表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4 生真面目な公爵令嬢、餌付けされる





次の日の朝。

あまりエリウスことを考えると、よく眠れなかった。

もし今日も内殿に引っ張られたらどうすればいいのだろうか。

考えを練らなければ。気の向かない脚を上げながら、馬車に乗り込んだ。



今まで通り、社交辞令だけで会話を進めるのもありだけど、

エリウスが納得するはずない。

かといってエリウスのペースに巻き込まれるのも危険だ。

エリウスのペースに巻き込まれず、無難に時間を過ごせる手立ては何かないだろうかーーー



ふと、小さい頃エリウスと過ごした日々が蘇った。

いちばん最初に会った時、私はどうしたっけ?

私は昔の記憶を呼び起こしていた。



「あなた王子様よね?名前は?」

「エリウス。王子エリウス。」

「兄弟は?」

「いたけど死んじゃったみたい」

「…ごめんなさい。じゃあ好きな遊びは?」

「ない」

「好きな食べ物は?」

「ない」

「何か一緒にしたいことある?」

「ない」




エリウスの第一印象はなんて暗い男の子なんだという印象だった。

けど遊んでいくうちに、エリウスのものすごく繊細で心優しい面に気づいたし、

だんだん明るく行動的になって一緒に積極的に遊んでくれるようになった。

あの時は楽しくなっていったんだよなあ。

私は久々に思い出した小さい頃のエリウスとの記憶を思い出しで思わず微笑んだ。

そしてひらめいたーーーー

またこれやればいいじゃない。

私はカバンからペンと紙を出し、メモを書き留め、

ドレスのポケットにつっこんだ。



そんなことをしている間に馬車は宮殿についた。

「ふぅ、ギリギリ間に合ったわね。」

私はメモとペンをしまい、

宮殿の執事のエスコートを受けていつも通り馬車を降りようとした。



「え?」

しかし馬車の前で私の手を取ったのはエリウスだった。

「えへへ、待ちきれなくて来ちゃった」

「???」

私は混乱したが、宮殿の前で粗相するわけにはいかない。

冷静を装ってエリウスの手に触れるか触れないか、

でも遠くからは触れてるように見えるギリギリの距離感で手を添え、馬車から降りた。



小声で

「どういうつもり?」

と言うと

「いや、早く会いたかっただけ。

僕もこの後お父様の補佐の仕事があるから、また昼にね」

とニコニコしている。




やはり今日の昼も来るのか。

私は大広間の階段でエリウスとわかれ、

エリウスの視線に見送られがら、妃教育を受ける自室へと向かった。




今日の妃教育は、

多分地球が滅亡しそうな瞬間でも守れるくらい何度も何度も練習してした王族作法と、

大嫌いな貴族史と、得意な薬草学の時間だった。




作法に関しては眠っててもできるくらいにはなっているので、

朝のことがずっと頭を巡っていた。

王様が許しているのかしら?

なぜ急に?

私は思考がぐるぐるとしいていて、それがバレたのか

「ライナ様、お作法はできていますが、上の空なのがバレバレですよ。

それでは相手に失礼です。」

と言われた。全くめざといな。




貴族史の話はしたくない。

でも無駄なことを考える余裕をなくしてくれて、今日はありがたかった。




薬草学は、得意なので特に小言もいわれず難なく終え、問題の昼休憩になった。

12時を時計の長針が刺した途端、勢いよくドアが開いた。薬草学の教師はびっくりしたようだったが、皇太子に何か言えるわけもなく、そそくさと部屋を出ていった。





「ライナ!!!迎えにきたよ!!!」

「エリウス様、迎えに来るにしても、もう少し静かに、皇太子様らしくきてくださいませ。」

と私はポーカーフェイスを崩さずにいう。

「そんなの無理だ。僕が何年我慢していたと思う?」

そんな不可解なことをエリウスはいうと、早速私の手を引いて、内殿のサロンに連れ行こうとした。

「エリウス様、ここはまだ内殿ではないのできちんとエスコートしてくださいませ。」

私は諦めて、とりあえず周りに冷たい視線を送られないように、エリウスに頼んだ。

「そうだったね。ごめんごめん。」

エリウスはきちんと私をエスコートする姿勢をとった。やはり王族で、そのエスコートの体制は朝同様に完璧でそつがなかった。




内殿のサロンにつくと、エリウスは目をキラキラさせて、

「やっと2人きりになれた。昨日逃げ出したからもう、来てくれないかとちょっと心配してたんだ。」

「来ないっていったらどうしたの?」

私はもう何も取り繕わず、昔のように話した。

「うーーん?来てくれるまで説得してたかな?あとはライナの好きなメールパイを料理長に作らせておいたから、それでなんとかならないかなーと思ったりしてた」

とエリウスは屈託のない笑顔で笑う。

ん?メールパイ?メールパイって言った?

