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【短編】その他(ファンタジー・現実恋愛等) ※異世界恋愛以外

理系クラスの地味メガネ、衆人環視の中『まさかの誤爆』でヒロインになる


「我々の書く少女漫画には、リアリティーが足りないと思わない?」



 丸山田高校、漫画研究部。

 全部員が女子、総数三名から成る漫研部に、未だかつて彼氏がいた者はいない。


「つまり我々の作品はひとえに、妄想を垂れ流しているに過ぎない! と、いうことです」


 部長の冴子は熱く語り、右手から垂れた細い紙の切れ端をひらひらと振ると、部員達に向かって差し出した。


「要は厨二病の劣化版。まずはリアルで王道を経験してこそ、現実に即した応用が効くというもの! ……はい、どうぞ」


 漫研部員全員、ひとり一本ずつ強制的にクジを引かされるらしい。

 嫌な予感しかしないが、引いて引いてと目の前に付き出された私は、一番手前の紙を嫌々つまんだ。


 残りの一人も渋い顔をしながら恐る恐る引いていき、部長である冴子自身もまた、余った一枚を嬉しそうに握りしめる。


「それでは見られないよう、こっそりと確認してください!」


 言い出しっぺの冴子を含む部員達は、自分だけに分かるよう、折り畳まれたクジの端をそうっとめくった。


 私の手元にある紙には……【当選】の赤い文字。

 嫌な予感がして冴子を見ると、黒板に何やら書いている。


 72時間で完結する、『少女漫画テンプレデスマーチ』


 で、デスマーチ!?

 何をするのかは分からないが、漂う不穏な気配に、私は頬を引き攣らせた。


「当選された方は挙手願います」


 たまに高校の周りを馬が歩く片田舎……部長の冴子は、大地主の一人娘。

 肩まであるワンレン黒髪を一本に結い、虚偽申告は許さぬとばかりに圧を放って()めつける。


 逃げたら最後、ペナルティが課されそうだな……。

 仕方無く、おずおずと手を挙げた私に、冴子はにこりと微笑んだ。


「おめでとうございます! イケニ……こほん、ヒロイン役は【吉野理子】さん貴女です!」


 お題はすべて王道の、少女漫画ヒロインのテンプレート。

 そう、本企画は、為し得る限りの『お題』を72時間以内に消化し、彼氏ができるか検証するものである!


「……は、はぁあああ!?」


 今一瞬、生贄って言ったよね!?


 嬉しそうに発表する冴子に、慄く私。

 今時珍しい、ビン底黒縁メガネがトレードマークの地味めな陰キャ。


 自他ともに認めるモブキャラである私をメインヒロインに抜擢するなど、大冒険もいいところである。


 当選を無かった事にすべくもう一人の部員……ハム野へと視線を向けるが、なぜだか不自然に目が合わない。

 交代する気はないらしく、校庭を眺めながら理子へと拍手を送っている。


 え、これ本当にやるの!?


 年齢イコール彼氏いない歴。

 妄想恋人はいつだって二次元男子。

 腐女子といっても過言ではない私に、たった72時間で彼氏が出来るとでも!?


 検証するまでもないのでは!? と冴子に視線で訴えるが、素敵な微笑みを返されてしまった。


「最初のお題は『食パンダッシュ』です」

「えぇッ!? 食パンくわえて、ぶつかるやつ!? ……昭和感がすごいんですが」

「……ターゲットは野球部の佐川。明日は自転車のパンクによりバス通学です」

「佐川って誰なの!?」


 時間もターゲットの顔も分からず戸惑う私に、冴子は舌打ちをする。


「野球部の朝練とバス到着時刻……この二つが適度に重なり合う時間に、正門前十字路を歩く『五分刈り』を探せ」


 神託のように厳かな声で告げる冴子。


 適度に重なり合う時間ってなんなんだ。

 だがなるほど、とりあえず五分刈りにぶつかればいいのか。


 一瞬納得しかけるが、そもそも私にとってデメリットしかないのでは?


「あの、部長。悲惨な未来しか見えません。もう少し違う方法で検証してはいかがでしょうか」


 勇気を出して恐々聞くと、冴子は急に教壇へと手を突き、血を吐くように悲痛な声で叫んだ。


「私だってそうしたい気持ちはやまやまなのだ……! だが聞いて欲しい。これを実行しないと我らが漫研部は、来年度同好会へ格下げになります!!」

「ええっ!?」


 同好会へ、格下げ!?

