第9話 ミリィ、魔女になる
アルトは座ってウィルと話ながら、気持ちが過去に戻っていた。
まだ若かったころの自分とミリィ、そして師匠のことを思い出す。
「魔女になりたいんです」
そう言って、師匠のところへやってくる子は多い。ミリィもその中の1人だった。しかし、続かないことが多く、ほとんどがすぐにやめて行った。
魔女になることが、どういうことか分かっていなかった子、修行に耐えられない子、家族に止められてやめた子、いろんな子がいた中で、ミリィは異質だった。
「私を魔女にしてください」
ミリィはちいさかったが、態度は堂々としていた。
「魔女になるってどういうことか分かってるの? 家族もいない、一人で長い年月を研究だけして生きるのよ」
アルトは姉弟子として、やってきた子たちのお世話を一手に引き受けていた。いくじがなくてやめていくのが大半だったので、半端な気持ちならやめたほうがいいと思い、親切心でミリィにそんなことを言った。
しかし、ミリィはまったく気にしなかった。
「元から家族はいません。生きていくために研究をしていいのなら、こんなに幸せなことはないと思います」
そう言ってミリィは微笑んで見せた。
そんな子は初めてで、アルトは驚いた。そして、愉快な気持ちになって笑った。魔女は「不幸な生き方」だと、心の隅で少しでも思っていた自分が、愚かしく感じたからだった。そうだ、魔女として、老いることなく永遠を生きる。これほど幸せなことはない。
そしてその時の言葉通り、ミリィは今もひたすら研究を続けている。もう、薬草の分野ではミリィより詳しい人は、すでにいない。
王都にいると、いろんな依頼が舞い込んでくる。アルトはそれが性に合っていると思っていたが、時折、ミリィが恋しくなった。森の中に昔ながらの魔女として一人暮らすミリィ、どうしているかと思い出すことが、最近多くなっていた。
「ミリィは孤児だった。女一人で生きていく方法を探して、魔女になると決めたのさ。言葉通り、ミリィは研究が幸せだと思って、ずっと研究をしている。朝も夜も、何年も、何百年も、ずっと人のためになる薬の研究を続けている。もちろん今も」
「アルトさんが、ミリィさんに会いに来る理由がわかった気がします」
「ええ? そりゃあ姉が妹の様子を見る気持ちでね」
「いいえ、きっとそれだけじゃないです。アルトさんはミリィさんのことが好きなんですね。魔女として好ましく思っているのではないですか」
ウィルが思ったことをいうと、アルトはびっくりして目を見開いて固まった。
「好ましく…そうなんだろうか」
「はい、アルトさんははっきりした方なので、いくら妹弟子でも好ましくない人のところにこうやって様子を見に来たりはしないでしょう。それに、ミリィさんのお話をするときの顔がとてもやさしいです」
顔が、と言われて、アルトは両手で自分の頬をつかみ、内側へ押し込んだ。
「いいや、朝だからに違いないよ。気のせい気のせい」
アルトがそういったところで、ミリィが奥の部屋から出てきた。
「薬、包み終わったけど、話は終わった?」
「はい、今ちょうど。取りに行きますね」
ウィルが立ち上がろうとすると、ミリィは首を振って、両手に抱えていた紙包みを、ウィルとアルトの間のテーブルにそっと置いた。
「これだけだから、大丈夫よ。よろしくね」
「はい、お預かりします」
ミリィの薬は、郵便局の窓口で販売している。効能がよく、手ごろな価格で、人気商品だ。代金は郵便の配達料や、依頼された買い物に使っている。だいたいそれでも余るが、余った分は郵便局がもらっている。
「いつもありがとうございます」
「いやいや、それはこちらこそだから、これからもよろしくね」
「ミントティーごちそうさまでした。すっきりしていて、今の季節にちょうどいいですね」
「そう、私もお気に入りなのよ」
「それでは、失礼します」
ウィルはアルトとミリィに改めて頭を下げた。
アルトは椅子に座ったまま、右手で頬杖をついて、左手をひらひらさせている。ミリィは優しく微笑んで、ウィルを見送っていた。
ウィルはなんだか、離れがたい気持ちになった。仕事だから、戻らなくてはいけないのだが、戻ってしまうのは惜しいと思う。
「あの、またお邪魔してもいいですか?」
ウィルは勇気を出してそういった。
アルトが間髪入れずに答える。
「もちろん、いつでもいいよ」
「ちょっと、この家の主は私よ」
「ちぇ、でも、いいでしょ」
「そりゃ、もちろん。一緒にお茶を飲めたらうれしいわ」
ミリィの声が少し小さくなる。そして、少し視線を外して言った。
「次は、私も一緒に、お茶しましょうね」
よく見ると、ミリィの顔は恥ずかしそうに赤くなっていた。
「はい!!」
ウィルは元気よく返事をして、魔女の家から郵便局まで、スキップするように戻った。薬の重さも気にならない。
戻ってすぐ、郵便局長のベンがウィルを呼び止めた。
「ウィル、ずいぶんご機嫌だね」
「はい、今なら僕、何でもできると思います」
ウィルはにっこり笑って腕まくりをした。