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第6話 それぞれの悩み

 ミリィは上の空だった。


 ミリィがこのようになるのは、何年振りだろうか。話し相手もなく1人で過ごしていると、自分のことが一番の関心事で、ほかのことに振り回さることもないので、このような不調になることはまれだった。


 ミリィは考え事をしながら朝食の用意をしていた。アルト用の紅茶入れていたところからこぼれて、机の上におかれたアルトの手に、紅茶がかかった。



「熱い!」


「ああ、ごめんごめん」



 ミリィはタオルを取りに行った。

 アルトは手を冷やそうと炊事場に行った。そこで、大きな声を出す。



「冗談でしょ、この家。まだ水道も通ってないの」


「井戸があるから。必要ないわ」



 そこにある汲み置きの水を使ってとミリィが言うとアルトはしぶしぶといった顔で、その水で手をその近くにあった。たらいに水を汲み手を浸した。その間にミリィはタオルで机を拭く。



「どうしたの? いくら研究熱心だって言ったってそんなにお茶をこぼす位動揺したことなかったじゃない」



 アルトは昔、ミリィと一緒に研究していた。そのため、ミリィのこと、研究のこともよくわかっている。

 たしかにミリィはあまり器用ではないが、じっくりと腰を据えて作業に取り組む。そのため、あまり失敗をしない。その作業に集中しているから、作業の間にまで何かを思い出すといった事は今までなかった。



「そうね、ちょっと昨日のことを思い出していて」



 話しながら、ささっと机の上の片付けを終えると、ミリィは薬箱の所へ向かった。中から火傷に効く薬をさっと取り出し、アルトに手渡す。一緒に新しいタオルを渡した。アルトは、タオルで手を拭き指先に薬をつける。



「昨日って、荷物の片付けのこと?」


「その前郵便屋さんが荷物を届けに来てくれたでしょう。その時の事、あの小さい子、ウィルの様子が、いつもと違ったような気がして」


「なんだそんなこと。あのくらいの歳の子にはよくあることじゃない。いきなり怒り出して泣いたり笑ったり」


「そうね、気にするほどのことでもないのかな」



 ミリィはうなずいたが、不調はなおらなかった。ミリィはあの時、ウィルの気に障ることをしただろうか、昨日それとも一昨日の時には既に何か気に入らないことがあって、昨日は不機嫌だったのかもしれない。


 そして、ミリィはフライパンで温めたパンをかじった。しかしパンにはジャムを塗るのを忘れていた。



※※※



 一方、ウィルはもんもんと過ごしていた。

 夜もろくに眠れなかった。


(あの男の人とはいつからどういう関係なんだろう? 一緒に暮らすということは一時的なことそれともずっと? ずいぶん親しそうだった。僕の知らないことも、よく知っているのかな)


 ウィルは朝食を職場の同僚と一緒に食べる。局長の奥さんが作った料理をいただく。メニューは毎日一緒だ。豆のトマト煮込み。季節によっても雨がだったりに降ったりトマトが入っていなかったり、別の野菜だったりしていたが、ほぼ煮込みのスープだった。あとはパン。パンは週に1回、共同窯を使わせてもらえる日に共同窯で一気に焼く。そのため日によってはとても硬いパンで、今日は1週間で1番硬いパンの日だった。


 パンをしばらくスープに浸してやわらかくしている間ウィルはまたミリィのことを考えていた。

 そこで、ひときわ大きな声が耳に入ってくる。



「それでさ、魔女の家ったら…」



 得意げに喋っているのは昨日一緒に行った先輩、マークだ。魔女の家はどうだった、魔女はどんなふうだったとみんなに楽しそうに話している。普段だったら一緒に行ったのだから、ウィルも話に加わるところだったが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。


 今、口を開くと、きっとアルトと呼ばれていた男への悪口しか出てこない。


 ウィルはまだ硬いパン、そしてスープをそのまま口にかきこんで、席を立ち仕事を始めることにした。

 早朝の配達の時間だ。郵便物の仕分けは、従業員の妻と子どもたちが担っている。


 まだ歩けるようになったばかりのような小さな子供たちもきていて、母親にまとわりついたりかけっこしたり、それぞれが楽しそうに遊んでいる。それを見てウィルが羨ましく思った。


 いろんなことを一気に思い出す。自分があれくらいの歳だったときのこと、両親、弟、もういない人たちのこと。そして、なぜこんなにアルトが気に入らないのか気づいた。



(そうか、僕には居場所がないから、取られるのが気に入らないんだ)



 ほかにも訪問先はあるけれど、ミリィは特別よくしてもらっているところだった。ウィルにはもう家族がいない。学校も行っていない。居場所といえば、この郵便局くらいのものだ。そして、郵便局の人たちには、別に家族がいる。

 わかってみると簡単なことだった。自分だけと思っていた場所に、ほかの人がいる。それが悲しかったのだ。


 自分で考えていると、涙が出そうになって、慌ててウィルは頭を左右に振る。



「ウィル、どうしたの?」



 仕分場の女性がいつもと様子の違うウィルに声をかけた。



「いいえ、あの、手伝います」



 ウィルは仕分の山に手を付けた。

 女性たちはウィルのために場所を開けたが、それ以上、何かを聞いてきたりすることはなかった。


 仕事をするしか、今のウィルにはできることがない。仕分は単純作業で、宛名を読んで、宛先の箱へ入れていく。集中していると、嫌な気持ちが少しずつ、薄れていくのがわかった。


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