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短編まとめ

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

作者: よもぎ

どうも、転生者です。

強欲な義妹と義母のおかげで家から追放されたので住所不明無職って肩書もつきます。

ただわたし全然困ってないのよね。



生い立ちを話すけど、しがない伯爵家の長女として生まれたの。

両親は見本か?と疑うレベルで疎遠な政略結婚夫婦。

お父様は随分前から愛人を住まわせた別宅に住んでるような状態で、お母様はわたしにほぼ興味なし。

同居してる祖父が家庭教師の差配とかをしてたくらい。

多分祖父がいなかったら色々やばかったんじゃないかな?


で、祖父が先に亡くなって。

その翌日に、母が亡くなった。

どちらも同じ流行り病。

国全体を襲ったその病は、結果として異国では特効薬のある病だったから、急遽その薬が輸入されてなんとか国民の一割未満が死ぬ程度で済んだ。

国としては痛手だったけど致命傷じゃない。

けどわたしとしては、まあ、追放の原因になったのよね。


よくある話だけど、お母様が亡くなって喪が明けるより前に愛人と愛人の子を引き連れたお父様が帰宅したわ。

お二人が亡くなった時、既に嫌な予感がしていたから貴重品と多少の金銭は確保してた。

収納のスキル持ちなものだから、その気になればこの家の財産くらいはまるっと持ち出せるんだけどね。

だからまあ、万が一のためにって食料も調味料も、思いつく限りは少しずつ収納に放り込んでおいた。

それが功を奏したって感じ。




義妹はわたしのものを欲しがったわ。

大事なものは収納に入れてあるし、普段身に着けてるのは簡素なドレスに銀の髪飾りくらいだから別に欲しがるなら恵んで差し上げてよ?って嫌な気にもならなかったわ。

お母様のドレスだって別段思い入れないし。

いや、宝石の類は亡くなってちょっとしてから大半収納に入れたから思い入れはないけど執着はあったかも。

だって、お高いモノだし。


愛人は愛人で、やっと本家の財産を好き勝手出来るとなって調子に乗ってあれこれ贅沢してたわ。

使用人たちの表情がどんどんなくなっていくのが面白かった。

こんなワガママ三昧の平民女が奥様なんてヤダって気持ちだったでしょうね。

逆らったら職を失うから感情なく従ってるだけって感じだった。


で。お父様は仕事なんかしてなかった。

元々伯爵家の仕事はお母様が引き継いでやってたから分からなかったのかもね。跡取り教育受けたはずなのにね?

だからじわじわ傾いていってた。

一応わたしは跡取りとしての教育受けていたけど、未成年が執務に励むのは違法なので、ね。

貴族の成人と認められる十八歳まではわたしは家の仕事を主体として行うわけにはいかない。

なのでずるずる地滑りするみたいに家は没落していっていた。


その間、義妹と義弟、愛人は、わたしが諸悪の根源で、本妻の子だからってだけで虐げてくるのだとお父様に嘘を言いまくってたのよね。

社交の場でもないのにキンキラキンの宝石や金の装飾品をこれでもかとつけて、豪奢なドレスに服を着ている人たちが、どう虐げられてるのかしら。

わたしはいつでも質素な服を着ていたんだけど?

食事も、あの人たちと食べるのは気分が悪いから、使用人たちのところで一緒にまかない食べてたわ。こっちのほうがおいしいし。

あの人たちの食事、見た目は豪華だけど味が濃すぎて舌がおかしくなりそうなのよね。料理長は敢えてそうしてるんだろうけど。



ま、お父様は脳無しなので、愛人たちの言うことを妄信したってわけ。

俺の真実の愛を蔑ろにするようなのは跡取りじゃない出ていけ!ってポイ。

トドメになった、義妹をわたしが階段から突き飛ばしたって嘘も、杜撰よねえ。

ケガ一つしてなかったじゃないのよ。しかもその時わたしは庭にいたし。

せめて加害者が二階にいる時にやんなさいよ。




ともあれ自由の身。

当主用の判子も私が持ってるので、とりあえず王宮とかにお手紙は出そう。

貴族院にも届け出の出されてる嫡子を追い出して、平民との間に作った庶子を跡継ぎにしようとしてる。その上当主の仕事はお母様が私を妊娠して以来、十六年間、一度もしてません、ってチクっとく。

