途絶
聖女祭の翌朝、セレスティアはロイドの招聘に従い、オスカーとジリアンを伴って旧王都へと足を運んだ。幸いにも、カルツァが被害に遭ったという報告は出て来ていなかった。旧王都では、早朝であったがために人通りが少なく、町の様子は掴み難かった。あえて言うならば、朝にしても深閑とし過ぎていた。漠然と何かが足りていないと思わせるような、そんな朝であった。
さて、ロイドの屋敷に着いてみると、そこにはすでにジスレーヌとアンドルーの姿があった。三人は暗黙のうちに決まった配置で円卓を囲み、セレスティアの到着を待っていた。彼女もいつもと同じ席に着き、オスカーは元々ウィリアムが座っていた位置に腰掛けることを余儀なくされた。ジリアンが部屋を退出すると、ロイドは居心地の悪そうに開口した。
「楽しい茶会のためにこしらえた部屋だっていうのに、会談に使う羽目になるとはね。あの塔に大っぴらに集まるわけにもいかなかったとはいえ…」
「前置きは結構でしてよ、ロイド」
と、ジスレーヌが冷たく言い放つ。ロイドは苦笑いを浮かべながら座り直した。
「君がいるといつも話が早く進むよ」
彼の歯切れが悪いのも無理はないかもしれない。元々、議会において話を切り出し、進めるように促すのはウィリアムの仕事だったのだ。死者の衣を着るような行為は、決して味の良いものではない。
「ゾルギックから、何か連絡はあったの?」
セレスティアが何気なく尋ねると、ロイドは普段見せない暗い表情を浮かべて頷いた。
「うん。その話からにしよう。やっぱり、ゾルギックもコスタトによる侵攻を受けたようだ。僕らが戦っていたまさにそのときにね。と言っても、帝国がそのことを知らせてきたのは昨晩のことで、しかも、僕が戦のすぐ後に向こうに送った緑碧鳥を返すついでに、といった具合だった」
「使いを出す余裕もなかったんですかね」
アンドルーは率直な疑問を口にした。決して嫌味のつもりはないようだ。そしてその疑問は、ロイドが一番口にしたくないことを皆に知らせる瞬間が訪れるのを、ほんの少し早めることになった。
「どうやら、それが本当にそうらしくてね…」
彼はそう呟くと、躊躇うように口を閉ざした。黙っていただけで真実が変わるなら、どれほど良かっただろう?彼はすぐに腹を決めた。
「…単刀直入に言おう。ゾルギック皇家の血は途絶えた。信じたくないことだけど、先の戦で、皇帝と皇子は共にコスタト兵の手にかけられたんだ」
室内が空になったかのような沈黙が流れた。大陸随一の国力を持つあのゾルギックが!そして、何よりも…。
「…ミロ様が?」
そう、あのミロが!ゾルギック皇子ミロと言えば、その緋眼の強力さのために、アルフレッドにさえ一目置かれていた男であったというのに。オスカーの愕然とした顔をまっすぐに見つめ、ロイドは固く頷いた。彼は静かに続けた。
「返書によれば、前線に出た帝国兵は全滅したけど、町々に大きな被害はなかったらしい。前線で何が起きたのかはわからないそうだ。特に、ミロ皇子の遺体については」
「どういうことですの?」
これ以上ないほどゆっくりと顔を扇いでいたジスレーヌが、ふと手を止めた。
「彼は謀反の罪で地下牢に繋がれていたはずだった上に、丘からの転落が原因と思われる首の骨折以外は、遺体に目立った外傷はなかった。あとは、心臓の辺りに緋石でできた刃が突き刺さっていたみたいなんだけど、それによって傷を受けている様子はなく、ほとんど身体の一部になっていたらしい。緋石というくらいだから、彼の身体が何かの儀式に利用されていたと考えるのが妥当だね」
そう聞くと、傷心したように俯いていたセレスティアは弾かれたように顔を上げた。
「カーラだわ」
「あの聖騎士のこと?」
ロイドが尋ねた。セレスティアは絶望的に目を伏せた。
「ええ。おかしいと思ったの。普通の人間が、神獣の力を宿してもなお平然としていられるわけがないもの。彼女は皇子と契約していた…というより、無理やり契約関係を結んだんだわ。その状態で金眼の力を酷使したせいで、きっと彼まで…」
「彼女、金眼だったんですか?」
