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ペトリコール

作者: タニシ

雨が降ったあとのにおいって印象に残りますよね。

ペトリコール


深夜。雨が上がったアスファルトからは独特のにおいがする。

「ペトリコールって言うんだよ」

いつだったか、別れた恋人が教えてくれたのを思い出していた。

商店街の店舗はほとんど閉まっている。真ん中の車道には車が走っていない。心ばかりの水たまりが信号の光を反射している。青になったと思ったら、黄。赤。そしてまた青。揺らいだ光たちは忙しなく色を変えていく。


私は商店街を歩いていた。仕事帰りに居酒屋に寄って、帰宅する途中、なんだか遠回りをしてみたくなり、わざと家とは反対側の駅の方まで歩き出した。途中で意味もなく横断歩道で立ち止まったり、馴染みの中華料理屋の看板をまじまじと眺めてみたり。飲み屋街の方からは賑やかな歌声や笑い声が聞こえてきたり。

駅にたどり着くと、待合室は無人だった。一応照明は点いている。床にどこかの施設のチケットが落ちていた。私はそれを拾ってゴミ箱へ捨てると、真ん中の椅子に腰掛けた。

終電は発車してしまったので電車は来ない。

友人に、「待合室で電車を待たずに過ごしていることがある」と告白したとき、友人は心からメンタルの心配をしてきた。まあそういう人もいるだろう、と私は思った。

いつだって私は少数派だ。

いつだって不思議がられる。面白い人だと受け入れてくれる人もいるし、関わりたくないと距離を置こうとする人もいる。

どちらにしても私の人生にはそこまで支障はない。


待合室でしばらくぼーっとしていると、スマートホンが鳴った。通知を見ると、職場の後輩からだった。URLが貼付されている。クリックしてみると、お互いが好きなミュージシャンのページに飛んだ。新曲を出したらしい。

『常念さんが好きそうな曲でした』

メッセージも追加で来ている。

私はスマートホンでその新曲を再生した。どうせ誰もいない。目を閉じる。3分45秒のその曲は、バラード調の応援歌だった。相変わらず歌詞の内容はシリアスで、万人受けをするような感じではない。そこがたまらなく好きだった。この人たちは、"私たちみたいなの"を痛いほど理解している。そして、きっと"私たち"に刺されば良いと思って曲を作っている。


私はゆっくりと立ち上がって待合室を出た。来た道を戻るように商店街を歩く。遠くの方で救急車の音が聞こえる。

帰ったら、折りたたみ傘を広げておかなければ、とか考える。あと、明日の弁当を作らないと。冷凍ご飯はあったんだっけ。あ、トイレットペーパーがもう少しで無くなりそうだった。

一つ思い出すと付随するようにいろんなことが頭に浮かぶ。

別段何もない日。もしくは、毎日何かを抱えたり、羨んだり、嫌になったりしているから、特別でも何でも無くなっている。今日を一日生きたことにスタンディングオベーション。私はどうせ明日も私のまま。何をどうしたってそれは変わらない。


まあとりあえず、今日は寝る前にさっきの曲を聞いて眠りにつければ、全部オッケーかな。


水たまりをジャンプする。

どうせ誰も見ていない。

見ていたとしたら、それはたぶん、雲がかかっている半月だけ。


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