判子も同封して、わたしは後のことなんて知りませんよとアピールもしときましょうね。



目立つ髪色でも目の色でもないので、サクッと出国できた。

平民は戸籍を示すものなんて持ってないからね。

犯罪者が必ず体に刻まれる入れ墨さえなければ簡単に出られる。


お母様が亡くなって以来ため込んできた小銭はそれなりの額だし、貴金属の類もそれなりに。銀の装飾品もそこそこ持ってる。

外国語も話せるのでどこまででも逃げて生きていく所存。


というか、わたしの収納って時間停止がついてるのよね。

収納スキルの持ち主は数いれど、時間停止付きは三割を超えない。

おまけに収納できる量は多分無限に近い。

小さい頃にこっそり抜け出して、近所の湖の水を収納してみたら、相当広い湖だったのに干上がったのよ。底まで綺麗に水が抜けてお魚がビチビチしてたから慌ててもとに戻したわ。


おまけに氷の魔法とかもスキルとして持ってるの。

スキル複数持ちって珍しいんだけど、お父様はご存じなかったみたいね。

ほ~んと脳がないんだから。



そういうわけで、行商人になります!

拠点にするのは絶対海のある街。

追放が近付いてきてる間に目星はつけてる。

味噌とか醤油だろう調味料が生産されてる、日本風な小国がちょうど海に面してるから、そこまで一直線。

その国には植物性の油を輸入する。

揚げ物!唐揚げにてんぷらにフライを食べるぞ!


わたしは出国した先の街で馬を買って、その子に乗って旅をすることにした。








飼い葉も水も収納に入れておけるので、旅は大変身軽かつ快適だった。

日々の食事だって、立ち寄った街で買っておいた料理を食べられる。

ジュースだっていつでも搾りたて。季節外れの果物も、旬のうちに買っておいたものがいつでも食べられる。

あら?貴族してた頃よりいい生活かも。


途中途中で、植物油を購入することも忘れない。

感覚で分かるんだけど、樽五つ分くらい買って収納にしまっても全然余裕があるのよね。大型倉庫に小さい段ボール置いただけくらい?ほんと規格外。転生チートってやつだわきっと。



夏の間は氷魔法で氷を売ったりもした。

都会なら氷屋があって便利だけど、小規模な町だとそんなものはない。村ならもっとね。

だけどわたしは都会価格よりも安い氷を大量に売った。

拠点にする街に持っていきたい商品を探す合間合間に、露店を開いて、そこで求められるまま売りまくった。

長くいるわけじゃないけど、一時便利になるものだから、数少ない時間停止付きの収納スキル持ちを引っ張ってきて、収納できるかぎりまで氷を詰めさせる人々が多かったこと。

ま、この世界で一番多いスキルだもんね、収納持ち。三割の時間停止付きも大抵の人里にはいるか。

でも大抵はそんなメチャクチャ多く収納できるわけじゃないからひと夏が限界だろうけど、それでも助かる人がいるのだから人助けってやつね。


ちなみに私はカンナを応用して特注したかき氷機でかき氷を楽しんでた。

シロップだって砂糖の安い国を通ったから存分に作れたんだもん。

真夏の昼間にぬるい風が吹く中、宿でかき氷をエンジョイしたわ。



砂糖に香辛料、植物油に良質な畜肉。

商材としてはこんなもので、他にはおいしかったチーズだの甘くて気に入ったオレンジだのあれこれ仕入れた。

それ以外でも一応、医療大国を通った時に効能のいい薬とかも。

傷薬とか痛み止めを自分用にね。解熱剤とかも。


そんな感じでポクポク馬を進めて季節は冬。半年以上かけて辿り着いた海辺の国、港町。

寒いは寒いけど潮風はそこまで厳しいわけじゃないし、懐かしい醤油と味噌の匂いがする。

しかもこの国はジャポニカ米の産地!

つまり米食!

