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第1話 1人暮らしの魔女

 ミリィは一人暮らしの魔女だった。ずっと昔から、ひとりでこの町に住んでいる。この町といってもミリィが住み始めた頃、この辺りに町はなかった。ミリィが来てから、彼女に用がある人が増えて、近くに町を作った。


 でもそれもずいぶん前の話。おじいさんのおじいさんのそのおじいさんが小さい頃に、噂を聞いたことがあるくらい昔の話で、今の町の人はそんなことは誰も知らない。


 町の端に森があって、その中にボロボロの家があるらしい。そこには恐ろしい魔女が住んでいる。町の人が知っているのはそれくらい。


 魔女のミリィは今日も、1人で穏やかに暮らしていた。


 ミリィは世の多くの魔女とは違い、朝が早い。太陽と一緒に起きる。昔には夜更かしを楽しんだ時期もあったが、蝋燭代がもったいなくてやめた。太陽と一緒に過ごせば、蝋燭は必要ないのだ。これほど経済的なことはない。


 朝起きて顔を洗い、庭の畑の様子を見て、いくつか良さそうな葉物をとる。朝食はその葉物と、卵があればそれを使ってあまり野菜でオムレツを作り、なければ燻製肉を切って炙った。

 パンは週に一度まとめて焼いたものを一切れ、それとジャム。春先の今の時期は冬の柑橘で作り置いたジャムを薄くパンに塗る。飲み物は麦を炒ってすりつぶしたものに湯を注いだ。


 朝食だけは時間をかけてゆっくりとると決めていた。1人でパンを噛み締めながら、今日の予定を考える。

 春にしか咲かない花があり、貴重な薬の材料になる。それを取りに行こうと決める。途中一泊は必要だろう。


 そこまで考えて、一泊するならあの子に伝えなくちゃ、と、思い出した顔があった。魔女の家にはたった1人、毎日やってくるお客さんがいるのだ。

 お昼に彼はいつもやってくる。



「こんにちは! ミリィさん、今日もお荷物お持ちしましたよ」



 不気味な魔女の家には誰も近づかない。賊も悪戯する子どもも、宗教勧誘のおばさんだってミリィの家を避けて通る。

 そんな中、小さな郵便屋さんの彼、ウィルだけは、ミリィの家に毎日やってきた。ウィルは黒い短い髪の10歳になったばかりの少年だ。


 今までも何人も郵便屋は来ていたが、誰もが魔女を怖がって、隠れるようにこっそり来て、荷物だけ置いて帰っていた。

 ウィルだけは違った。はじめに来た時こそ怖がっていたものの、それ以降はむしろ楽しそうに元気に毎日通っている。



「今日も元気ね」


「それだけが取り柄ですから。えーと、これがお手紙で、あとこっちの箱が…」



 ウィルは背負っていた箱を下ろして、説明を始める。まだ小さい子だから、大きな荷物は背負わせないように、と思っていたが、箱から出てきたものには分厚い本や牛乳瓶があって眉を顰めた。次からは一緒に入れないように気をつけないといけない。



「明日は来なくていいからね」


「どうかしたんですか?」


「これから出かけて、明日の遅くまで帰って来ないの」


「そうなんですか、寂しいな」



 見るからに肩を落としている。



「1日くらいすぐだよ。休みだと思ったらいいんじゃない」



 ウィルは毎日やってくる。他に魔女の家への配達をやりたがる人がいないこともあるが、あまり働き詰めだと心配になる。



「休んだっていいことないんです、することないのも落ち着かなくて、郵便局の掃除をしてます」



 ウィルに両親はなく、住み込みで郵便局で働いている。



「友達と遊ばないの?」


「友達…」



 ウィルの顔が暗くなった。

 ミリィはしまったと思った。学校にも行かず働いているウィルの周りに、話の合う同年代はいないだろう。人付き合いが久しぶりのミリィは忘れていたのだ。

 慰めようと慌てて言う。



「私くらいになると友だちとはもう100年くらい会ってないから、別に遊ばないのも変なことじゃないよ」



 言ってからミリィは首を傾げた。100年? いや、200年だった? そもそもあの子はまだ生きているのか? 最近は手紙も送っていなかった。また書いてみよう。



「100年、そんなに。さみしくありませんか」


「1人も慣れれば良いものだよ。幸せなことに、やることはたくさんあるからね」



 仕事でもあるし、趣味でもある。薬草について、魔法について調べていると、どれだけ時間があっても足りないとミリィは思う。1人が当たり前になったのはいつ頃だったか、もう思い出せない。それでいいと思っていたが、最近、もう少し人とかかわりあうのもいいかもしれないと思い始めた。

 ミリィは毎日元気にやってくる少年を気に入っていた。1人が当たり前で、なんの変化もない毎日をウィルが変えた。明日彼が来たら、こんなことを話そうと、いないときも、ついウィルのことを考えていたりする。

 こういう短いお別れの時、人はどのようにするのだったか、ミリィは昔の記憶を引っ張りだした。



「そうだ、お土産も買ってくる。何がいいかな?」


「なんでもいいですけど」



 ウィルは少し考えて、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて続きを言った。



「できれば食べ物とかより、長持ちするものの方がうれしいです。ずっと持っていたいので」


「分かったわ、楽しみに待っていて」



 あの地方では何が特産品だったか、ミリィは思い出せない。思い出せたとして、以前と今とでは流行も違っているだろうから、宿の主人にでも聞いてみようと思う。



「明後日ごろには帰れると思う、またよろしくね」


「はい。あの、お気を付けて、いってらっしゃい」


「いってきます」



 いってきますなんて、最後にいったのはいつだっただろう。

 ミリィはなんだかやる気が出てきて、腕まくりをして、外出の準備をするのだった。

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