アンドルーに言われ、彼女はゾルギックでの出来事を報告していなかったことに気付いた。正確には、ウィリアムにしか話していなかったということを。彼女は帝国で起きたことをかいつまんで語った。戦の前に話していたとしても、とても信じてもらえなかったであろう内容だった。
「なるほど。あの騎士がゼフロエートムと渡り合えたのはそれが理由か」
ロイドが渋い顔をして言った。彼がそれ以上の個人的な見解を述べなかったのは、ジスレーヌが激しい音を立てて扇を閉じたからであった。彼女はまるで取り乱していないかのような面持ちで彼の言葉を引き継いだ。
「そしてその代償に、かの国の皇子が命を落とさなければならなかった、というわけですわね。はっきり言って、自業自得ですわ。禁じ手を使っておきながら、私たちに素知らぬ顔をしていたのでしょう?」
「おっしゃる通りです。ですが、皇帝陛下には何か策がおありだったようでした。詳細を聞くことは叶いませんでしたが」
オスカーがかつての主君の面目を保つために言い添えると、ジスレーヌはほとんど憐れむような調子で答えた。
「一線を越えた者に、策も何もあったものではありませんわね」
「何にせよ、ゾルギックは指導者を失ってしまった。表面的には、ルーセチカにも王はいないことになっている。ベラディール王家最後の生き残りの王女は敵の一味だ。これがどういうことかわかる?」
問題が問題でなければ、ロイドはもっといたずらっぽい表情でそう尋ねていたことだろう。椅子にもたれ、アンドルーが彼の問いに答えた。
「コスタトの一人勝ち、ですか」
「そういうこと。このままだと、どの国も対抗できないまま、あの国の手に落ちることになる。玉座の空いた国なんて、放っておいても崩壊するものだ」
ロイドは辟易したように首を振った。すると、ジスレーヌは再び扇を広げ、悠々と顔を扇ぎながら言った。
「ともあれ、私たちには無用の心配でしてよ。王女殿下がいらっしゃるのですから」
「それが頑なに玉座に就くことを拒んでいてね。二人からも何とか言ってあげてくれないかな」
少年は微動だにしない王女に一瞥をやり、温情に満ちているのか、はたまたただ愚鈍に堕ちているのか、どちらともつかない顔つきになった。貴婦人は王女のほうを見もせず、穏やかだが有無を言わさぬ態度で笑った。
「何を申し上げる必要がございましょう?殿下が王位を継ぐのは当然のことですわ」
「…俺は彼女の望むようにすれば良いと思いますけど」
誰の耳にも届かないことを狙ったかのように、アンドルーは小さく呟いた。この大して広くない部屋では、囁き声ですら端から端まで筒抜けになってしまうのだが。案の定、ロイドが冗談めかして言う。
「のらくらする男はこれだから好きになれないよ」
「俺も男は好きじゃないです」
アンドルーは至極当然のようにそう答え、ロイドを呆れさせた。その向かいで、オスカーは隣に座っていたセレスティアに不安そうな眼差しを向けた。
「ティア、昨日のことを話したほうが良いんじゃないかな」
彼は昨夜のうちにカルツァでの出来事を聞かされていた。それで彼の考えが―つまり、我が王女が王位に就くべきであるという考えが―変わったかどうかは定かではなかったが、セレスティアが例の出来事を十分な交渉材料にできると推しているのは間違いなかった。彼に唆されずとも、彼女は時機さえ許せばその話を切り出すつもりでいたのだ。
「カルツァで何かあった?」
ロイドに尋ねられると、セレスティアは平静と答えた。
「ええ。コスタトの王子に会ったわ」
「何だって?どういう―」
「彼にカルツァにあった黄泉忘れの禁を渡したの」
「は…?」
「仕方なかったのよ。町の安全と引き換えにしたのだから」
「だけど―」
「町に危害を加えないということの保障に、彼は私にコスタトの黄泉忘れの禁を預けていったわ。私はそれを返しに、コスタトまで行かないといけないのよ」
そう言い切ると、彼女はようやく口を閉ざした。間髪入れずに、ロイドが憤ったように声を荒げた。
「罠に決まっている!」
「私はそれで構わないわ」
セレスティアは凛として言った。彼女はとうの昔に腹を括っているのだ。
「俺たちが構うんですよ、殿下。あなたがいなかったら―」