 知っていたのだろうか、ハム野を振り返ると悲し気に項垂れている。


「生徒会から死ぬ気でもぎ取った、漫研部継続条件……それが、本検証です!」

「こ、これが!? もっと他に無かったんですか!?」

「最有力案を撥ね除けられ、やっと承認にこぎつけたのが、コレです」


 申し訳なさそうに告げる冴子。

 泣くのを堪えているのだろうか、両手で顔をおおったハム野の肩が小刻みに震えている。


「確かに悲惨な未来が待っているかもしれない。だがリア充への道が拓けるかもしれない。理子、君次第だ」

「さ、冴子部長……!」

「本来であれば部長の私が、最もテンプレ素養のある者を指名すれば済む話。だが今回の責任を重く考え、敢えて私自身も参加し、くじ引きという公平な手段を取らせてもらった。……悪く思わないでくれ」

「部長!! 私……、私、頑張ります!!」


 ガシリと抱き合う私と冴子。

 そしてそれを見守る、最近お菓子を食べ過ぎて、ぽっちゃり気味のハム野。

 二人に感動したのか、ハム野はハンカチで目頭を押さえ頷いている。


 ……こうして私は半ば強制的に、『少女漫画テンプレデスマーチ』という名の地獄を、実行する羽目になったのである。



 ***



 その夜私は、クラスのグループチャットで野球部の朝練時間を確認した後、緊張に震える指で文字を打った。


【決行宣言】※少女漫画テンプレデスマーチ

 日時:明日午前七時十二分

 場所:正門前十字路

 お題:食パンダッシュ

 ターゲット:野球部佐川


 明日のターゲットは、野球部の『五分刈り』佐川。


 ……いやだから佐川って、誰。


 中学生の頃から青春を捧げて来た二次元の推しキャラが、ヒロインとゴールインしたのは、わずか一か月前。

 失恋のショックで何もする気が起きず、怠惰な生活を送っていた理子だったが、漫研部救済企画の使命に燃え、久しぶりに気力に満ちあふれている。


 勢いよく送信ボタンを押し、漫画研究部のグルチャに投下したその直後、瞬く間に既読がついた。


 ん?


 普段は丸一日、未読放置されることも珍しくない漫研グルチャ。

 三人しかいないはずのグルチャにも関わらず、既読のカウントアップがあまりに早く、違和感を覚える。


 んん……?

 3、4、5、6、7、8……はち?

 は、はち!?


 見えざる八人目の部員が既読をつけた辺りで気付いておけば、まだ傷口は浅かったのだが、わたわたと焦っている間にどんどん既読数が増えていく。


 嫌な予感に恐る恐るチャット名を確認すると、そこには『二年三組グループチャット』のタイトル名。


 ……投下先、切り替えるの、忘れてた?


 一瞬で血の気が引き、鼓動が耳の奥でドカドカと鳴り響く。

 既読数が十七に達したところで、私は震える指を画面に沿わせ、送信取消ボタンをポチりと押した。


 無言で同じ内容を漫研のチャットに投下すると、勉強机の上にそっとスマホを置く。


「うわああぁぁあぁあッ!」


 自室のベッドで奇声を発しながら悶絶するうち転がり落ちて、頭を床に強打する。


 七転八倒する私を、部屋を覗いた弟の兼久がゴミを視るような眼差しで貫き、無言でドアを閉め去って行った。


 やってしまった……。

 ぐああぁ、やらかしてしまったぁぁ!


 青ざめて削除するも、時既に遅しの既読十七件。


 見事クジ引きで選ばれた理系クラスの地味メガネJK……つまり私は、最初のお題『食パンダッシュ』の決行宣言を、クラスチャットに『誤爆』した。


 秘めやかに検証されるはずの恋愛方程式はこれにより、クラスメイト達を巻き込んだ一大プロジェクトへと発展していくのである。


 ――そして翌朝、衆人監視の中。


 ヒロインになった私を、クラスメイトたちが待ち伏せする。



 ***



『ターゲット、交差点まで約十メートル』


 握りしめ変形した食パンを咥え、青々とした生垣で見通しが悪い十字路に向かい、加速しながら左折する。


 野球部の朝練と、自転車のパンクによるバス登校。

 この二つの条件が奇跡的に揃ったのが、まさに今日、今この時だった。


 ターゲット佐川とぶつかり、ヒロインテンプレ的には脳内をえぐるような印象を刻みつけた上で、学校で再開しハートを鷲掴みに……まったく出来る気がしないが、万が一という事もある。


 そんな妄想を大爆発させながら交差点に差し掛かった瞬間、『五分刈り』が二つ、目に入った。


 ふ、ふたつ!? 

