STORIES 017:夢を継ぐもの
STORIES 018
若くして膵臓癌で急逝した知人がいる。
よく僕の世間話を聞いてくれた、優しい兄貴のような人だった。
残された家族は、彼の遺した会社をなんとか続けてゆこうと頑張っている。
当時高校生だった彼の息子は、当初の進路を変えて慣れない農業を継ぐことにしたそうだ。
父が生きてきた証が、受け継がれてゆく。
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全くの無関係ではないが、別の恩人、別のお話。
時おり雨が落ちてきて、気温も高くはない。割と崩れそうな天候の多い、GW前後の初夏の頃…
以前とてもお世話になった方の墓参りが、ここ数年の恒例行事になっている。
自分だけの、ね。
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難病で50代にして亡くなってしまったその方は、果樹園の経営、特に品質にこだわった贈答用の果樹をつくることに情熱を注いでいた。
それがある日、車を真っ直ぐに走らせることが出来なくなり、徐々に歩行が困難になり、声すらも失う。
介助がなければ生活も難しい。
発病してから、車椅子の生活になってしまった。
子供たちは農業を継がずに就職していた。
圃場は30年が過ぎて老木が多くなり、植え替えも必要だったが、順調には進んでいない。
後継者はなかなか見つからなかった。
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ご縁があり、僕はそこで働き始めた。
雇われの身だけれど、園主の代わりとして。
ほぼ素人で、教えてもらうにも彼とコミュニケーションをとるのも難しい。
それに、普通の環境で修行していたとしても、やはり未経験の農業は簡単ではない。
トラクターの操作、季節ごとの樹の管理、除草作業、薬散、量の管理、収穫時期の見極め、顧客管理…
僕が修行するようになってから、3年目の春。
果樹園が咲き誇る花でいっぱいになった頃、病が進行した園主は旅立った。
彼を乗せた霊柩車がゆっくりと圃場の外周を回るのを、まだ未熟者の僕は、花咲く樹々の下で見送った。
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その後…
色んな方のご厚意、手助けを受けながら、できる限り頑張った。
でも、頑張るだけじゃ解決できないことも多い。
最終的に、果樹園はわずか数年で閉園が決まる。
いったん更地になってから野菜の畑地として貸し出されることになった。
僕は、夢を継ぐことが出来なかった。
あの人が一生懸命に育てた樹々。
肥やしを撒き、土づくりを続けた大地。
毎年、楽しみに待っていた沢山のお客さん。
それらは明け方の夢のように消えてしまった。
皆の情熱や努力や期待とともに。
彼が人生を賭けた場所を、僕は守れなかった。
その思いはこれからも燻り続ける。
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だから、毎年初夏の頃になると、彼の墓前で近況を報告している。
さわやかな風、のどかな風景。
見渡す限り、ほとんど人影も見えない。
花を換えて水を注ぎ、線香に火をつけて手を合わせる。
後継者にはなれなかったけれど、たくさんのことを学ばせて貰えたことに感謝を伝えるために。
僕はあなたの土地で働き、悩み、多くの作物を得て、挫折も味わいました。
そのおかげで、いまもこうして生きながらえています。