アンドルーは内心焦っていたに違いないが、努めて冷静さを保とうとしていた。突如彼に向けられたセレスティアの視線はひどく冷ややかだった。
「あなたたちは勘違いをしているわ。私は冠を戴いて、泰然と敵を待ち構え、その結果多くの民を死に至らしめたいわけじゃない。私の望みは、一人でも犠牲を少なくすることよ。私がコスタトで罠に嵌れば済む話なら、私にはそれで充分なの。結局…」
彼女は続きの言葉を一度飲み込み、小さなため息をついた。机の上に視線を落として低い声で言う。
「結局、そうなれば敵の望みが叶うこともなくなるわけでしょう」
「滅多なことを言うものじゃないよ」
ロイドは椅子にもたれ、片手を額に当てながら呟いた。セレスティアを除いた四人の総意がその一言に尽きたのは、疑うまでもない。誰一人として否定の声を上げなかったのは、彼女の諦念に満ちた言葉が真実であるためなのだろうか?私には、とても理に適っているとは思えないが。困惑と、妥協と、少しの絶望に支配された静寂の後、セレスティアは芯のある声で告げた。
「とにかく、コスタトに挑むのはこの国ではなく、私よ。…けれどもしも、この国が希望を失い、ロイド様の言うように崩壊してしまうのなら…そしてもしも、私が希望の端緒となることができるのなら、私はこの瞳を国民の前に晒すことを受け入れるわ」
予想だにしなかった言葉に、皆目を丸くして彼女を見た。ああ、我が王女はついに人々が彼女の眼前に跪くことを許してくれるのか!それでいて、追い縋る私たちを振り払って、かの地に旅立とうと言うのだな!何という御人だろう?何という御人だろう!
「…本当に言っているの、セレスティア?」
ようやくロイドは言った。彼女はきっと抱えていたはずの後悔や迷いをおくびにも出さず、じっと彼を見据えた。
「何を驚いているのかしら。あなたが望んだことよ」
「それは、そうだけど…まさか君が…」
珍しく動揺を隠さないでいるロイドと裏腹に、セレスティアはきっぱりと話を終わらせた。
「とにかく、二言はないわ。その代わり、私が罠にかかりに行くのを、どうか止めてくれないで。運命は決まっているの。私が決着をつけるように…」
数日後、慌ただしさのある中、国王ジェロームの追悼式が執り行われた。それはウィリアムをはじめとした、戦中に命を落とした人々に対する哀悼も兼ねていた。が、明らかに、国民が知らぬ間に失っていた名君アルフレッドの死を悼むことは目的とされていなかった。ロイドらは、彼の死とその事実の隠蔽に対する説明を与えることを拒んだのであった。
式には、エッタやカルツァの新しい学長―生憎、私は彼の名を知らないのだが―の姿もあった。混乱の収まる気配がないゾルギックからは、アドン伯が代表として参列した。しかし、彼ら異国からの参列者の存在を凌駕したのは、圧倒的な数の国民たちの姿であった。
旧王都にすべての国民が集ったのではないかと思えるほど、彼らはまさに所狭しと並び立ち、国王の凄惨な死を嘆き悲しんだ。国中の花が持参され、とてもすべてを手向けとすることはできなかった。
案外、ジェロームは愛されていたのかもしれない。それとも、ただ国王という称号を持ちさえすれば、彼らが雑草でも敬愛するだけだろうか?一つ確かなのは、ジェロームが毒蛇で、アルフレッドを死に追いやった張本人だと知れ渡っていれば、彼の追悼式に参列する者などほとんどいなかったであろうということだが。そもそも、国王になることすら叶わなかったはずだ。
式は滞りなく進んだ。終わりに近づくにつれ、ロイドは落ち着きを失っていくように見えた。長年待ちわびた瞬間の到来に、間違いなく彼は興奮していた。アンドルーはむしろ不安気であった。じっとしているように見えて、目は忙しなく動いていた。ジスレーヌは平然としていた。不自然なほどに。
式が終わるという段になって、ロイドは深く息をついた。彼は黙りこくったまま、一人の目元を覆った女性を呼び出した。民衆の中には、彼女を別の名で認識している者もいた。王家の重臣は何かを語ることを放棄し、彼女を前に立たせた。彼女はおもむろに覆いを外した。
