3 生真面目な公爵令嬢、思案する
「いやいやいや。」
「いやいやいや。」
私は宮殿の中を怒られない程度の早歩きで、
妃教育の行われる自室に向かいながら何度も心の中で反芻した。
「エリウスが?私と仲良くしたい?」
「いい夫?」
ちょっとまってほしい。
私は今婚約破棄さえ考えたい状況なのだ。
それなのに、「いい夫」。
エリウスのことは嫌いではない。
むしろ小さい頃は好きな方だったと思う。
優しくて、いつもにこにこしてて、
私が喜ぶこと必死に考えてくれていたのは幼いながらにわかっていた。
でも結婚となると、どうも実感がわかない。
エリウスのことを男として好きかと聞かれたら、
「わからない」のである。
お父様にもお母様にも
「結婚してしまえばしっくりくるものよ。」
と言われ、それを信じて今まで妃教育も受けてきたが、
エリウス本人から「夫」という言葉が出てきて、
やっぱり自分の気持ちに整理がついていないことに気がついた。
「まあとりあえず、今日の妃教育を終えてから夜考えよう。
今は何より今日を終わらせたい…」
そう思い、私は執事を呼び、早めに講師に来てもらうように頼んだ。
ーーーーーー
その夜公爵邸に帰り、夜支度を整えて自室に戻りメイドのサティを呼んだ。
「ねえ、聞いてよサティ。」
「なんでしょう?」
「あのね、エリウス様が、ここ数年で初めて本当に2人きりの時間を作ってくれたの。
それで『これからはもっと仲良くしたい、いい夫になりたい。』
って言われたんだけど、どう思う?というかどういう意味だと思う?」
と聞くと一瞬サティは固まり
「そのままの意味ではないでしょうか?」
と答えた。
「そのままの意味って?」
と聞くとサティは呆れたように
「ライナ様と、昔のように仲良く過ごしたいのではないでしょうか?
婚約発表式からお二人はプライベートな話はされていないのでしょう?」
「そうね、あの日以降ずっと執事かメイド長が見張っていて、
会話は筒抜けだったから。
昔のような口調で、街で見つけた美味しいお菓子の屋台の話をしたら、
エリウス様がいなくなった後に執事長に怒られるだけでなく、
お父様にまでこっぴどく怒られたわ。
もう身分をわきまえろって。結婚するっていうのにひどいわよね。」
サティは私が小さい頃からついているメイドで、
私が泣きながら妃教育のために宮殿に通っていたことを、
嫌というほど知っている。私の方を見て、少し辛そうな顔をしながら
「お嬢様は、本当によく耐えてきましたよね…」
と言った。
「ここ数年、ずっとあまり話さなかった相手に、急に『前みたいに仲良く』とか『いい夫』とか言われたらどうすればいいかわからないわ。私逃げちゃったし」
「に…げた?」
「そう、逃げたわ」
「お嬢様…」
「ん?」
私はサティーの顔が固まってるのを久々にみた。
「…やはりエリウス様に好かれているのでは?」
「それはないでしょう?だって数年も仮面婚約者でほっとかれているのよ?」
「でも公爵家には毎月のようにきらびやかなドレスや靴そして宝石が山のように届くのですよ?」
「うーん、それは公爵家で宰相のお父様との縁を切らないためじゃないの?」
「いやそれだけであんな贈り物とどきます?」
「うーん…」
私は悩んだ。確かにあの量は異常だ。
でもただ単に国王様がお父様の体裁を保つために送らせている可能性も拭えない。
「まあそれはいいや、エリウスが私のことを好きか嫌いかはもういい。
とりあえず2人きりの時間私はどうすればいいと思う?」
「数年前までは皇太子様と一緒に仲良く遊ばれていましたよね?
その時のようにすれば良いのではないですか?」
「いや、あの時はだって!
5歳とかよ?泥団子とか砂のお城で楽しかった時期なの。
この年で泥団子はないでしょう?!本当に困ったわ。
とりあえず2人の時間をどう過ごすかが問題ね。」
私はまず明日の時間をどうするかを考えることに決めた。
とりあえず今日は妃教育の復習をして、なるべく早く寝なければ。
2人の時間のことは明日の馬車の中で考えよう。そう決めてサティを下がらせ、机に向かった。
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サティーは、あんなに嫌がってたのに、2人で過ごすのを拒否するとか、
婚約破棄を強行するとかは選択肢ないお嬢様は、やっぱり…?と内心思ったが、
そんな野暮なことは言わず、ライナが自分の気持ちに
気がつくまでもしくは蹴りがつくまではライナにとことん付き合おうことを決心するのだった。