さっそく評判をあれこれ聞いて、地元民に愛される名店であるという定食屋へ。



「らっしゃい」



店主は四十路くらいのおじさんで、十代後半か二十代前半くらいのお兄さんと厨房にいる。

わたしよりちょっぴり年下くらいのお嬢ちゃんが注文を取りに来てくれたので、お魚の料理が食べたいとお任せ注文してみた。

そうしたら出てきたのはサバらしい魚の味噌煮と小鉢料理、ごはん、お味噌汁の定食。



「うちは骨もちゃんと取ってるので食べやすいですよ~」

「そうなの?ありがたいわ」

「は~い。ごゆっくり~」



店内は昼前だけど程々な混雑。

人が並ぶほどではないけど空いてる席が目立つわけでもない。

そもそもこの町がそこまで大きくないので、この感じは普通に繁盛してるわよね。

食べてる間に(とってもおいしい!)鍋を持ってきて料理を持ち帰る主婦らしき人もいたので、地元の人にとってもいいお店なんだろうな。

食べ終わった後に聞いたら、ランチタイムとディナータイムだけ営業していて、朝は大体の店はやってないしこのお店もやってないそう。朝市があるから。

なら困らないな、と、思って、そこそこ良い宿に泊まることに決めた。

基本あの店でご飯を食べるつもりなので素泊まりで一週間。

その間に家を決めるのだ。



翌朝は朝市で焼き魚やあら汁などを買い求めて、不動産屋的な商会へ。

日本と違って家を持っていても毎年税金が~なんてことはない。買う時に全部払うからだ。

なので道中でお金を貯めてきたのである。


ただ、商人としてあちこち巡る予定がある、と言ったら、ならどこかに間借りするのが一番いいかもしれないと伝えられた。

契約のスキルで細かい取り決めをしておけば、借りた部屋に何を置いていても盗まれたりいじくられたりしないし。

家を買う場合は留守だと知れると泥棒が入ることもあるけど、間借りなら貸し出し主は住んでるわけなので安心だ、と。

なるほどねえ。

しかも間借りなら宿屋に泊まり続けるよりずいぶんお手頃な値段だそう。

数十年単位だとそりゃ戸建てを買うのがいいけど、行商はそんなにしないでしょうし、旅に出る間だけでもこっちのほうが、と勧められた。


じゃあそっちで、と言うと、何枚かの紙を持ってきてくれた。

今間借りを出来る家の情報らしい。

それをぱらぱらめくっていたら、昨日ご飯を食べた定食屋も間借りが出来ると分かった。

これってば運命じゃない?

それに、ここで縁を作れば揚げ物料理とか作ってくれそう。

というわけでこの物件がいいです!と主張してみたら、じゃあランチとディナーの間の時間に行きましょう!となった。

まあ、わたしはランチはあのお店に行くんだけどね。




今日は西京焼きみたいなランチだった。おいしゅうございました。

食後に少し出歩いて、約束の時間になったら商会にいって一緒に話し合いに出向く。

二日目にして慣れてくれているお嬢ちゃんや厨房のお二人と、テーブル席でお見合いな感じで座って話をする。



「そんな若いのに商売人か。なら余計に間借りのがいいわな」



渋いお声の店主らしいおじさんは腕組みして唸る。

苦労してるんだな……と言いたげにこっちを見てくるので、にこっとしておく。



「でも親父、うちは母ちゃんがいないから女の子の世話なんて難しいんじゃないか?」

「わたしいるもん!」

「エリナだって同い年くらいだろうが」



ほう、エリナちゃんと申すか。可愛い名前だ。

わたしはアリサだからちょっと姉妹みがあるな?

