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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、転落する
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奇妙な国

 誓民議会について説明しておかないと都合が悪い。ロイドが説明していたように、これは第一王子によって招集された議員がなんやかんやとお国のために話し合う場であるが、私に言わせれば遊戯にすぎない。参加者全員が痛感していることだろう。招集されているのは、諸君もご存知のグレイフォール候ウィリアム・エイムドネアン、策略王ロイド・ミーレットの二人に加え、大富豪ジスレーヌ・ゼプレス、元警備隊隊長アンドルー・オイスヴィアである。ジスレーヌは鷹揚な性格ではあるが並々ならぬ知性を持った女性である。統隙の緋を持っていることはよく知られている。アンドルーのほうは鷲目の緋で、弓の腕前に関しては誰も彼に肩を並べることができない。第一王子とは幼馴染なのだとか。彼らの紹介はこれくらいでいいだろう。とにかく、招集されているのは確かにこの四人なのである、が。



 時計の針が仰々しい音を立てながら動いた。両手を組んでいたウィリアムは顔を上げて時刻を確かめると、妙に重々しい口調で議会の始まりを告げた。その手狭な部屋にいたのは、ウィリアム、ロイド―今回は遅刻はしなかった―、ジスレーヌ、アンドルー。だけではなくて、お察しの通りであろうが、そこにはリーゼルもいた。少し明かりが足りないように思われる空間では、彼女の瞳は一層映えてみえる。リーゼルはじっと机を凝視していた。気のない様子でアンドルーが口を開いた。


「今日はいつも以上に陰気ですね、グレイフォール卿」


呆れたと言わんばかりにウィリアムが首を振った。見かねたロイドが笑みを隠さないで言った。


「やめておきなよ。怒ったら怖いんだから」


「早速本題に入りませんこと?退屈でやっていられませんわ」


と、ジスレーヌ。扇でゆっくりと顔を扇いでいる。


「ふむ。ではそういたしましょう。本日集まっていただいたのは…」


「厄介なお客がいるって話ね。皆わかっているんじゃない、それくらい?」


ウィリアムは諦めたようにため息をつくと、両手を組んで机に肘を突いた。彼らが話し合うのを黙って聞くという合図でもある。


「ああ、あの賞金狩り。天使がおとなしくしていればそのうちいなくなるのではなくて?」


「この国から出ていったって確信できるまで居残ると思いますけど」


「いっそ外で派手にやってもらおうか?ねえ、リーゼル?」


呼びかけられてようやく顔を上げたリーゼルは、彼女を見つめる面々に視線を投げ返した。


「残念だけれど、あまり早く移動しても怪しまれるばかりでしょうね」


「俺もそんな気がしますよ。狩人は獲物の習性に固執しますから」


そう言うと、アンドルーは色の抜けた髪をいじりながら欠伸をした。彼はいつも目の下に隈を作っている。ジスレーヌが音を立てて扇を閉じた。


「そもそもどうしてこちらにいらしたのかしら。他所でもよろしかったでしょうに」


リーゼルはジスレーヌの鋭い視線から逃れようとするように目を伏せた。


「それは…」



 さて、彼らの話は長いので、ここでテオの様子でも見に行こう。テオはオスカーとの暇つぶしを終え、街へと繰り出していた。しばらくうろついていたテオだったが、面白いものなどありはしない街なものだから、結局行き着いたのは彼がこの国にやってきて初めに入ったスーの酒場であった。客はほとんどいなかったが、あの飲んだくれのヒューは以前と同じ席に陣取っていた。そのヒューと楽しげに話していたスーは、テオが扉を押し開けて入ってくるのを見て満面の笑みを浮かべた。