民衆のうち、彼女の瞳が見える位置に立っていた者は、皆余すことなく愕然とした。一人、また一人と、魔法にかけられたかのように跪いていく。口から漏れ出るのは感激に震える声にならない声ばかりだ。彼女の姿をはっきりと見ることができない者たちは、目の前で繰り広げられる異様な光景に眉をひそめ、首を傾げ、囁き合った。
彼女は民衆のほうへと歩み出した。その表情からは何も読み取ることはできない。しかし、何を顔に出す必要があっただろう?彼女の瞳こそがすべてだと言うのに。そう、言葉は不要だった。彼女が歩みを進めれば、民衆は訓練でも受けたかのように洗練された動きで道を開けた。彼女の瞳を見て、膝をつかない者はいなかった。その瞳はざわめきを吸収し、彼女をその場の支配者たらしめた。
長い時間をかけて彼女は歩み、ついに民衆の幕が途切れた。彼女は立ち止まって振り返り、揃って首を垂れる民衆の姿を、ある種の畏怖の念を持って見つめた。後退りそうになるのを堪え、彼女は囁くように言った。
必ず戻って来る、と。
追悼式の夜、セレスティア一行はコスタトへ発つことになっていた。跪く国民たちを背に旧王都を去ったセレスティアは、待ち構えていたジリアンに迎えられ、馬車で自身の屋敷に戻った。そこでは仲間たちはもちろんのことながら、エッタや、何故か黒豹族の三人の姿まであった。
そして亜人たちは、何やら真剣に話し込んでいる様子であった。彼らの後ろで、旅支度を整えた仲間たちが転寝をするなり、本を読むなりして暇を潰していた。セレスティアが入っていくと、エッタは待ちかねていたように笑った。
「おお、セレスタ!」
「エッタ、それにあなたたちも…ここで何を?」
セレスティアは不審そうに眉をひそめ、仲間たちのほうに一瞬視線を投げた。彼女が早く発ちたがっているのは明らかであった。
「おぬしに一目会ってから帰ろうと思ってのう。しかしおぬし、コスタトに行くと聞いたが」
「ええ、まあ。誰に聞いたの?」
「オスカがな。どれ、儂もついていってやろう」
セレスティアはオスカーに非難の眼差しを向けようとしたが、エッタの信じがたい発言に視線を吸い戻されてしまった。彼女は唖然として、再び眉間に皺を寄せた。
「何を―」
「俺たちも行く」
と、ミカゲが横から憮然とした態度で言った。セレスティアは呆れに呆れ、悪夢を振り払おうとでもするかのように首を振った。
「ちょっと待って。私がいない間に、あなたたちが何を話し合ったのかは知らないけれど、私はあなたたちを連れていくつもりはないわ」
「ほれ、見たことか」
彼らが同行を許可されるはずがないという話をしていたのだろう、エッタは黒豹たちに向かって肩をすくめた。そんな彼女に、セレスティアはため息交じりに告げた。
「あなたもよ、エッタ」
「何を言うか」
白狼の長は哄笑した。
「冗談を言っているわけじゃないわ。気持ちは嬉しいけれど…」
セレスティアに言われると、エッタはぴたりと笑うのをやめ、猛然とオスカーを振り返った。
「話が違うぞ、オスカ!」
「一体何を言ったの?」
この状況をあまり好ましく思っていない様子で目線を投げて来るセレスティアに、オスカーは苦笑しながら弁明した。
「僕はただ、僕たちだけでどうにかできるか不安だって言っただけのつもりだったんだよ」
「ほれ、人手が足りないのであろう?儂が手伝ってやると言っておるのだ。ついでに、こやつらもな」
と、エッタは横に立つ黒豹たちのほうに頭を傾けた。セレスティアはすっかり参っているようであった。
「けれど、どうして?」
「何だ、忘れたのか?必ずおぬしを助けに行くと約束したであろう?思ったより早く果たすことになったがのう」
エッタは食いちぎられた小指を示し、ひらひらと手を振った。
「忘れたわけじゃないけれど…一族のことはどうしたの?」
「何、あやつらにも生存本能くらい残っておるわ。少し儂が集落を空けたところで、死に絶えたりせぬ。だから、おぬしの心配することではない。どうだ、儂を連れていく気になったか?」
そう尋ねながら、エッタは小指のないほうの手をセレスティアの肩に乗せた。セレスティアは彼女を諦めのこもった目で見つめた。
「何を言ってもついてくるつもりでしょう」
「わかっておるではないか」