商会の人はあれこれ条件を確認して、結局のところ女性の間借りを断っていなかったことを引き出した。

実際紙に書いてなかったもんね。



「お嬢ちゃんはいいのかい?ウチは営業中ずっと騒がしいし、夜寝るのが早けりゃ朝も早い。

 メシだって割引はしてやれねえし、ほんとに一部屋貸すだけなんだ」

「構いません。決まった寝床があるだけでもほんと助かるので」

「そうか……おい、エリナ」

「ん?」

「お嬢ちゃんと仲良くできそうか?」

「するー!!」



にこーっと笑ってうんうん頷いてる。

この子、本当に人懐っこい性格してるんだなあ。


あ、そういえば、と、折角なので自分を間借りさせるメリットなんかを話しておく。

時間停止の収納持ちで、氷魔法のスキルも持ってて。

あちこちで商品を買ってあるので欲しいものがあれば優先的に売ることも出来る。

逆に、収納して欲しい食材とかそういうのを預かることも出来る。

これは半分予想されていたみたいで、商人ならそうだよなあ、って顔をされた。

お近づきの印に、と、少し遠い国で気に入って買ってあったチーズケーキを切り分けてお出しすると、この辺りにはないスイーツなので驚かれた。



「うまいな」

「わたしの収納って結構大きいし、こういうものも自分用で持ってるんですよね」

「ほかにも料理に使えそうな商材は持ってるのか」

「はい。油もたくさん仕入れてますし、今食べてるケーキに使えるチーズとかも。

 あとは農村で牛とか豚、鳥のいいお肉も仕入れてます」



あ、店主さんは落ちたな。エリナちゃんそっくりな感じでうんうん頷いてる。

残る青年はというと、頭をぼりぼりかいて、



「まずはひと月お試しだ。すぐ本決定じゃお互い嫌だった時困るだろ」



真面目な人なんだな。

多分、自分たちは困らないけど、わたしが困った時助けようがない、とか思ってそう。

お兄さんが思ってるほど繊細じゃないけどね!

だから大丈夫なんだけどね!







長旅ですっかりあれこれ世間に慣れてしまったわたしの朝は早い。

あれから色々契約も済ませて、定食屋の二階の一室に間借りすることになったけど、一週間もしない間に馴染んだ。

朝なんて身支度したら親父さんが仕入れてきた食材での朝ごはんを皆で食べるくらい。もう家族じゃん。

卵なんかはこの町でも養鶏してるのでたくさん手に入るようで、目玉焼きが定番。そこに時々、わたしが仕入れてきたベーコンを使ってもらって、ベーコンエッグにしてもらったりする。

お貴族様とか高級レストランに卸す農場から直に買ったベーコンは、保存性より味を重視した逸品で、時間停止付き収納を持つわたしでなければここまで持ち込めないものだ。

20キロほど買ってあるのでどんどん使ってもらってもしばらく持つ。



で、お店の営業準備に入ったあとはぷらぷら歩いて町の人に聞き取り調査だ。

仕入れて欲しいものだとか、こんなのがあったら便利だとか、そういうのを聞いて、春になったら仕入れの旅に出る。


馬は馬屋で預かってもらってるので、毎日会いにいってブラッシングしてあげてる。

こういうお世話が信頼関係に大事なのよね。



他にも、早速卸した食用油の再利用方法も事業として始めてみた。

何度か使いまわしてすっかりダメになった油も、石鹸にできるのだ。

これは前世で作ったことが何度かある。もったいない精神で。

けど前世ではやっぱりプロの石鹸のほうがいいわ~となったわけで。

しかしここの基準ではプロ石鹸なのだ。わたしが覚えてるレシピでもね!