「テオじゃない!また来てくれるなんて思わなかったわ」


「ちょっと暇しててな」


やはり前と同じ席に落ち着いたテオの腰を、ヒューはこの上ないくらいの笑顔で叩いた。


「よう、今日はふてくされてないのな!」


「前は疲れてたんだよ。…あんた昼間っからいんのか」


「おうよ。で?今日は何の情報をお求めなんだ?」


「別にそういうつもりで来たわけじゃないけど、なんか教えてくれんのか?」


「なんでも聞いて。この時間はお客さんが少なくて暇なの。…そうだ、ご注文は?」


テオの要望通りに不味くない酒を出すと、スーは椅子を引っ張ってきて座った。何を聞いたものかとテオは頭を掻いた。彼が話し出さないので、酒を煽ってからヒューが尋ねた。


「そういや、どこの宿に泊まってんだ?賞金狩りが長居しているとなりゃ、噂の一つや二つ立ちそうなもんだが」


「他に客のいない襤褸宿だよ。でも、飯は大抵リーゼルって娘のとこに厄介になってる」


「けっ、やるねえ!もう女を引っかけたのか!」


と、ヒューは注ぎ足してもらったばかりの酒をぐびぐびと飲んだ。聞き覚えのある名前だったのだろう、スーは記憶を辿るように考え込んでから、はっとして言った。


「ちょっと!リーゼルって、まさかリーゼル・オーネットじゃないでしょうね!?」


女店主が突然声を張り上げたものだから、テオとヒューは二人して茫然と彼女を見つめた。酒場にいた他の数名でさえ彼女のほうを振り向いた。


「そうだけど…」


「へえ。オーネット嬢がねえ…」


さっきまでの笑顔から一転して、ヒューは退屈そうな顔でそう呟いた。別段彼女を嫌っているとかではないのだろうが。テオは二人の反応を意外に思ったのだろう、有名なのかときょとんとしながら尋ねた。


「有名っていうか…よく知り合えたわね。あの人、滅多にお屋敷から出てこないって話よ。例の包帯も正直気味が悪いし。血筋は確かな御方らしいけど」


「ああ。ウィリアムの親戚みたいなこと言ってたよ」


「…グレイフォール卿のこと?」


あっけらかんとして頷いたテオを眺め、スーは異国の人は皆こうなのだろうかと考えずにはいられないようだった。彼女が何があったのか尋ねると、テオはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。実際、説明するようなことはほとんどないのであるが。