エッタは再び哄笑した。セレスティアは静かに息を吐くと、黒豹たちに向き直った。
「…それで、あなたたちは?」
「あんたと話し合うつもりはない。あんたが何と言おうと、俺たちは勝手についていく」
ミカゲは決定的にそう言うと、気でも悪くしたかのように彼女から顔を逸らした。彼女は首を傾げ、少しだけ目を剥いてオスカーを見た。
「彼らにも話したの?」
「儂がな。…わかっておる、すまなかった!亜人同士、つい話が弾んでな」
彼女の糾弾するような顔つきに、エッタは作り笑いで抵抗を試みた。すると、兄の影に隠れていたツキノが進み出て、まるで喧嘩を止めようとでもするかのような調子で、慌てて口を挟んだ。
「違うの、セレスティア。えっと、違くはないんだけど。私たち、何にせよコスタトに戻るつもりなんだ」
「あなたたちは自由の身になったんじゃないのかしら」
セレスティアは無感情に問いかけ、ゼンがそれに答えた。
「ああ、俺たちはな。だが、向こうにはもっと大勢の一族が奴隷みたいに扱われているんだ。ミカゲはずっと、そんな一族をコスタトから解放することだけを目標に生きてきた。俺もツキノも、命をかけてでもそれを果たしたいと思ってる。まあだから、どうせあんたらがあいつらを打ちのめすつもりなら、一緒に動いたほうが良いだろうってのがこいつの考えなんだよ」
彼は仏頂面の相棒を親指で示し、柔らかな笑みを作った。ツキノも困ったような笑顔で言う。
「ごめんなさい。お兄ちゃんてば、口下手で。エッタ様には素直に話したくせにね」
ミカゲは顔を背けたまま鼻を鳴らした。
「何にせよ戻るつもりだって言うんだったら、僕たちが止める道理もないんじゃない?」
オスカーは物腰柔らかに言った。セレスティアは考え込むように黙っていた。もう一押しだと踏んだツキノは、自身より少しだけ背の高い彼女を見上げて言った。
「ねえ、セレスティア。私たちって、知り合って日が浅すぎるくらい浅いわけだし、手を組むのに抵抗があるのも仕方ないと思う。だけど、お兄ちゃんとゼンのこと、信じてあげてほしいの。私も邪魔にならないように頑張るから」
「…見返りがあるとは思わないことね」
セレスティアは努めて冷ややかにそう言った。すると、ミカゲが低く呟いた。
「今にわかる。結局、目的は同じだ」
話がまとまると、一行は早速敵国へと発った。この数日間のことはひどく退屈で、いや、私が興奮していただけかもしれないが、とにかく私はすっかり彼女に追いついてしまった。本当のことを白状するなら、嫌な予感がしていたのだ。だから私は、寸分のずれもないように、ぴったりと彼女の軌跡を追っているのである。そんなことはどうだって良い。彼らはたった今、この国を出て行った。
アメラはエッタの同行を喜び、エッタも娘同然―彼女にとっては、一族は皆子孫なのであるが―の少女の活気溢れる様子に満足した。
ゼンによれば、彼らが行動を共にしていた黒豹の群れは解散させてしまったので、ついてくるのはこの三人だけだということだった。
ジョーイは気乗りしないと言いながら、旅路を共にするつもりでいるのは明らかであった。
リーンは横にもたれる癖を何とかしなければならなかった。
テオはいつになく物思いに耽っているようであった。故郷に戻り、故郷の人間と戦うところに、彼と言えど何か思うところがあるのかもしれない。
オスカーは自ら御者台に乗った。遥か遠くの暗闇を見つめる彼の眼差しは、自身にある底なしの不安を見ていたのだろうか?
セレスティアは何か気がかりな様子で、旅路の間終始黙りこくっていた。いつも通りと言えば、いつも通りなのだが。彼女はジリアンに留守を任せることにした。もちろん侍女は猛反対したが、所詮無駄なことであった。
これは余談だが、彼らの出立がその日であることを知らされていなかったアンドルーは、彼らが―というより、セレスティアが―黙って行ってしまったことを深く嘆いた。別れを告げられることよりも、そんな間もなく離別することとなる絶望を、彼はひたすらに恐れていた。
そんな彼を尻目に、ロイドは追放処分という名目で、ジスレーヌの居場所を国から、いや、この世から奪った。
2025.2.15