なのでレシピを書き出して寡婦や若妻を中心として雇い入れて、指導する。

これにはさすがに間借りの部屋じゃ無理なので、工房として納屋を借りた。


スキルのあるこの世界、乾燥だの火魔法だので色々スキップできる。

けど、わたしはあえてスキルを使わずに作ってもらっている。

だって、スキルに頼り過ぎたらスキル持ちがいなくなった時作れなくなるじゃん。

スキルは遺伝しやすいけど絶対じゃないので。


今はまだお試しだけど、きちんとお給金は支払ってる。

そこまで高い値段で売るつもりもないのでちょっぴり安い気がするけど、暇な時間で出来て家計の足しになると喜ばれているのが幸い。

一人だけじゃ長々やるしかない作業も、交代交代でやるなら一人頭の作業時間は少ないもんね。


今は輸入品でお高い、けど買うしかない石鹸だけど、地元で作れるようになれば逆に出荷の目まである。

お風呂に入る時に必ず使うあたり、日本人魂を感じるわ。

わたしも使ってるもんね。



そう、お風呂があるのだ。公衆浴場。

この町は海辺だけど、どこかしかに火山でもあるのか温泉が湧いてる。

それをかけ流しにしてお風呂にしているわけだ。

広々した湯船に洗い場、脱衣所は綺麗に掃除されていて気持ちがいい。

この浴場があるからどの家庭にもお風呂はない。

皆毎日のようにここへ来てリフレッシュしていくのだ。


お風呂は朝から晩まで入場一回につき銅貨三枚。タオルとかは持ち込み。

湯上りには川の水で冷やしたお茶が銅貨一枚で飲み放題。

リーズナブルなので大変気に入ってます。



公衆浴場でもわたしは社交的に話しかけてあれこれ涼みながら情報収集する。

このあたりの街は立地上というか、海が近い関係から畜肉が普及していない。

魚が季節問わずたくさん獲れるのは勿論関係あるけど、それ以上に厳しいのは牧草などのエサが育つ環境じゃないから。

土そのものは良質だし水にも困らないから米だの野菜だのは豊作だけど、牛や豚の餌にするのはちょっと、って感じだそう。

鶏はどちらかというと卵が目的で、そのお肉も育ててる人が最終処分として食べるとか。

市場に出回りはするけど、硬いので不人気で仕入れ値にちょっと色を付けた薄利多売みたいな売り方をしている。


な~んだそれは、もったいないぞ。


お肉はちょっと漬け込んだりすれば柔らかくなるし、揚げ物にするには鶏肉ってめちゃくちゃ向いてるんだが?

と来れば、わたしの出番である。

肉屋で鶏肉を大量購入して、露店のとりまとめ商会に露店を借りる。

鶏肉は部位とか関係なく一口サイズに切って、フォークでさくさくく刺して、調味料各種と一緒に皮袋に放り込んで寝かせる。勿論氷魔法で作ったクラッシュアイスで腐敗防止!

そうしたら簡易かまどに揚げ鍋を設置し、油を投入。薪に火をつけて油を熱し始める。


既に町では「変わり者の商人ちゃん」として知られ始めているので、わたしが唐突に露店を開いたとなれば見に来る暇人もいる。

しめしめと思いながら漬け込みの終わった鶏肉入りの皮袋に片栗粉もどきを放り込んで、手早くもみもみ。

適切な温度にあったまった油に慎重に入れるとジュワーッ!!といい音がする。

ギャラリーも「おお!」とどよめいている。

揚げ物、あんたらも最近は食べてるでしょ!朝市で魚とかエビのフライ流行ってるんだから!


二度揚げは正義ではあるけど屋台で鍋一つの状況で優雅にやってる余裕はない。

油切り用の網付きバット(特注!)に揚がった順に移動させながら声を上げる。



「唐揚げ!唐揚げだよ!鳥の肉に味をつけてやわらか~くした唐揚げ!四切れで銅貨二枚!」

「お、おい、二切れで銅貨一枚って出来るか?」

「いいよ!」



屋台なんだから融通きかせてノリよくいかなくっちゃね。

木皿にハシと一緒に渡すとはふはふしながら食べて――



「うまいっ!鶏肉なのに柔らかくて、噛むたびに味がする!」

「俺にもそれ四切れ!」

「あたしも~!」

「は~い!」



結果として、たくさん用意した唐揚げは完売しました。

レシピは欲しい人には配ったし、油はわたしが売ってるし、調味料はこの町でだってちゃんと手に入るので唐揚げは普及してくでしょう。

間借り先の家でもレシピを教えて、こっそり確保しておいた唐揚げを食べてもらった。

家主の親父さんは、若者が特に好きだろうなと納得顔。

息子さんのキリヤくんはと言えば、まだ足りないというお顔。

エリナちゃんはもう大満足!って表情。


だけどまだきみたちは唐揚げの本髄を見ちゃいない。


わたしは無言で甘酢たれを作り、唐揚げを小鍋で揚げる。

同時にこの辺でもそれなりに作られているマヨネーズにきゅうりの酢漬けを刻んだものとゆで卵を混ぜ込む。

そうして揚がった唐揚げにたれを絡ませ、簡易版タルタルをぶっかけてチキン南蛮もどき!


それを食べてもらったら今度こそキリヤくんも大喜びという寸法で、親父さんはこれを日替わりに組み込むことを決意していた。




油は全部で千とかそのくらいの単位買い込んであるので、正直に申し上げると別に何年か仕入れの旅はしなくても問題ない。

けど、一生分ってわけじゃないのだ。

それに海の魚をちょっとずつ買い込んで出荷し、内陸の国にも新鮮な海の魚のおいしさを知って欲しい。

わたし以外にも時間停止付きの収納持ちはいないわけじゃないんだから、それらの人々がガンガン旅をしまくってモノを流通させるべきなんだよ!

スキルだって成長しないわけじゃないんだから使い込んで容量あげればいいでしょ!