「メールパイ?あるの?」

「うん、たくさん作らせといた。ちょっと待ってて」

そういうとエリウスは外に出て(執事を中にいれていないからだろう)、すぐ戻ってきた。

そうすると給仕係がワゴンを引いてきた。

すでに甘酸っぱいいい匂いが部屋に立ち込め始めている。

「はいっ」

そういってエリウスが銀の蓋を開けると、そこには大好きなメールパイがホールで乗っていた。

「……」

私はおもわず唾を飲みこんだ。

王宮のメールパイは私の大好物だ。

もちろん公爵家でも、市場でもメールパイは食べられる。甘酸っぱい味をクリームとパイで包んだこの国の代表菓子で私の大好物だ。

けど王宮のメールパイはどのパイとも一線を画している。ほんのり甘酢っぽく、その甘酸っぱさをじゃましない自然な甘みのクリーム、サクッサクッのパイに、ほんのり隠し味のシナモン。公爵家のシェフに何度作らせてもこの王宮の味を再現することはできなかった。なんでも一級のメールの実をシェフが菜園で自家栽培しているらしいことを聞いたことがある。




「全部ライナのものだよ」

とにこにことエリウスが言った。

「流石に全部は無理よ」

私はもしかしたら食べれるかもと一瞬頭をよぎった考えを振り払った。

「じゃあ一緒に食べよう。」

エリウスは自らパイをカットして、私に切り分けてくれた。王宮のメールパイは久々だ。

私は目の前の誘惑に勝てず、すぐさま一かけらを口に運んだ。口にいっぱいに広がる酸味とほのかな甘味。メールの溢れんばかりの果汁と、パイのサクサクがちょうどいい具合の食感になる。ほどよいシナモンが後味をしめている。

ふと顔を上げるとエリウスがにこにこと私がケーキを一身にほおばる姿を見ている。

ずっと見つめられていることに耐えられなくなり

「エリウスは食べないの?」

と聞くと

「僕はレイナがおいしそうにケーキを食べる姿わみてお腹いっぱいだよ。」

という。私はその言葉に喉を詰まらせ、お茶をのんだ。

「やめてよ、そういうの。」

「そういうのって?」

「私の姿をみてお腹いっぱいとか、いい夫になるとか。私たちそういう感じじゃないでしょ。」

というと

「え?よくわからないけど、僕はそういう感じだよ?来年には夫婦になるんだし。」

と言ってきた。

私は、こうやって正直に話してきてくれるエリウスに、自分の気持ちを隠しておくのは良くないと思い始め、ちゃんと向き合うことにした。「私は…私は結婚とかまだ考えられない。確かに婚約はしてるし、一年後に結婚日が決められているけど、私は実感が湧いてないの。本当は他の令嬢たちみたいにだれかに恋焦がれたり、舞踏会での出会いに胸をドキドキさせたりしたいの。」

と一気にしゃべった。




エリウスは黙り、沈黙が5秒ほど続いた。

流石に言いすぎたかもしれない。

言い方を間違えたかも。

そうやって焦り始めたとき

「わかった。じゃあ全部僕としよう?」

「え?」

「恋焦がれてドキドキも、舞踏会での出会いも、僕とじゃだめ?」

そんなこと考えたこととなかった。

エリウスにドキドキ?そんなことあるのだろうか。

「僕がこの一年で絶対にライナをドキドキさせるし、舞踏会でも1番のお姫様にしてあげる。もしできなかったら、僕がお父様に話して、なんとかライナを自由にするよ。だから、この結婚発表日までのライナの一年、僕に機会をくれないか?」

エリウスは今までになく真剣な表情で言ってきた。綺麗なブロンドの前髪が窓から入ってくる風になびき、エメラルドの目はいつになく真剣な眼差しで、私の視線を捕まえて離さない。

「わ、わかったわよ。一年ね。一年だけだから。」

私はエリウスの真剣さに飲まれ、思わずそう答えていた。

「ありがとう、ライナ。ライナの希望を叶えて、幸せなお姫様にするから。」

とエリウスはまた小さい頃の天使のようにはにかんだ。

私はその笑顔の可愛さに釣られないように

「一年だからね、一年」

と仏頂面で返した。

「わかってるわかってる。」

エリウスは昔からこうだ。私がどんなに拗ねても機嫌が悪くてもにこにこして私を嗜めてくる。本当に子供なんだか、大人なんだかよくわからないやつだ。



「ところでそのポケットから出てる紙なに?」

とエリウスが聞いてきた。

「これは…今日はいいや」

「え、気になるなあ。見せてよ。」

とエリウスはまたにこにこと私にメールパイを切り分け差し出してきた。

メールパイに逆らえる私ではない。私はポケットの紙をエリウスに差し出した。


その紙をみるとエリウスは驚き、そのあとちょっと泣きそうな顔になり、でも幸せそうに笑った。

「ライナはほんと…変わらないね。」

と小さく呟いた。

「え?」

私は聞こえなかったので聞き返した。

「ううん、なんでもない!これやろうよ。」

「僕からね、質問その1『名前は?』」

「え、そこからやるの??これ別に考え始めるために一応書いただけなんだけど」

「いいのいいの」

「ライナよ、あなたは?」

「エリウス。王子エリウスだ」

「王子は余分よ。自分でいう?」

「だってあの時僕そう言わなかったっけ?」

「…」

これでうんって答えたら覚えてることになる気がして、私は素知らぬふりをした。

「はい、質問のその2『兄弟は?』」

「兄が2人いるわ」

「僕は今は1人弟がいるね。あの時と違って。」

「そうね。王妃様のお体が戻って本当に良かったわ。」

と私はしみじみと言った。

お父様も、子供を亡くして体調を崩された王妃様のことを大変心配していた。

「そうだね。最近は元気そうだよ。今度ライナも久々にお母様に会ってあげてよ。

この前すごくライナに会いたがってたよ。」

と言った。

「それって…」

このままの流れであったら絶対に結婚式の話とか色々されてしまう。

私はなんとしてでも拒否しようとしたが。

「まあ、まだはやいか。」

とエリウスは空気を読んだのかひいてくれた。



その後も私たちは、子供の頃に質問しあったことをもう一度質問しあった。なんだか8年前に戻ったみたいで、私の心はほんのりと温かくなっていた。


読んでくださりありがとうございました!

もし面白いと思ってくださった方がいらっしゃいましたら、ブックマークと評価もぜひお願いします♡

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