあった布包みを解き、いつもの赤衣を彼女の上に投げ落とす。

「ほら、さっさと着替えて行くよ?あんまり遅いとグルックと入れ違いになっちゃう」

「こればかりはナキに同意だ。腹が減ってるってのは別に冗談じゃあない」

 俯せになり、落ちかかるブロンドの隙間から憮然としてベルを見ていたシーラも、やがて腕立て伏せの要領でがばっと起き上がった。

「分かったわよ、昼餉にしましょう」

 折角掛けてあげた毛布も衣服も落として立ち、彼女は両手を腰に私を見て満悦顔になる。

「アイントロートの末裔達を連れてね」

「なんだ?それ」

 暖炉まで歩いてしゃがみ、薪を火かき棒で崩しながらベルは首を傾げた。

「……嘘付きの遠喩だよ」

「そうそう。彼の巨匠は言い逃れの上手かったって話だからね」

 私に続いてからかい笑いを浮かべたまま得意気に指なんか振ってるシーラに嘆息しつつ、扉に向かう。

「先行くよー」

「もう、怒んないでよ。今支度するから待って」

 私は踵を返し、余っている方のベッドに倒れ込んだ。


         *


 ブレッドの切れ込みに具を挟んだサンドイッチを食む。

 レタスの水切り音と、フランクフルトの割れ鳴りが、口の中で同時に反響した。

「歩きながら食べる必要あったかな」

 瞳を仰がせながら、包み紙を握ってまたひと齧り。

「リーダーは広場で直接オーディンさんの話聞いたんだろう。何故いの一番に出発しようとしないんだ」

 グルックだって食べてる癖に。

 にしても鶏肉の唐揚げか、そっちもいいな。

「誰だ?なんぞ付き合いのある相手だったのか?」

 そう言うエインは紙袋から新たな甘焼き麦餅を取り出している。

「ビレフで冒険者の中心になってる人だよ。たしか他所から来た人だと思ったけど、もう二十年以上この街にいるって聞いたね」

「子供の頃、よく相手してもらったんだ。稽古付けてくれたりな。槍も、あの人に勧められて始めた」

「へぇ、意外」

 私は最後のひと切れを飲み下し、親指の先を舐める。

「ナキ。あの人の言う事はよく聞いとけ。先々、きっと役に立つ」

「じゃなくて。グルックも年長者を敬ったりするんだなぁって……冗談だってば、来ないで」

 目元を暗くしてジリジリ迫ってくる浅黒青年を、白髪少年の後ろに隠れながら警戒する。

 肩に当たってる両手を、レイチェルがぼーっと見ていた。

 平たいフォカッチャを齧っていたシーラが、こちらを見ると破片を零しながらむせた。

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