そういう気持ちです。


まあそういうわけで。

さすがに三十路になっても旅をするのはキツいので、キツくない年齢の間は冬はこの町で。それ以外の季節は諸国を巡って。商売をする所存。

早々劣化しない交易品には基本ノータッチ。

農村から買い上げた作物を都市部に持っていったりはするけど、港町まで持ち帰るとかはしない。

あと、資本金として持ち出した宝飾品はちょっとずつ売りに出す。買い取り予算の足しになるからね。



十六年間は貴族だったはずなんだけど、前世のメモリアルと、旅に出てからの平民暮らしで、貴族の教養はすっかりなくなった。

しかも祖国?と言っていいか分かんないけど、出発した国とは距離がありすぎて何がどうなってるかはさっぱり分からない。

分かろうとも思わない。

正統な跡継ぎが不在になって、青き血を半分しか継いでない子しかいない実家はもう終わったろうし?

遊び暮らすことしか知らない父親と愛人とその子らがどうなろうと知ったこっちゃないのだ。

わたしに縋るべく探すにもその余裕はないだろうし、探せる範囲にわたしはいない。

ほら、何か考える余地もないでしょ?


使用人たちにはね、万が一の時にはこれを開けてって各々に巾着を渡してあるから。

中身?金貨十枚。

平民なら一年ほど暮らせる金額なので、再就職するまでの資金にはなるでしょう。

もちろん家の資産から出した。わたしが掠め取った後のな!


資産には手を出せないだろって?

母はわたしを跡継ぎにする気だったし、実際そうなる予定だったので、一応と金庫の暗証番号は教わってたのだ。

父は一応覚えてたけど中身まで把握しちゃいなかったろうので、ね。

実際半分以上先に出して確保しといたけど、疑問にも思ってなかったし。


その持ち出し金は七割がた使用人たちに渡したけど、三割ほどは手元に残った。それが私の軍資金になった。

銀貨や銅貨に両替して、農村から町々へと農作物を卸して増やす地道な道のりで大いに役立ったわ。

やっぱお金はあるに越したことないね。





うん。解熱剤とか色々買っておいてよかった。

インフルエンザじゃないけど、風邪が流行っちまったのだ。

冬だもんね。

わたしの忠告で手洗いうがいは徹底されてたんだけど、流行るときは流行るもんだ。

なので、原価で売りましたともさ。

そんな何百人と住んでるわけじゃないし、下手すると死人が出るので。

出し惜しんで後味悪い思いするのは嫌じゃん。


エリナちゃんも後発組で風邪ひいたので、その間はわたしが配膳係しましたとも。

効能のいい薬なので一日ちょっとで熱は下がって、三日目には元気になってたけど、念のため休んでもらって、四日目からまたお店に出てもらった。

けど病み上がりなのでわたしも五日目までは手伝いしてた。



そうやってお店の手伝いをして知ったけど、キリヤくんは跡継ぎとして料理人の勉強を、厨房の手伝いをしながらやってた。

皿洗いとかも並行しながら。

とんでもなく忙しくない?

しかもランチとディナーの間の仕込みも親父さんと一緒にやってて、休んでるのはほんと夜だけ。

親父さんも同じくらい働いてて、それでいて十日に一度しか休みがない。

なので、今が旬のミカンを毎日買ってきて、食べてもらってる。

疲労回復にはやっぱ果物でしょ。甘いものもいいよね。

ここらのミカンは甘くておいしいので両方のいいとこどりなのだ。


おかみさんが生きてた頃は皿洗いと給仕と両方してくれてたらしいけど、エリナちゃんってまだ十二歳なんだって。

背が高い子だったわけだ。わたし?低いが?

