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閑話 アルトの回想

 アルトは久しぶりのミリィの家に、居心地の良さを感じていた。

 ミリィの家は、アルトとミリィが一緒に暮らした、師匠の家に似ている。建ったばかりのころ、そのことを指摘すると、ミリィは小さく、恥ずかしそうに言った。



「私はあの家しか知らないの」



 ミリィは孤児だ。孤児院から師匠に引き取られて、魔女になるための勉強を始めた。そのため、師匠の家がミリィにとって、個人の家といえる初めての場所だった。



「そっか。ミリィにとって、居心地がいいなら、それが一番さ」



 アルトは、感傷にふけるが、このような家にずっと暮らしたいとはとても思えなかった。同じ家に長く住み続けると感性が腐るような気がして、その時その時で、最新の部屋と家具をそろえて、10年くらいの単位ですべて一新する生活をしている。

 そのため、アルトにとっては、ミリィの家が、過去を振り返るのにはちょうどいい。百年前から変わらない場所、人、家具が、アルトの昔を思い出す鍵になる。


 そう、ちょうどここに置いてある机、この机は元々師匠が使っていたものだ。

 アルトとミリィの師匠、偉大な魔女マレフィカ。魔女の教育に力を入れ、多くの魔女を送り出した。


 どんな偉大な魔女にもいつかは終わりが来る。

 魔女は長命だが、死なないわけではない。魔女狩りの犠牲になる者もいるし、事故でうっかり死んでしまう者もいる。

 マレフィカはそういった終わり方の中で、特に変わった最期を選んだ。

 魔女を辞めたのだ。



「師匠、魔女を辞めるって本当? 私たちはどうするの?」


「本当よ。これからはただのマレフィカになる。あなたたちはどうするって、アルト、そもそもあなたはもう一人立ちの時期よ。あとはミリィしか残ってない。ミリィの一人立ちまでの面倒なら、あなたがみればいいわ。アルト」



 アルトは怒りを感じた。

 魔女としてのマレフィカを尊敬していた。技術を抱え込み、だれにも教えない魔女も多い中、労を惜しむことなく知識を与え続けた魔女。目標にしていたのに、いきなり魔女をやめるなんて、しかも育てている途中のミリィを見捨てるなんてゆるせないと思った。



「私はいやですよ。自分のことだけでも精いっぱいなのに」


「じゃあ、どうしようかしら、あの子は成長も早いし、しっかりしているから、もう一人立ちってことでもいいかしらね。この家は売ってしまうから、残るわけにいかないし、私が行くところには、まさか連れていけないし」


「どこへ行くっていうんですか。あの男のところですか」



 アルトが単刀直入に聞くと、マレフィカは困ったように笑った。



「外国に行くっていうの。ついてきてほしいって」



 その時の失望感と言ったらなかった。魔女は一人で生きていくものだ。自分で生計を立て、自分で自分の面倒を見る。その代わり、子どもはできない。しかし長い長い命を得る。

 マレフィカはそんな魔女の在り様に、自信をもっているのだとアルトは思っていた。自信があるからこそ、ほかの少女たちを魔女として育て、自分と同じ道を歩ませるのだと、そう思っていた。


 それが、男のひとことですべてを捨てるなんて、アルトには信じられない。



「男に頼るっていうのはやっぱり楽ですかね」



 アルトがいらだちのままに言うと、マレフィカはやはり困ったように笑う。



「あなたは、そうね。そう考えるわね。いいの、わかってほしいわけじゃない。ただ、これが私の覚悟というだけ。巻き込んでしまって、申し訳なく思っているわ」



 マレフィカはそれからすぐ、アルトを一人前と認め、ミリィにも一人立ちを許した。アルトを頼るのと一人立ちと、どちらがいいかをミリィに選ばせたら、一人立ちを選んだ。



「アルトは首都で暮らすのでしょう。私、もう少し自然のあるところが性にあってるみたいだから、住むところを探してみるわ。困ったことがあったら、頼っちゃうかもしれないけど、その時はお願いね」


「もちろん。いつでも相談に乗るから」



 そしてミリィは首都を離れ、この町に定住した。しばらくはマレフィカが世話をして、終わるとマレフィカは男とともに外国へ旅立った。

 その時にはもう、マレフィカは魔女を辞めていた。男と一緒に年を取ることを選んだのだ。



 アルトの長い人生で、パートナーは両手で数えても足りない。ただ、その時その時の付き合いで、魔女を辞めて添い遂げようというような気持ちは起こらなかった。

 部屋と一緒で、その時の気分次第で変えていくのが、自分には合っているように思う。だから、これから先も、アルトは男のために魔女を辞めることはないだろう。


 しかし、ミリィはどうだろうか。


 ミリィは、浮いた話を一つも聞かない。顔自体はきれいだが、衣服にこだわりがなく、人のいるところにも行きたがらない。アルトが、いつ突然いっても、男の気配は全くない。

 今回は小さいが、1人だけいた。そもそもミリィが人を近づけること自体が少ないので、珍しく、つい観察してしまう。

 10歳くらいの男の子、ミリィと同じ孤児で、郵便局で熱心に働いている。


 アルトは少しだけ、さびしい気持ちになった。

 アルトが小さかったころと違い、今は魔女は主流ではない。どんどん数を減らして、アルトが知っているだけで、あと数人しかいない。

 ミリィはどうするだろうか、ウィルはミリィにとっての”マレフィカの男”になるのだろうか。そして、アルトはまた残されるのだろうか。


 どんなに長生きしても、未来はわからない。



「アルト、お茶できたけど、飲む?」


「飲むわ」



 ミリィのお茶をあと何回飲めるだろうか。そう思うと、味わって飲みたいなと思うアルトだった。

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