第3話 旅のお土産
休みといわれた翌日、ウィルはゆっくりと魔女の自宅への道を歩いていた。
ウィルは心配だった。ミリィは今日には帰ると言っていたが、本当に帰ってきているのだろうか。どこかで事故でもあってやしないか。ここに帰ってくる気がなくなったんじゃないか。
そんなことを考えていると、ミリィと会えるのは嬉しいはずがなんとなく足が重くなってしまった。
ゆっくり歩いていても、しばらくするとミリィの家に着いてしまう。いつも通りの様子で、1日来なかっただけでは何も変わりがなかった。
「こんにちは」
いつもと同じ挨拶だけれど、挨拶するウィルの声はいつもより小さくなった気がする。
そして、ウィルはゆっくりと荷物を置き、荷解きを始めた。ミリィはまだでてこない。もしかしてミリィはまだ眠っているのかもしれない。これまでもたまにこういう日があった。いつも都合よく出てきてくれるとは限らないのだから、いなくなったわけじゃない。
そうウィルは自分にいい聞かせながら商品を並べていく。
全部を並べ終えるまで、あっという間だった。きちんといつも通りになっていることを確認して、最後に玄関に置いてある箱の中を覗いた。ミリィは注文があればここに紙を入れている。
入っているかなと期待しながら覗いたけれど、箱の中には何も入っていなかった。
やっぱりミリィはまだ帰ってきてないのかもしれないな。考えて、ウィルは気持ちが落ち込んだ。もしかしたらもう帰ってこないのかもしれない。
首を横に振って嫌な想像を振り払う。ウィルは考えるのをそこでやめて今日はもう帰ることにした。ほかにも仕事があるから、いつまでも待ってるわけにはいかない。ウィルは郵便屋さんでミリィはお客さん。友達では無いのだから、会えなくたって、ここでそれからずっと待つわけにはいかないのだ。
ウィルは歩き始めた。するとその時、後ろから、魔女の家のほうから、誰かに呼び止められる。
「ウィル、おはよう」
ミリィだった。ウィルはミリィの元気な声が聞けたことが嬉しくなって思わず笑いながら、後ろを振り向いた。ミリィはあわてて家から出てきたところだった。
「ミリィさんお帰りなさい」
「ごめんね。すぐ出られなくて、お土産を渡そうと思ってたんだけど、1番奥にしまいこんでしまって、時間がかかっていたの」
ミリィはドアのところで手に何かを持ってに向かって手を振っていた。
ウィルが引き返すとミリィは手に持っていたものを広げて見せてくれた。
「これ、地図」
ウィルはミリィから地図を受け取ると端から見てみた。街から出たことのないウィルは、地図を初めて見る。
簡単なもので、いくつかの街が書かれ、街道が何本かあり、森があり、山がある。そしてそれぞれの街のところに名前が書かれていた。
ミリィが指差す。
「ここが私たちの住む街。それでここがこの国の首都王様が住んでいる街。私が昨日行ってきたのがここ」
ミリィが指差したのは、自分たちが住む街の右下の方に書いてある街。メネと書いてあった。
「すぐ近くだから1日で行って帰ってこれた。機会があったらウィルも行ってみたらいいよ」
ウィルは地図をみるのは初めてだった。地図は旅をする人は持っていたが、旅をしない人にはいらないものだったからだ。
ウィルはこの町から出ない。郵便の仕事は毎日ある。週で一日、休みと決められている安息日もウィルは何かと仕事をさがしていた。
郵便局の手入れだったり、休みの間にできる事務仕事だったりをしているので、外の街に出かけようと今まで思ったことがなかった。
でもミリィが行くなら、ミリィが行ってみたところなら、自分もどんなところだったか知って知りたいとウィルは思った。
「ミリィさんは何をしにその街に行ったんですか」
「今しか咲かない花があって、それを取りにいったの。そこに置いてある花」
最初に来たときには気づかなかったが、玄関の少し奥のところに籠に入った花が置いてあるのが見えた。
花は薄紫色をしていて、百合のような形をしていたが、百合のように花弁の先が、外向きにはならず内側に向いていた。見たことのない花だった。
「この花の花粉が薬の材料になる1年この時期しか取れないから、たくさん取って貯めておくの」
「この花はこの辺では咲かないんですね」
「なぜかこの辺では咲かなくって。土が良くないのかもしれない。この花に適した土が今回行った村の西がわ周りにしかないようね」
ウィルは不思議になってその花を見つめた。この町から出たことのないウィルにとって、初めて見る花だった。しかし、その村の人たちにとってはありふれた花なのだと思うと、不思議な気持ちがした。
自分たちの住んでいる街が全てではなくて、世界は広く広がっていると知っていたはずだったけれど、それを実感することは、今まであまりなかった。
この花はウィルに世界を教えてくれるのかもしれない。
「花粉以外はどうするんですか」
「特に食べられるところも、ほかに使えることもないから、肥料にするよ」
「それなら、花びらを1枚もらってもいいですか」
ミリィは何に使うのかと不思議そうな顔をしながらいいよと言った。1枚だけでなく好きなだけ、といわれたので、ウィルは花びらを5枚もらうことにした。
地図と花びらを握りしめて、ウィルは帰った。
ウィルは郵便局の2階にある自室に戻ると、地図を壁にピンで留めた。
花は無地のノートの間に挟み、上から重しとして本を数冊置く。
以前、母と妹がそうやって押し花を作っていたのをおもいだしたのだ。一週間ほどおいておけば、十分乾燥した花びらになる。
ウィルはベッドに横になり、壁に貼った地図を眺めた。
そして、地図をくれたミリィのことを思い出す。ミリィは長く生きているだけあって、とても物知りだ。見るの知らないことをたくさん知っている。
明日また、ウィルの知らないことを教えてもらえるだろうか。
ミリィが帰ってこないかもと不安な昨日とは打って変わって、ウィルは明日が楽しみになって、ゆかいな気分で足をゆらゆらとゆらした。