なもんで、手伝いは料理を運んで、会計して、席の跡片付けする。以上。

これだって重労働なんだから十分過ぎるよね。


そんで店の売り上げとか純利益とか計算させてもらったんだけど、使ってる食材の市場価格とかから考えてもおかしい値段のがあったのでそこは是正させてもらった。

親父さんの親父さんの代から米を仕入れてた商人が値段を吊り上げてたんだわこれが。

これで高級米ならともかく普通かそれより下のお米。

親父さんも仕入れてる以上市場価格なんて見てなかったと。

なので契約を打ち切って、市場にお米を運んでる別の業者に発注することにして、パートちゃんを雇ってもらうことに。


幸いわたしは顔が売れてしまったので色んなところと縁がある。

育児も終わって夫婦二人で暮らしてるっておばちゃんと知り合いだったので、その人にお願いした。

内職よりも割がいい仕事だし、連勤がつらかったらおばちゃんが信頼できる人と交代で働いても大丈夫だよ!って持ち掛けたら一本釣り。

家事のベテランなので、仕込み時間の時には店内をピッカピカにしてくれるし、下拵えも手伝えるし、皿洗いも手早いしで良い人材が入ってくれたぜ。


そうするとエリナちゃんの手がちょっと空くわけで、その時間は遊んできていいと親父さんからお許しが出た。

これまでは午前中にちょっとだけ近所の子たちと遊ぶだけだったエリナちゃんは、午後にも遊べるようになったのだ。

これにはわたしもほっこりである。




そうこうするうちに春が来て、わたしは買い付けリストを握りしめ旅に出た。

旅の最終目標地点は医療大国。ここで解熱剤とか、減った薬をちょっと多めに買い付けて、帰りながらあれこれまた仕入れていくのだ。

もちろんそこまでの旅路では魚を売る。

余るほど獲っていた魚を毎日買い付けていたので、時間停止付きの収納持ちに売りつけるのだ。

時間停止付きじゃないとすぐ腐っちゃうからね。相手は選ぶよ。

ちなみに塩漬けの魚も仕入れてるので生鮮じゃない魚も売れる。


あちこち寄り道しつつ、医療大国に着いたのは初夏になろうかという頃。

薬草が一番育っていて薬がちょっとだけ安くなる季節。

なのであれこれ必要そうな薬を仕入れて、魚を卸して、宝飾品も二つくらい売り飛ばした。

ちょっと余裕があるので図書館にいって、新聞紙を半年分ほど読み込んでみた。

一年分はあるんだけど全部読むのはちょっとね。


そしたら案の定というか、実家滅んでた。滅んだ余波の報道が外国ニュース欄にあった。

わたしの判子返却&失踪でゴタゴタし始めて、でもその前から領民に増税しまくってた関係で、実家は夜中に放火されて。

使用人はそのころには全員逃げ出してたそうで、実家の人たちだけこんがり焼けたそう。

……あの人たちが逃げようとしないわけないし、多分、焼く前にヤられてるよねえ。

ま、恨み買わなきゃこんな結末になってないし因果応報ってやつじゃないかな。

そういうわけで実家は跡継ぎもいないし汚名と恨みがやばすぎて親戚も引き継ぎたくないと宣言したので滅亡。

その後あの領地がどうなったかは書いてなかった。

多分王家に戻るか、他の貴族の領地になるかしたんでしょ。



夏の盛りの間は馬に無理させないようにゆっくりと移動する。

その合間合間に仕入れをして、地方グルメを満喫する。

農畜の優れた国では煮込み料理がおいしかった。

煮込んだお肉の上にとろっとしたチーズが掛かっていて、でもスープも濃厚でチーズに負けなくて。

冬に食べたらおいしいんだろうな、と思ったので収納に買い取った鍋ごと入れておいた。いずれ皆で食べるのだ。


今年は売り上げが凄まじかったので、どんどん買い付けした。

冬の間の売り上げを考えても買い込み過ぎたかな?と思わなくもないけど、それでもまだ一割も収納の容量を使ってない。

帰りながら売る商品も入れてもそれなので、最後の商売旅に出る時には全財産使って仕入れしてもいいかもね。


余裕を持った旅路が終わり、拠点の港町に戻った時の季節は秋の中頃。

おかえり、早かったじゃない、とあちこちから声を掛けられたので挨拶しながら馬を預けにいって、定食屋へ帰る。

ちょうどランチタイムだった。



「あ、おかえりアリサちゃん!今日ね、ちきんなんばん!」

「ただいま!じゃあご飯大盛で一つちょうだい!」

「は~い!お父さん、アリサちゃんがご飯大盛だって!」



エリナちゃんまた背が伸びた気がする。

体付きも女性になってきて、わたしより大人びるのもそのうちかも。

久しぶりの親父さんのご飯はやっぱりおいしい。

チキン南蛮のタルタルの量といい、甘酢の味わいといい、完璧なんだよなあ。

おや、今日のお味噌汁ちょっといつもと味が違う。

でもおいしくないわけじゃなくて、落ち着く感じがする。

味噌でも変えたかな?