 まずい、どっちだ――!?

 頭フル回転で交互に見遣る。


 ど、どっちの『五分刈り』が佐川――!?


 ブレる視界でターゲット『佐川』の名札を見つけ、方向を定めたところで、足元が疎かになってしまった。

 道路の亀裂につま先が突っ込み、前のめりになった勢いのまま、私の身体がフワリと宙に浮く。


「えっ、ち、ちょ……あぶッ!?」


 突然地面と並行になった視界に状況を把握できず、空中で藻掻くと、横から飛び出してきた乱入者が私を抱き留め、地面に転がる。

 慌てて顔を上げると、反応に窮して立ち尽くすターゲットと視線が交差した。


 失敗してしまった……!!


 目標まで到達出来ず涙目になりながら、では私を抱き留めた乱入者は誰ぞと見遣ると――。


「和也!?」


 無駄にガタイの良い柔道部主将、幼馴染の和也である。

 純和風の武士のような顔つきに、一般男子が見上げる程の体格。

 脳筋強面、ガチムチマッチョを体現する和也の腕に、私の小さな身体がすっぽりと埋まっている。


 勢いよく転倒しそうになった私を、受け身を取って助けてくれたらしい。


「理子、眼鏡がずれてる」

「うわぁっ!!」


 ずれかけた眼鏡を元に戻してくれた和也との、距離の近さに驚き慌て、弾かれたように私は立ち上がった。


「あ、ありがとう? え、でも、なんでこんな朝早く登校を!?」

「……自分の胸に手を当てて、よく考えてみろ」


 ちらりと声のした方向を見遣ると、生徒会長の水島が呆れ顔で立っていた。

 漫研部をして『陰険細メガネ』と称される彼もまた、理子の幼馴染。

 祖父は学園の理事長。

 冴子に負けずとも劣らない、地元きってのお金持ちである。


 親同士も同級生という勝手知ったる竹馬の友は、やれやれと短く息を吐き、メガネの極細金フレームを輝かせながら、威張るように腕組みをした。


「……スカートの下にジャージを着ている時点で、お前はアウトだ」

「はぁッ!?」


 偉そうにダメ出しをする、お前のワイシャツぐっしゃぐしゃだけどな!

 そう言いたいのを我慢しながら、私は地面に落ちたパンを拾い上げる。


 検証結果を書き留めているのだろうか。

 来た道を振り返ると、漫研部員達が画板の上でなにやら熱心に書き込んでいた。


 ふと、和也に目を向け……そこで私は我に返る。


「あれ? 二人とも、何でいるの?」


 なぜか居合わせた幼馴染達。

 理子が唯一まともに話せる男子生徒……そういえば二人ともクラスメイトである。


 私の発言に、和也と水島は顔を見合わせ、呆れたように溜息を吐いた。


「昨日自分で宣言しただろうが。野球部の朝練時間を聞いた直後にあんな書き込みをして……しかもターゲットが佐川だと!? あの後、クラスチャットは祭り状態だったぞ?」


 その言葉に、スカートに付いた土を払っていた私はぴたりと動きを止めた。

 ターゲットもいるのに、大きな声で何言ってんの!?


「……なんのことでしょう? もしかして昨日私が被害にあった『アカウント乗っ取り』の件ですか?」

「何が、『アカウント乗っ取り』だよ。どうみても誤爆だろうが」

「み、見たのね! ひどい!」

「そりゃあ見るだろ……みんな心配してたぞ」


 え、みんな?


 改めて見廻すと、生垣から覗く者、交差点の角に潜む者、電柱の陰から見守る者……クラスメイト達がそこかしこに潜んでいる。


 ネジの錆びたロボットのように鈍く顔を動かし、ターゲット佐川へと視線を投げかけると、ぎこちない笑みを返された挙げ句、ささっと目を逸らされてしまう。


「うわぁぁぁぁん、なにこれッ! なになになに、やだ、みんな見てたの!?」


 あまりの恥ずかしさに涙目で叫ぶと、和也が珍しく口を濁した。


「……しかも佐川は彼女持ちだ」


 驚いて声も出ない私に、電柱の陰から顔を覗かせた可愛らしい野球部マネージャーが、ペコリと礼儀正しくお辞儀をする。


 なんで彼女持ちをターゲットに指定した!?