「そんで、さっきロイドって人に会ったんだ」


「ほお。あの軍師殿とうまくやってるってか。やっぱりオーネット嬢は只者じゃないな」


「どういうことだ?」


「ロイド様の人嫌いは有名なのよ。なのに議員でもない彼女に会いに行くなんて」


「人嫌いって感じもしなかったけどな」


テオはちびちび飲んでいた酒をようやく飲み干した。すかさずスーが聞きもせずにおかわりを注ぎ足した。ちゃっかりしているものだ。


「そういやちょうど議会の日じゃねえか」


「誓民議会だっけ。あれって王様が政をしないってことなのか?」


「簡単に言うとそうだな。ま、どうせ平和なんだ。陛下がちょっと楽してたって誰も文句なんざ言わねえよ」


「そういうもんか。…なあ、なんか聞いていいのかわかんないけどさあ」


と、テオはわざわざもったいぶって二人の顔を交互に見た。スーは首を傾げて、そしてヒューは眉を動かして話の続きを促した。テオは声の調子を抑えて言った。


「王子様の瞳が…っていうのは本当なのか?」


テオの予想とは裏腹に、二人はそんなことかと言いたげに肩の力を抜いた。ヒューが頬を掻きながらこう言った。


「そうらしいがな、他がいるわけでもないし。王位はジェローム様が継ぐしかないんじゃねえか?」


「私もそう思う。けどね、こんな話を聞いたことがあるの」


今度はスーが声を低くする番だった。彼女は少し身を乗り出して囁いた。


「十年くらい前までは王たる瞳を持った王女様がいた、って」


驚いて目を見開いたテオに対して、ヒューは呆れたようにスーを笑い飛ばした。散々笑ってから、彼は首を振った。


「んなわけねえだろ、スー!俺はそんな話ちっとも聞いたこたねえぜ!」


「私だって鵜呑みにしてるわけじゃないわよ。酔っぱらったおじいさんが言ってただけだから。でもそのおじいさんね、前はお城にお仕えしていたんだって」


「そのじいさんはなんて言ってたんだ?」


テオが興味を示したのを見てスーは喜んだ。そして必死になって聞いた話を思い出そうとした。


「それがね、なんだったかな。…そう、たしかね、ちょうどその頃に反逆罪がどうとかいう騒ぎがあったらしくて。そのときに罪に問われたのがその王女様だった、みたいな…」


スーの声は先ほどよりも小さくなっていて、語尾がほとんど聞こえないほどだった。馬鹿にしていたヒューも半信半疑といった様子で話に入ってきた。


「おい、待てよ。それって召使が陛下に逆らって云々ってやつじゃねえの?」


「皆そう言ってるけど、それが実は召使じゃなかったんですって。そのおじいさんが言うには、だけどね」


「本当かねえ。その王女様だか召使だかは一体何しでかしたんだ?」


「そこまでは言ってなかったわ。でもね、ほんっとうにびっくりしたんだけど…」


スーは耳を貸せと二人に手招きした。二人がそうすると、他の誰にも聞こえないように、低く小さな声でこう耳打ちした。


「王女様を捉えてとどめを刺したのは、グレイフォール卿だって言ったの!」


「グレ…!?」


叫びだしそうになって、テオは慌てて自分の口を覆った。ヒューも少しは驚いた様子を見せたが、結局再び首を振った。それを見てスーはむっとした。


「何よ、ヒュー。丸ごと信じてるわけじゃないったら。あくまで可能性の話だからね!」


「へえへえ。…ったく、酔っ払いの話なんざ信じられねえっつの。なあ、テオ?」


「まあな。召使だった、って話が伝わってるんなら信憑性が薄いとは思うけど。でもさ、そうなると本当にルーセチカには正当な王位継承者がいないってことになるだろ?普通は王たる瞳を持つのが生まれるまで頑張るもんじゃないのか?」


「そりゃそうだがな、随分前に王妃様が亡くなってるんだよ。それ以来陛下は民衆に姿を見せなくなってしまわれてな。城には殿下しかいらっしゃらなくなる始末だ。当然新しく王妃を迎えるおつもりもないってわけさ」


「その王妃が亡くなったのはいつなんだ?」


テオがそう聞くと、二人の若者は顔を見合わせてから首を横に振った。知らないというわけである。テオは唖然として、やっと言葉を絞り出した。


「…変わった国だな、ほんと」


「そうか?過去は置いてゆけ、未来を謡うのだ!って、ほかならぬ陛下がおっしゃったらしいぜ?」


「そこも”らしい”止まりかよ…。まあ、いいや。ごちそうさん」


そう言ってテオは立ち上がると銀貨を何枚か置いて去っていった。また来てね、と呼びかけるスーに片手を上げ、酒場の扉を押し開ける。後ろでその扉が閉まったとき、テオはおもむろに呟いた。


「どうもきなくせえな…」



 テオが酒場を後にしてからしばらくして、議会のほうも閉会した。満足いく結論は得られなかったようだが、ジスレーヌがいささか上機嫌に見える。各々が議場を去り、リーゼルもウィリアムについて暗くなり始めた外に出てきた。その通りには街灯が少なく人目もないので、彼女はいつもそうする。しかしこの日はいつもとは違った。離れた建物の陰に人影がある。それは彼女たちのほうを見ながら身じろぎもしないで突っ立っている。道化師のような恰好をした男だ。白塗りに、目と口を際立たせる化粧をしているのが遠目でもわかる。その人影にはっとしてリーゼルはじっと目を凝らす。が、もうそこにその男はいなかった。彼女の動揺に気付いたウィリアムが尋ねた。


「どうかなさいましたかな?」

「…いいえ。きっと気のせいだわ…」


私にも見えていたのだから決して気のせいではない。などということは彼女には知る由もないか。

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