ご馳走様、と、自分で食器を返しにいって、ちょっと散歩とあいさつ回りしてきまーすと外出。

町に三人いる収納持ちのうち一人は時間停止付きなら商人になれるのか!と倉庫係を辞退して旅立ったそう。私が教えた通りに収納いっぱいにものを入れては出してを繰り返して、めでたく収納が成長したからだとか。



「あいつ、結構ものを入れられるようになったんですよ。

 ものは試しなんで家とかも入れられるか?って取り壊す家を入れさせたらなんど三軒も入れられたんでさ。

 これならいくらでも商売できるぞ、って、貯金抱えていっちまったよ」

「いいことじゃん。結局この町に家があるんだからこの町に戻ってくるんだしさ。

 わたしが仕入れてこなかったものを持って帰ってくるかも」

「いやぁ~、お陰で俺らも収納いっぱいにあれこれ詰めることになっちまったぜ。

 収納できる量がそのせいで増えたが、俺らは時間停止付いてねえからな」



からからと笑う中年のおじさん。

彼は若い頃から人間倉庫としていくつかの商会に雇用されててそこそこ裕福。

もう一人はおじさんより若いけど既婚者で、同じく若い頃から倉庫として雇われてる。ただし町長に。

劣化しにくいけど毎日使うわけじゃないものとか、雑貨の在庫だとか、色々預かってるそうだ。



「そういや石鹸の在庫も最近じゃ預かってるぜ。

 腐るもんでもなきゃ無駄にでかくもないんで楽だなあ」

「売れてる感じする?」

「まあな。夏場は自分が汗くせえと思うもんだが、風呂で石鹸使うとスッキリするんでかかせねえもんな」

「俺も。かあちゃんなんてあの石鹸にしてから肌がツルツルなんだ、大したもんだよ」



よしよし、まだ町の外に出荷はしてないかもだけど、この町由来の石鹸そのものは受け入れられてるね。


この町はどんどん住みやすくなって、大きな街になるかもしれない。

いや、国全体が更に良くなっていくのかな?

わたしのやり口を真似てもらって、流通が良くなれば大陸全土が良い感じになってくでしょう。

さあて、ほんのちょっとだけ頑張ってみちゃいますか。






あれから時は流れてわたしは二十五歳。

毎年、春になったら行商に出かけて、医療大国で引き返して秋ごろに港町に帰る。

そういう生活をしている間に、色んな町や村の時間停止付き収納持ちたちが同じように行商人を始めだした。

お陰で北方の国の特産品が、南方に新鮮なまま届いたりするようになったそう。

おまけに小さい国でやってた農業の技術があちこちに伝播したり、輸出してもらうために特産品をより多く生産し始めたり、ゆっくりと世界は動き始めている。


でも変わらないものもある。


定食屋は建て替えでちょっと大きくなって、でもわたしの部屋は変わらずあって。

秋になって旅から戻ると、旦那さんを捕まえたエリナちゃんが旦那さんと忙しく働いている。

親父さんもまだまだ元気で、だけど見習いを卒業したキリヤと一緒に増える一方のお客へ料理を提供し続けている。


ああそうそう、キリヤと結婚しました。てへ。

なので三十歳くらいで旅はやめる。

この世界の平均出産年齢からすると高齢出産に入るけど、わたしの常識ではふつうだ。

一生分の行商をしたら産むね!って言ってあるのでキリヤも無理に引き止めてきたりしない。

自分もその間に親父を超えるぜって言ってたので、お互い頑張りましょうということで。


行商を何年もしたおかげで、八十歳くらいまで生きてもこの町に物資を供給できる程度には収納に在庫を作ることもできた。

けど軍資金はちゃんと残ってるので、最後の行商では派手に欲しいものだけ集めて帰ってくるつもり。

例えばお気に入りの牧場のヨーグルトとか。素朴な味わいなのに癖になる焼き菓子屋のクッキーとか。林檎の名産地のアップルパイに、深煎りがおいしいコーヒー豆。中国っぽい国では中華めんをめいっぱい買い込みたいし、ああそれなら生クリームとかも欲しいな。



一歩間違えばドアマット虐げられ系令嬢として、とんでもない人生歩んでたはずのわたしだけど、いい感じに幸せである。

今日も今日とて夫の優しい味わいのお味噌汁を一杯やって、ご満悦。

こんな異世界転生なら大歓迎!




アリサちゃんの行商旅の各地でのエピソードまとめ連載やってます。

https://ncode.syosetu.com/n3990je/

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