 気力が萎え、もはや息も絶え絶えである。


 ……どうしてだろう。

 さっきあんなにパンを食べたのに、全然力が出てこない。


 ぐしゃりと膝から崩れ落ちた私を憐れに思ったのか、何故か仁王立ちの水島が、偉そうに問いかけてきた。


「参考までに聞いてやろう。お前の希望条件はなんだ」

「はぁっ!?」


 突然おかしなことを言い出した竹馬の友。

 ずっと二次元男子に恋をしていたから、希望条件だなんて、そんなこと考えた事も無かった。


「……敢えて言うなら、顔かな」


 やっぱり見開きに耐えられるビジュアルは大事です、と独り言つ。


 わざわざ早起きをして、面白半ぶ……コトの成り行きを見守っていた男子生徒の過半数が、結局顔かよ!? とその回答に歯噛みした。


「後は頭が良くて、御曹司とかなら尚良しです」


 すわ、地味メガネっ子によるNTRイベント発生かと昨夜からわくわく心待ちにしていた女子生徒の大半が、分かるぅ~! と潜む先で各々小さく頷き合う。


「さらに、適度に筋肉が付いたスリム系スポーツマンで……い、いたっ、イタタタ」


 まだまだ沢山あるのだが、そこまで言ったところで、スリム系スポーツマンとは程遠い、ガチムチ系柔道部主将の和也が私の耳をつまんだ。


「……よし、そこまでだ。愚かな『誤爆』娘にはご退場願おうか」

「は? 何でよ、ちょっと待って食パンダッシュは!? お、おろし……はぁあ!?」


 そのまま米俵のように担ぎ上げられ、教室へと直行する私。

 目が合わないターゲットに向かって手を伸ばし、和也の上で叫ぶ私を、潜むクラスメイト達が生温かく見守った。


 検証結果は微妙だったけど、最初のお題はクリアってことで……いいよね?


 後方に見えるは、大きく両手で丸を作る部長の冴子。

 冴子の隣に控える副部長の、ぽっちゃり女子……ハム野に目を向けると、親指をピッと立てて最高の笑顔で頷いた。



 ***



(SIDE:漫研部)


「複数テンプレを、初日でおまとめ回収……だと?」


 冴子は画板にセットされたチェックシートへと、熱心に書き入れる。


「まさかまさかですね! やる女だとは思ってましたが、これほどとは!」

「くじ引き全部、【当選】にした甲斐があったな!」

「いやぁ冴子部長、さすがの御慧眼です。昨日は途中から、笑いを堪えるのに必死でしたよ!」


 嬉しそうに、ぽっちゃりハム野が検証結果の考察を追記する。

 俵担ぎで和也に連れ去られる理子の後方で、密談しながらほくそ笑む漫研部員達……そう、先日のくじ引き、実は全てが【当選】と書かれた出来レース。


 テンプレ検証をするならヒロインは理子しかいないだろう、と白羽の矢を立て、今に至る。


 なお素直な性格なので、他メンバーのクジ結果を確認する事もないだろう。

 冴子の言葉を鵜呑みにし、ちょろヒロインとしての座を確立してくれるに違いないと予測し、思った通りの結果となった。


「これで、来年度の部費も安泰ですな」


 笑いが止まらない二人に、遠くから理子が怪訝そうに視線を送っているが、知った事ではない。


 まぁ頑張ったから、オッケー出しとくか。

 そう呟いて冴子が大きく両手で丸を作り、続けてハム野が親指をピッと立てて最高の笑顔を送る。


 さあ、引き続き検証だ!!

 長そうで短い72時間の闘い。


 検証結果を見守るだけの二人は決意新たに、ガシリと手を重ね合わせたのである。



【これまでの達成状況】

 ①食パンダッシュ   --- 済

 ②ヒロインはドジっ子 --- 済


【次なる候補者】

 ……未定(フラグ的には和也が濃厚?)






目を留めてくださり、ありがとうございました。

異世界版『食パンダッシュ』の短編もございますので、是非ご覧ください。


そしてそして、お気に召した分だけ下の『☆☆☆☆☆』で評価頂けますと、とても嬉しく励みになります!

お楽しみ頂けましたら幸いです(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*


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